Slave To Passion ~妹たちは愛に濡れて~

SCENE 2

 いよいよ明日はタウラス帝国とキャンサー連合の会合が催されるわ。会場である城下の迎賓館は今のうちから警備が固められ、ネズミ一匹も通さない構え。

 羅刹の暗躍もあって、帝国と連合は神経を尖らせていた。

例の殺人はすでに四件にものぼり、まだまだ海賊の潜伏をにおわせてる。

 当然、ジェミニ自治警察も大忙しだった。

「今回は大した議題もなく終わるもの、と踏んでたんですけど……」

アリスの顔にも疲れの色が見えるほど。

「もうひと踏ん張りよ。会談さえ終われば、この緊張状態もいくらかましになるから」

 あたしもシルバーフォックス隊の隊長として気を引き締めていたかった。……ところがね、前夜祭には伯母様と一緒に出席することになっちゃって。

「それでは、私は配置につきますので。スバルさんも頑張ってください」

「……ええ。そっちはお願いね」

 お仕事のほうはアリスに任せておいて、あたしは一旦屋敷へと引きあげた。華やかなドレスに着替え、ヘアスタイルも調えておく。

 ジェミニ王家の姫なんだもの、こういう出番もある。

 やがて六月の空もオレンジ色に染まった。幸い天候に恵まれ、ドレスを雨で濡らすようなことはなさそう。あたしと伯母様は馬車に乗り、迎賓館へと向かう。

「もっとリラックスなさい、スバル。対談は明日だもの。帝国にせよ連合にせよ、今夜のところは牽制だけで済ませるつもりでしょう」

「はい、伯母様」

 さすが領主を二期も務めてるだけあって、貫録があるわね。十年前、タウラス帝国の捕虜となったお父様は早々に降伏し、王権を放棄したのに……。

 いつぞやのお兄様の言葉が脳裏によぎる。

『父さんなんて母さんの侍女と浮気して、隠し子まで拵えてたんだぜ? スバル、お前と同い年のな。そりゃ母さんが愛想を尽かすわけさ』

 これが本当なら、お父様とお母様の間にはただならない不和があった。そのうえ、あたしには姉妹がいるってことになる。

 こんなこと、伯母様に相談できるわけがなかった。

「……どうしたの? スバル。さっきから黙りっ放しで」

「そ、そう? ドレスなんて久しぶりだから」

 はぐらかしつつ、あたしは伯母様とともに馬車に揺られる。

 そのはずが、不意に御者が馬を止めた。

「そろそろでございますよ」

「え? あぁ、そうね」

 道行くひとびとも足を止め、夕空を見上げる。

あたしと伯母様も馬車の窓から『それ』を眺めた。綺麗なオレンジ色の空を、小さな月のようなものがゆっくりと横切っていく。

あれは一定の周期で空を駆け、およそ一ヶ月に一度、このジェミニの真上を通過した。月の欠片だとか、浮遊大陸だとか、色んな学説が飛び交ってる。

中でも有名なのが伝説上の天上都市『アスタリスク』だった。かつて大陸を意のままに支配した高度文明らしいけど……信憑性は疑問視されてる。ただ、それにちなんで、ジェミニのみんなはあの飛行物体をアスタリスクと呼んだ。

あれが見えてる間に願い事すれば、きっと叶う、なんて言い伝えもあったかしら。

「どうか、ジェミニに栄えある未来を……」

 伯母様はそう信じ、アスタリスクにお祈りを欠かさない。

「……お兄様が昔みたいな、素敵な王子様に戻ってくれますように」

 藁にも縋る思いで、あたしもお兄様のことをお願いしておく。

 ジェミニではあれの飛来を吉兆として、行動を起こすのが昔からの習わしなの。今回の対談も帝国と連合がそれにあやかり、日程に折り合いをつけた。験担ぎってやつね。

「行きましょうか。出してちょうだい」

「はい」

さらに馬車で走ると、豪勢な迎賓館が見えてきた。タウラス帝国とキャンサー連合の両軍が張ってるせいで、対談の会場にしては物々しい雰囲気に包まれてる。

「ようこそ、エリザベート様、スバル様」

「急ぎなさい。スバル」

 伯母様の顔つきが変わった。ジェミニ自治領の領主として、気後れなんかしてられないんだわ。しゃなりと歩くだけでも気品を漂わせて、両軍の兵を尻込みさせる。

 その後ろに続いて、あたしも迎賓館へと入った。

 中の警備は自治警察で担当することになってるから、顔馴染みが多くて落ち着くわね。両軍の兵士で摩擦を生じさせないための措置だったりもする。

 パーティー会場では帝国貴族や連合の議員たちが一堂に介していた。

「これはこれはエリザベート殿! 今宵は一段とお美しい」

「スバル様もどうぞ、こちらへ」

 表向きはあたしたちを歓迎し、愛想笑いを浮かべてる。

 だけど、この中には十年前の奇襲作戦に関わってるひともいるはずだった。ジェミニ王宮に火を放ち、あたしとお兄様を引き裂いた張本人たちが、我が物顔でね。

 罪の意識なんてないから、厚かましく出張ってこられるんだわ。

 あたしが怒りに震えてると、伯母様に釘を刺される。

「王国を再建するのでしょう? スバル」

「……はい」

 伯母様にそう言われては、堪えるほかなかった。あたしが自治警察の一員として活動できるのも、伯母様のサポートがあってこそだもの。

 そんな伯母様が小首を傾げた。

「それにしても何やら変ね。帝国貴族も連合議員も随分と気合が入ってるわ」

親睦を深めるパーティーとはいえ、帝国と連合は敵同士。いたずらに慣れあうようなことはするはずもない。しかし今夜はみんな頭から爪先まで、まるで披露宴にでも出席するような出で立ちだった。帝国貴婦人の扇子もやけに大きい。

