Slave To Passion ~妹たちは愛に濡れて~

SCENE 3

 梅雨も明け、いよいよ蒸し暑くなってきた。

 ジェミニ自治領は三日月型の西海岸に位置し、季節風の影響もあって、六月下旬から気温と湿度がともにあがるの。まだ七月の頭だから序の口だけど、じきに厳しくなるわ。

 うだるような暑さってやつよ。

 ただ、西海岸ではビーチが開放されるし、アイスクリームの販売なんかも始まる。魔導士のアリスは三日ほど地下の冷凍区に通い、来たる夏に備えてた。

 ……なんて、そんな暢気にしてられる状況じゃない。

 ところがあたしたちの予想とは裏腹に、ジェミニ自治領は落ち着きを取り戻しつつあった。たまに羅刹が事件を起こすものの、ジェミニは穏やかでさえあるの。

 あたしも自治警察のお仕事をほどほどにして、今日は朝からジェミニ女学院を訪れていた。新入生を連れ、学院長室で頭をさげる。

「ご無理を言ってしまい、ご迷惑をお掛けしました」

「構いませんよ。これがフェンリル団とのよいきっかけになれば、と思いますから」

 フェンリル団のシェラをジェミニ女学院に体験入学させることになったのよ。あのお兄様から再三『頼むよ』と催促されては、無下にもできなかった。

 同じ一年生のアリスがシェラに釘を刺す。

「体験とはいえ入学したからには、学則はちゃんと守ってください」

「この制服を着てろっていうんでしょ? わかってるってば」

 シェラって学力はさっぱりだけど、運動神経が抜群で、マナーや作法にはそれなりに精通していた。人懐っこい性格だし、賑やかにはなりそうね。

 学院には来たい時だけ来る、なんていう条件で入学させてもらったんだから、学院長には頭が上がらないわ。あたしとアリスも好き勝手しちゃってるわけで……。

「シェラのことお願いね、アリス」

「任せてください。さあ、教室はこっちですよ」

 アリスはシェラを連れ、一年生の教室に向かおうとする。

「あ! こういうの、アタシ大好きっ!」

「え? あの、シェラ……」

しかしシェラは階段の手すりに跨り、下まで滑り降りてしまった。アリスが呆然としてる間にも、シェラの笑い声は遠ざかっていく。

「……が、頑張ってね。それじゃ」

手に負えそうにないから、あたしは薄情にもアリスを見捨ててしまった。

まあ学院の中なら、シェラも無茶はしないでしょ。フェンリル団で暴れてばかりいたらしいから、このへんで淑女の嗜みを学ぶのはいいかも。

 あたしは二年生の教室に赴き、隣の席のリーリエと挨拶を交わす。

「おはよう。リーリエ」

「ふふっ。今日はゆっくりなのね、スバル」

 どことなくリーリエの雰囲気が変わったように感じられた。前より女らしくなったっていうのかしら? 奥ゆかしさに磨きが掛かってるふうなの。

 ひょっとして恋人でもできた、とか?

