魔法人妻ラブリーミルク 4

 水曜日は美玖も千夜も必修の講義がないため、休日のようなもの。午後は美玖の家でティータイムを催すのが、恒例になりつつある。

 最近の千夜はすっかりご機嫌だった。

「ほら、駅向かいんとこのケーキよ。朝のうちに並んじゃったわ」

「ありがとう! ミルミルの分もあるんだ?」

 どうやら旦那様と素直にニャンニャンできるようになったらしい。もちろん美玖のほうも昨夜、旦那様とニャンニャンしたばかり。

 ミルミルとチョキオはケーキの前で溜息を重ねあわせた。

「美玖ちゃんって引っ込み思案だけど、旦那さんにはすっごく積極的なんだヨ?」

「こっちの千夜ちゃんもおんなじサ。普段は頑固なくせに、ネ」

 美玖は恥ずかしがって、千夜は怒って顔を赤らめる。

「変なこと言わないでったら、ミルミル」

「そうよ! それに……まだ、ちゃんと最後までしてもらえるわけじゃ……」

 旦那様には聞かせられないトークで盛りあがっていると、ミルミルのお耳が跳ねた。

「……ムムッ? こいつはダークマターの気配ダ!」

 ティータイムの途中であっても、魔法人妻には使命がある。美玖が意気揚々と立ちあがると、千夜も渋々と相槌を打った。

「行こう、みんな!」

「しょうがないわね。まあ、放っとくわけにもいかないし」

 美玖たちは変身し、ダークマターのもとを目指す。

 最初のうちは単純な展開しかできなかった可変ウイングにも、随分と慣れた。ラブリーピースとスピードを合わせながら、青い空を突っきっていく。

 いつものダークモンスターなら、そう苦戦せずに倒せる自信があった。だが、また魔法少女デッドリーピンクが現れるかもしれない。

「出てくるかな? デッドリーピンク」

「気にしてもしょうがないわよ。案外、ビビって隠れてるんじゃない?」

美玖たちのように戦士として覚醒しながらも、間違った恋愛に固執し、ダークマターに囚われてしまった魔法少女。

しかし今回、彼女の姿はなかった。

ダークマターの気配は三十に近いくらいの女性から感じられる。

チョキオが急に声を荒らげた。

「まさか人妻がダークマターに取り憑かれちゃったのカ?」

「え? それって……」

 ターゲットにはラブリーピースがスキャンを掛ける。

「既婚者、だけど義理の弟に好意を持ってるみたいね。いわゆる兄嫁ってやつだわ」

「このパターンはまずいゾ! ふたりとも、もっと離れるんダ!」

 ラブリーミルクの肩でミルミルも慌てた。

 女性は義弟の車で駅まで送ってもらったらしい。しかしそれは、彼を連れ出すための口実で、キスを無理強いし始める。

「ハ、ハナ姉さん?」

「あのひとには内緒よ。ウフフ、楽しみましょうね」

 魔法人妻たちはアイコンタクトを交わし、ラブリーミルクは男性を、ラブリーピースは女性のほうを車から引っ張り出した。