 あたしのもとへ帝国貴族の青年が歩み寄ってきて、片膝をつく。

「初めまして、レディー・スバル! おお……噂に違わぬ美貌ではありませんか」

「は? え、ええと……」

 それに対し、連合のほうからも美男子が歩み出た。

「ご挨拶が遅れました。初めまして、マドモアゼル・スバル。僕はキャンサー連合、オーウェル上流議員の嫡子、ロイドと申します」

「おおっと! 僕は帝国が誇るハーディアス家のリュークにございます」

 ふたりしてあたしの前で跪き、一輪のバラを向けてくる。

「ち、ちょっと待って? 急にそんなこと……」

 後ろのほうで伯母様の溜息が聞こえた。今になってあたしも勘付く。

 タウラス帝国とキャンサー連合がこのあたし、スバル=フォン=ジェミニを手に入れようと、婿の候補を差し向けてきたわけ。

わざわざアスタリスクの飛来に合わせて、ね。

 ジェミニ王国は潰えたとはいえ、あたしには正統な継承者としての利用価値がある。

仮にあたしが帝国貴族と結ばれたら、ジェミニ自治領において帝国はますます発言権を高めることとなった。同時に、自治領の大衆心理も親帝国に傾くでしょうね。

 逆にしても同様で、ジェミニ王国が再興とともにキャンサー連合の傘下へ、などということにもなりかねない。

「さあ、レディー! 向こうで父上もお待ちです」

「いいえ、僕とお付き合いください、マドモアゼル。『王国』の未来について、今宵は語り明かそうではありませんか」

 無性に腹が立ってきた。

あたしのこと、女だからって馬鹿にしてっ!

 見てくれのいい男さえ近づけたら、こっちが素直になるとでも思ってるのかしら? バラなんかへし折って、こいつらの顔に投げつけてやりたい。

「こっちにしなよ、おれのスバル」

 そこへ第三の美男子まで登場してしまった。

肩章つきの紳士服で見目麗しいまでにドレスアップしたのは、なんとお兄様。

「ど、どうやって入ってきたのよ? おにぃ――」

「おや? いつもみたいに『ルーク』と呼んでくれないのかな」

 帝国貴族も連合議員も、それがジェミニの王子ルークスとはまだ気付いてない。あたしは口を押さえつつ、お兄様の威風堂々とした健在ぶりに見惚れてしまった。

 お兄様があたしの前に出て、ふたりの花婿候補を睨みつける。

「残念だったね。スバルはおれのフィアンセなのさ。きみたちは引っ込んでてくれ」

「な、なんだと? いきなり出てきて失礼じゃないか!」

「失礼だって? どっちが……」

 彼らは激昂するも、すぐに表情を硬くした。あたしにだって何が何やら。彼らのバラがナイフとフォークにすり替えられていたんだもの。

「料理はあっちだよ。……それとも、スバルを食べるとでも?」

「いつの間に? いや、これはお前が」

「お話にならないね。さあ行こうか、スバル」

 今回ばかりはお兄様のおかげで助かっちゃった。あたしは後ろの美男子らにあてつけるようにお兄様にすり寄って、帝国・連合の皆様の度肝を抜いて差しあげる。

「伯母様があなたを連れてこいってうるさいのよ? ルーク」

「思いのほか事業のほうが好調で、手間取ってね」

 ふとお兄様があたしの顎を取った。

「いい機会だ。きみに悪い虫が寄ってこないよう、こいつらにアピールしておくか」

「え? ル――」

 言葉を返すより先に唇を塞がれ、あたしは目を点にする。

 お兄様とのキス。それも人前で、半ば強引に奪われてしまった。さすがに演技に徹してもいられず、あたしはお兄様を突き飛ばす。

「ちちょっ、ちょっと! いきなり何するのよ!」

「相変わらず照れ屋だね、スバルは。これくらい、いつものことだろ」

 あたしの顔は熱でわかるほど真っ赤に染まってた。なのに、お兄様はしれっと肩を竦めるだけで、意地悪そうにやにさがる。

「続きはあとで、な」

「~~~っ!」

 お兄様は伯母様に挨拶だけして、すたすたと会場を出ていった。

 帝国・連合の面々はすっかり困惑し、あれは誰だ、何だったんだと騒いでる。

「す、すぐに素性を調べろ!」

「待ってください、お父上! 僕はどうすれば……」

「さっさと帰れ、恥晒しめ! このための前夜祭だったというのに」

 お兄様のおかげで前夜祭は台無しとなった。

 とても会食なんてできる雰囲気じゃないわね。あたしは伯母様とともに一旦、別室へと引きあげることに。

「やってくれたわね、ルークスは。この十年で逞しくなったじゃないの」

「逞しすぎるのも問題よ! あ、あんなところでキスまで……」

 唇にはお兄様の感触が残ってる。

 ……お兄様のばかっ!

 ファーストキスはお兄様と。そう思うと、猛烈に恥ずかしさが込みあげてきた。

 

 