「お仕事のほうはどう?」

「少し落ち着いたわ。海上の交易も再開したし……」

 キラル海賊団がジェミニの海域から撤退したことで、海上は安全となった。自治領内に残ってる残党を捕まえるのも、時間の問題だわ。

中には羅刹を恐れ、自ら出頭してくる海賊もいるほど。彼らは帝国軍や連合軍ではなく自治警察に保護を求めてくるから、こっちも貴重な情報を得ることができた。

「夏場は鮮度が命だもの。うちのレストランもほっとしてるわ」

「そうそう、一年に体験入学で入ってきた子がいるのよ。近いうちにサーレントで歓迎会でもしようかな、って」

「いいわね! 予定が決まったら、教えてちょうだい」

実際のところ、キラル海賊団は帝国と連合の要請を受け、ジェミニ自治領を狙ったらしい。帝国・連合が裏で糸を引いてるっていうフェンリル団の主張は、本当だったの。

証拠も次々と出てきて、タウラス帝国、キャンサー連合はともに近隣諸国からも非難を浴びせられてる。彼らの工作は大失敗に終わった。

ひょっとしたら、三年前の東方系マフィアも同様だったのかもしれない。

あの時は羅刹の介入によって、帝国と連合は足並みを乱し、事後処理は自治警察に押しつけられた。まだフェンリル団の関与はなかったんでしょうけど……。

「……フェンリル団と羅刹って、どういう関係なのかしら」

 何気なしに呟くと、リーリエが苦笑する。

「相変わらず仕事熱心ね」

「あ、声に出てた? 気にしないで」

 羅刹については得物が刀ってことしか判明してなかった。その隠密性の高さから、何かしら魔導の心得もあるんじゃないかって言われてるわ。

 フェンリル団と羅刹が手を組んでるとするなら、厄介ね。

 ただ、羅刹は用いる手段こそ暗殺であっても、ジェミニ自治領に不利益をもたらしたことはなかった。痛い目に遭わされてるのは、タウラス帝国とキャンサー連合。

 ほかのクラスメートも登校してきて、あたしの周りに集まってくる。

「スバル様! ごきげんよう」

「ええ。ごきげんよう」

 みんな、一連の事件が気になってる様子だった。一時は『帝国と連合が攻めてくる』なんてデマが飛び交って、国境付近ではパニックも発生したもの。

「帝国軍が引きあげたって、本当でございますの?」

「連合は軍を再編成してると聞きましたわ。スバル様、自治領の防衛力は……」

 噂話や新聞だけじゃ、現状はわからないわよね。

 昨日にして、フェンリル団はやっと捕虜の解放に応じた。しかし北の帝国貴族も南の連合議員も海賊団との癒着を赤裸々に暴かれ、立場を失ってる。

 タウラス帝国とキャンサー連合にしても、今さらそんな足手まといに構ってる場合じゃなかった。かつてのマフィアとの不穏な関係まで疑われ始め、槍玉にあげられてる。

 あたしの縁談なんて、もう誰も憶えてないでしょうね。

「……でしたら、スバル様はどちらともお会いになったりせずに?」

「女だからって馬鹿にしたのよ。頼まれたって会うわけないわ」

 こっちだって名前も忘れちゃった。

「……っ!」

 その時のことを思い出し、あたしははっと唇を押さえる。

「スバル? どうかしたの?」

「う、ううん……忘れ物があったような気がしただけ」

 リーリエやみんなの手前、はぐらかしたものの、その唇には未だに感触が残ってた。

 お兄様とのキス。兄妹なのに、パーティー会場の真中で見せつけるように。

 どうしてあんなこと……お兄様には抵抗とか、なかったの?

でもファーストキスを奪われたにもかかわらず、不思議と嫌じゃなかった。むしろファーストキスの相手がお兄様で、安心さえしてる。

この十年間、ずっと待ち侘びていた――愛しいひと。

形はどうあれ、お兄様はこのジェミニに戻ってきて、あたしの兄でいてくれる。だからこそ、お兄様が帝国大使館の襲撃を指揮したなんて、信じたくなかった。

 間もなく担任の先生がやってきて、みんなも席につく。

 授業中もあたしはお兄様やフェンリル団のことを逡巡しつつ、お昼休みを迎えた。あたしとリーリエは教室を出て、別棟の食堂へと向かう。

「もうじきプールの授業も始まるわね、スバル」

「リーリエは泳ぐのが上手だから、いいじゃない。あたしはちょっと……」

 途中の廊下ではアリスとシェラが待っててくれていた。二年生より一年生の教室のほうが食堂に近いから、ランチタイムは有利なのよね。

「そんなのズルいですよ。シェラ」

「ズルくないってば~。だったら、アリスもお願いすりゃいいじゃん」

 険悪ってほどじゃないけど、ふたりは何やら揉めていた。

「どうかしたの?」

「あ、スバルさん。いえ……忘れてください」

 シェラとのトラブルなら、見て見ぬふりで済ませるわけにもいかない。でも体験入学の初日から、気まぐれ屋のシェラにあれこれ小言を言いたくなかった。

 シェラがリーリエの顔を見て、あっと声をあげる。

「あっれー? ら……むぐっ」

「シェ、シェラちゃんだったのね! 体験入学に来た女の子って」

 すかさずリーリエは彼女の口を塞ぎ、笑みを引き攣らせた。

 意外な組み合わせにアリスは首を傾げる。

「おふたりって、そんなに仲がよかったんですか?」

「ええ、まあ……シェラちゃんはよくお兄さんと一緒にサーレントに来るもの」

 リーリエの腕をくぐり抜け、シェラはむすっと頬を膨らませた。

「そーいうことなら、先に言っといてよ」

「ごめんなさい。だから、ね?」

 こんなに慌てふためくリーリエも珍しいわね。

 あたしたちは本舎を出て、隣の食堂へ。ところが妙なひとだかりに阻まれ、中に入ることができなかった。生徒のみんなは声援のように黄色い声をあげてる。

「すっごい素敵! 帝国とか連合のひとじゃないよねっ?」

「なんて麗しいかた……お近づきになりたいわ」

 オープンカフェになってるテーブル席では、ひとりの美男子が悠々とコーヒーを味わっていた。あたしは目を丸くして、正直に彼を呼びそうになる。

「おっ、おにぃ……んぐ?」

 間一髪、アリスがあたしの口を塞いでくれた。

「王女のあなたが『お兄様』なんてふうに呼んだら、一発でバレます」

 あ、危なかったわ……。ルークス王子の帰還はまだ世間には秘密、だったわね。

 どういうわけか、お兄様は女学院の中で寛いでた。待っていたかのように妹のあたしを見つけ、爽やかな笑みを浮かべる。

「やあ、スバル! お友達も一緒かい」

「え、ええと……どうやって入ってきたのよ? ルーク」

「事情を話して、特別に入れてもらったのさ」

 あとで学院長に怒られる気がした。

 フェンリル団の名うての隊長が『入れろ』と言ってきたら、拒否できないでしょ。ただでさえ彼の『妹』を特別扱いしてもらってるっていうのに、ねえ……。

 お兄様が歩み寄ってきて、あたしのもとで片膝をつく。

「心配しないでくれ。こんなにたくさんの女の子がいても、おれが愛するのは、フィアンセのおまえだけさ。スバル」

「……え? ち、ちょっと、おにぃ……」

 そしてあたしの手を取り、恭しくキスを捧げるの。

 おかげで女学院は騒然となった。

「フィアンセっ? あのかたがスバル様の婚約者でして?」

「おひとりだけずるいですわ! あ~ん、わたくしもあやかりたぁーい!」

 もうランチどころじゃない。アリスがじとっと横目で睨んでくる。

「おめでとうございます、スバルさん。ひゅーひゅー」

「兄妹なんだってば。他人事だと思って……」

 あたしはうなだれ、溜息を漏らさずにいられなかった。

「お腹空いたから、アタシはテキトーに食べてるね? リーリエ、案内よろ~」

「こっちよ。じゃあね、花嫁さん」

 シェラはともかくとして、親友のリーリエにまで見捨てられる始末。かくしてあたしはお兄様と恋仲と誤解され、放課後も質問責めに遭うのだった。

 