「手っ取り早くモンスターにして、退治するわよ! ラブリーミルク!」

「うん! ごめんなさい、あなたは隠れてて」

 ふたりのヒトヅマターがダークマターにプレッシャーを掛け、活性化させる。女性はびりびりと服を裂き、膨れあがった。ところが、そのサイズが大きすぎる。

「な……なんですって?」

 ラブリーピースは宙返りで離脱し、瞳を強張らせた。

 ミルミルとチョキオはラブリーミルクの後ろへと逃げ込む。

「あれはいつものモンスターじゃないヨ! ヒトヅマッスル、ダ!」

 ダークマターは女性を取り込んで、五メートル超の巨体となった。恋愛の酸いも甘いも知っているはずの奥様が、ダークマターに屈すると、筋肉質の魔人になるらしい。

 その名をヒトヅマッスル。

「ウォオオオーッ!」

 午後の街におぞましい雄叫びが響き渡った。

ヒトヅマッスルの巨影を見上げ、ひとびとは逃げ惑う。

「や、やばいぞ! 化け物だ!」

「こっちだ! 走れ!」

 ラブリーピースは焦りつつ、ヒトヅマッスルに銃を向けた。

「ヒトヅマッスルだか何だか知らないけど、やっつければいいんでしょ?」

 幸い敵の動きは鈍い。ラブリーピースの射撃は全弾、命中する。しかし弾丸は筋肉の壁を貫けず、ぱらぱらと落ちた。

「私に任せてっ!」

 今度はラブリーミルクがヒトヅマッスルの背後を取り、剣で一撃を叩き込む。それでもヒトヅマッスルはびくともせず、不敵な笑みを浮かべた。

「ドゥアブル・ラリアァート!」

 巨体が猛然と腕を振りまわし、突風を巻き起こす。

「きゃああっ?」

吹き飛ばされてしまったラブリーミルクを、ラブリーピースが受け止めた。

「あ、ありがと、ラブリーピース」

「気にしないで。それよりこのままじゃ埒が明かないわ。悔しいけど、あんたのヒトヅマーブルスクリューで決めるしかなさそうね……」

 おそらくヒトヅマッスルに通用するのは、ヒトヅマターを最大出力で放つ、あの必殺技のみ。ただし、それはラブリーミルクにしか使えなかった。

「私が牽制するから、あんたはヒトヅマーブルスクリューで狙いなさい」

「で、でも、あれはチャージに時間が……」

「いいから! 頼んだわよ!」

 ラブリーピースは再び両手に銃を構え、ヒトヅマッスルと対峙する。

「私たちと同じ人妻が、ダークマターであんなふうになるなん、て……まさかっ?」

 しかし危険を直感し、反射的に正面を避けた。そこをヒトヅマッスルの口づけ、アグレッシブ・ビースト・ベーゼの波動が通り過ぎる。

 アグレッシブ・ビースト・ベーゼは勢いあまって、自動車さえひっくり返した。その陰に身を潜めていた、義弟の彼が真っ青になり、腰を抜かす。

「ひいいっ! ハ、ハナさん……」

「見ツケタ! アナタヲ、私ダケノモノニシテヤルワ!」

 ラブリーミルクもラブリーピースもぎくりとして、咄嗟には動けなかった。

(だめ、間に合わない!)