 案の定、翌日の会談は紛糾する。

あたしも伯母様と一緒に会合の席に加わったものの、ほとんど帝国と連合だけで応酬が続いた。昨夜の件も尾を引いてるようで、怒号が飛ぶ、飛ぶ。

「こちらがキラル海賊団の殲滅を共同で進めてはどうかと、譲歩しておるのだッ!」

「三年前の失敗を忘れたのかね? 海賊の前に羅刹を捕らえるべきだろう!」

 最初はキラル海賊団について相談していたはずなんだけど。羅刹の名前が出ると、連合は焦ったようにその逮捕を主張し出した。

 一方、帝国は一刻も早いキラル海賊団の討伐を声高らかに訴える。

「やつらが羅刹の暗躍を察すれば、海の果てまで逃げられるのだぞ。この好機を逃してはならん。総力をあげ、キラル海賊団を叩き潰すのだ!」

 何か『好機』なのかしらね……自治領の民を守ることが第一でしょうに。しかしあたしは伯母様とともに口を噤み、帝国と連合が疲弊するのを待つ。

「それとも……連合の諸君は、羅刹に動かれてはまずい理由でもあるのかね?」

「憶測でものを言うでないわ! 貴様らこそ、海賊の殲滅をそうも急ぐのはなぜだ?」

 これが一段落したら、次はフェンリル団のことでも荒れそうね。

 やがて伯母様は立ちあがり、やんわりと言い放った。

「そろそろ休憩にしては……」

「たっ大変です!」

 そのタイミングで帝国の兵が駆け込んでくる。

同じく連合の兵も飛び込んできて、緊急の報告をまくしたてた。

「ご報告致します! 連合の大使館が……フェ、フェンリル団から襲撃を!」

「て、帝国の大使館も同様です! やつらの奇襲で、あっという間に」

 緊迫感によって空気が張り詰める。

「なんだと? これは一体」

「フェンリル団が我が大使館を? ばかな、そんなこと……」

 いの一番に声を荒らげたのは、伯母様だった。

「ただちに大使館近隣の民に避難指示を! 迎賓館の守りも疎かにしてはなりません!」

「ハッ! グレイハウンド隊は帝国、レッドジャッカル隊は連合大使館へ急げ!」

 ジェミニ自治警察は阿吽の呼吸で迅速に行動を開始する。

「伯母様、あたしも」

「ええ。重々、気をつけなさい」

 あたしもシルバーフォックス隊の指揮を執り、迎賓館の防衛に専念することにした。けれども不安ばかりが膨らんで、何をどう命令すべきかわからない。

 フェンリル団が……じゃあお兄様が? どうして……。

 アリスがあたしのもとへ駆け寄ってくる。

「外はもう大騒ぎです。帝国軍も連合軍も完全に混乱しちゃってます」

「と、とにかくあたしたちの任務はここの防衛よ!」

 帝国と連合にとっては裏をかかれた形となった。対談の際、会場の外では両軍の睨みあいが恒例になってたものだから、ここには結構な数の兵士が集まってる。そのせいで大使館の守りが薄くなってたのは、否めなかった。

 また羅刹による事件や、キラル海賊団の警戒のためにも、大勢が出張ってる。

 かといって、帝国にしろ連合にしろ、前線基地でもある大使館をがら空きにするはずがなかった。それだけ、フェンリル団の猛攻が凄まじかったんだわ。

 何が起こってるの? お兄様は今、どこに……。

 この日、城下は騒然となった。

 

 

 一時間ほど前、城下の南区にて。

 フェンリル団の精鋭を率い、シェラは連合大使館へと躍り込んだ。

「お偉いさんは殺すんじゃなくて、捕まえんだからねー!」

 東西の壁に爆薬で穴を空け、一挙に突入する。連合軍は慌てて応戦するものの、戦場のプロ『フェンリル団』の強襲を凌げるはずもなかった。

 連合の兵が東と西に分かれたところで、今度は南北で爆発が起こる。フェンリル団は東西南北から大使館へと突撃し、火を放った。

 熱風が吹き荒れるにもかかわらず、シェラは軽々と瓦礫を跳び越えていく。

「キャハハハッ! どいつもこいつも弱っちいの~!」

 連合の兵は彼女の矢で刺し貫かれ、炎の中へと落ちていった。

 フェンリル団の屈強な戦士たちも炎など恐れない。

「シェラ様! 連中を捕獲してやりましたぜ!」

「早いなあ~。アタシはもうちょっと遊びたかったんだけど、ネ!」

 シェラは大型の弓に矢を番え、そこに魔力を込めた。膨大なエネルギーが真っ赤に染まり、発射とともに爆ぜる。

「ひひひ! 紅・蓮・天・翔ぅ~!」

 矢は炎の鳥と化し、大使館の地下へと潜っていった。

 そこから怒涛の火柱が噴きあがり、天井にまで大きな穴が空く。

柱も壁も崩れ、とうとう大使館は崩落を始めた。身軽なシェラは天井の穴から脱出し、黒煙を抜けたところで満足そうに伸びをする。

「ん~~~っ! サイッコー!」

 フェンリル団の『紅い悪魔』、シェラ。

 彼女によって連合大使館は炎に焼かれ、いつまでも黒煙を昇らせていた。

 

 時同じくして、帝国大使館でも破壊の限りが尽くされる。

 すでに勝敗は決し、帝国兵は命からがらに逃走を始めていた。襲撃に入ったフェンリル団を束ねるのは、隊長のルークス。

「目ぼしいやつらは捕まえましたぜ。そいつはどうします? ボス」

「おまえたちは先に脱出しろ。おれはこいつと遊んでいく」

 帝国大使館もあちこちで火の手があがっていた。

 肥えた貴族がルークスの前に取り残され、ひどく怯える。

「ひいいぃ! ま、待て……わかった、金なら払おう! それとも地位か? フェンリル団に便宜を図れと、いいっ、いうんだろう?」

 ルークスは彼を蔑むように見下し、吐き捨てた。

「汚らわしいブタめ。こんなクズにジェミニが潰されたとはなァ」

 その双眸には憎悪だけが宿っている。

「あれだけ非情な作戦を指揮しておいて、よくジェミニの大地を踏めるもんだ。貴様だろう? 帝国軍にジェミニ王宮への侵攻を命じたのは」

「なっ? まさか、お前は……生きておったのか、ル、ルークス王子!」

「お陰様でな」

 王子の手には武骨な拳銃があった。

「そ、それは?」

「帝国製の鉄砲だ、ご存知だろ? こいつには一発だけ弾が込めてある。助かりたいのなら、おれとゲームをしようじゃないか」

 ルークスは眉ひとつ動かさず、それを自分のこめかみに当て、引き金を引く。

 弾丸は発射されなかった。

「次は貴様だ。やれ」

 その拳銃を無造作に渡され、男は顔面蒼白になった。

 ゲームを受けなければ、確実に殺される。しかしゲームに負けても死ぬ。

「あぁう、うっ……ううう……」

「さっさとしろよ。火炙りにされるよりは楽だと思うがな」

十年前の報復だった。あの日、炎の中で非業の死を遂げた城の皆のためにも、ルークスはこの男を許すわけにいかない。それを相手も察したのだろう。

 がたがたと震えながらもピストルを拾いあげ、こめかみへと銃口を押し当てる。

「ううっう、あぅ……うわあああッ!」

 その拳銃を彼は咄嗟にルークスに向けた。

 だが、それより先にルークスの剣が鞘を抜け、男の両脚を切り刻む。

「ひぎゃああっ?」

「そう来ると思ったさ。そこで焼きブタにでもなりな」

 男は無残に倒れ、ルークスは立ち去った。

「ま、待ってくれ! あの作戦はわしが発案したわけでは……!」

 帝国大使館は赤々と炎に包まれる。

 

