傲慢なウィザード #3

ACT.19 境界線の抵抗

 司令部は壊滅し、クロードもいないため、愛煌のコートナー邸に集合する。

 真っ先におこなわれたのは、斉賀凪と葛葉海音の尋問だった。とはいえ、ふたりとも抵抗せず、すべてを白状してくれる。

「いかにも。オレと海音はキミたちに、あの子を押しつけたのさ」

「精霊協会の目を盗んでな。幸い、すぐにはばれなかったが」

 緋姫や愛煌はいくらか落ち着きを取り戻していた。

現在は深夜の零時をまわったところ。以前として、街の上空にはアイギスが広範囲に張っており、マスコミもヘリを飛ばせない。

「……どうして、マリアンを?」

 一之瀬閑のファイナル・グランドクロスから皆を、身を挺して庇ってくれた凪たちを、疑うつもりはなかった。だが真実は知りたい。知らなくてはならない。

 海音が重い口を開く。

「プロジェクト・エデンっつってな。精霊協会はそいつのために、ホムンクルスとかいう人形を作って、何やら企んでいやがった。……許せなかったんだよ」

 普段は飄々としている凪も、真剣な顔つきで答えた。

「あんなに小さな女の子が、培養液の中で眠ってるのを見れば、誰だって思うだろ? 外に出してやろうって……オレと海音は精霊協会の裏をかいて、あの子を連れだした」

「あとはご存知の通りよ。クロード=ニスケイアの妹だってことは、わかってたからな。そんでオレたちは、マリアンを見守ってた。あのままクロードの妹になってくれりゃ、それでよかったんだよ。ちっくしょ……」