 ヒトヅマッスルの口がエネルギーを膨張させる。

「――グフウゥッ?」

 その口を、青白い電流が一直線に貫いた。アグレッシブ・ビースト・ベーゼが暴発し、ヒトヅマッスルの顔面を炎に包む。

「だ、誰なの?」

 ラブリーミルクたちは振り返り、ふたりの魔法人妻の登場に驚いた。

 ひとりはロングレンジのヒトヅマテリアル・ライフルで敵に狙いをつけている。

「ダメージは上々……けど、決め手にはならない。どうする? スティーレ」

「あの子のヒトヅマーブルスクリューに頼るしかないわね。フォール」

 もうひとりはヒトヅマテリアル・チェーンを引き絞った。

「私たちでヒトヅマッスルを足止めするわ! ラブリーミルク、あなたはヒトヅマーブルスクリューでとどめを!」

 ふたりの魔法人妻が散開しつつ、ヒトヅマッスルに挟み撃ちを仕掛ける。

「誰だか知んないけど、今はあいつを止めるのが先ってことね」

ラブリーピースも敵の正面で身体を張った。拳銃とライフル、チェーンの三段攻撃がヒトヅマッスルをたじろがせる。

「チャンスよ! ラブリーミルク!」

「うん!」

 その間にラブリーミルクはソードを展開し、エネルギーを最大まで高めた。ヒトヅマッスルに目掛け、怒涛の必殺技を放つ。

「人妻の大人びた良識が、妖しい恋を打ち砕く! ヒトヅマーブルスクリュー!」

 ヒトヅマーブルスクリューは路面を削りあげながら、ヒトヅマッスルへと迫った。大爆発が起こり、邪悪なダークマターを跡形もなく消し飛ばす。

 女性はもとの姿に戻り、倒れ伏した。ラブリーピースが溜息を漏らす。

「恐ろしい敵だったわね……」

「あのふたりがいなかったら、危なかったかも。ね」

 ラブリーミルクは振り向き、新たな魔法人妻たちを迎えようとした。しかし彼女らは依然として、こちらと間合いを保っている。

「私たちは私たちでやるから。干渉しないで」

「今日のところはごめんなさいね。ミルクちゃん、ピースちゃん」

 ふたりの魔法人妻は自己紹介もせず、早々に引きあげてしまった。ラブリーミルクとラブリーピースは呆然と立ち竦む。

 野次馬も集まってきた。

「……帰ろっか、ラブリーピース」

「ええ。あいつらを探すのは、今度にしましょ」

 ひとまずラブリーミルクたちも引きあげることに。

 

