魔法人妻ラブリーミルク 10

 ラブリーブライドは魔法少女だった頃から、秘密結社コンカツの動向を探っていた。コンカツの本拠地を突き止めたのは、先月のことらしい。

 だが、ラブリーブライドだけで殲滅できる規模ではなかった。単独で奇襲に打って出たところで、首謀者を取りのがす恐れもある。だからこそ、協力者を求めた。

 コンカツの本拠地、その名はメリッジヘル。

 夏の陽が暮れてから、魔法人妻たちは集結した。

「まさか遊園地のお城が、やつらのアジトだったなんてね」

 壮麗な佇まいの王宮へと、ラブリーピースが拳銃で狙いをつける。

 ラブリーフォールは淡々と状況を睨んでいた。

「表向きは普通のデートスポット。ここで目ぼしいターゲットを探してたのかも……」

「え? コンカツって、既存のカップルにもちょっかい掛けてたわけ?」

 五人目の魔法人妻、ラブリーブライドが悔しそうに唇を噛む。

「ダークマターでカップルの関係を破綻させて、次の客に仕立ててたんです」

「当事者は『恋愛で失敗した』と思ってるから、今度はより慎重に……それが婚活の動機になるってことかしら」

 温厚なラブリースティーレも憤りを隠さなかった。

 秘密結社コンカツは男女に出会いを提供することで、会費を巻きあげるだけではない。盛大な結婚式を押し進め、徹底的に利を貪る。被害者たちはダークマターに取り憑かれているせいで、それが詐欺まがいの手口だと、冷静には判断できないのだろう。

「悪いのはコンカツだよね。でも……」

 そうやって皆が闇雲に『結婚』を目的とすることが、美玖にはわからなかった。

 美玖は結婚できたものの、旦那様との距離感は一進一退が続いている。当初は相手を受け入れさえすればよいと思っていたが、そう単純なものではないらしい。

 大切なのは『結婚したあと』のこと。

 考え込んでいると、ラブリーピースが相槌を打ってくれた。

「あんたの言いたいこと、なんとなくわかるわよ。みんな、結婚を最終目的にしちゃってるのが、疑問だってんでしょ」

「う、うん。偉そうなこと、言える立場じゃないけど」

 ラブリースティーレはラブリーミルクの背中に触れ、発破を掛ける。

「悪いのは、みんなの弱みにつけ込むコンカツよ。こんな真似、絶対に許せないわ」

「……同意。今夜こそケリをつけよう」

 ラブリーフォールがスキャンを終え、メリッジヘルへの突入ルートを弾き出した。魔法人妻たちは決意を込め、頷きあう。

「頑張ろうね、みんな!」

 すでに遊園地は営業を終え、スタッフがわずかに残っているだけだった。ナイトパレードは来週からの予定らしい。観覧車も輝きを単なる電球に戻し、黒い夜空へと沈む。

 ラブリーブライドが妖精たちとともに先行した。

「作戦開始です! 必ず城のメインシステムを落としてみせますから」

「いっくゾ~!」

 彼女の妖精ランジーも加えて、メリッジヘルの動力室を目指す。

 ラブリースティーレとラブリーフォールは西側から王宮へと突入することに。

「ミルクちゃんたちも気をつけてね」

「今夜は総帥がいるはず……逃がさない」

 ラブリーミルクとラブリーピースのコンビは東側からとなった。スタッフ用の出入り口から侵入し、非常灯だけの通路を一直線に駆け抜けていく。

「ここだよ、ラブリーピース!」

「典型的な隠し扉ってやつね。楽しませてくれるじゃないの」

 これまでのラブリーブライドの調査と、ラブリーフォールのスキャンのおかげで、迷うことはなかった。セキュリティロックもフォール手製の端末でパスする。

 ところが階段を駆けあがる途中で、警報が鳴り響いた。

『城門より侵入者あり! ただちに警戒せよ!』

 ラブリーミルクたちは足を止め、『まさか』と顔を見合わせる。

「ブライドの予想が当たったのかな」

「来たんだわ。魔法少女も」

 デッドリーピンクの目的はおそらくダークマターの結晶体を奪取すること。ラブリーミルクたちを追って、彼女もまたコンカツの本拠地を突き止めたのだろう。同時に、この騒ぎを魔法人妻に押しつけ、ダークマターをかっさらうつもりと見て、間違いない。