 やっとのことで教室から解放される。

「はあ……お兄様ったら」

 あのひねくれ者のお兄様のことだから、悪戯のつもりで来たんでしょうね。ひっかきまわすだけひっかきまわして、いつの間にか姿を消していた。

 アリスとシェラは先に帰ったみたい。どうなることかと心配してたけど、意外に相性がいいのかしら。アリスもシェラのことは呼び捨てにしてるくらいだし。

「さて、と。遅くなっちゃったけど、自治警察に寄って……」

 近道のつもりで、あたしは渡り廊下から中庭へと出た。

 そこで信じられない光景を目の当たりにして、全身が石のように硬直する。

「え――?」

 お兄様と……リーリエだった。しかもリーリエは壁に押さえつけられ、お兄様の強引なキスに苦悶していたの。

「んんっむ! だめよ、兄さん……こんなところで」

 お兄様はリーリエのスカートどころか、ショーツの中にまで手を差し込んでた。お尻を撫でたり掴んだりしながら、リーリエの唇をまたキスで塞ぐ。

「スバルの恋人の浮気現場になるって? 大丈夫さ、ンッ……ほら」

「ぷはっ、はぁ……え?」

リーリエのほうも、立ち竦むあたしに気付いた。

 まさかお兄様とリーリエが恋仲だったなんて。生々しいラブシーンを目撃してしまった動揺もあって、あたしは顔を背ける。

「ご……ごめんなさい! あたし、その……知らなくって」

 見ていられない……ううん、見ていたくなかった。

お兄様がほかの女の子と、こうして愛しあってるのを。妹としては間違ってるかもしれないけど、あたしにとってのお兄様は、待ち焦がれた『王子様』でもあるんだもの。

 しかしお兄様は悪びれもせず、リーリエを脇に抱き寄せた。

「誤解しないでくれ、スバル。おれはご褒美をあげてただけさ。妹に……ね」

 その一言があたしの心臓を跳ねあがらせる。

 ……お兄様は前にも言ったわ。

『父さんなんて母さんの侍女と浮気して、隠し子まで拵えてたんだぜ? スバル、お前と同い年のな。そりゃ母さんが愛想を尽かすわけさ』

 あたしとリーリエは同い年。顔立ちが似てると言われれば、そうかもしれない。

「ち、ちょっと、兄さん? そのことは内緒じゃ……」

 リーリエの反応からしても、本当のことのようだった。さらにお兄様の口から、もうひとつ驚愕の真実が明らかにされる。

「この際だから教えてあげるよ。羅刹の正体がリーリエなのさ」

 あたしとリーリエはともに表情を強張らせた。

「ら、羅刹が……?」

「兄さん! どうして……」

 あたしのほかにも王女がいて、それが『羅刹』って……どういうこと?

 ひとりの兄とふたりの妹。ジェミニの王家には罪深い真相が隠されていた。

 

 

 後ろ髪を引かれながらも自治警察に出向くと、顔面蒼白のアリスに迎えられる。

「スバルさんっ! 大変なことになったんです」

「っ! 何か動きがあったのね」

 今までになく嫌な予感がした。フェンリル団の作戦がついに『次の段階』へと移ったんだわ。あたしはアリスとともにシルバーフォックス隊の詰め所に飛び込む。

 隊のメンバーも落ち着かない様子だった。デスクの上には大陸全土の地図が広げられ、三角形やら矢印やらが書き足されている。

これは『進軍』を意味するもの。

「タウラス帝国とキャンサー連合で同時にですが、別々に戦争が始まりました」

「な……なんですって?」

 帝国と連合で衝突、じゃない。どちらも内戦の様相を呈していた。ジェミニ自治領に情報が届くまで、数日分のタイムラグがあったようね。

 キャンサー連合は複数の国家で成り立っていて、近年は国家間に不和も生じてた。それが先週になって分裂し、早くも武力衝突に至ったとのこと。

 時同じくして、タウラス帝国ではクーデターが勃発していた。あろうことか帝都が戦場と化し、中枢は完全に麻痺してる。

「元老院と皇帝の全面対決です。元老院は皇帝のやり方がよほど腹に据えかねていたようですね。帝国領の各地でも両陣営に分かれて、睨みあってます」

「そんな状況で、帝国の民は無事なの?」

「……わかりません。帝都は炎上したとの話ですし」

 かつてジェミニ王国の城下を襲った悲劇が、タウラス帝国の帝都で起こっていた。いくら『帝国憎し』といっても、あんな惨劇、あたしはどこにも望んでない。

 キャンサー連合にしたってそうよ。この内戦で一番割を食うのは、それまで平穏に暮らしてた民に決まってるもの。戦場では兵も命を落としてるはず。

「すぐに伯母様のところに行ってくるわ! アリスはここをお願い」

「了解です」

 ぼやぼやしていられなかった。一刻も早くジェミニ自治領も立場を明確にして、必要であれば防衛力も強化しなくちゃならない。

 