 そして――西の洋上では、キラル海賊団の帆船が次々と沈められていた。

 たったひとりのアサシンの動きを、海賊どもはまるで追いきれない。すれ違いざまに斬り伏せられる一方で、もはや勝負にならなかった。

 船団はすでに半数を失い、残った帆船にも火がまわっている。

 めきめきとマストが折れ、炎とともに真横に倒れた。隣の船まで真っ二つに割れる。

「もうだめです、船長! 逃げやしょう!」

「ちいっ! しょうがないね。死にたくないやつぁ、海にでも飛び込みな!」

 船長は女だてらに声を張りあげた。

 すべての船に何日も前から爆薬が仕掛けられていたのだろう。アサシンの腕前も常軌を逸しており、まともに戦って勝てるような相手ではない。

「帝国と連合に付き合ってやったら、このザマだよ。こちとら商売あがったりさ」

 女船長は潔く敗北を認め、マストの上のアサシンに声を掛けた。

「あたいらの負けだ。ジェミニを離れりゃいいんだろ? お嬢ちゃん」

 お嬢ちゃんと呼ばれ、アサシンは動きを止める。

「同じ女は誤魔化せないもんさ。先輩として忠告しといてやる。これが『男のため』ってんなら、そいつのことは忘れることだね」

「……………」

 黒衣の少女は頷きもせず、マストの天辺から飛び去った。

 

 