「こっちも全開で行くわよ、ラブリーミルク!」

「うんっ!」

 ラブリーミルクとラブリーピースは武器のエネルギーを全開にして、正面のセキュリティを強引に突き破った。レッドアラームが警備兵に召集を掛ける。

『ひ、東通路で侵入者を発見! すでにメリッジヘルに突入されています!』

『待て、西だ! 西からも入ってきてるぞ!』

 奇襲の甲斐あって、指揮系統は混乱を極めていた。警備兵はラブリーピースが麻酔弾で昏倒させ、警備ロボはラブリーミルクが聖剣ヒトヅマサムネで叩き割る。

「スティーレやフォールに負けてらんないわ! 頼むわよ、相棒!」

「もちろん! ラブリーピースも頼りにしてるから!」

 ふたりの快進撃は止まらない。

 

 その頃、ラブリーブライドと妖精の一行はメイン動力室へと迫りつつあった。だが、そこで旧友でもある魔法少女デッドリーピンクと鉢合わせする。

「うわアッ? あ、あいつハ……」

「やっぱり来たんですね、デッドリーピンク……いえ、桃花さん」

 本当の名を呼ばれ、デッドリーピンクが口を開いた。

「……邪魔をしないで。栞」

 彼女の背後でどす黒いダークマターが揺らめく。その瘴気の濃さは、もはや常人が耐えられるレベルではなかった。魔法少女はそれに耐えてしまえるからこそ、汚染も進む。

 ラブリーブライドはテレパシーでミルミルたちに指示を送った。

(私がチャンスを作りますから、その隙に動力室へ)

(わかっタ。でも無茶はしないデ)

 デッドリーピンクがロッドをかざし、真っ黒な火炎を矢継ぎ早に放つ。

「消えてなくなれ」

 それを氷の障壁で防ぎながら、ラブリーブライドも得意の魔法で応戦した。白い電撃と黒い電撃から真っ向からぶつかり、激しく削りあう。

「ダークマターを集めて、何をする気です? 答えてください!」

「……………」

 デッドリーピンクとラブリーブライドの実力は拮抗していた。こうして鍔迫り合いを始めれば、どちらも動くに動けない。

その脇をミルミルたちがすり抜けていった。

「メリッジヘルのメインシステムはボクらで止めるんダ!」

「頑張ってネ! ラブリーブライド!」

 魔法少女と魔法人妻の鍔迫り合いは、まだ続く。

 