 家に戻ったら、温かいコーヒーでティータイムを仕切りなおす。

「前からなんて……恥ずかしいでしょ? 千夜ちゃん」

「やっぱり顔を見ていたいじゃない。ダーリンの反応も掴みやすいしー」

 新しい魔法人妻たちについて話すつもりが、いつの間にか、まったく別のことが本日のテーマとなっていた。

「でも、お背中を流すんだから、後ろからじゃないと……」

「ぎゅって抱きついちゃえば、いいんだってば」

 艶めかしいトークの数々に、ミルミルとチョキオはげんなり。

「美玖ちゃん……僕らも聞いてるんだから、ラブメイクの話はもうちょっとサ~」

「どうせ千夜ちゃんは口だけで、できないんだヨ。聞いててあげよウ」

図星を突かれ、千夜はわかりやすいほど赤面した。

「こ、今夜はちゃんとサービスしてあげるんだからっ!」

実のところ、自分ではできないことを美玖に試させて、手応えを確かめようとしていたらしい。それでも純朴な美玖は穏やかに微笑む。

「千夜ちゃんって何でも知ってるから、頼りになるよ。エヘヘ」

「疑うことを知らない子だナァ……」

 水曜の夜はむしろ旦那様のほうが大変かもしれなかった。

魔法人妻ラブリーミルク 5

 夕食のレシピに勘違いがあったようなので、美玖はお隣さんの千夜に電話中。

『だからワサビとか、そういうのが、大人の男は好きなんだってば』

「うーん。でも私、からいのは苦手だし……」

 居間のソファで電話を続けていると、旦那様がしめしめとにじり寄ってきた。美玖の電話とは逆の耳元で、甘い囁きに吐息を含める。

「面白い玩具が手に入ったんだ、美玖ちゃん。試してみようか」

「え? ま、待って?」

 不意打ちで靴下を脱がされた。裸となった爪先に、熊手のような形の玩具を押し当てられる。熊手は足の指をすり抜け、指の叉を丹念に擦り始めた。

「あっ、あぁあ?」

 その心地よさにたまらず、美玖は声を上擦らせる。

『ちょっと、どうしたのよ? まさか……』

電話の向こうで早くも千夜が勘付いた。しかし巧みな悪戯を続けられては、我慢などしていられない。電話を持ったまま、美玖は切ない表情で身悶える。

「どうだい? すごくいいでしょ」

「だ、だめ……はあっ、お兄ちゃん、こんなのぉ!」

 足の指の叉は思った以上に感度が高かった。しかも四つの叉をすべて同時に擦られるのだから、その快感は凄まじい。

 息はすっかり乱れ、瞳も蕩けつつあった。

「んはあっ、はぁ、んあ?」

『さっきから何やってんのよ! あんたばっかり、ずる……きゃっ、ダーリン?』

 電話の向こうでも千夜が旦那様に捕まったらしい。

 敏感な爪先をマッサージされまくり、ふたりの新妻は嬌声をはもらせた。

「ひゃあああ~っ!」

「で、電話してるんだから……やっ、ああぁ!」

 ミルミルの怒号が飛ぶ。

「どんなラブシーンだヨッ! 全っ然、エロくないじゃないカ!」

 せっかくの悪戯を邪魔され、美玖はむすっと頬を膨らませた。

「足の指がないミルミルにはわかんないもん。す~っごく気持ちいいんだから」

「お風呂でお父さんが悦に浸るやつでしょ、それ……オッ?」

 呆れ果てるミルミルの上で、センサーのお耳が立った。

「ダークマターが出たゾ!」

「こんな時間に? 千夜ちゃん、聞こえた?」

『え、ええ……しょうがないわね』

 新妻たちは旦那様に留守を預け、出動することに。

「暗いから気を付けるんだよ、美玖。……いや、僕のラブリーミルク」

「うん! すぐ帰るから」

 麗しい魔法人妻へと変身し、最短距離を最高速でかっ飛ばす。

 ダークマターの出所はオフィス街のビルだった。まだ残業が続いているようで、明るい部屋が多い。その屋上で、ラブリーミルクたちは意外な人物らと鉢合わせになった。

「あなたたちはこの間の、魔法人妻?」

「あら。どうやらお互い、目的は同じみたいね」

 物腰の柔らかい魔法人妻が、ラブリーミルクに握手を差し出してくる。

「手を組むはどうかしら? 私はラブリースティーレよ。よろしくね、ミルクちゃん」

「あ、はい。こちらこそ……ええと、そっちの魔法人妻は?」

 もうひとりは顔を背け、素っ気ない調子で呟いた。

「……ラブリーフォール」

「感じの悪いやつね。こんなので、ちゃんと共闘なんてできるわけ?」

「実力は保証するわ。そうね、二手に分かれましょうか」

 ばらばらに動いては、互いの作戦に支障をきたすかもしれない。ここはツーマンセルでチームを分け、ラブリーミルクはラブリースティーレと一緒に行動することにした。不愛想なラブリーフォールと組む羽目になったラブリーピースが、不満を漏らす。