 洋上からジェミニ自治領に戻るまで、丸一日も掛かってしまった。彼女は『羅刹』としての任務を終え、夜になったら、フェンリル団の屋敷へと忍び込む。

 ルークスは部屋で待ちくたびれていた。

「ご苦労だったね、リーリエ。キラル海賊団はどうなった?」

「撤退したわ。しっかり痛めつけておいたから、もうジェミニには来ないはず」

 報告しつつ、彼女――リーリエはルークスとともにベッドに腰掛ける。

「兄さんのほうは?」

「昨日も今日もあっちでこっちで大騒ぎさ」

 フェンリル団はタウラス帝国・キャンサー連合の大使館を襲撃し、同時に海上では羅刹がキラル海賊団に強襲を仕掛けた。今に事態は二転三転するだろう。

 リーリエに大義などない。ジェミニ自治領がどうなろうと興味はない。ただ兄のために身を尽くすこと――それだけがすべてだった。

 ジェミニ王家には『闇』がある。王は秘密裏に側室を設け、その子どもを直属の暗殺者へと仕立てあげた。決して自分を裏切らない、最凶の手先とするために。

 ルークスの父もその例に漏れず、王妃とは別の女性と一子を設けた。そして子どもが女であろうとアサシンの技術を学ばせた。

 いつの日かルークスの手駒となって、忠実に働くようにと。

 十年前にジェミニ王国は一度滅ぼされている。それでもリーリエは兄の帰還を信じ、密かに活動を続けていた。

 そんな彼女の前にルークス王子が現れたのは、つい先日のこと。

「怖くなかったかい?」

「平気よ。これくらい慣れてるもの」

「きみを怒らせたら、今度はおれが危なそうだ」

 リーリエの力は兄のためにある。今回も兄に『キラル海賊団を潰せ』と命令されたからこそ、彼女は多少の危険は顧みず、任務に臨んだ。

 そう、すべては兄のために。

「スバルがきみの正体を知ったら、びっくりするだろうね」

「……妹の話はしないで」

 リーリエは喜ぶに喜べず、唇を噛む。

 自分は彼の妹であって、また妹であってはならないのだから。

 羅刹の時は彼の妹としてルークスに忠実でありたい。たとえ非情な任務であれ、兄妹の絆は彼女に今までにない勇気を与えてくれた。

 その一方で、王子の妹――王女であることは誰にも知られてはならない。ジェミニの正統なる姫君はスバルひとりであり、リーリエはその生涯を終えるまで、影に徹する。

「きみもおれの妹じゃないか。どことなく似てる気がするよ、スバルと」

「……今は『羅刹』じゃないのよ。約束したでしょう?」

 そんなリーリエがルークスに見返りとして求めたのが、リーリエ=ナシャーダを妹ではなく『女』として扱うこと。

「わたしはただのリーリエ。兄さんとは血の繋がってない、普通の女の子なの」

「ふぅん? その割におれのことは『兄さん』と呼ぶんだね」

「そ、それは……」

 自己矛盾を指摘され、言葉が出てこなくなる。

 羅刹にとって兄妹の絆は大きい。けれどもリーリエにとっては、時にルークスとの関係を妨げもする鎖だった。何より彼の妹にはスバルがいて、リーリエでは敵わない。

「まあいいさ。きみは立派に任務を果たした。報酬を得る権利がある」

 ルークスは微笑むと、後ろからリーリエを抱き寄せた。

「きゃっ?」

「可愛い声も出せるじゃないか。覚悟はいいかい?」

「……そのつもりで来たんだもの」

 兄の瞳が俄かに情欲の色を帯びる。それだけ妹のリーリエは器量がよいうえ、魅惑的なプロポーションを誇っていた。羅刹の黒衣を剥がせば、白い肌が露になる。

「綺麗だね。きみは」

 リーリエの小顔に朱色が差した。

「そんなふうに言われたの、初めて……」

「本当に? 周りの男が放っておかないだろ。おれだって、どうにかなりそうだ」

 その言葉通り、ルークスは生唾を飲み込む。

 ムーディーなランプのもと、リーリエの柔肌は白磁のように照り返った。羅刹の装束を解くにつれ、艶めかしい身体が少しずつ全貌を明かしていく。

「先に言っておくけど、おれには経験がないんだ。加減できるかわからない」

「構わないわ。兄さんの好きに……っ? んあぁ」

 兄の手がそっと脇腹に触れた。装束を剥がすついでに、おへその周囲を撫でまわす。

「すべすべしてるね。おれと同じ人間の肌とは思えないな」

「に、兄さん……もっとやさし、っはあ!」

 ぞくぞくと震えが走った。自分で触るのとは違い、どう動くかわからないため、すべての刺激が不意打ちとなる。

 ルークスも興奮しているのか、今夜は妙に口数が多かった。

「こんなことしてる兄妹なんて、おれたちのほかにいると思うかい?」

「いないわ、きっと。わたしたちだけがこうして……」

今だけは兄妹であることを否定しつつも、お互い強烈に意識して、その倒錯感に胸を高鳴らせる。おかげで身体はますます感度を高め、リーリエは愛撫に身悶えた。

 兄さんに愛してもらえるなら……。

緊張はしても、だんだんと恐怖は薄れてくる。

 幼少の頃から暗殺術を叩き込まれ、ひとであることさえ許されなかった。自分はジェミニ王家の懐刀、道具に過ぎない。

 そのはずが、ルークスは自分を『本当の妹』として迎えてくれた。

「きみにまで戦わせて済まなかったね。リーリエ」

「気にしないで? 兄さんに仕えることが、んはぁ……羅刹の役目なのだから」

「寂しいこと言うなよ。そこは素直に『愛してる』だろ?」

 決して道具扱いせず、今夜はとりわけ優しく抱き締めてくれる。

騙されているのかもしれない。しかし騙されてもいい、騙されてしまいたかった。肩越しに耳たぶを食まれ、リーリエは甘い囁きに酔いしれる。

「きみはおれの可愛い妹だよ」

「い、今は妹じゃ……ンッ? あむぅう」

 いつまでも頑なでいると、キスで唇を塞がれた。強引にこじ開けられ、荒々しい息遣いとともに舌まで絡め取られる。

 端から一筋の涎が零れた。それを拭う間もなく舌を返され、逃げられない。

「んぷあっ、待って? にいさ……んむっ、れぁ」

 甘美なキスに溺れるうち、頭の中が蕩けてきた。リーリエのほうからもキスに応じ、唾液に自他の区別がつかなくなるまで、ルークスと舌をもつれあわせる。

 その間にも兄の手はブラジャーへと差し掛かった。しかし外し方がわからないようで、愛撫に迷いを見せる。

「リーリエ、自分で脱いでくれないか」

「……ええ。ちょっと待って」

 彼の唇と糸を引きつつ、リーリエはおずおずとブラジャーの紐を緩めた。まだ全部を剥がしきっていないにもかかわらず、ルークスが両手を突っ込む。

「ひゃあっ? ま、待ってたら、兄さん?」

「待てないね。おれも余裕がないんだ、きみが欲しくてさ」

 同世代と比較しても大きな膨らみを、右も左も鷲掴みにされてしまった。それが拘束にもなって、身体を逸らすことができない。

 指が食い込むほどに揉みしだかれ、昂りに拍車が掛かる。

「すごく柔らかいよ。病みつきになりそうだ……リーリエ、きみはどうだい?」

「どうって言われ、ても……あっ? そんなにしちゃ、はふぅん!」

 息が乱れ、また声のトーンがあがった。

 まだブラジャーに隠れている突起を探し当てられ、指で捏ね繰りまわされる。すると先端で強い痺れが生じ、震えずにいられなくなってきた。

 身体じゅうが汗ばんで、芳しい香りを放つ。

「可愛い子だ。じっとしてるんだぞ」

「えはぁ……だめよ、兄さん? わたし、こ、こんなの……!」

 双乳を押し揉まれながら、頬や首筋を舐められもした。兄妹にあってはならないムードが高まりすぎて、彼のほうも自制が利かないらしい。

 ベッドへと押し倒され、今度は正面からキスを押しつけられる。

「あむっうぅ? ……ぷはっ、に、兄さぁん……」

いつしかリーリエの瞳はうっとりと兄を見詰めていた。キスの間も目を閉じず、兄の躍起にもなってきたさまに見惚れる。