 ラブリーミルクが最深部へと辿り着いた時は、すでに幹部らは倒されたあとだった。ラブリースティーレたちのほうが先に到着し、暴れてくれたらしい。

「スティーレ! フォールも無事?」

「大丈夫よ。作戦通り、敵が分散してくれたもの」

 残っているのはコンカツの総帥のみ。四十代の手前といった女性で、いかにもビジネスマンらしい風貌だった。しかし今は魔法人妻に囲まれ、その表情も沈みきっている。

 ラブリースティーレがヒトヅマテリアル・チェーンをしならせた。

「秘密結社コンカツも今日でおしまいよ。諦めなさい」

「……どうしてかしら、ね」

 総帥が何かを悟ったかのように呟く。

「私はただ、みんなに幸せになって欲しかっただけ。そのお手伝いをしていたはず、なのに……いつの間にか、ビジネスが肥大化して、収拾がつかなくなってしまったの」

 ラブリーピースは両手を腰に当て、言葉に怒りを込めた。

「だからって、ダークマターまで持ち出したわけ? あんたたちの企みに、どれだけのカップルが巻き込まれたと思ってんの」

「私もピースに同意。総帥の心がどうあれ、コンカツのやったことは事実」

 ラブリーフォールのライフルは総帥に照準を合わせている。

「待って、みんな」

 それでもラブリーミルクはかぶりを振って、ふたりを制した。蹲ったままの総帥に歩み寄り、手を差し伸べる。

「やりなおしましょう、総帥さん。その気持ちがあるなら、きっと大丈夫です」

「あ、あなた……ふふっ、私の負けだわ」

 総帥の頬を一粒の涙が伝い落ちた。

ラブリースティーレも武器をさげ、溜息をつく。

「終わったわね」

「うん。あとはダークマターを結晶体を片付け……」

 しかし幹部には諦めの悪い者がいた。よろよろと這い蹲って、スイッチに手を伸ばす。

「魔法人妻どもめ! コンカツを敵にまわしたこと、後悔させてやる!」

 総帥が俄かに血相を変えた。

「や、やめなさい!」

「お飾りの社長は黙ってろ! は、はは……われわれは『総帥』の決定に従うまで!」

 最深部のさらに奥で、壁が左右に開いていく。

 現れたのは奇妙なロボットだった。左右のアームがランチャーを構える。

「あれこそがコンカツの、真の総帥なのよ! 逃げなさい!」

「し、真の……」

 コンカツはすでに人類の手を離れていた。マザーコンピューターKON-KATSUが防衛システムと一体化し、侵入者の排除を始めようとする。

『ターゲット、魔法人妻……コレヨリ殲滅スル』

 魔法人妻たちは一斉に攻撃態勢を取った。

「ピース! スティーレ! フォール! これで最後だよ、頑張ろう!」

「オーケー! ちょうど暴れ足りなかったところだし」

「みんな、コンピューターに踊らされていたなんてね。お返しは高くつくわよ」

「……絶対に勝つ」

 強大な悪との激戦が今、始まる。

魔法人妻ラブリーミルク 11

 マザーコンピューターKON-KATSUを前にして、魔法少女たちは消耗戦を強いられていた。ラブリーピースが最後の弾を銃に込め、舌打ちする。

「なんて頑丈なやつなのよ? これじゃあ……」

 すでにラブリーフォールのライフルも威力が半分まで落ちていた。

「魔法に近い力で障壁を張ってる……もっと強いパワーで、一気に破るしかない」

「だったら、ミルクちゃんの『あれ』しかないわね」

 こちらの切り札はヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックス。しかしラブリーミルクの消耗も激しいうえ、敵の動きを止めないことには、撃てそうになかった。

「ご、ごめ……きゃあっ!」

 KON-KATSUのミサイルが飛んできて、魔法少女たちを猛烈な爆風で煽る。

 マザーコンピューターに無尽蔵のエネルギーが供給されている限り、長期戦は不利だった。さしものラブリーミルクたちも徐々に追い込まれる。

 ところが、不意にメリッジヘルの電源が落ち、照明のすべてが消えた。

「……ブライドだわ!」

 ラブリーブライドとミルミルの面々が動力をダウンさせてくれたらしい。暗闇の中、KON-KATSUも電力の供給を失い、内部電源へと切り替える。

「今だよ、みんな!」

 魔法人妻たちの武器が真っ白に光り輝いた。

 ラブリーピースの二丁拳銃が、KON-KATSUの関節に弾丸を撃ち込む。

「こうなったら、デクの棒よね!」

 そして左のアームには、ラブリーフォールの電流ショットが直撃。

「……敵の損耗率、30パーセントを突破」

「これで60%よ!」

 右のアームはラブリースティーレのチェーンが巻きつき、もぎ取った。一転して劣勢に追い込まれたKON-KATSUが、自爆のカウントに入る。

「とどめよっ! 人妻の夜は激しくありたい魂が、野暮なオモチャを打ち砕く!」

 ラブリーミルクのもとにピース、スティーレ、フォールも集まった。全員のヒトヅマアーをヒトヅマサムネに集め、怒涛の一撃を放つ。

「ヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックスーーーッ!」

『敗北ガ確定……リ、理解、不能……!』

 KON-KATSUはヒトヅマーブルスクリューに貫かれ、粉々になった。

 ついに激戦を制し、ラブリーミルクは膝をつく。

「はあ、はあ……や、やったのかなぁ? 私たち……」

 秘密結社コンカツの総帥は倒れた。

 

 一方、ラブリーブライドとデッドリーピンクの戦いは、突然の停電によって遮られた。暗闇の中、デッドリーピンクの駆け足が遠のいていく。

「待ちなさいっ!」

魔法の炎で視界を確保した時には、彼女の姿は消えていた。

 主電源を落としたことが裏目に出たらしい。急いでダークマターの保管庫まで追いかけるも、結晶体はすべて奪われたあとだった。

「……やられたわ! 桃花のやつ!」

ラブリーブライドはらしくもない屈辱を込め、保管庫のドアを殴りつける。

 

 後日、しばらくはコンカツの悪行が世間を騒がせることに。しかし、それはひとびとに結婚の意味を改めて考えさせる、ささやかなきっかけにもなるのだった。

 

 