 翌日には緊急の会議が設けられた。

帝国と連合にも一応、席は用意しておいたんだけど、さすがに欠席みたいね。代わりにフェンリル団のお兄様が参加し、最新の情報を提供してくれる。

「やつらはもう大使館の件どころじゃないさ。周辺の諸国も動き出すだろうしね」

 これまでタウラス帝国とキャンサー連合は国力にものを言わせ、近隣の国家にプレッシャーを掛け続けてきた。領土の交換、なんて勝手がまかり通るほどに。

 このチャンスを逃すまいと、大陸の諸国家は帝国・連合に矛先を向け、兵力を増強しつつある。戦争が終結する頃には、世界地図も相当中身が変わっていそうだった。

 ジェミニの領主として、伯母様がはきはきと言い放つ。

「帝国と連合の民が亡命を望むようでしたら、受け入れましょう。ジェミニは『自治領』ですから、国家の体裁を考える必要はありません」

「おれも賛成だよ。ただし、貴族や議員は追い返すべきだろうね」

 伯母様の判断に異論は出なかった。

ジェミニは帝国・連合の内戦には干渉しない。しかし人道的な支援は準備し、難民の一時的な受け入れ態勢は整えておくことに。

 さらに伯母様はお兄様に視線を向け、問いかけた。

「フェンリル団はあてにしても、よろしいのかしら? ルークス隊長……いいえ、ルークス=フォン=ジェミニ」

 あたし以外は一様に驚愕の色を浮かべる。

「なんですとっ? で、では……この方がルークス王子!」

「道理でスバル様と髪の色が似ている、と……」

 正体を暴露され、お兄様はニヒルな表情で眉を顰めた。

「やれやれ……おれはもう王子じゃない。フェンリル団の一員だってのに」

「いつまでも隠し通せるものではないでしょう。まあ、あなたの好きになさい。王子の責務を果たせ、などとは言いません」

伯母様の言葉が何やら含みを込める。

「……目的は王宮ですか?」

 それに対し、お兄様は称賛を惜しまなかった。

「ジェミニの不運は、あなたが女王にならなかったことだ。あなたは民を第一に考え、それでいて適度に野心家でもある。……どれも、おれの父には足りなかったものさ」

 今になって、あたしは自分の薄情さにはっとする。

 帝国と連合で戦争が起こったのに、あたしは今なお人質にされてる、お父様やお母様のことを忘れていた。

 お母様がいながら、別の女性とも子どもを作っていたお父様と。

 いつからか、お父様から距離を取るようになったお母様。

 王家の不和は少なからず国政の妨げになる。仮にお父様が帰ってきたところで……伯母様よりもジェミニに尽くしてくれるとは思えなかった。

 あの日、あたしたち兄妹を連れて城を脱出したのも、伯母様だったもの。

「カストゥールも持ってきたのね」

「ああ。そろそろおれはあの王宮に挑む」

 フェンリル団の一員となってしまったお兄様に、伯母様は奇妙な信頼を寄せていた。

「スバル、時期が来たら、ルークスを手伝っておあげなさい」

「……はい」

 でもあたしはお兄様を信じきれない。

 リーリエとキスをしていたお兄様のことを。妹と知りながら、彼女を恋人のように抱き締め、求めていた彼のことを。

 

 