 今回の発端は、凪と海音が精霊協会の非人道的な計画を知り、嫌悪感を抱いたこと。彼らの行動はひとまず実を結び、少女の救出に成功した。

 臨海地区で接触してきたのも、緋姫たちの人間性を見極める意図があったらしい。こちらがマリアンを保護してからも、彼らは何かと理由をつけ、傍にいた。

 愛煌が冷静に推理を立てる。

「あなたたちがマリアンを連れだすのを、精霊協会が予想してたって線は?」

「……なきにしもあらず、だね。杏樹……あぁ、オレたちの同僚に協会をひっかきまわしてもらったりもしたけど、最初っから見抜かれてたのかも」

「やつらの計画はとっくに始まってたのさ」

 凪と海音によって、ついにプロジェクト・エデンの真相が明かされた。

清らかな魂を持つ人間は、無条件で立ち入りを許される。一方で、罪人の穢れた魂が立ち入ることは、断固として拒まれる。

それこそが天国。

怨念で溢れ返った地獄に対を成す、究極の聖域を作ることが、プロジェクト・エデンの骨子だった。そして楽園の神フィオナは、アイギスという強力な手段を手にした。

愛煌が思案顔で声のトーンを落とす。

「読めてきたわ。アイギスで悪しき魂をシャットアウトするつもりなのね」

「あれはいずれ地表まで降りてくるよ。その時こそプロジェクト・エデンは完成する」

 凪の言葉も重々しい。

「精霊協会も、あのフィオナって女に踊らされてたんだろうぜ。おれたち精霊協会の母体は、やつの祖国だったみてえだからな」

「ルイビス……あたしのレイの記憶にあったわ。カトレア王国でしょ」

 今やアイギスは地上と空を分断するどころか、球状となり、地球さえ包み込んでいた。世界じゅうが空を支配され、大混乱に陥っている。

 もはや途方もないスケールだった。アイギスの影響範囲は、直線の距離でも優に数万キロを超える。そのうえ、地下のアンティノラは再び活性化しつつあった。

 ふと緋姫は眉を顰める。

「どうしてアイギスは発動できたのかしら? あたしたちはレイじゃないのに……」

 アーツには絶対の不文律が存在した。

 ひとを傷つけてはならない。私欲のために使ってはならない。アーツが効果を発揮するのは、あくまで『レイとの戦いにおいて』のみ。

 ところがクロードのアイギスは今、人間さえ拒みつつあった。

 愛煌が悟ったように瞼を伏せ、呟く。

「アンティノラよ。アイギスはアンティノラに対する防衛装置として機能してるんだわ」

「あれこそレイの巣窟……ふむ。アイギスが発動するわけか」

 紫月は淡々と相槌を打った。

 アンティノラのフロアキーパーが何者であるかは、定かではない。しかしおそらくフィオナはアンティノラを広げることで、アイギスの不文律を克服してしまった。

 レイの脅威を阻むためなら、アイギスは発動する。

 凪は肩を竦めた。

「それだけじゃないよ。地獄の蓋を開けることで、ひとびとに楽園を渇望させる狙いもあるのさ。やることがえげつないよね」

 神が認めた人間だけが、アイギスを通過し、楽園へと辿り着ける。だが、そうでない者は逃げ遅れ、アンティノラに飲み込まれるだろう。

「これが……神様のやること?」

 緋姫のこぶしは怒りで震えていた。隣の紫月も眉間に皺を寄せる。

「……神、か」

「悪魔だぜ。ありゃあ」

 デュレンはリィンに肩を借りながら、よろよろと現れた。一之瀬閑が放った『光』の力にはすこぶる弱いようで、まだ傷が癒えていない。

「この星のどこにも、もう逃げ場はねえ。殴り込みに行くしかねえだろーよォ」

 この状況を打開するための方法だけは、はっきりとしていた。

 アイギスの壁を越え、空へ行くこと。

 そしてクロード=ニスケイアを奪還すること。

「それなら、ぼくのネメシスで転移を……」

 リィンの力を借りれば、アンティノラを脱出した時のように、アイギスの向こう側に出られるかもしれなかった。しかしデュレンは渋い顔をする。

「やつもネメシスの存在は知ってるに違いねえ。だから、あの女どもを下僕にして、アイギスとは別に守りを固めたんだろうぜ。特にイチノセってのはやべえぞ」