 コンカツとの戦いを終えた魔法人妻のため、妖精たちがバカンスを企画してくれた。旦那様らも休みを取り(妖精の魔法も関与したらしい)、二泊三日の旅へ。

 プライベートビーチを前にして、美玖は瞳を輝かせる。

「すっごーい! ねっ、あなた」

「妖精って意外にリッチなんだなあ。今日は思いっきり泳ごう!」

 カントリー調の別荘も奥様たちには大好評だった。それぞれ夫婦で一部屋ずつ借り、着替えを済ませたら、ビーチに直行する。

「めいっぱい楽しんでネ! 美玖ちゃん。旦那さんも」

「ありがとう、ミルミル」

 千夜たちは早くもはしゃいでいた。開放的な姿のせいか、アプローチも大胆に。

「ダーリン、もっとあっちのほうに行ってみない?」

 千夜は旦那様の腕にしがみつき、これみよがしに胸を押しつけた。奈穂は砂遊びのついでに前のめりになって、旦那様に魅惑の谷間を覗かせる。

「埋めてあげよっか? マスター」

「ど、どこに……?」

 麗華も愛しの旦那様と水をかけあっていた。

「ちょっと、あなた? さっきからどこ狙ってるのよ、んもう」

 一方、ラブリーブレイドこと水無月栞は、照れ隠しに旦那様を殴り飛ばす。

「日焼け止めを塗るだけって言いましたよね? セクハラは自重してください!」

「ま、待ってくれ! オレたち、もう夫婦だろ?」

 美玖は旦那様と一緒に、サメの浮き輪で遊ぶことに。しかし跨るには脚を広げなければならず、恥ずかしい。旦那様も顔を赤らめ、ごくりと生唾を飲む。

「しっかり掴まってるんだぞ? 美玖」

「えっ? ひゃあ、急に揺らさないでってば、お兄ちゃん!」

 いつにも増して、旦那様との距離が近いのを感じた。

今夜はベッドインもあるかもしれない。

 

 夕食のあとは全員、別荘の遊戯室で寛ぐことになった。大人びたロイヤリティで彩られた部屋の中央には、ソファが五つ、外に向けて円形に並べられてある。

美玖たち夫婦はそれぞれ、適当なソファについた。旦那様の要望もあって、魔法人妻に変身し、悩殺的なプロポーションをくねらせる。

 ドリンクは担当の妖精が運んでくれた。

「はい、どうゾ」

「ミルミルったら、至れり尽くせりね」

 美玖は旦那様とささやかに乾杯し、一息つく。ところが、後ろのほうからおかしな声が聞こえて、どきりとさせられた。恐る恐る振り返り、目を見張る。

「ま、待って? マスター、そんなとこ……んあっ!」

 クールな奈穂がソファの背もたれにしがみついて、何やら悶えていた。

「兄きゅんって呼んでくれたら、許してあげようかなあ。どうだい? 奈穂」

「意地悪しないで……ああっ、兄きゅん!」

 同じように栞もソファの上で旦那様に追い詰められ、色っぽい吐息を織り交ぜる。

「こらっ! そういうのは、もっと……だめ、そ、それしちゃ!」

「それって、どれのこと? これだっけ」

「ひゃっ? あ……そ、そこは!」

 いかがわしい雰囲気が漂い始めた。ソファの角度が違うせいで、よく見えないが、麗華は旦那様の足元で跪いている。しかも妹スイッチがオンの状態で。

お兄たま、どぉ? れいか、上手になったでしょお

「ふわふわだよ、これ……こんなふうに挟むなんて、考えたね」

 千夜に至っては、じゅるじゅると破廉恥な水音を立てまくっていた。

 じゅるる……ずずっ、ずじゅじゅるっ!

 淫らなムードに囲まれ、美玖は俄かに真っ赤になる。

(まさか、みんな……え? ここで夫婦ごとに遊ぶって、そういうことなの?)

