魔法人妻ラブリーミルク 7

 水曜日は恒例のティーパーティー。今週からは都麗華(ラブリースティーレ)と恩名寺奈穂(ラブリーフォール)も加えて、奥様ならではの優雅な昼下がりを楽しむ。

「これ、ほんとに作ったの? 美味しいじゃない!」

 最初のうちは頑なだった千夜も、麗華の手作りマフィンのおかげで、ころっと上機嫌になった。クールな奈穂が馬鹿馬鹿しそうに呟く。

「……麗華のお菓子、カロリーは高めだから……太っても知らないけど」

「んぐっ?」

「だ、大丈夫? 千夜ちゃん」

ぎくりとして、千夜は喉を詰まらせた。

 千夜と奈穂の間で火花が散る。

「あんたねえ……私にだけ、ちょっとキツいんじゃないの? 同じ魔法人妻として、こっちは仲良くしてあげようと、してんのにさあ」

「……美玖。千夜って、いつもこう?」

 ふたりの間に入る羽目になり、美玖はフォローに四苦八苦。

「え、ええと……そっ、そうそう! 麗華ちゃんはいつ結婚したの? 旦那さんとはもう長いみたいだけど」

その一方で、麗華は悠々と紅茶の香りを仰いでいた。

「高校を卒業して、すぐよ。周りも、相手が決まってるなら、早いほうがって」

 千夜が前のめりの勢いで割り込む。

「よ、夜はどんな感じなの? ほら、その……しちゃうんでしょ?」

 破廉恥な話題を振られたにもかかわらず、プロの奥様は余裕を崩さなかった。

「ええ、まあ……」

「そういうのって、相手に押し切られるの? それとも、こっちが誘ったりするわけ?」

 美玖も興味を断ちきれず、赤面しつつも耳を傾ける。

(お兄ちゃんとの夜、かあ……)

 ラブリーミルクに変身することで、旦那様とニャンニャンする機会は増えた。とはいえ旦那様のほうにはまだ遠慮があるようで、『最後まで』強要はしてこない。

おかげで安心はできるものの、不満もあった。旦那様に気を持たせておきながら、延々と我慢させているのも、罪悪感をもたらす。

麗華はしとやかに微笑んだ。

「難しく考えなくても、いいんじゃないかしら? お互いの気持ちが高まったら、自然と受け入れられるし、何より受け入れたいって思うもの」

「ふうん……」

 大人の意見には美玖も千夜も感心気味に頷く。

 しかし奈穂だけは乗ってこなかった。

「初めてのあとは、三時間も私に電話で、あーだこーだ聞かせたくせに……」

「ちょ、ちょっと! ここでバラすことないでしょう? 格好つけさせてったら!」

 麗華の悲痛な叫びが木霊する。

 