「ちょっと、ちょっと! 私がこいつと?」

「こっちの台詞……」

 ラブリーフォールとラブリーピースの間で火花が散った。

「仲良くしてね、ラブリーピース」

 ラブリーミルクのほうはラブリースティーレとともに先行する。

 ビルの中は照明がついているにもかかわらず、人気がなかった。ラブリースティーレが声を潜めつつ、周囲にスキャンを走らせる。

「とっくに逃げたようね。やっと秘密結社コンカツの支部を突き止めたのに……」

「コンカツ、が?」

 ラブリーミルクもミルミルから噂程度には聞いていた。

 ダークマターは恋愛感情に強い衝動をもたらす。それを悪用し、強引にカップルを成立させることで莫大な利益を貪る、悪の秘密結社があった。その名はコンカツ。

 落ち着き払っているようで、ラブリースティーレは気が逸っていた。スキャンを切りあげ、オフィスへと足を踏み入れる。

「せめて顧客データの回収だけでも……」

「危ないっ!」

 反射的にラブリーミルクは彼女を庇い、倒れ込んだ。マシンガンが頭上を掠める。

「あ、ありがとう、ミルクちゃん」

「ううん。それより、あれは……ロボットなの?」

 無人のオフィスではコンカツロボが待ち構えていた。魔法人妻を迎撃すべく配置されたトラップだろう。また弾幕をばらまかれ、ラブリーミルクたちは身を屈める。

 ラブリースティーレがインカムを掴み寄せた。

「フォールちゃん、ピースちゃん! ビルに残ってるひとがいたら、避難させて! こっちはコンカツロボを食い止めるから!」

『……了解』

『あ、こら! 勝手に決め――』

 ラブリーミルクはヒトヅマテリアル・ソードを構え、コンカツロボを見据える。

 コンカツロボは左右のマシンガンを撃ちきると、弾薬ベルトの交換に入った。その一瞬を見逃す魔法人妻たちではない。

ラブリースティーレのチェーンが伸び、マシンガンの可動を妨げる。

「今よ、ミルクちゃん!」

「うんっ!」

すかさずラブリーミルクがソードで強烈な一撃を叩き込んだ。見掛け倒しのロボットは崩れ、機能を停止させる。

「大した相手じゃなくて、よかったね、ラブリースティーレ」

「ええ。冷静に戦いさえすれば、この通りね」

とりあえずコンカツロボを撃破することはできた。しかしコンカツの顧客データは破棄されてしまったようで、大した手がかりは残っていない。

「そろそろ引きあげましょうか。思ったより早く帰れそうかしら……」

 インカムで仲間に撤収を指示してから、ラブリースティーレは携帯に電源を入れた。旦那様への報告らしい。こうして旦那様と話しているだけでも、大人びた印象がある。

「……ええ、そうなの。だからお夕飯は一緒に……」

 その声が急にトーンを跳ねあげた。

「ほっ、本当? やーだぁ! んもお、お兄たまったらあ~!

 舌足らずな口調も相まって、甘えん坊そのもの。締まりのない笑みが、旦那様への一途な愛を駄々漏れにする。

「ス、スティーレ?」

 電話が終わるまで、ラブリーミルクは目を点にしていた。

約束だよぉ? ん~、ちゅっ! ……あ」

 携帯にキスをしたところで、ラブリースティーレが我を取り戻す。途端に顔を真っ赤にして、大袈裟なほどにあとずさった。

「ちちっ、違うのよ? さっきのは、ほら、いつもってわけじゃなくって!」

「だ、大丈夫だよ。私も『お兄ちゃん』って呼んじゃうことあるし」

新妻の彼女もまた妹属性の持ち主。『お兄たま』などと呼ぶくらいだから、幼い頃からの付き合いなのだろう。

(べったり甘えたりしてるのかなあ……)

それだけに仲もいいはずで、美玖としては少し羨ましかった。

 

次の日も旦那様は残業もなく早めに帰宅してくれた。昨夜のプレイを踏まえて、若奥様に趣向を凝らす。美玖は千夜に電話しつつ、アイスキャンディーを咥えさせられた。

「もっと音を立てるんだぞ、美玖。千夜ちゃんにも聞こえるようにね」

「んちゅう……っへはあ、これふぇいいの? んちゅっ、あむぅ」

旦那様がキャンディーを動かすせいで、追いかけるのも大変。逃がさないように深めに頬張って、ちゅぱ、ちゅぱと粘っこい音を立てる。

電話の向こうで千夜が声を震わせた。

『ああっ、あ、あんた、もしかして……? ダーリン! 早く来てってば!』

 何やら勘違いしたうえで、同じ音を立て、対抗してくる。新妻たちは電話越しにちゅぱちゅぱ、ちゅぱちゅぱ。

 お隣からチョキオが様子を見にやってきた。

「……なんダ。やっぱりアイス、カ」

「そっちもアイスキャンディーかなんかでショ? どうせ」

「もちろン。それにしてモ……」

 旦那様は少し困った顔で、美玖の素直なチュパチュパを眺めている。

「おにぃひゃん、これ、いちゅまでひゅればいいの? んまっぐ、もう溶へひゃっへ」

「違うんだよ、美玖。もっと恥ずかしそうにさあ……」

 若奥様にステップアップは早かった。

魔法人妻ラブリーミルク 6

 土曜の夜、美玖たちはフォーマルなドレス姿で集まった。

ラブリースティーレの都麗華(みやこれいか)、ラブリーフォールの恩名寺奈穂(おなでらなほ)も交えて、作戦を決めておく。

「どこかにダークマターの結晶体があるはずなの。手分けして探しましょう」

「幹部も来てるんじゃない? 捕まえたほうが早いわ」

 今夜ホテルで催されるのは、秘密結社コンカツによる『出会いパーティー』だった。表向きは健全なパーティーだが、裏ではコンカツが糸を引いている。参加者にダークマターを与え、カップル成立を強引に進める算段だろう。