 けれども、おかしいのは自分たちのようにも思えてきた。どの夫婦もソファで今、秘め事に耽っているのだから。旦那様も息を飲む。

「そ、それじゃ、僕たちも……ちょっとだけ。いいかな? 美玖」

「え、ええと……うん」

 美玖は恥じらいつつ、胸元から両手を剥がし、旦那様の熱い視線を受け入れた。ラブリーミルクの優美でいて挑発的なスタイルが、旦那様を興奮させる。

 ボディスーツのあちこちに手を這わされた。

「んあぁ? お、お兄ちゃん……はあ、や、優しくして」

「もう我慢なんてできないよ! ラブリーミルク」

 旦那様は新妻をソファに押し倒し、どんどんペースをあげてくる。

 不意に隣のソファで千夜が立ちあがった。

「チョキオってば、もう! いつまで待たせるつもりよ。ちょっと見てくる……わ?」

 すたすたと美玖たちのソファを横切ろうとして、こちらの情事を目撃する。数秒の間を置いてから、千夜は一気に赤面し、驚きの声を張りあげた。

「なななっ、何やってんのよ? あんたたち!」

「え? あの、千夜ちゃん?」

 半裸の美玖に向かって、人差し指を震わせる。

 反対側から麗華もまわり込んできて、感心気味に頬を染めた。

「……あらあら」

「ちょ、ちょっと待って? みんなもこういうこと、し、してたんじゃ……?」

 美玖は真っ赤な顔で混乱する。

 千夜の手にはめんつゆの瓶があった。

「こっちはおそうめん、食べてただけよ? ほら」

「で、でも……なら、麗華ちゃん、どうしてしゃがんでたの?」

 麗華の手には食べかけのホットドッグがある。

「私、夫より背が高いから……あんなふうにやって、目線をさげたりするの」

 騒ぎを聞きつけ、向こう側の奈穂と栞まで集まってきた。ふたりの手にはいつぞやの、足の指マッサージャー。奈穂はきょとんとして、栞は怒号をあげる。

「……美玖ってば、意外に大胆」

「ふ、分別くらい、わきまえてください! 非常識じゃないですかっ!」

 美玖は唖然としてしまった。

「奈穂ちゃん、栞ちゃん、もしかして……それで、あんな声出しちゃってただけ?」

「やっぱり聞こえてたんですか? はい、その……気持ちよすぎて」

 おそうめん、ホットドッグ、マッサージ。どれも美玖のイメージしていたものとは、かけ離れている。

「もう部屋に戻ったら? あんた」

「……うぅ」

かくして若生美玖にはスケベの称号が与えられた。

そこへラブリーブライドの妖精、ランジーが大慌てで飛び込んでくる。

「大変だヨ! 巨大なダークマターの結晶体が現れたんダ!」

「ダークマターがっ?」

美玖たちに驚きの波が走った。

 残っている敵は、いわくつきの魔法少女。メリッジヘルにあったダークマターの結晶体も、彼女、デッドリーピンクに根こそぎ奪われている。

「今度こそデッドリーピンクを止めなくっちゃ!」

 美玖の使命感に皆も頷いた。

 魔法人妻たちは今夜、決意と愛を胸に、魔法少女との決戦に臨む。

魔法人妻ラブリーミルク 12

 ラブリーミルクたちは魔法で夜空を駆け抜け、市街地を目指した。旦那様と妖精もあとから車で追ってくるが、魔法少女のスピードにはついてこられない。

「ラブリーブライド、教えて。デッドリーピンクには一体、何があったの?」

 デッドリーピンクと魔法少女でもあったラブリーブライドが、重たい口を開いた。

「桃花さん……あの子には好きなひとがいたんです。けど、そこをダークマターにつけいられそうになって……女王様が、桃花さんの感情に封印を掛けたんです」

 魔法少女は感情面が未成熟なため、ダークマターに支配されやすい。そのため、今回は美玖のような人妻らが戦士として選ばれた。

「恋愛の絶対禁止、といったほうが正しいかもしれません」

 ラブリーピースが声を荒らげる。

「待ちなさいよ! ダークマターに対抗するには、ヒトヅマターのような愛のパワーが不可欠なんでしょ? 恋愛感情を封じ込められて、どうやって戦うわけ?」

「ダークマターを滅ぼせるのは、第一に清らかな心です。しかし桃花さんは……」