 第六や第十三のメンバーは『闇』、すなわち地獄の力と親和性が高かった。

 一之瀬閑らは、その対極にある『光』の力で、必ず迎撃に出てくる。これまで黙りこくっていた輪と澪も、ようやく口を開いた。

「なんとかして、あいつらを正気に戻さねえと……」

「ですけど、闇雲に突っ込んだって、グランドクロスで全滅です」

 戦闘力まで飛躍的に向上してしまっている彼女らを、無力化するには、高度な作戦を要する。アイギスと四守護神はすでに大きな壁となって、立ちはだかっていた。

 デュレンが唇の端を吊りあげる。

「てめえらがやるしかねえだろーが、リン、サツキドー。作戦なんてやつは、おれも思いつかねえがなァ」

「……そのつもりだ。御神楽、オレたちも絶対に行くぞ」

 輪の顔つきは確固たる決意に漲っていた。

「オレと海音にも協力させてよ。『光』の力に対抗できるのは、オレたちだけだし」

「巻き込んじまったんだ。借りはキチッと返すぜ」

 凪と海音も尽力を約束してくれる。

 それを頼もしく思いながらも、緋姫はある不安要素を口にした。

「守護神と戦うなら、エクスカリバーの対抗手段が必要よ。さっき五月道さんも言ってた通り、あんなのを何発も撃たれたら、どうしようもないわ」

「だなあ……おれと凪が庇ってやれるのも、せいぜい一回が限度だしよ」

 鋼の精霊エクスカリバー。精霊とはレイの上位にして、より高次元の存在に当たる。それほどの強者が敵についている一方で、緋姫たちに精霊の助力はなかった。

「エクスカリバーにアイギス……完全無欠じゃないの」

 さしもの緋姫でも有効な打開策が思い当たらず、視線を落とす。

 愛煌は席を立ち、本日の解散を言い放った。

「部屋は用意させてるから、ひとまず全員、寝なさい。明日の夕方までに編成をみなおして、作戦を決めたら、決戦よ。いいわね」

 了解、と全員が声を揃える。

 そうだわ……沙耶は大丈夫かしら。

 緋姫はコートナー邸の医務室へと足を運んだ。そこでは負傷者の哲平と沙耶が、ヤクモの治療を受けている。

「緋姫さん! よかった……無事で」

「こっちの台詞よ。哲平くんも大事にならなくて、ほっとしたわ」

 沙耶だけでなく哲平も、話せるほどには回復していた。

「外まで逃げのびられたのは、デュレンさんや九条さんのおかげです。ほかのスタッフも一応救助はされたようで……ははっ、おっかないですよねえ」

「あのひとでも、やられたりするのね」

 ヤクモが器用な手つきでリンゴの皮を剥く。

「閣下って基本、油断してるから。後ろから不意打ちすれば、案外いけるかも」

「やらないでよ? ……で、シオンはそんなとこ隠れて、何してるの」

 ベッドの陰に隠れていた少年は、びくっと肩で跳ねた。

「だ、だって……次はあんなのと戦うんだろ? ボクじゃ、ついていけないからさ」

「シオンのレベルじゃきついよね。おれも逃げたい」

 誰も彼もエデンの脅威に立ち向かえるわけではない。だがデュレンの言葉通り、もはや地球上のどこにも逃げ場はなかった。

 アイギスが地表に達するまでが、タイムリミット。

「ところでミユキ、知らない?」

「あー。キラ姉の部屋を探すとかって、どっか行っちゃったよ」

 今夜はこれ以上、頭がまわりそうにない。緋姫は疲労を感じながら、客室とやらに向かうことにした。通りかかった屋敷のメイドが案内してくれる。

「御神楽様のお部屋はこちらになります。どうぞ」

「え、ええ」

 嫌な予感がした。

 御神楽緋姫のために用意されていたのは、豪勢な一室。中央には天蓋つきのベッドまであり、その周囲には、ある生き物が所狭しと並んでいる。

 タメにゃん。あれもこれも、タメにゃんの愛らしいヌイグルミだった。

「あっ、あいつ! この状況で何考えてんのよっ!」

 怒りで真っ赤になりながらも、胸のときめきを抑えきれない。恥ずかしくて、沙耶にさえ『欲しい』と打ち明けられなかったタメにゃんが、そこにいる。

 しかも、たくさんいる。

「こんなものであたしを篭絡しようだなんて、おぉ、憶えてなさいよ? 愛煌!」

 もふもふの感触を抱き締めずにはいられなかった。

 