 奥様たちの赤裸々なピンクトークの数々に、妖精たちは幻滅していた。

「……どっかで時間、潰してこよっカ」

「そうだナ。ボクたちはオスだし」

 ミルミルとチョキオは、新入りのトイトイとホルンも連れ、若生宅をあとにする。

「君たちもこの近くに住んでたんだネ。気付かなかったヨ」

「こっちは知ってたゾ? ずっと前から、ミルミルとチョキオがいるっテ」

 こういう時は近所の幼稚園で、子どもたちの相手でもして過ごすのが、定番だった。

 園児たちがミルミルを見つけ、歓声をあげる。

「ミルミルだ! いっしょにあそぼ!」

「あれえ? ほかにも、ようせいさんがいるぞ?」

 ミルミルもチョキオも幼稚園では大人気。子どもの面倒を見るのが上手なため、保母らにも頼りにされている。

「なあ、ミルミル。ボクたち、遊びに来たんだロ? 子守なんテ……」

「相変わらずだナァ、ホルンは。年長組はそんなに手が掛かる子もいないからサ」

 トイトイとホルンには年長組を任せて、ミルミルとホルンは年少組のお遊戯室へ。ジュースをご馳走になるついでに、子どもたちと積み木で遊ぶ。

「チョキオって、まほうひとづまのおてつだいさん、なんでしょ? まほうひとづまってどうやったら、なれるの?」

「結婚したら、スカウトが来るんダー」

「ふーん。じゃあ、せんせいはまだムリなんだねー」

 独身の保母が一瞬、真っ青な笑みを浮かべた。

 ふと、ミルミルはお遊戯室の隅っこでひとりぼっちの女の子に気付く。先週までは仲良しの男の子がいたはずだが、彼は別の女の子とオママゴトに興じていた。

 ひとりぼっちの女の子からダークマターを感じる。

「チョキオ! あの子……ダークマターに取り憑かれそうになってるゾ」

「エ? ……あれくらい、放っておいても自然消滅するだロ」

 ダークマターは恋愛の暗黒面を増幅させることで、破滅をもたらす。しかし無垢な少女は恋愛感情そのものが未成熟なため、ダークマターの影響もたかが知れていた。

「話だけでも聞いてくるヨ」

「真面目なやつだナ。大丈夫だってバ」

 それでもダークマターの影響に晒されている少女を、見過ごすわけにいかない。ミルミルは積み木遊びをチョキオに押しつけ、その子へと近づいた。

「どうしたんだイ、ヨシカちゃん? 今日はケンタくんと遊ばないノ?」

「だって……ナナコちゃんがケンタくんとあそびたいっていうから」

 少女の背後でダークマターが揺らめく。ミルミルには、それが少女の恋を嘲笑っているように見えてしまった。

「でもケンタくんだって、わたしとあそぶほうが、たのしいにきまってるもん!」

 見たところ、少年はほかの少女のアプローチに押され、戸惑っている。

 ヨシカの嫉妬はダークマターに煽られてもいた。幼稚園児とはいえ、男女の三角関係はデリケート。ミルミルとしても考えなしには応援できず、口を噤む。

『……みんな、聞こえるカ? 協力して欲しいんダ』

ミルミルは一度、テレパシーで仲間たちに相談してみた。

 ラブリースティーレの妖精であって、もっとも人間界に慣れているらしいトイトイが、我こそはと豪語する。

『簡単だヨ。ちょっと待っててくレ』

 しばらくして、トイトイが意気揚々とお遊戯室に飛び込んできた。

「みんナー! ほら、カブトムシを見つけたゾ!」

 少年たちに感激の波が広がる。

「カブトムシだってよ、すっげー! みせて、みせてっ!」

「まだいるの? ぼくもつかまえたいな!」

 ケンタ少年も目をきらきらさせて、お遊戯室を飛び出していった。彼とオママゴトの途中だったナナコ少女が、癇癪を起こす。

「も……もうっ! わたしよりカブトムシのほうがいいっていうの? さいてー!」

「だよねー。ケンタくん、ロボットアニメがあるひは、すぐかえっちゃうし」

 いつしか、ふたりの少女は意気投合していた。問題のダークマターも消滅している。

「いっしょにあそぼうよ、ミルミル。だんなさまのやく、やってー」

「う、うん、いいヨ」

 かくして、ミルミルたちの活躍によって、ひとりの少女が救われた。

「トイトイのやつ、カブトムシなんてどっかラ……」

「妖精魔法でも使ったんじゃないカ?」

次の日からケンタ少年はオママゴトに誘ってもらえなくなったらしいが、それはそれ。魔法人妻の妖精に、細事にこだわっている暇はないのダ。

 