 不意にラブリーブライドが言い淀んだ。しばらくの沈黙が続く。

「……片想いの相手をほかの子に取られたりして、次第に荒んでいき……ダークマターを使って、恋敵に復讐してしまったんです」

「そうしてデッドリーピンクが誕生したのね。……酷い話だわ」

 ラブリースティーレの言葉には怒りと悔しさが滲んでいた。

 ラブリーフォールがバイザー越しに夜空の向こうまでスキャンを掛ける。

「女王の采配が間違ってた?」

「どうでしょうか……魔法少女がダークマターで暴走する事件も、当時は立て続けに起こっていましたから。苦肉の策だったんだと思います」

 だんだんと瘴気が雲のように濃くなって、月も見えなくなった。

 美玖たちの住む街の中央には、異様な塔が出現している。それは斜塔のように傾き、どす黒い瘴気を漂わせていた。ラブリーブライドが表情を強張らせて、息を飲む。

「なんて大きさ……あれだけのダークマターを、どこから?」

あの塔こそ、ダークマターの結晶体らしい。

 冷静沈着なラブリーフォールさえ焦りを浮かべた。

「ダークマターのパワーが街じゅうに蔓延……夜明けまでにあれを片付けないと、ひとり残らず、恋愛の暗黒面に落とされる!」

「やるしかないわね。行くわよ、ラブリーミルク!」

 魔法人妻たちはダークマターの塔まで飛び、その頂上で彼女と対面する。

 デッドリーピンクは手足にダークマター製の装備をまとっていた。悪魔じみた形相で魔法人妻らを睨みつけ、憎悪に燃える。

「カップルの成立なんて許さない……みんな、まとめて破滅させてやる……っ!」

 ラブリーミルクの心には、ためらいがあった。

(ごめんね。デッドリーピンク)

 デッドリーピンクも苦しんでいるのだから、戦いたくない。しかし街の皆を守るためには、ここで決着をつけるほかなかった。決意とともにヒトヅマサムネを握り締める。

「ダークマターを破壊するよ、みんな!」

「ええっ!」

 魔法人妻たちは散開し、デッドリーピンクをぐるりと包囲した。

ラブリーピースが二丁の拳銃で奇襲を仕掛ける。ところが、デッドリーピンクも同じような銃を構え、先の先を取った。

「う、うそでしょ? ……きゃああ!」

 手足に弾を浴びせられ、ラブリーピースは塔の頂上へと墜落していく。

「ピ、ピースっ!」

「余所見してないで、ミルク。今度は私が……」

 間髪を入れず、ラブリーフォールが魔法少女に照準を合わせた。ラブリーピースを落とされたことで、怒りを漲らせているらしい。

だが、デッドリーピンクも長射程のライフルを実体化させる。

 次の瞬間、両者の電流ショットがすれ違った。デッドリーピンクには命中せず、ラブリーフォールのほうだけ直撃を食らう。

「うあああっ?」

 すかさずラブリースティーレとラブリーブライドが同時に飛び出した。

「同時攻撃よ! 私が押さえるから!」

「はい、お願いします!」

 スティーレのチェーンが渦を巻きながら、魔法少女を捕獲に掛かる。しかしそれもデッドリーピンクの鎖に絡め取られてしまった。

「まさか、チェーンまで? ……きゃあっ!」

 腕まで巻きつかれ、遠心力たっぷりに振りまわされる。

「スティーレさ……あぐぅ!」

 そのスティーレを、デッドリーピンクは魔法の詠唱中だったラブリーブライドにぶつけた。ふたりして塔へと叩き落とされる。

 残っているのはラブリーミルクだけ。魔法少女の強さに戦慄し、足が震えた。仲間のことも心配だが、金縛りにでも遭ったかのように動けない。

「ここまで強いなんて……」

 ラブリーピンクの聖剣に対し、デッドリーピンクも魔剣を引き抜いた。

「……このダークムラマサで……お前にも、ダークマターを植えつけてやるわ」

 それでもラブリーミルクは勇気を振り絞り、必殺技で勝負に出る。

「あなたをダークマターの呪縛から解放するには、これしか!」

 ヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックスが唸りをあげた。が、デッドリーピンクのほうも暗黒の必殺技で対抗してくる。