 その夜、あたしはお兄様をお屋敷へと招待した。伯母様と三人で一緒に食卓を囲み、十年ぶりの再会に乾杯する。

「色々と大変だったのでしょう。落ち着いたら、また聞かせてちょうだい」

「ああ。それにしても驚いたよ。エリザベート様が領主だもんな」

 お兄様も伯母様には礼節を踏まえ、失礼がなかった。

 こうしてお兄様を招待できたのは、タウラス帝国とキャンサー連合が一時的とはいえ城下を離れたおかげ。襲撃事件については、伯母様のお説教も厳しい。

「あまりうるさく言いたくはないのだけど、大使館の襲撃はみなの心胆を寒からしめたのよ? ルークス。策謀はもっと穏やかになさい」

 策謀が穏やか、って……おかしな言葉ね。

 伯母様にはお兄様も素直に詫びた。

「やつらとキラル海賊団の結びつきを赤裸々にしてやりたかったんだ。……まあ、結果論だけどね。手段が好ましくなかったことは、否定しないさ」

「いいでしょう。今夜はせっかくのお祝いですし、この件はまた後日に改めて」

 こうして聞いてると、お兄様の行動はジェミニのためって気もしてくる。

「あれからジェミニはどうだったのかな?」

「そうねえ……」

 ディナーに舌鼓を打ちながら、あたしたちはこの十年を振り返った。

 タウラス帝国とキャンサー連合が後ろ盾となって、表向きは自治領が誕生したこと。城下の復興は一進一退で、なかなか捗らなかったこと。

 あたしは王女の権限を奪われながらも、旧騎士団とともに自治警察を立ちあげた。

「スバルは重圧に耐えて、ずっと頑張ってくれてたのよ。……何かと無理をするから、今でも心配でしょうがないのだけど」

「そういえば、モンスターの討伐で出張ってきてたね」

「あたしだって剣の稽古はしてるし、神聖魔法も使えるんだもの」

 どちらかといえば、自治領の治安維持よりもモンスターを掃討するほうが楽ね。モンスターとどう戦ったところで、帝国や連合を刺激することはないでしょ。

 自治警察を創設した時、あたしはまだ十三歳だったかしら。

 その一年後、東方系のマフィアがジェミニ自治領に入り込んで……恐るべき暗殺者が現れた。それが羅刹。

 当初は羅刹のターゲットがはっきりしてなくて、城下の民も怯えきってた。自治警察も民を守るため、羅刹の捜索に躍起になったわ。

 今にして思えば、あの時の帝国と連合も妙に焦ってたかもしれない。当時のあたしはそんなこと考えもしなかったけど、今なら思惑が手に取るようにわかった。

「伯母様は勘付いてたのかい? 件のマフィアには帝国やらの息が掛かってたって」

「推測はしてたわ。けど、領主の立場では言うに言えなくて……」

 あのマフィアもまた帝国・連合に踊らされてたのよ。

そのことを伯母様があたしに教えてくれなかったのは、あたしが無茶をするから。伯母様に守られてたんだなあってこと、痛感する。

結局、羅刹の介入によって帝国・連合の企みはご破算となった。でも羅刹の功績として認められるようになったのは、マフィアが撤退して一年ほど経ってから。

 その後、羅刹は忽然と姿を消して……今、再び現れた。

 ……ううん、ずっと前からあたしの傍にいたのよ、『彼女』は。

「あの、伯母様……」

「なあに?」

 リーリエのことを確かめたくて、あたしはこわごわと口を開く。だけど、まさか『お父様には隠し子がいたの?』とは聞けなかった。

「こ、今夜はお兄様に泊まってもらうのって、どうかしら」

 伯母様はあたしの嘘に気付かず、和やかに微笑む。

「あらあら、ルークスとは話し足りないようね。いかがかしら? ルークス」

「それじゃあお世話になろうかな」

 できることなら、もっと早くこうして再会を祝いたかった。あたしの胸にはリーリエの影が潜んでて……心の底から笑えない。

 あたしが姉で、リーリエは妹? それとも逆?