 一時間ほど横になってはいたが、寝付けない。タメにゃんに囲まれ、興奮したせいもある。緋姫は制服に着替え、気分転換に庭にでも出てみることにした。

 手頃なサイズのタメにゃんを抱っこして。

「アイギスがあんなに遠くまで……」

 夜空は半透明のアイギスによって制圧されている。

 コートナー邸の庭には小さな川が流れ、せせらぎの音だけが静寂を伝えた。橋の上では上級生の男子が、無言で月を眺めている。

「……起きてたのね、紫月」

「姫様か」

 紫月は腕組みのポーズのまま、ふうと息をついた。

「眠る気になれなくてな。もう少し……風にでも当たっていようかと」

「隣、いいかしら」

「構わんさ。そいつは愛煌からのプレゼントか」

 緋姫がタメにゃんを抱えている理由など、聞くまでもないらしい。わざわざ言葉にせずとも、彼とは自然に通じあえた。

緋姫はアイギス越しに夜空を見上げ、紫月の視線の先にあるものを探す。

「クロードのこと、考えてたんでしょ」

「……ああ」

 紫月の横顔には、怒りともどかしさが滲んでいた。

「マリアンの姿でクロードを引き込んだフィオナは、許せん。だが、俺はクロードのやつにも腹が立ってるんだ。俺とリィンに姫様を任せる、だと……?」

 紫月の睨みあげた月は、何も語らない。

 あの時、おそらくクロードは緋姫とマリアンを天秤に掛けた。そして、味方のいない妹を選び、緋姫を紫月たちに託した。

 そこにどんな想いが絡んでいたのか、わからないほど、緋姫は鈍感になれない。

「あいつは姫様のことが好きなんだろう?」

「……あたしに聞かないでよ」

 かといって、はっきりと肯定できるほど、傲慢にもなれなかった。

 いつだってアイギスで緋姫を守ってくれた、クロード。緋姫が自身の素性を知り、落ち込んだ時は、にこやかな笑顔で励ましてくれた。

 御神楽緋姫を言葉通り『お姫様』扱いする、困った王子様。

 そんな彼が傍にいないだけで、半身を失ったかのように感じた。

「あたしたち、ARCに入った頃から、ずっと一緒だったわね。いつもクロードがいて、あなたがいて、あたしがいるの」

「最近は愛煌にリィンと、賑やかになってきたが、な」

 緋姫に必要なのは、朝霧やアイギスではない。

比良坂紫月とクロード=ニスケイアが揃ってこそ、全力で戦える。なのに。

「……クロードを出し抜くなら、今か」

 紫月は腕組みを解いて、小柄な緋姫の肩を抱き寄せた。

「冗談、よね?」

「少しクロードの真似をしてみたくなったのさ」

 ふたりで寄り添い、もう一度月を見上げる。

「心配はいらん。クロードが姫様を拒むなら……アイギスは俺が斬る」

 夏にしては涼しい風が吹き抜けた。

「アイギス……を?」

「忘れたのか? 姫様。俺の朝霧とやつのアイギスのことを。かくいう俺も、あの時は頭に血が昇ってしまって、それどころではなかったが」

 アイギスを破る方法は、ある。

朝霧も、アイギスも、緋姫が強化や調整を施してきたのだから。 

「クロードを取り返したら、どうするの? 紫月」

「殴りそうになったら、止めてくれ」

 緋姫の覚悟は決まった。

 

 