 四人で行動しては目立つため、適当にメンバーを分けることに。

「行くわよ、千夜ちゃん」

「しょうがないわね」

麗華は千夜を連れ、美玖と奈穂が残った。美玖たちも会場に入って、ミルミルたちの偽造した招待状で、警備をパスする。

 パーティーの参加者は男性より女性のほうが多かった。これでも男性のほうが会費も高いらしいが、彼らなりに盛りあがっている。

一方、女性たちは何やら不穏な空気に包まれていた。

「そっちに立ってて、美玖」

「こう?」

美玖の陰に隠れながら、奈穂がてきぱきとスキャンを掛ける。

「……反応あり。麗華にも報せないと」

「あ、千夜ちゃんからだ。向こうも気付いたみたいだね」

すでに女性客のふたりはダークマターを有していた。ここで美玖たちが変身しては、大騒ぎになるため、チャンスを待つ。

男性客らが声を掛けてきた。

「こんばんは。おふたりは友達なんですか?」

「え? ええと……」

 ここでは美玖も奈穂も『結婚の相手を探しに来た』体でなければ、怪しまれる。しかし嘘でも旦那様を裏切るような真似はしたくなかった。

「こっちの奈穂ちゃんが、試しに行ってみようって……でも、私はあんまり」

 しどろもどろになっていると、奈穂がフォローしてくれる。

「ごめんなさい。私たち、まだ十九だから、お酒は」

「そ、そうだったんですか? これは失礼」

 出会いパーティーに十九歳の女性がいると知って、彼らは面食らってしまった。男性の参加者とは歳が離れすぎているに違いない。

「ありがとう、奈穂ちゃん」

「……別に。マスターを裏切りたくないっていうの、わかるから」

「マスターって、旦那様のことだね」

 同じ十代の妻として親近感を覚えつつ、美玖は奈穂に問いかけた。

「結婚する前はなんてふうに呼んでたの? 私は今でも時々『お兄ちゃん』だけど」

 麗華の『おにいたま』という前例もあるだけに、気になる。

 ポーカーフェイスの奈穂が俄かに赤面して、しどろもどろになった。

「……あ、兄きゅん」

「きゅんって、どういう意味?」

「小さい頃は『くん』のつもりで……そう呼ぶの、私だけだから……えぇと」

 美玖の旦那様と同じく、奈穂の旦那様も果報者らしい。

(可愛いなあ、奈穂ちゃん)