「ダークマーブルスクリュー・ダークネス」

 闇の波動が急激に膨れあがった。ヒトヅマーブルスクリューを押しきり、勢いあまってラブリーミルクを弾き飛ばす。

「きゃあああああッ!」

 とうとう魔法人妻は全員、撃墜されてしまった。

 ヒトヅマターを消耗しているせいで、ダークマターに抗えない。闇の力は魔法人妻たちさえ徐々に侵食し始めた。

ラブリーミルクはかろうじて頭をもたげ、苦悶の色を浮かべる。

「う、うぅ……みんな、し、しっかり、して……」

 上空のデッドリーピンクは魔法人妻らにとどめを刺そうとはしなかった。

「あなたたちも恋愛の暗黒面に落ちて、愛してるつもりの旦那と憎しみあうがいい」

美玖の心にある旦那様が、真っ黒に染められていく。

「うあぁ? い、いや……そんなのいや!」

「ラブリーミルク、負けないデ!」

 そこへ妖精のミルミルたちが駆けつけた。それぞれ担当の魔法人妻を魔法で持ちあげ、ダークマターの塔から大急ぎで飛び降りる。

「ミ、ミルミル……?」

「ひとまず退却だヨ! 旦那さんも待ってるかラ」

 ぼろぼろの魔法人妻に関心がないのか、デッドリーピンクは追ってこなかった。

 ダークマターの塔が瘴気を噴きあげ、街を包み込む。この街を中心として、ダークマターの影響範囲はさらに拡大しつつあった。

 このままでは、いずれ世界じゅうから『愛』という感情が失われる。

「みんなの心も壊れてしまえ。ふふ……ふふふ」

 魔法少女の酷薄な笑声が木霊した。

魔法人妻ラブリーミルク 13

 魔法人妻たちが逃げ込んだ先は、美玖が通っていた女子高だった。

「みんな、大丈夫……?」

「なんとか、ね」

体育館を借り、楽な姿勢となって、激戦の疲れを少しでも癒す。しかしダークマターに侵食されつつあるせいで、回復は遅々として進まなかった。

 五対一にもかかわらず、デッドリーピンクに一蹴されてしまったのが、信じられない。魔法少女はダークマターさえ支配下に置き、魔王として目覚めつつあった。

 ラブリーフォールが無力感を噛み締める。

「今夜じゅうにケリをつけないと、街のみんなが持たない。けど……」

 仮にもう一度、万全の態勢で挑んだところで、結果は見えていた。全員それがわかっているからこそ、重々しい沈黙が流れる。

「桃花……いえ、デッドリーピンクは、あのダークマターの塔からエネルギーの供給を受けているようです。塔から引き離しさえすれば、勝機も」

「向こうもそれくらい、わかってるってば。だから、追ってこなかったんでしょうし」

 しかしミルミルと旦那様たちは、まだ諦めていなかった。

「方法はあるヨ。ヒトヅマターをマキシマムパワーまで高めるんダ」

「勝てるさ! 美玖」

 魔法人妻たちは顔を見合わせながら、首を傾げる。

「ど、どうやって? さっきも一方的にやられちゃったのに」

 ミルミルが小さな胸を張った。

「人妻に戦士になってもらったのはね、恋愛面が成熟してるからだけじゃなイ。みんなが持ってるヒトヅマターこそが、ダークマターを滅する最強の力だから、なんダ」

「ミルクちゃんのヒトヅマーブルスクリューだって、通じなかったのよ?」

「だったら、全員で撃てばいいのサ」

 妖精らの魔法が、体育館に特大のベッドを呼び出す。

 旦那様たちは真剣な表情で頷きあった。

「美玖、ヒトヅマターをピークまで高めるには、これしかない。君たちがダークマターに汚染されきってしまうのも、時間の問題だからね。早くしないと」

「も、もしかして……ここで?」

 ヒトヅマターの補充には旦那様とのラブが欠かせない。

 ミルミルが奇妙なものを取り出した。

「心配しないで。このイチャイチャ棒を使えば、恥ずかしくないヨ。本当に愛しあってるキミたちのような夫婦なら、これでヒトヅマターも一気にマックス、サ!」

 旦那様はそれぞれイチャイチャ棒を受け取り、自分の魔法人妻へと向ける。美玖も旦那様にじりじりと迫られ、ベッドへと追い込まれた。

「ち、ちょっと待って? お兄ちゃ……あっ、あぁあ?」

 イチャイチャ棒がラブリーミルクの敏感なところをくすぐり始める。

 魔法人妻たちは同じベッドで、頭を中心にして、輪となった。右でも左でも手を繋ぎ、快感をシンクロさせていく。

「やめてったら、兄さん! ほ、ほんと……だめっ、あん、そんなに突いちゃ!」

 ラブリーピースはいやいやとかぶりを振って、息を乱した。

 その隣で、ラブリーフォールものけぞって悶える。

「兄きゅん、はあっ、激しぃ……こんなの、たへっ、耐えられないからぁ!」

 甲高い嬌声は何重にもなって反響した。さらに隣でも、ラブリースティーレが巨乳をこれみよがしに揺らして、悶絶。

おっ、お兄たまぁ! れ……れぇか、らめなの、ちょっとだけ待っへえっ!