 次は遠慮なしにブラジャーをずり降ろされ、ありのままの裸乳が弾んだ。彼のキスはその先端にも降りてきて、まるで赤子のように執拗に吸いつく。

 たまらずリーリエはのけぞり、シーツを掴んだ。

「はああぁんっ! そんな、はあっ、吸っちゃいや……んぅ? へぁあ」

「止まらないんだ。おれはもう……!」

 息継ぎの間さえ惜しんで、右も左もしゃぶり尽くされる。突起は小さいなりにしこり、より擦れやすく、感じやすくなってしまった。

 そこに温かい舌がぬるりと絡みつくと、全身に悦びの波紋が広がる。

「えあっ? あ……んはあぁ!」

 すっかり香汗にまみれたリーリエの身体を、兄の右手が下へとなぞっていった。おへそを越え、いよいよショーツの中へと潜り込もうとする。

 ところが、そこで手は止まった。

「……余興を思いついたよ。リーリエ、そっちに椅子に掛けるんだ」

「え? ……はい」

 リーリエは首を傾げつつ椅子に座って、兄の命令を待つ。

「自分でやってごらん。見ててあげるからさ」

 まさかの指示に一瞬、絶句してしまった。

「兄さん? 自分でって……」

「妹じゃなく女なんだろ? だったら、おれに『女』だってところを見せてくれ」

 そのように言われては反論もできない。これを拒めば、妹でしかなくなる。

 女として扱って欲しい、抱いて欲しいと要求したのはリーリエ。戸惑いながらも、彼女はおもむろに脚を広げ、恐る恐るショーツに手を掛けた。

「脱がなくても、い、いいでしょう?」

「せっかくの可愛い下着だしね」

 リーリエの息遣いだけが沈黙を埋める。

 自ら慰める行為を披露するなど、できるわけがなかった。けれども兄は今、リーリエを女として認め、求めつつある。それに応えなくては、これ以上は愛してもらえない。

 意を決し、ショーツの中へ手を差し込んでいく。

「ンッ……あ? ひはっあ」

 思うようには指が動いてくれなかった。乙女の秘密に触れるも、入り口をわずかに綻ばせるだけで精一杯。何回もやりなおすうちに指が濡れ、余計に滑りやすくなる。

 それでも何とか中指だけ、純潔への侵入を果たした。

「やだ、恥ずかしい……んふっ、そんなに見ないでぇ? 兄さん」

 慎重に指を返し、敏感なところを擦り立てる。

 刺激自体は弱くても、兄の熱い視線がマゾヒスティックな快感を高めた。愛するひとが釘付けになっている――その嬉しさが、恥ずかしさとない交ぜになる。

「いいぞ。もっとだ、リーリエ」

「あっあぁ? だめ、わたし……これ、あんっ、気持ちよくなっへ……!」

 どんどん痺れが強くなり、呂律もまわらなくなってきた。乙女の部分から蜜をかき出す動きにもリズムがついて、快感が俄かに熱を伴い始める。

 汗まみれの巨乳も弾ませながら、リーリエは臨界に達した。

「れはぁああああーっ!」

 びくんと腰で跳ね、ショーツを濡らす。

 その表情は陶然として、深い悦びに満ちていた。無意識のうちに舌なめずりまでして、エクスタシーを満喫する。

 絶頂の波が引く頃には、平衡感覚などなかった。

「……んはあ? はぁ、はあ」

リーリエは椅子から落ち、兄のいるベッドへと突っ伏す。

 ルークスがリーリエの頬を撫でた。

「よく頑張ったね。ちゃんと傍にいてあげるから、少し休むといい」

「え? でも……」

 今夜は抱いてもらえないと気付き、妹は瞳を瞬かせる。

「……わたしが妹だから、だめなの……?」

「そうじゃない。妹だからこそ、安易には傷つけられないのさ。おれの女でありたい気持ちはわかるけど、おれの大事な妹でもいてくれ」

 兄の真剣な言葉が心に沁みた。

彼はリーリエが『羅刹』でなくとも、愛情を注いでくれる。王家による傲慢で身勝手な道具扱いではない。

 兄さんがこのひとで、本当によかった……。

 リーリエは安堵を胸に目を閉じ、兄の傍で安らかな寝息を立てた。

 その無垢な寝顔を眺め、ルークスは自嘲の笑みを浮かべる。

「おれはこんなに健気な子を利用してまで、復讐を……いや、もう決めたことか」

 机の上には、かつて彼を仕留め損なった拳銃があった。

「ジェミニの災厄はおれが終わらせる。スバル、おまえのためにもな」

 初夏の夜空で金色の月が輝く。

 フェンリル団の『凶刃』ことルークスは静かに野望に燃えた。

 

 

 ジェミニ自治警察は今日も対応に追われてた。

原因はもちろん大使館の襲撃よ。会談の最中、お兄様のフェンリル団はあろうことか帝国・連合の両大使館を襲撃してしまった。これには自治領の民も困惑してる。

 幸いフェンリル団は大使館に的を絞ったため、近隣の民が巻き添えを食うことはなかった。余波を受けて、帝国のカジノや連合のホテルは相次いで休業となり、多少の影響が出たくらいかしら。けど、今にもっと大変なことになるのは目に見えてた。

 シルバーフォックス隊の詰め所であたしは頭を抱える。

「どうしてこんなことに……」

「落ち着いてください、スバルさん。今は情報収集に徹するべきです」

 一方、アリスは冷静に状況を見据えようとしていた。こんな時だもの、誰かが事態を俯瞰できる立場に立ってないと、指揮系統が破綻する。この子はそれを理解してた。

 またしても部下が血相を変え、駆け込んでくる。

「スバル隊長! だ、大事件です!」

「何があったの?」

 一瞬にしてベースは緊迫感に包まれた。隣でアリスも固唾を飲む。

「キラル海賊団が壊滅したとの報告が……ら、羅刹の仕業かと思われます」

「……ッ!」

 大使館の襲撃に続いて、とんでもないことになってしまった。

 前々からジェミニ自治領にはキラル海賊団が潜伏していて、羅刹に殺されてる。でもまさか、こうも早く、しかも単独で海賊の船団を殲滅させるとは思わなかった。

「やはり只者ではありませんね。どこで修練したんでしょうか……」

「ほ、本当に羅刹がひとりでやったの?」

 いくら羅刹が凄腕の暗殺者でも、俄かには信じられない。

 報告によれば、ジェミニの港に海賊の生き残りが漂着したらしいわ。彼は自治警察の尋問に抵抗せず、恐怖とともに語ったとか。

羅刹の残酷なまでの技の冴えを。

「われわれがこの目で見たわけではありませんが、下手人は羅刹で間違いないかと」

「正真正銘の化け物ね。勝てる気がしないわ……」

この一連の出来事には頭が痛くなってきた。

 何よりの問題は、帝国・連合の両大使館からキラル海賊団の幹部が出てきたこと。フェンリル団は彼らを捕獲し、帝国・連合と海賊の癒着ぶりをまざまざと見せつけたの。

 つまりタウラス帝国とキャンサー連合はそれぞれ海賊と結託し、ジェミニ自治領に揺さぶりを掛けつつあったわけね。会談の最中なら安全だと踏んだのかしら。

「じゃあ、フェンリル団は羅刹と手を?」

「おそらくは。組んでなかったら、タイミングよすぎです」

 このために帝国と連合は甚大な被害を蒙ったうえ、立場を悪くして大混乱に陥ってる。常駐軍の再編成にしても未だに収拾の目処が立たない様子だった。

 ジェミニ自治領では憶測やデマも飛び交ってるわ。民の中にはフェンリル団を歓迎する声も出始めてる。

 あくまでフェンリル団は『ジェミニ城下で海賊の居所を突きとめ、捕まえた』だけ。それが『偶然』両陣営の大使館だったってこと。

当然、これで帝国・連合が納得するはずもないでしょうね。

「このままだと最悪、ジェミニ自治領で両軍とフェンリル団が衝突なんてことも」

「キラル海賊団の報復はない、と思いますけど……」

 こんな状況だもの、悪いほうにばかり想像が働いてしまった。あたしとアリスは溜息を重ねあわせて、疲労感にうなだれる。

「海賊団の生存者を自治警察で確保できたのは、不幸中の幸いでしたね」

「港のほうなら、ほかにも羅刹の目撃者がいるかもしれないわ」

 帝国と連合の動きも気になるところだけど、とりあえずあたしはフェンリル団と接触してみることにした。お兄様なら会ってはくれるはず。

 