 根掘り葉掘り聞きたくなってしまったが、今夜のところは我慢しておく。

 しばらくして、会場のステージに司会が立った。

「さあ、みなさん! こちらのラブ・ストーンを腕に巻いてください。相性ぴったりの相手とラブ・ストーンを近づけあえば、ピンク色になりますので」

 不思議な石の話に美玖は『へえ』と頷く。その傍で奈穂は眉を顰めた。

「あれはダークマターの欠片。あとで回収しないと」

「そ、そうなの?」

 離れた位置から千夜と麗華がウインクを向けてくる。行動にはまだ早い、もう少し様子を見よう、という合図だった。

「男性は左手に、女性は右手に……うわっ?」

ところが、ラブ・ストーンが司会の手を離れ、ひとりでに宙へと浮きあがる。

 ラブ・ストーンはトンボのように飛び、ふたりの女性客の目の前で弾けた。すでにダークマターに汚染されつつあった彼女らが、モンスターへと姿を変える。

「きゃあああ! 化け物だわ!」

「に、逃げろ!」

 会場は俄かに騒然となった。皆してエレベーターに駆け込もうとして、ごった返す。

「こっちだよ、奈穂ちゃん!」

「了解」

 美玖たちは一旦、化粧室へと飛び込んだ。変身を済ませたら、ラブリースティーレ(麗華)がホテルの警報を鳴らす。

「落ち着いてください! モンスターは私たちが食い止めますから」

「もしかして、あなたは魔法人妻?」

 ラブリーピース(千夜)とラブリーフォール(奈穂)はモンスターのもとへ急行した。二体のモンスターに対し、こちらもふたりで銃を構える。

「足を引っ張らないでよ、ラブリーフォール!」

「……………」

「な、なんとか言いなさいったら!」

 ラブリーピースの二丁拳銃がリズミカルに弾丸を放った。そこにラブリーフォールのライフルが一点集中の電流ショットを紛れ込ませる。

 しかしモンスターは障壁に守られており、直撃させられなかった。ラブリーフォールがバイザーを通し、その正体を見極める。

「あれは魔法……?」

 一方、モンスターたちは魔法人妻に目もくれず、互いに睨みあっていた。

「結婚するのは私が先よ! あんたはマサシとよろしくやってれば、いいじゃない!」

「年収で男を捨てるような女が、偉そうにしないで!」

 女性客らの雰囲気が険悪だったのは、このふたりのせいらしい。ダークマターに支配されながらも、特定の恋愛対象がいないせいか、粗暴に罵りあうばかり。

 ラブリーミルクはソードにヒトヅマターを収束させた。

「私がやってみる! ラブリーピースはサポート、お願い!」

「オーケー! あんたのフォローなら、私のほうが慣れてるものね」

 ラブリーピースに射撃で援護してもらいつつ、距離を詰める。突撃の勢いも乗せて、ヒトヅマテリアル・ソードが敵の障壁を叩き割った。

 もう一体にはラブリーフォールが狙いを定め、最大出力のショットを撃ち込む。

「ターゲット、ロックオン……!」

 そちらの障壁にも穴が空いた。

「いただきよっ!」

すかさずラブリーピースが躍り出て、二丁の拳銃を噴かせる。モンスターは何ヶ所も撃ち抜かれ、ダークマターを霧散させた。女性らは人間の姿に戻って、倒れる。

 これにて事件は解決。しかし腑に落ちない点が多かった。

 ここで客をモンスターに変貌させるメリットなど、コンカツにあるはずもない。そもそも司会はラブ・ストーンの正体さえ知らなかったのか、完全に腰を抜かしていた。

 突然、壁の一部が円形に吹き飛ぶ。

「あっ、あなた、まさか?」

 いつぞやの魔法少女デッドリーピンクだった。ダークマターの結晶体を魔法で引っ張りながら、ラブリーミルクたちの前を横切っていく。

 あとからヒトヅマテリアル・チェーンが伸びてきた。

「みんな! その子を逃がさないで!」

 しかしラブリースティーレの鎖は届かず、ラブリーピースたちの銃もリロードやチャージが間に合わない。

「待って! あなたは何を……」

 デッドリーピンクは窓ガラスを豪快に突き破り、ダークマターの結晶体とともに夜空へと消えてしまった。冷たい夜風が魔法人妻たちの頬を撫でる。

「何者なのかしら? あいつ。コンカツの協力者ってわけじゃないようだけど」

「わからないわ。でも、敵であることは確かね」

 コンカツの幹部たちにも逃げられ、今夜の作戦に収穫はなかった。

 

 家に帰ったら、お風呂で旦那様と合流する。

「いいお湯ね、あなた」

「そうだね」

 奥様の美玖は高校時代のスクール水着を着て、旦那様と一緒のお湯に浸かっていた。後ろから旦那様に抱き締められると、それだけで気持ちいい。

「そっちは大変だったそうじゃないか、美玖」

「うん。あなたのほうはどうだったの?」

「魔法人妻の夫で集まって、飲んでたんだ。みんな、奥さんにゾッコンでさ」

 戦うためには休息も必要だった。ヒトヅマターの補充も欠かせない。

「ところで、美玖? それを着てる時は、僕のこと、お兄ちゃんって呼んで欲しいな」

「え? いいけど……あっ、こら! お兄ちゃん?」

 今夜はお風呂でニャンニャン。湯気に紛れて、夫婦の熱い吐息が重なった。

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