「……にしても、大変なことになったわね。帝国も連合も同時期に内戦だなんて……」

 それまで朗らかだった伯母様の声がトーンを落とした。

 これで帝国や連合がジェミニ自治領に軍を差し向けてくることは、ひとまずないわ。しかし今度の戦争によってジェミニにどんな影響が及ぶかは、想像もつかなかった。

「とりあえず自治領のモンスター討伐はおれにも手伝わせてくれ。多少なりとも報酬はもらうが、安くするからさ」

「フェンリル団がジェミニに留まるなら、そのほうが自然でしょうね」

 今は帝国と連合の内戦が一日でも早く終わるのを祈るしかない。

 ジェミニ王宮のことや聖剣カストゥールのことも聞きたかったけど、あたしは下手に口を出さず、聞き手にだけまわっていた。

 やがてディナーを終え、あたしは一足先にお風呂へ。

 お部屋に戻る頃には、城下も静まり返っていた。窓を開けると、日中の蒸し暑さが嘘のような風が入ってきて、涼しい。

 昨日と今日で色々あったから、今夜もなかなか寝付けそうにないわね。でもリビングでピアノを弾くには遅いし……なんてことを考えてたら、ノックの音がした。

「入っていいかい? スバル」

「お兄様? ど、どうぞ」

 緊張のせいで声が上擦ってしまう。

 お兄様はお風呂あがりのスタイルであたしのお部屋にやってきた。こっちもパジャマを見られる羽目になって、少し待ってもらえばよかったと後悔する。

「そっちに座って」

「ああ。……スバルはここで暮らしてるんだな」

 お兄様はすぐには腰を降ろさず、あたしの部屋を感慨深そうに眺めていた。

 自治警察と女学院の制服が干してあったり、デスクの上には教科書が出しっ放しだったり。小型のドレッサーにはお化粧品が一通り揃ってる。

 本棚の上にはぬいぐるみも置いてあった。

「城下でもよく見かけるんだが……こいつは、なんてキャラクターなんだい?」

「タメにゃんよ。アリスが大ファンで、あたしも一緒に買ったの」

 言い訳みたいになって恥ずかしい。

 あたしはアイスティーを淹れ、お兄様にも振る舞った。

「お兄様が来るとわかってたら、氷も用意しておいたんだけど」

「充分だよ。割と涼しいしね」

 ようやくお兄様が椅子に腰掛け、アイスティーに口をつける。あたしのファーストキスを奪った、そしてリーリエを貪っていた、あの唇で。

 お兄様とリーリエの淫らなキスを思い出すと、傍に寄るに寄れなくなった。

「ね、ねえ。……聞いてもいいかしら」

「リーリエのことだろ?」

 困惑の理由はあっさりと見抜かれる。

「気になるのかい? スバル。自分の『妹』のことが……」

「あたしが『お姉さん』なのね」

「生まれた順で言えば、な。おまえは六月で、リーリエは十一月だ」

 確かリーリエはさそり座だったかしら。もしかしたら、彼女はあたしを自分の姉妹だと知ったうえで、近づいてきたのかもしれなかった。

「で、どっちが聞きたいって? 羅刹のことか、それとも……昨日のことか」

 お兄様は容赦なしにあたしの苦しいところを突いてくる。

昨日の帰り際、あたしはお兄様とリーリエの情事を目撃してしまった。それだけなら、ふたりは恋人同士だったのね……で済む。

 けれどもふたりは恋人どころか『兄妹』だったの。

「教えて、お兄様。リーリエはどうして羅刹なんかに……?」

「ジェミニの王家代々に伝わる闇の伝統さ。おれとおまえも神聖魔法を学んだろ?」

 十七歳のあたしが騎士団とともにモンスターと戦えるのは、ジェミニ王家相伝の神聖魔法の心得があるから。聖剣カストゥールの力を引き出すためにも必要らしいわ。

 お兄様の表情に凄みが増す。

「あれには、実は『裏』があるのさ。暗黒魔法とでもいうべき、な」

「……じゃあ、リーリエはそのために」

 ジェミニ王家は由緒正しい歴史の裏側で、恐ろしい力をも継承していた。リーリエはその力で王家に尽くすことを宿命づけられ、生まれてきたというの。

 お兄様の話によれば、彼女はずっとジェミニで『主』の帰還を待ってた。だから三年前はジェミニを守るべく、マフィアに制裁を与えてる。

 そして先月はお兄様の命令に従い、たったひとりで海賊団を殲滅した。

「お兄様はリーリエを戦わせて、平気なの?」

「志願してきたのは彼女だよ。おれの役に立ちたいとね」

 お兄様の言葉に愛情は感じられない。

 でも、それはあたしが認めたくないせいもあった。お兄様がリーリエを利用してるだけなら、許せないことではあっても……リーリエには本気じゃないってことになる。

 最低だわ、あたし。

心のどこかで、妹が報われないのを望んでるんだもの。

「お、お兄様は……リーリエのことが好きなの?」

 お兄様の表情が優しくなる。

「あれだけ一途に想ってもらえたら、絆されるのが人情ってやつさ。たとえ実の妹でも、おれはあの子の気持ちには応えたい」

 ところが、その双眸は俄かに獣欲の色を秘めた。

「けど、おれがジェミニに帰ってきたのは、おまえを手に入れるためなんだぜ?」

「え? お、お兄様……っ?」

 話の途中であたしをベッドへと押し倒し、覆い被さってくる。

『実の妹でも、おれはあの子の気持ちには応えたい』

 その言葉があたしに戦慄をもたらした。

 リーリエをあんなふうに抱き締めてたんだもの。あたしを押し倒したのは、欲望のままに身体を求めてのことかもしれない。たとえ、それが『実の妹』であっても。

「嘘でしょ? ち、ちょっと待って!」

「まだおれのことを『優しい兄貴』とでも思ってるのかい? スバル」

「――きゃああっ!」

 勢い任せにパジャマを引き千切られてしまった。袷のボタンが飛び、包みでも開くように生地は両脇へと綻ぶ。夏場だから、あとはブラジャーが一枚しかない。

 お兄様は目の色を変え、舌なめずりした。

「おまえも大きいな。リーリエと同じくらい……いや、もっとか」

「やめて! お兄様、こんなのいやぁ!」

 抵抗しようにも、お兄様の腕力にはまるで敵わない。

 十七歳にしてはやや大きい、コンプレックスでもある胸の膨らみを、まじまじと吟味される。なのにフリルだらけで純白のブラジャーが、子どもっぽくて恥ずかしかった。

「下着はもう少し背伸びしてもよさそうだぞ?」

 そんなあたしの羞恥心を的確に逆撫でしつつ、お兄様は双乳へ手を伸ばす。

「妹だってわかってるのに、くらくらするよ。おまえはこの十年、ずっと焦がれ続けてきた『女』だからさ。我慢できない」

 凌辱の最中とは思えない、切ない言葉が不意に沁みた。あたしの心はお兄様の一方的な愛に侵食され始め、胸はわずかに歓喜に躍る。

「あ……あたしだって、お兄様のこと……忘れたりしなかったわ」

 あの日から今日まで、このひとに想いを馳せなかった日はないんだもの。

 単なる『男の子の友達』だったら、とっくに忘却の彼方だった。忘れられず、こうして真剣な想いを抱いていられたのは、あたしたちが本当の兄妹だから。

「ならおれを受け入れるのも、やぶさかじゃないだろ。スバル」

「そういうわけには……やっぱり兄妹でこんな、んあっ?」

 撫でさすられるのがくすぐったくて、すぐにも身体は震えを堪えきれなくなった。

 兄妹だからだめだって、頭ではわかってる。でも、同時に『兄妹だから』こそお兄様に熱烈に求められ、あたしの意志は享受と拒絶を行ったり来たりするの。

 拒絶に傾けば、愛しのお兄様とは結ばれない。

 かといって享受に傾いても、後ろ暗い背徳感は振りきれない。

「今夜は待って? 心の準備だけ……っあ、お兄様ぁ」

「一秒たりとも待ってやらないよ」

 お兄様の手は肩や背中にもまわり込んできた。あたしをベッドの中央に埋めるように抱き締め、荒々しい息遣いを近づけてくる。

「こっちもおまえには翻弄されてんだ。はあ……この間のパーティーでおまえに男が寄ってきた時だって、あいつら、殺してやろうかと思ったんだぜ?」

「し、知らないわよ、そんなこと……!」

 ブラジャーのホックは簡単に外されてしまった。お兄様が囁きに含みを込める。

「リーリエで慣れたからね」

 その一言だけでも、お兄様とリーリエの『夜』を想像するには充分だった。女学院の中庭でさえ、あんなにも憚らずに求めあってたのよ?