 翌日の夕暮れになって、クロードの奪還作戦が始まった。

 アイギスの向こうの夕空にこそ、敵がいる。だが、地上の街はアンティノラの脅威に呑まれつつあった。大型のレイまで出現し、獲物を求め、彷徨っている。

 近辺の民間人は避難が完了したとはいえ、あちこちで破壊活動もおこなわれた。

 この未曽有の危機において、数多のイレイザーが集結している。ケイウォルス支部の第五部隊は、比良坂詠の号令のもと、レイと交戦に入った。

「さあ! 持ちこたえるわよ!」

 戦いは早くも総力戦の様相を呈し始める。

 電波塔の上で、デュレン=アスモデウス=カイーナは悪魔の翼を広げた。

「おれも手ぇ貸してやるぜ、人間ども。感謝しろよ? 女ァ」

 その隣で、沙耶は天使の翼をはためかせる。

「頼りにしてます、デュレンさん。街はわたしたちで守りましょう!」

「ケケケ! 暴れすぎて、てめえでぶっ壊すんじゃねえぞ? ヴァージニア!」

 沙耶の左目が血液を集めた。

「行きます! ヴァージニアの瞳……お願い!」

 先に六翼の天使が飛び立って、空中から範囲内の魔物に狙いをつける。ばらまいた羽毛はそれぞれ独立して飛行し、熱線を放った。

 立て続けに爆発が起こる。

「ったくよォ。ぶっ壊すなって、言ったばかりだろーが」

 デュレンは舌なめずりで唇を濡らしつつ、冷笑を浮かべた。電波塔から跳躍し、悪魔の羽根で風に乗る。ところがその横を、雷鳥が怒涛の勢いで追い抜いていった。

「お手伝いに来てあげたわよ、閣下」

「へへへ! おっせぇんだよ、アンジュ!」

 雷鳥テスタロッサを使役するのは人間の女、朱鷺宮杏樹。

『三流魔王では手に負えんようだな。さっさと片付けるぞ、マスター!』

「相っ変わらず、むかつく鳥野郎だぜ」

 デュレンと杏樹はともに雷龍を編みだした。

「ライトニングドラグーン!」

 二匹の龍が咆哮をあげながら、レイの群れに食らいつく。

 街中でレイを斬り伏せる詠のところへも、地獄から救援者が駆けつけた。詠の背後を取った二匹のレイが、まとめて両断される。

「……あなたは?」

「秋津飛鳥、地獄の死神さ。ここらの地下鉄が使えんで、遅れた」

 彼は赤い刀を二刀流で構え、レイを睨みつけた。

「デュレンのやつに頼まれてな。助太刀する」

「よろしく頼むわ。ところであなた、わたしの弟に雰囲気が似てるわね」

 地獄の死神たちも参戦し、レイと激戦を繰り広げる。

 しかしデュレンと杏樹は眉を顰めた。

「おいおい……まさか」

「……いるんだわ」

レイの中に人形の化け物を見つけ、どす黒い殺気に戦慄する。

 荒くれ者のデュレンさえ青ざめた。

「ここいらの地下鉄を迷宮に変えやがったのは、やつか」

「シエル……あの子がどこかに」

 アンティノラから人形の群れが這い出てきて、曲刀を振りかざす。その背後にはデュレンをも戦慄させる、かの『最狂』の人形遣いが隠れているはずだった。

 それこそがアンティノラのフロアキーパーである可能性が高い。

「シエルにはもう肉体がねえ。見つけさえすりゃ、なんとかなりそうなモンだが……」

「あの子の狙いはきっとホムンクルス体よ。ほかに考えられないわ」

「違いねえ。やつのことだ、この混戦に紛れてチャンスを待ってやが……ん?」

 人形たちが不意に真下から吹き飛ばされる。

「シエルがっ?」

 破片をかわしながら、杏樹は雷鳥とともに街へと降り立った。

「いや……違ぇぞ、アンジュ! こんな時に来やがったか、セプテントリオン!」

 手足の折れた人形を踏みつけているのは、ひとりの女。

「楽しいことしてんじゃないの。アタシも混ぜてもらおうかしら」

「サツキ=ベネトナシュ……?」

 彼女こそ、半年ほど前にARCや精霊協会を敵にまわし、大災厄を引き起こそうとした人物だった。杏樹とテスタロッサを前にしても、酷薄な笑みを絶やさない。

 彼女も杏樹も、普通の人間でありながら、大きすぎる力を手にしてしまった。

「引いてちょうだい、ベネトナシュ。それとも加勢に来てくれたの?」

「加勢? ……ハッ、冗談じゃないわよ」

 サツキの後ろで巨大な影がおもむろに起きあがる。

 その威圧感に杏樹は顔を強張らせた。

「そんな、精霊が……?」

「おめでたいわね、あんた。精霊がどいつもこいつも人間を守ってくれるとか、思ってたわけ? コイツみたいな食み出し者もいるのよ。ねえ、レゾナンス」

 大地の精霊レゾナンスが怒りのような咆哮を轟かせる。

 雷の精霊テスタロッサが声を荒らげた。

『やつらは本気だ、アンジュ! ここで食い止めねば、この街は灰になるぞ!』

「……ええ。やるしかないわね」

 杏樹とテスタロッサが先制の稲妻をばらまく。

しかしレゾナンスの障壁に防がれ、サツキには届かなかった。

「こっちは暴れたくて、ウズウズしてんのよォ。『最恐』の力っての、見せてやらあ!」

「させないわよ! ここから先は通さない!」

 二体の精霊が真っ向から激突する。

 一方、上空では沙耶とデュレンが、夥しい数の魔物に手を焼いていた。

「魔眼の女、ベネトナシュはアンジュに任せとけ! おれたちはシエルを探すぞ!」

「はい! わたしは南から当たります!」

 沙耶の翼が羽根を散らし、すれ違いざまにレイを焼き尽くす。

 デュレンはインカムを掴み寄せ、声を張りあげた。

「上の連中に伝えろ! あのホムンクルスはすぐに処分しろ、ってなァ!」

『えっ? は、はい! 今から連絡します!』

 アイギスの向こうでも火花が散る。

 