 若生宅に帰ってからも、奥様たちはまだピンクトークを続けていた。麗華がジェスチャーもつけて、美玖や千夜に何やらレクチャーしている。

「こうやって、ソーセージは先っちょが出るように挟むの。見栄えが違うでしょ」

「でも、お兄ちゃんはいつも『上手だね』って言ってくれるよ?」

「だから、それはあんたに気を遣って、無理に褒めようとしてくれてるんだってば。相手がヨダレ垂れちゃうくらいにさあ、もっと……」

 さっきは幼稚園でいたいけな少女の恋を応援してきたこともあり、ミルミルたちは一様に口角を引き攣らせた。

「……なんの話してんのサ?」

 奈穂が涼しい顔でしれっと答える。

「ホットドッグの作り方」

「嘘つケッ!」

 翌日、旦那様のお弁当は豪勢なホットドッグだった。

魔法人妻ラブリーミルク 8

 今日も美玖は大学へ。講義を終え、帰宅ラッシュの前にはバス停を目指す。

「ムムッ? ダークマターの反応ダ!」

いつものように鞄の中からミルミルが飛び出してきた。

「なんだか多いね、最近」

「ついでに変身パワーで帰れば、いいんじゃなイ?」

 適当な路地に入って、美玖は魔法人妻ラブリーミルクへと変身する。

 今回の現場は大学の近辺にある高校だった。千夜たちには連絡したものの、到着にはまだ時間が掛かる。

「みんなが揃うまで、待ったほうがいいかなあ」

「そうだネ。とりあえずターゲットの確認だけ、しておこうヨ」

 魔法人妻のほうからダークマターを刺激しない限り、モンスター化はしないはず。ここは忍び足でミルミルとともに様子を探ることにした。

 ダークマターの気配は女教師から感じられる。お相手は男子生徒のようだった。

「今日もうちに来るでしょ? カズヤくん」

「でもさ、こういうの……まずいんじゃねえの? マリ姉」

「イトコ同士で一緒にご飯食べて、ゲームするだけよ。ついでに補習、と……」

 女教師が年下の恋人ににじり寄る。

「そ、れ、よ、り……学校では『先生』、でしょう?」

「お、おう。先生」

 教師と生徒のアブない関係。しかもイトコで、後ろめたい背徳感を漂わせていた。

 ダークマターが関与しているのだから、いずれ破滅するだろう。一刻も早く彼女を呪縛から解き放ち、また少年を救いたくもあった。

 ふたりが人気のない駐車場にいる、今がチャンス。

「ミルミル、私だけでやってみるね」

「わかったヨ。今のラブリーミルクなら、あれくらいの敵、楽勝サ!」

 魔法人妻の使命感を胸に抱いて、ラブリーミルクはふたりのもとへ飛び降りた。ヒトヅマテリアル・ソードを女教師に向け、彼女の背後にある影の正体を暴く。

「そっちの君、離れて! この先生はモンスターになるから!」

「え、え? もしかして……噂の魔法人妻?」

 ダークマターが膨れあがって、女教師を完全に取り込んだ。

「ぐあぁ? カ……カズヤくんっ!」

 凶暴なダークモンスターへと変貌を遂げ、牙を剥く。

 先手必勝、ラブリーミルクはソードを素早く水平に振りきった。

「ええいっ!」

 モンスターを怯ませたところへ間髪を入れず、垂直方向の斬撃も叩き込む。こちらの先制攻撃が功を奏し、モンスターは何もできないまま、駐車場の端まで吹っ飛んだ。

「今だゾ! ラブリーミルク!」

「任せて!」

 すかさずラブリーミルクはヒトヅマーブルスクリューの構えを取る。

 ところがモンスターを庇うように、あの魔法少女が現れた。ラブリーミルクはぎくりとして、ヒトヅマーブルスクリューのチャージを中断する。

「あ、あなたは……」

 魔法少女デッドリーピンクが壊れかかったロッドを掲げた。すると、ダークモンスターがさらに膨張し、獰猛な雄叫びを轟かせる。

 ミルミルがたじろいだ。

「すごいパワーだヨ! ヒトヅマッスルに匹敵するかモ」

「そんな……これも、あの子がやってるの?」

 美玖の胸にちくりと痛みが走る。

 デッドリーピンクと会うのは、これで三度目だった。ダークマターを殲滅するはずが、逆に支配されてしまった、哀れな魔法少女。

(この子、放っておけない!)

 ラブリーミルクは決意を込めて、ヒトヅマテリアル・ソードを握り締めた。ダークモンスターではなくデッドリーピンクを見据え、ヒトヅマターを高める。

「待つんダ、ラブリーミルク! ひとりじゃ……」

「また逃げられちゃうわ! 捕まえて、こんなことはやめさせなくっちゃ」

 ラブリーミルクの十八番、ヒトヅマーブルスクリューが猛った。デッドリーピンクに目掛けて、うねりながら突撃していく。

(これでダークマターを剥がしさえすれば!)