 ふたりきりのベッドでなら、もっと……きっとセックスだって。

「スバルにもリーリエと同じようにしてやるよ」

 お兄様の不誠実にも程がある言葉は、あたしの嫉妬心を燃えあがらせた。

「ほ、本気で言ってるの? お兄様、リーリエは恋人なんでしょ?」

「恋人で妹さ。スバル、おまえも妹だから、おれも恋人になる資格がある。だろ?」

 無茶苦茶だわ。このひとはリーリエを裏切ってでも、あたしを手に入れようとしてる。

 あたしは肌蹴そうな胸を隠しつつ、彼を睨みつけた。

「……最低よ、あなた」

「あれ? スバルには『お兄様』って呼んで欲しいのにな」

 しかしお兄様はあたしの反抗なんて意に介さず、さらに手を這わせてくる。力ずくで腕をのけられ、ブラジャーをずりあげられて……胸は裸になってしまった。

 お兄様の瞳がぞっとするほどに艶を深める。

「十年のうちに随分と綺麗になったな」

 綺麗。その言葉は妹ではなく女としてのあたしに向けられてた。

 あたしは顔を背け、真っ赤になる。

「お、お兄様だって……素敵になったわ。子どもの頃と見違えるくらい」

 自分でも何を言ってるのか、わからない。彼の背後にリーリエの存在を感じながらも、あたしはお兄様に身体を許しつつあった。女として。

 いけないことなのに……。

「こっちを向いてくれないか? スバル」

「お、おにぃ……ンッ?」

 その予感はあったのに、期待していたのかもしれない。おずおずと正面を向くと、お兄様にキスで唇を塞がれてしまった。

 しかも今夜は遠慮なしにこじ開けられ、舌を絡め取られる。

「んあっふ、あむ! んっく、くるひ、はら……っ!」

 唇の合わせ目から灼けた吐息が溢れた。端からは涎も零れ、キスは獣じみてくる。

 頬や首筋も執拗に舐められ、耳たぶは優しく食まれた。乱暴なキスであたしのほうはすっかり息を乱し、心ならずも陶然としてしまう。

 お兄様の声は暗示めいて聞こえた。

「実を言うとね、リーリエともここまでなんだ。まだ抱いてない」

 リーリエへの敗北感に打ちひしがれていたはずの嫉妬心が、俄かに勢いを増す。

 お兄様とリーリエは結ばれてない……?

 あたし自身、こんなふうに考えたくなかった。けど、お兄様の身体にほかの女の子が手を触れた――そう思うだけで、心は真っ赤に染まる。

「……あ、あたしをその気にさせたくって、そんなこと」

「酷い妹だなあ。本当のことなのに」

 言葉巧みにあたしを惑わせながら、お兄様は裸の双乳を押し掴んだ。

「おれにとってはどっちも大切な妹だからね。リーリエにもこんなことをしてるんだ、薄情に聞こえるかもしれないけど」

 揉みしだかれるたび、あたしの目の前で柔らかな丸みが形を変える。天辺の突起を指で弾かれると、疼きのような痺れに襲われた。

「へはあっ? やだ、そこは……っひあ、あ! 待ってったら」

 突起は小さいなりにもツンと勃ち、摩擦による刺激を大きくする。

肌は香汗にまみれ、ランプのもとで艶やかに照り返っていた。手だけじゃなく唇や舌でもなぶられ、お兄様の色に染めあげられていく。

息を切らそうと、お兄様は貪欲なまでにキスをやめなかった。

「スバル……はあ、いいぞ。すごく柔らかくて……」

ついには桜色の突起を頬張って、赤ちゃんみたいにちゅうっと吸いつくの。

母性本能をくすぐられたのか、もう抵抗に力が入らなかった。あたしはシーツを手繰り寄せ、快感が強くなるたびに息む。

「くふぅうん……っ! お兄様、はげし……あん、もっと優しくしてぇ?」

自分でも驚くほど甘い声が出てしまった。

まるでおねだりでもするように、あたしの瞳はお兄様だけを見詰め、涙ぐむ。十年間もずっと重い焦がれてきたひとだもの。たとえ実の兄でも――と脳裏をよぎる。

「素直になってきたじゃないか。可愛いぞ、スバル」

 可愛いと言われるのも嬉しくて、ぞくぞくした。

お兄様の前でなら、自分はこんなにも『女』になれるんだと、自信さえ湧いてくる。それでも『妹』としてのあたしは頑なに抗い、快感を遠ざけたがった。

「はぁ、はあ……お、お兄様、あたし……」

この葛藤を自分ではどうにもできない。お兄様の温もりを肌で感じながら、もどかしさに身悶えるの。

 ところが、お兄様はあたしから身体を剥がしてしまった。

「そろそろか。……出ておいて」

カーテンの向こうから意外な人物が現れ、あたしはぎくりと瞳を強張らせる。

「リ……リーリエ?」

もうひとりの王女にして、お兄様にとってはもうひとりの妹。そのうえ彼女は黒衣の前を開け、魅惑のプロポーションを大胆に晒してた。

すでにブラジャーはずれ、豊かな膨らみが零れ出てる。

 何よりあたしを慄かせたのは、彼女が自らショーツに手を突っ込んでること。人差し指と小指は股布の両脇から食み出してるけど、じゃあ中指と薬指は……?