 哲平からの通信など、聞いていられる状況ではなかった。

『フィオナの魂を抜いたら、ホムンクルスはただちに壊せ、とのことです』

「この忙しい時に! あとにして!」

 愛煌は『彼女ら』の猛攻をかわしながら、メンバーに指示を飛ばす。

「作戦通りのフォーメーションで行くわよ! 海音は沙織! 凪は優希! 奥の黒江は輪と澪で攻めなさいっ! わたしとミユキは上の閑をやるわ!」

 リィンのネメシスでアイギスをすり抜け、突入に成功したのは、五分ほど前のこと。緋姫の先行隊はフィオナを目指し、すでに包囲網を突破した。

 アイギスが足場となるため、不安定な浮遊のスペルアーツに頼る必要はない。夕焼けはアイギスで反射し、愛煌たちを下からも橙に染めあげた。

 海音がバトルアックスの柄を唾で濡らす。

「そいじゃー、いくぜ! お嬢ちゃんよぉ!」

 その相手も重量武器のハルバードを軽々と振るった。真っ向からのパワー勝負となり、体格で勝るはずの海音のほうが、じりじりと押される。

「なんっだあ? こいつの異常な力は」

 数回打ちあっただけで、戦い慣れているはずの腕が痺れた。

「見た目に惑わされちゃだめだって、海音! この子たち、ほんと強いよ!」

 凪も守護者のひとりとスピードで競いあう。しかし放った手裏剣は、パンチですべて弾き落とされてしまった。みるみる距離を詰められ、アッパーが顎を掠める。

「フィオナが選んだわけだ、ねえ? 海音!」

「あの女……おれたちを散々騙して、お次はこれかよ」

 それでも凪と海音が命を懸けるのは、責任感のためだった。

 培養液に閉じ込められた少女に同情し、逃がしたのは、ほかならない自分たち。その少女が本当は『神』を気取った亡霊だったなど、思いもよらなかった。

「愛煌ちゃんには迷惑かけちまったからな。やるぜ、おれは!」

 海音のバトルアックスが相手のハルバードを軋ませる。気迫では勝っていた。

 凪も守護者を牽制しつつ、真実を暴露する。

「今だから言うけどさ、愛煌さんは男なんだよ? お、と、こ、の、こ」

「んなわけ……えっ、まじで?」

 その遥か前方で、輪と澪のコンビは、別の守護者と対峙した。

「黒江……」

 二景黒江。第四部隊のスカウト系にして、おそらく今は、ほかの守護者にリアルタイムで情報を伝達している。

「まさか黒江さんと戦うことになるなんて」

 愛煌の読みが正しければ、操られているのは第一に彼女だった。情報とともに、操作するための信号を送っている可能性は、ある。

「オレたちで止めるぞ、五月道。準備はいいか」

「いいですけど……あんまり、こっち見ないでください」

 やむをえず、澪は際どい黒ビキニのユニフォームをまとった。

輪も改良を加えたバトルスーツを着用し、いつものブロードソードを構える。

「頼むぜ、相棒!」

 黒江の周囲で大砲がいくつも浮かびあがった。スキルアーツ『グラシャラボラス』がエネルギーを充填しつつ、輪たちに狙いを定める。

「させませんよ! 御神楽さん式サンダーボルトで!」

 すかさず澪は弾丸のように雷撃を放った。それが砲身に入り込んでから、炸裂する。

「お願い、セイレーン!」

 さらに澪の背後では女性のシルエットが起きあがった。澪と同時に、しかも別のスペルアーツを詠唱し、澪のものと合体させる。

「スプラッシュトルネード!」

 水と風の力が合わさり、横殴りの渦潮となった。

 対する黒江もグラシャラボラスを全開にして、熱線を放つ。熱線は渦潮を内側から抉り抜け、瞬く間にスプラッシュトルネードを無効化してしまった。

「さがれ、五月道!」

 輪がブロードソードを水平にして割り込む。

「黒江のことだ。あの一瞬で、お前のスペルアーツの弱点を見抜いたんだ」

「あんなに強い合成スペルでも、通じないなんて……」

 澪も輪に寄り添って、グラシャラボラスの飛び火をやり過ごした。

 黒江がチッと舌打ちする。グラシャラボラスはまたもエネルギーを蓄え始めた。

「オレのリーチと攻撃力じゃ、黒江には届かねえし、届いても効かねえ。オレは防御に徹するから、五月道、どんどん撃て!」

「はいっ! 守ってくださいね、輪くん!」

 輪に庇ってもらいながら、澪はスペルアーツの詠唱に入る。 