 しかしデッドリーピンクは涼しげな表情を変えなかった。ロッドの先から真っ黒なエネルギーを放出し、ヒトヅマーブルスクリューに真っ向からぶつける。

「あ、あれはまさか、ダークマーブルスクリュー?」

「え? それって……」

 ヒトヅマーブルスクリューは暗黒の波動によって食い破られてしまった。衝撃はソードまで伝わり、ラブリーミルクも弾き飛ばされる。

「きゃあああっ!」

 幸いダメージは軽かった。起きあがり、剣を構えなおそうとする。

「大丈夫なノ? ラブリーミルク」

「心配しないで、ミルミル。これくらい、全然……」

 しかし頼みのヒトヅマテリアル・ソードがいやに軽かった。それが折れていることに気付き、ラブリーミルクは瞳を強張らせる。

「そ、そんな?」

 ヒトヅマテリアル・ソードが折れた。それほどにデッドリーピンクの必殺技は凄まじいらしい。ソードのおかげで自分には直撃しなかったことに、ぞっとする。

 デッドリーピンクは立ち去り、凶暴化したダークモンスターと、丸腰のラブリーミルクだけが残された。ミルミルは男子生徒を逃がそうと、必死。

「ラブリーミルクも早く逃げるんダ!」

「で、でも……」

 モンスターはむしろラブリーミルクに狙いをつけ、エネルギーを溜めていた。アグレッシブ・ビースト・ベーゼを撃とうと、唇を突き出す。

「――そこまでです!」

 突如、そこに紅蓮の炎が割り込んだ。

 魔法であることは間違いない。だが、この力はラブリーピースでもラブリースティーレでも、ラブリーフォールのものでもなかった。

 見覚えのないシルエットが浮かぶ。

「もしかして、五人目なの?」

「あ、あれは……結婚したっていう最強の魔法少女ダ!」

 魔法人妻ラブリーブライド。彼女は炎の次に氷を呼び出し、モンスターに浴びせた。

「あとは任せてください!」

 敵の半身を氷漬けにしたうえで、さらにヒトヅマターを増幅させる。真正面へと突き出した両手から放たれたのは、あの必殺技だった。

「これで決めます! ヒトヅマーブルスクリュー!」

 ラブリーミルクのものにひけを取らないヒトヅマターの奔流が、ダークモンスターを一撃のもとに打ち破る。その圧倒的な強さにはミルミルも驚愕した。

「さすがラブリーブライド……魔法少女時代の魔法に、ヒトヅマーブルスクリューまで使いこなせるなんテ」

 ラブリーブライドが微笑む。

「また会いましょう、ラブリーミルク」

「え……?」

 ラブリーピースたちが駆けつけてきたところで、彼女は早々に消えてしまった。

「ラブリーミルク! 今のは誰?」

「ヒトヅマテリアル製の剣が折れてる……相手は多分、デッドリーピンク」

 今回ダークマターを消滅させたのは、ラブリーミルクではない。

 男子生徒がおずおずと女教師を抱え起こした。

「マリ姉……そんなふうに気を引かなくったって、ストリー○ファイターの練習くらい、いくらでも付き合うからさ」

「カズヤくん……ありがとう。私、絶対にあのコンボ、マスターしてみせるから」

 憑き物が取れたかのように、女教師の表情も安らぐ。この結末もラブリーブライドの活躍があってこそ。

「何もできなかったんだ、私……」

 初めての無力感だった。

 