 なのに、またしても屋敷の前で門前払い。

「ボスならカジノだぜ。一時間くらい前かなァ? シェラ様と一緒に」

 その理由が『これ』じゃ、肩透かしもいいところだわ。

「いつ帰ってくるか、わかりませんか」

「気まぐれなお方だからな。あんたらが来たってことは一応、伝えといてやるよ」

「ありがとう。お願いね」

 フェンリル団は自治警察のあたしたちに敵意を示さず、むしろ友好的でさえある。裏を返せば、自治警察は取るに足らない相手ってことね。

「カジノは臨時休業じゃなかったのかしら」

「お兄様のことだもの。無理やり押しかけて、遊んでるのかも」

 我が兄のことながら、だんだん情けなくなってきちゃった。

昔のお兄様は幼いなりに凛々しくて、まっすぐで、ジェミニを誇りにしてたのに。この自治領に帰ってきてからは、カジノとレストランを往復してばかりで……。

「まだお酒を飲まないだけましでしょう。あと何年かすれば、わかりませんが」

「恐ろしいことを言わないで」

 嫌な想像をかき消しつつ、馬車で今度は帝国カジノへ。

 カジノは表向き臨時休業ではあるけど、正面の扉は開いていた。駐車場のほうにはフェンリル団の馬車も停まってるわね。

「自治警察の者よ。通してもらえるかしら」

「お疲れ様でございます。スバル様となってはご案内するほかありません」

 あたしは係員に警察手帳を見せ、入場をパスする。

「……意外にすんなり入れましたね。てっきり追い返されるものと」

「なんだか様子が変ね。警戒はして」

 案内された先にあったのは、カジノの支配人室。しかしこっちがノックするより先に扉が開いて、中からお兄様とシェラが出てきた。

「楽しみにしてるよ、マスター。またゲームに付き合ってくれ」

「ばいばーい! ……あれ? スバルとアリスじゃん」

 あたしたちに気付き、向こうは嘲笑めいた笑みを深める。

「なんだ、おれに会いに来たのか」

「そ、そうよ。大使館襲撃の件で……」

 妹としてのシェラを抱き寄せながら、お兄様はすたすたと歩き出した。

「いいとも。内緒話がしたいってんなら、ついておいで」

 あたしたちはお兄様とともにメインのゲームホールへと足を踏み入れる。休業のはずだけど、どういうわけか係員たちはてきぱきとポーカーテーブルの準備に取り掛かった。

「どうぞ。ごゆっくり」

「お休みなのに悪いね。あとは適当にやるから」

 シェラがカウンターの裏から好き放題にドリンクを取ってくる。

「アニキのはこれでいいー?」

「どれでもいいさ。……どうしたんだい? きみらも寛ぎなよ」

 まるで自分のお屋敷で過ごしてるみたいだわ。お兄様はカジノのVIPにでもなったようで、お菓子まで運ばれてきた。

 甘い物好きのアリスが瞳をきらきらさせる。

「い、いただいてもよろしいんでしょうか? ルークスさん」

「もちろん。……で、話ってなんだい? スバル」

 お兄様はトランプをシャッフルし、あたしたちにリズムよく配り始めた。

「さっきここの支配人と何を話してたの?」

「ゲームを増やしてくれって、ね」

 カジノの店員がピアノでジャズを奏で、ゲームホールに穏やかな旋律を響かせる。

 あたしたちのほかにお客さんはいないから、貸し切り同然ね。お兄様と支配人の会合はどうやら、単にゲームを追加するためのものじゃなかった。

「それだけかい?」

「まさか。大使館襲撃の件でって言ったでしょ」

 フェンリル団のルークス隊長を前にして、あたしは大きな深呼吸を挟む。

 北の帝国大使館も、南の連合大使館も、それこそ『あの日』のジェミニ王宮のごとく破壊されてしまった。これがルークス王子によるものとしたら、動機はひとつ。

 十年前の復讐――あてつけとして、ふたつの大使館を焼いたの。

 今回の襲撃で少なからず死者も出たわ。そのうえフェンリル団は海賊とともに帝国・連合の要人を捕らえ、未だに解放に応じてない。

「このままじゃ帝国と連合が攻めてくるかもしれないのよ?」

 なのにお兄様は悪びれもせず、平然と肩を竦めた。

「どうかな? まあ、その時はジェミニの外でやるから、そう心配するんじゃない」

「はぐらかさないでっ! 本当に大変なことになってるのよ、自治領が!」

 いたずらに神経を逆撫でされ、あたしはテーブルを両手で叩く。

 それを怜悧なパートナーが制してくれた。

「頭を冷やしてください、スバルさん。そんなふうにごり押しで問い詰めたって、答えてくれるひとじゃありません」

「……そうだったわね、アリス。ごめんなさい」

 また頭に血が昇ってたようね。あたしはすごすごと席につき、前髪をかきあげる。

 アリスは手札を確認しつつ、そのカード越しにお兄様を見据えた。

「教えてください。ルークスさんは何を考え……いえ、企んでるんですか?」

 お兄様も頬杖をやめ、手札を広げる。

「へえ、企む……か。きみは今回の件をどう考えてるのかな? アリス」

「何ヶ月も前から用意周到に進められた、計画的な作戦です」

 フェンリル団がジェミニ自治領にやってきてから、まだ半月も経ってなかった。だけどこの間に羅刹の事件は立て続けに発生し、海賊の潜伏が明らかになってる。

 そして先日の大使館襲撃。おそらくフェンリル団はあらかじめシナリオを用意し、水面下で準備を進めていた。

「フェンリル団はまだ『利益』を獲得してません。ですから、作戦は今も続いてるものと考えるべきでしょう。これでやっと半分くらいじゃないんですか?」