 海音や凪と交戦していた守護者たちが、不意に動きを鈍らせた。強引に輪へとターゲットを変えようとするのを、海音が見逃さない。

「おいおい? どこ見てんだ、お嬢ちゃん! おれと遊んでくれよ」

「あれ? どうしちゃったのかな」

 凪のほうでも相手のステップがわずかに乱れた。

 作戦前に哲平が予想したことは、当たっているのかもしれない。

『真井舵さんと五月道さんがイチャついてるとこ見せつければ、一之瀬さんたち、怒って正気に戻ったりするんじゃないですか?』

 海音も凪も面白半分に口を揃えた。

「羨ましいが、しょうがねえ。おーい、そっちのふたり! もっとくっつけっ!」

「つか、あの子、なんてカッコしてんの? 真井舵くんは我慢できるわけ?」

 守護者たちは腹立たしそうに、再び海音と凪に狙いを戻す。八つ当たりのような一撃を柄に叩き込まれ、海音のバトルアックスがひしゃげそうになった。

「そ、そんな冗談みてえな手段、通用しねえか」

「遊んでないで、やるしかないねえ!」

 三人の守護者は分断されつつ、イレイザーと激闘を繰り広げる。

 一方、愛煌はミユキとともに、最強の守護者と睨みあっていた。一之瀬閑の右手で、鋼の精霊エクスカリバーが真っ白に輝く。

「私たちを一ヶ所に集めて、あれを撃つ気だったみたいね」

「早くやっつけて、みんなの応援にいこーよぉ」

 愛煌と一緒のせいか、ミユキは上機嫌にケルベロスの鞭を引き絞った。愛煌のアルテミスも矢を番え、頭上の守護者に狙いを定める。

 一之瀬閑は宙に浮かんだまま、まだ戦いを静観していた。

愛煌は右に駆けながら、ミユキを左へと走らせる。

「ミユキ! ケルベロスで届くわね?」

「ダイジョーブ! ケルベロスちゃんは伸縮自在なんだからっ」

 ケルベロスの鞭が宙で曲がり、閑の背後に奇襲を掛けた。同時に愛煌のアルテミスが矢をばらまき、閑の逃げ場を奪う。

 しかし閑がエクスカリバーを掲げるだけで、鞭も矢も弾き落とされた。

「厄介な武器ね……。精霊ってのは、話は聞かないわけ?」

刀身を当てずとも、攻撃が可能らしい。

 とうとう閑はエクスカリバーに膨大なエネルギーを集束させ始めた。守護者とイレイザーで混戦になっているにもかかわらず、グランドクロスの発動体勢に入る。

 対する愛煌もアルテミスを構えた。

「来るわよ、ミユキ!」

「オッケー! あれを防げたら、デートね!」

 ケルベロスを弦にして、ミユキと一緒に引き絞る。

「アルテミス、ブラスターモードッ!」

「ファイナル・グランドクロス!」

 アルテミスとエクスカリバーの最大出力が、真っ向から激突した。激しく押しあいへしあいしながら、互いにエネルギーの先端をがりがりと削っていく。

「……今よっ!」

 跳躍し、閑の後ろを取ったのは、緋姫と一緒に先行したはずのヤクモだった。

「もう動かないで。イチノセ」

両手の指を編み合わせて、鈎爪ではなくスペルアーツを叩き込む。

 それは治療のスペルだった。攻撃系のスペルアーツではないために、守護者の障壁で防がれず、閑を直撃する。

 過剰な『治療』は、肉体にとって大きな負荷ともなった。

「うあ、あ……あぁ」

閑の全身が痙攣し、エクスカリバーを落とす。

エクスカリバーはアイギスに刺さることなく転がった。エネルギーの激突はアルテミスが勝ち、閑の戦闘服を掠める。

「やばいってば、ヤクモ! 早く離れて!」

 しかし閑は自前のスキルアーツである剣を取り出し、すぐさま反撃に転じた。ヤクモは防御も回避も間に合わず、左の上腕を浅く斬られる。

「ぐうっ! まだ動くの?」

「充分よ! グランドクロスは封じたわ」

 エクスカリバーは、ヤクモとともに戻ってきたシオンが回収した。

「言うこと聞くのか、こいつ? あっ、あとはみんなに任せたからな!」

 シオンまで戻ってきたのは、作戦にない。だが聖剣を奪えたのは大きかった。

「シオンはできるだけ遠くへ! 各自、足止めを優先して!」

「いけいけ~! ミユキとアキラくんのためにっ!」

 守護者との戦いは、まだ終わらない。

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