 その夜はニャンニャンの途中で旦那様が手を止める。

「どうしたんだい、美玖。元気がないようだけど」

「う、うん。あのね」

 デッドリーピンクに敵わなかったことがショックだった。ラブリーブライドにあっさりとヒトヅマーブルスクリューを使いこなされたことも、美玖の自信に影を落とす。

 落ち込む美玖の頭を、旦那様が撫でてくれた。

「大丈夫だよ。僕のラブリーミルクは誰にも負けないさ」

「お兄ちゃん……」

「そのためには、ヒトヅマターもたっぷり補充しておかないとね。そうだなあ……美玖、今夜は高校の体操着に着替えておいで」

「……お、に、い、ちゃ、ん?」

 旦那様の趣向に呆れ、美玖は視線に含みを込める。

 それでもリクエストにはお応えしてしまった。

魔法人妻ラブリーミルク 9

 旦那様が残業で忙しい夜、魔法人妻たちは出動した。スピードが乗らないラブリーミルクに代わって、今夜はラブリーピースが先行する。

「調子が悪いみたいね、あんた」

「ご、ごめん……」

 魔法人妻としての強い使命感とは裏腹に、美玖にはためらいがあった。

 ヒトヅマテリアル・ソードを魔法少女に折られてしまったのは、先週のこと。ヒトヅマターで錬成しなおせるはずが、未だに修復できていなかった。

 これでは戦えず、仲間のサポートにまわっている。

「安心しなさい。あんたの分まで、私が戦ってあげるから」

「うん……」

「ミルクちゃん! ピースちゃん!」

 間もなくラブリースティーレとラブリーフォールも合流した。先週の反省を踏まえ、独断専行は避けることにしている。

 ラブリーフォールが索敵の情報を更新した。

「方角を修正。あのマンションのあたりで間違いない」

「仕事が早いわね、フォール。魔法少女が来ないうちに片付けましょう」

 ラブリースティーレの指揮のもと、問題のカップルを待つ。

 その男女はディナーを終え、マンションヘと戻ってきたようだった。彼氏のほうは粗末な風貌だが、彼女はスーツで整然と決めている。

「悪いな、またご馳走になっちまって……」

「いいのよ。私がトオルにご馳走したくて、してるんだもの」

 ダークマターの持ち主は彼女だった。ラブリーフォールがスキャンを掛け、ふたりの関係を弾き出す。

「男性はフリーターで、相手は典型的なキャリアウーマン。年収は二百万以上の差」

 ラブリーピースが遠慮なしに言いきった。

「ヒモってやつね」

「……でも、あのひと、パティシエの免許を持ってる」

 彼氏は資格こそあるものの、就職先には恵まれなかったらしい。一方、彼女は順風満帆とエリートコースを邁進している。それだけに、主導権は彼女にあった。

「明日はお休みだし、今夜はゆっくりと楽しみましょう? うふふ」

「あ、ああ……」

 ダークマターは恋愛に破滅をもたらす。ダークマターを排除しない限り、この関係が破綻することは必至だった。

「マンションに入られたら、面倒ね。ここで決めるわよ!」

 ラブリーピースが二丁の拳銃を構え、先陣を切る。

 その拳銃が照準を合わせると、女性がもがき始めた。ダークマターが正体を現すとともに彼女を取り込み、モンスターと化す。

「グォオオオ! あなたは私のものよ、トオルゥ!」

「ど、どうしたんだ? ソノコ!」

 ラブリーフォールがライフルで狙いをつけた。

「先制で決めれば……!」

 フォールの電流ショットを追いかけながら、ラブリーピースも小刻みに弾丸を放つ。

 ところが、ふたりの奇襲は障壁によって阻まれた。ラブリースティーレが魔法少女の存在に逸早く勘付く。

「出たわね、デッドリーピンク」

 すでにデッドリーピンクは山ほどの魔方陣を展開し終えていた。ラブリーミルクたちを待ち構えていたらしい。

魔方陣がラブリーピースに炎を、ラブリーフォールに氷を放つ。

「こ、こいつ! やってくれるわね!」

「おびき出された……?」

 ダークモンスターもデッドリーピンクの干渉によって膨れあがった。アグレッシブ・ビースト・ベーゼがラブリースティーレを掠める。

「きゃあああ!」

 ピース、フォール、スティーレの三人は手痛い反撃を食らい、撃墜されてしまった。

「みんな! しっかりして!」

「ボクらがフォローするかラ! ラブリーミルクはモンスターをお願イ!」

 残った魔法人妻はラブリーミルクだけ。4対1で一気に押しきるつもりが、1対2で追い込まれる。敵は強化ダークモンスターと魔法少女。