 呂律もまわらず、灼けた吐息を散らす。

 ラブリーブライドの抵抗も強がりにしかならなかった。

「いい加減に……お、怒りますよ? あっ、だから、そういうのがだめなんれすっ!」

 気丈な顔つきも、舌を出すほどに蕩けていく。

 イチャイチャ棒は興奮するかのように、魔法人妻を執拗にくすぐりまわした。ラブリーミルクも両隣の魔法人妻と手を繋ぎながら、全身を打ち震わせる。

「ひあぁ? も、もうらめ……お兄ちゃん、み、みくっ、みくみくみくぅ!」

 ヒトヅマターがみるみる膨れあがって、ダークマターを跳ね除けた。魔法人妻たちの姿が神々しい輝きを放つ。

 

 暗黒の夜空を五つの流れ星が横切った。

ラブリーミルクたちは再びダークマターの塔を目指し、魔法少女と相対する。

「また来たの? クズども」

「偉そうにしてくれちゃって。私から行くわよ、ミルク!」

 せっかちなラブリーピースが躍り出て、トリガーを引いた。放たれたのは一発の弾丸のはずが、ビーム状のエネルギー波となって、デッドリーピンクを掠める。

「ま、まさか……ヒトヅマーブルスクリュー?」

「ターゲット、ロックオン!」

 ラブリーフォールのライフルも爆発的なエネルギーをたわめた。ヒトヅマーブルスクリュー・ヒトヅマックスにも匹敵する、超高熱のショットを放つ。

「くっ! お前たち、その力をどこで……」

「まだよ! デッドリーピンク!」

 蛇のようにしなって、デッドリーピンクの不意を突いたのは、ラブリースティーレのチェーンだった。ヒトヅマーブルスクリューをまとい、ダークマターの障壁を叩き割る。

 そこへラブリーミルクとラブリーブライドの、渾身の一撃が飛び込んだ。

「ツイン・ヒトヅマーブルスクリュー! ヒトヅマックス!」

「きゃああああっ!」

 デッドリーピンクは吹き飛ばされ、ダークマター製の装備も剥がれる。

 それでも魔法少女は戦いをやめようとしなかった。目を真っ赤に光らせて、ダークマターの塔とさえ共鳴を始める。

「邪魔はさせないわ……みんな、みんな、みんな! 私と同じ目に遭わせるまでは!」

 ダークマターの塔が浮かびあがって、魔法少女と融合した。巨大な悪魔のシルエットとなって、魔法人妻たちを悠々と見下ろす。

「……死ねっ!」

 しかし魔法人妻たちも諦めるはずがなかった。

「決めるよ、みんな!」

力強く頷きあって、ヒトヅマターを最大限までブーストさせる。

 ヒトヅマテリアル製の武器が合体し、さながら戦闘機のフォームとなった。ラブリーミルクを先頭にして、それに飛び乗り、加速をつける。

「私たちの勝ちよ、魔法少女!」

「誤差、修正……相対距離を算出、行ける……!」

「たったひとりで復讐なんて、やめなさい!」

「あなたを止められなかった責任は……今、ここで果たします!」

 魔法人妻たちのヒトヅマターが、悪魔の胸元を直撃した。

「みんなの力をひとつに! ヒトヅマキシマム・エクスプロージョンッ!」

 衝撃波が夜空に広がり、瘴気を吹き飛ばす。

 悪魔の背中に亀裂が走った。そこから次々と聖なる光が溢れ、魔法人妻たちも飛び出してくる。ラブリーミルクが抱えているのは、デッドリーピンクだった。

 眩いほどの光の中で、ダークマターは消滅する。

「……終わったわね、ミルク」

「ううん。この子を助けるのは、これからだもん」

 夜も明け、新しい朝がやってきた。今日も世界は太陽の愛で満たされていく。

 

 

 今朝も美玖は玄関先で旦那様を見送る。

「いってらっしゃい。あなた」

「うん。夏休みだからって、怠けてちゃだめだぞ?」

 あれからというもの、平穏な日々が続いていた。たまに出動要請があるくらいで、若奥様は新妻ライフを満喫している。

 ただ、ひとつだけ変わったことがあった。デッドリーピンクこと、ラブリーピンクの桃花も、若生家で一緒に生活している。

「私も予備校、いってきます」

「頑張ってね!」

 彼女はダークマターの呪縛から解き放たれ、数年ぶりに理性を取り戻した。今は高校卒業の資格を得るため、ひたむきに勉強に励んでいる。

 おかげで、旦那様とのニャンニャンもお預け。

「……お兄ちゃんにはもう少しだけ、我慢してもらわなくっちゃ」

 家の中に戻ろうとすると、ミルミルが慌てて飛んできた。

「美玖ちゃん! ダークマターの反応ダ!」

「任せてっ!」

 間違った恋愛を正すため、魔法人妻は戦い続ける。

 華麗に、そして大胆に――。

 

~おしまい~   

前へ     

※ 当サイトの文章はすべて転載禁止です。