 アリスの理知的な推論にお兄様は舌を巻く。

「なかなか賢い子だ。つまり作戦はこれからだと」

「はい。そして、それこそがルークスさんの『本命』です」

 アリスの瞳は自信に満ちていた。

 あたしだって驚いてる。自治警察のみんなは対応に追われるばかりで、一連の事件にまだ『次』があるとは、夢にも思ってなかった。

 そもそもフェンリル団は多額の報酬と引き換えに仕事をこなす、傭兵団よ。ただし国家間のいざこざには加担せず、基本的にはモンスターや犯罪者の類だけを相手にする。

 そのはずが、こうして帝国・連合の裏工作を暴き、ジェミニ自治領に一触即発の緊張をもたらした。今までのフェンリル団の行動理念からは逸脱してるの。

「続きが知りたいなら、おれに勝つことだね」

 ポーカーのほうはあたしもアリスも役を作れず、お兄様たちにリードされていた。

「お話に熱中しててカードを見てなかったので、チャンスをください」

「正直だなあ、きみは。じゃあ様子見はこれくらいにして、本番と行こうか」

 アリスの我侭のような機転もあって、仕切りなおす。

「きみかスバルのどっちかが勝ったら、何でも歌ってやるさ。その代わり、おれやシェラが勝ったら、そうだね……」

 横からシェラがお兄様の腕にしがみついた。

「ここでバニーさせるってのは、どお? アニキ、好きじゃん」

「いいねえ! ついでにVIPルームで色々とサービスしてもらおうか」

 素っ頓狂な提案をされ、あたしは顔を真っ赤にする。

「ちょ、ちょっと、お兄様っ? 妹に何をさせるつもりよ!」

「言わせるなよ。……なあ? アリス」

「ノーコメントでお願いします」

 こういう賭け事ってほんっと、好きになれないわ。どうしてお金とか罰ゲームを賭けたりして、負けたほうに何でもかんでも無理強いするのかしら。

 でも勝ちさえすれば、お兄様も口を割るかもしれない。お兄様のほうから言い出したことだもの、負けたから撤回、なんて恥ずかしい真似はできないはず。

「……わかったわ。一発勝負でいいわね」

「すぐに終わっちゃうぜ? せっかくなんだ、もっと遊んでいこうじゃないか」

「こっちは仕事中なの。シェラもいいでしょ、それで」

 勝てる見込みなんてなかった。

ただ運次第のゲームだから、負ける根拠もないってだけ。それに時間を掛ければ掛けるほど、相手にイカサマの猶予を与えることになるから、ここは一発勝負で。

「いいんですか? スバルさん。バニーですよ」

「だ、大丈夫よ。多分……」

 負けたとしても、あたしは『妹』だから……お兄様も手は出さないでしょうし。

「わたしが受けた勝負なんだから、アリスは別よ? お兄様。こっちだって、シェラには何の要求もしてないでしょ」

「え~? アタシも仲間に入れてってばぁ。バニーでいいっしょ?」

「それ、こっちは何の得もないんですけど」

 公平を期すため、カードは店員さんに配ってもらった。あたしたちは一斉にカードを捲り、手札の可能性に目を凝らす。

 運よくあたしの手札は最初からワンペアが揃ってた。

 けれども隣のアリスはかぶりを振って、芳しくないことを伝えてくる。シェラもカードの弱さが、正直すぎるほど顔に出ていた。

「あっれぇー? どうしよーもないじゃん、こんなの」

「ルークスさんはどうですか?」

「さあね。おれが教えると思うかい」

 お兄様のポーカーフェイスはまるで読めない。

 あたしたちはそれぞれ手札の一部を交換し、勝負に出た。アリスとシェラはノーペアを差し出し、がっくりと肩を落とす。

「ちぇー。このカードじゃ勝負になんないってば」

「手札悪すぎです。これで戦えるひと、いるんですか?」

 しかしあたしは小さな期待を胸に、役付きの手札を披露した。

「スリーカードよ」

 決して強い役じゃないけど、悪くないわ。

 対し、お兄様はカードを見せようとしなかった。不敵にやにさがって席を立つ。

「やれやれ、この勝負はお預けだ。……またな、スバル、アリス」

「アニキ、帰んの? 待って、待って」

 シェラも首を傾げつつ、お兄様とともに踵を返しちゃったの。

「ち、ちょっと? ゲームの途中よ、ずるいったら!」

「埋め合わせはするさ。じゃあな」

 その背中を呼び止めようにも、振り向いてもらえない。フェンリル団のふたりはカードを残したまま、ゲームホールから去っていった。

 ジャズの演奏も止まり、ぷつりと緊張の糸が途切れる。

「勝手なんだから、んもう」

 あたしのスリーカードには勝てないからって、強引にゲームを中断するなんて。ジェミニの王子とは思えない卑怯な振る舞いには、妹として落胆するしかなかった。

 ところがアリスはお兄様の手札を捲り、唖然とする。

「スバルさん、これ……ストレートですよ。スリーカードより上の役です」

「えっ? そんな、じゃあ……」

 ポーカーはお兄様が勝ってたんだわ。文句なしのストレートにあたしは目を疑う。

 それなのに、お兄様はゲームを放棄してしまった。

「やっぱり妹のバニーはまずい、と思ったんでしょうか?」

「どんな理屈よ。……はあ」

 アリスの冗談に返すだけの気力もないわ。

 あたしたちは一旦ジェミニ自治警察へと戻って、今後の方針を練りなおすことに。それから一週間、幸いながらに『次』の事件はまだ発生しなかった。

 今はまだ、ね。

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