 武器さえないラブリーミルクは固唾を飲んだ。

「このままじゃ……」

「まだです!」

 そこへ五人目の魔法人妻、ラブリーブライドが駆けつけてくれた。結婚の前は魔法少女だったこともあり、デッドリーピンクとは面識があるらしい。

「久しぶりですね、ラブリーピンク……いえ、今はデッドリーピンクでしたか」

「……………」

 ラブリーブライドとデッドリーピンクは夜空で相対し、火花を散らした。ブライドが牽制で放った電撃を、デッドリーピンクは淡々と弾く。

「ラブリーミルクさん、この子は任せてください。あなたはあれをお願いします」

「え? ……う、うん」

 ラブリーブライドとデッドリーピンクの魔法が上空で猛然とぶつかりあった。その真下で、ラブリーミルクは巨大なダークモンスターと対峙する。

「私はこっちを……?」

「そこをどきなさいよォ! トールは誰にも渡さないわ!」

 敵のパワーはヒトヅマッスルにも匹敵した。しかしラブリーミルクの剣は折れ、ヒトヅマーブルスクリューも撃てない。どうやって戦えばいいのか、わからなかった。

(スティーレも一撃で……今の私じゃ、とても)

 さしもの魔法人妻もあとずさり、冷や汗を浮かべる。

「ま、待ってくれ! 魔法人妻!」

 ところが、彼氏が震えながらも前に出てしまった。モンスターとなった女性に向かい、正直な気持ちを打ち明ける。

「オレがわかるだろ? ソノコ! しっかりしろ!」

「トオルゥ……大丈夫よ、これからも私が養ってあげるわ……さあ」

 ダークモンスターが低い声で笑った。

 それでも彼氏は引きさがらず、必死に声を張る。

「本当はオレが……オレがお前を養ってやりたいんだ! 自分の店を構えて、お前と一緒に……なのに、オレ、情けないことばかり言っちまって……」

 ダークモンスターの動きが鈍った。

「ト……トオル?」

 彼氏の言葉が届いたらしいことに、ラブリーミルクははっとする。

怪物を倒すことが魔法人妻の役目ではない。間違った恋を正すためにこそ、魔法人妻は戦っているのだから。

ミルミルが戻ってきて、ラブリーミルクに発破を掛ける。

「自分を信じテ、ラブリーミルク! 君は前に一度、使ったはずだヨ。ヒトヅマーブルスクリューを超える真の必殺技……ヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックス、ヲ!」

 全身にみるみる力が漲ってきた。

「やっとわかったかも。ミルミル、あとは任せて」

 敵を倒すためでなく、ひとびとの正しい恋を見守るため。ラブリーミルクは両手に祈りを込め、ヒトヅマターを高めた。

 折れた剣がひとりでに浮き、ダークモンスターに狙いを定める。ヒトヅマテリアル・ソードは瞬く間に修復を終え、新たな輝きを放った。

「人妻の初心に帰った魂が! 傲慢な大人の恋を打ち砕く!」

 膨大なエネルギーがたわまり、爆ぜる。

「ヒトヅマーブルスクリュー!」

 ラブリーミルクの女の気合が、渦を巻きながらモンスターへと突進した。それが俄かに膨れあがって、真っ白なエネルギーへと色を変える。

「ヒトヅマックスーッ!」

 それは相手のアグレッシブ・ビースト・ベーゼをも飲み込んで、ダークモンスターをハートの形に貫いた。その威力の凄まじさにミルミルが目を見開く。

「あ、あれこそ、伝説のラブリーハートが使ったっていう本物ノ……!」

 上空のラブリーブライドとデッドリーピンクも戦いの手を止めた。

「やりましたね、ラブリーミルクさん!」

ヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックスがダークマターを焼き尽くす。

 戦況を不利と判断したのか、デッドリーピンクは迷いもなく飛び去った。人間の姿に戻った彼女を、彼氏が心配そうに抱きかかえる。

「ありがとう、ラブリーミルク……ソノコを助けてくれて」

「ううん。あなたの力だわ」

 ラブリーミルクの剣は輝きに満ちていた。これこそが聖剣、ヒトヅマサムネ。

 ラブリーブライドが降りてくる。

「あたしの思った通りでした。あなたがいれば、コンカツにもきっと勝てます。一緒に行きませんか? コンカツの本拠地メリッジヘル、へ」

「……ええ!」

 コンカツとの決戦が始まろうとしていた。

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