「に、兄さん……お願い、んはぁ、これ以上は……」

あたしの視線に困惑しながらも、リーリエは切ない表情でお兄様を求めた。

お兄様が酷薄な笑みを浮かべる。

「ちゃんと言いつけ通り、自分で慰めてたようだね。いい子だ」

 リーリエの肉感的な太腿をいくつもの雫が伝い落ちた。それだけ、ショーツの中では液が漏れ、秘密めいた場所を潤してるんだわ。

「いつになったら、だ、抱いてくれるの? 兄さぁん」

「順番が大事だって、言ったろ? 一度に愛せるのはひとりだからね」

 あたしとリーリエの間で一瞬、空気が張り詰めた。

「ひとり、だけ……」

「スバルとわたしの、どっちか……」

 ジェミニの王女だなんて、どうでもいい。今のあたしたちにとって大事なのは、どちらもお兄様の妹だってことだった。あたしはリーリエに、リーリエはあたしに『兄妹の禁忌を犯すなんて』と疑惑の目を向ける。

 そのくせ、自分はそのタブーを受け入れようとしていた。

 お兄様への真っ白だった純情が、真っ黒な嫉妬で汚れていく。それでも――そしておそらくはリーリエも、今夜だけはお兄様を欲した。

 愛撫やキスが途切れただけで、身体じゅうが切なくてならないの。

兄妹じゃいけないとわかってるつもりでも、この昂りは抑えきれなかった。あたしとリーリエが悶々としてると、お兄様に淫猥な命令をくだされる。

「こっちにおいで、リーリエ。……ほら、スバルも自分でやってごらん?」

できるわけがなかった。しかしリーリエはあたしの視線に晒されながらも、ベッドの上で膝立ちの姿勢になり、少しでも脚を広げようとする。

あたしのとは対照的に黒い妖艶なショーツも、意味深かつ淫靡に濡れていた。

「んあっはあ……あ、あぁ? 兄さん、わたし……このままじゃ」

その中で器用に手首を返しながら、リーリエは敏感そうに腰を震わせる。

何もできずにいる、あたしへのあてつけ……? そんなことをするような女の子とは思えないけど、負けられない気がした。

淫らなムードが立ち込め、息をするだけでも酔いがまわってくる。

「あ、っあ……あたしも……ちゃんと、するから……」

ごくりと生唾を飲みくだしてから、あたしも彼女と同じ姿勢となった。半裸の我が身を見下ろしつつ、おもむろに純白のショーツへと右手を差し込む。

そして左手を噛んで息むとともに……慰めるの。

「んぁ? や、やっぱり無理よ、お兄様」

「どうやるか、知ってるんだろ? なら大丈夫さ」

「言わないで? こんなの……ぁはあ、恥ずかしくって、らめえ……っ!」

 自慰の経験を見透かされ、あたしは赤面するしかなかった。思うように指も動かず、乙女の入り口を彷徨うだけになる。

 その間にもリーリエはリズムに乗って、快楽に身悶えてた。

「わたしはできるわよ、兄さん……ひはぁ、兄さんが言うなら、あん、なんだってぇ」

 愛しそうにお兄様を見詰めながら、徐々にペースをあげていく。お兄様もリーリエには熱いまなざしを向け、前のめりにもなった。

「本当に可愛いやつだよ、きみは。もっとおれに見せてくれないか」

 リーリエのことは『きみ』と呼ぶのね。あたしの『おまえ』よりは異性を意識してるふうにも聞こえ、妹のあたしを焦らせる。

 火照った身体が蒸れに蒸れ、あたし自身も我慢できなかった。

「はぁ、はあ……ぅあ? やっ、これ……あふぅんっ!」

中指と薬指を鈎のように曲げ、自ら乙女の聖域に奇襲を仕掛ける。思いのほか蜜が溢れて、ショーツの脇まで玉の雫が零れていった。

 恥ずかしくてたまらない。けど、同じ妹のリーリエには負けてられない。

「へあぁ? やだ、とまらなく……お、お兄様、そんなつもりじゃ……えへぁあっ!」

「わ、わたしを見て? 兄さん、ほら……あっ、ひゃんと、れきてるからぁ!」

快感に翻弄され、お互い呂律もまわらなくなってきた。

ひとりでするのと全然違うの。少しでも指が遅いと、苦しいほど切ない。そして刺激は甘い痺れを伴い、身体じゅうに悦びの波を広げる。

 そんな妹たちのあられもないさまを前にして、お兄様は目をぎらつかせた。

「おれも参加させてもらうよ。はあっ」

 憚りもせずに下を脱ぎ、雄々しい獣の部分を取り出す。

「にっ、兄さん? 今夜こそ、ああっふ、わたしのこと……?」

「本気なの? あ、あたしもリーリエも……ぁはう、ひ、いもぉとなのに」

 間違っても妹に向けてはならないものだった。始めて目の当たりにする『それ』に、あたしもリーリエも戸惑い、自慰のペースを乱される。

 しかしお兄様は構わず、一心不乱に自らを高めていった。

 一匹の牡と二匹の牝、それぞれの熱っぽい吐息が蔓延する。あたしはミーシャより前に出て、するとミーシャがあたしより前に出て、お兄様を待ち侘びた。

「これもう、あんっ、止まらないの! お兄様ので、はあっあ、あたひ……!」

 なまじ『本物』を見てるだけに、いやらしい想像が膨らむ。それはきっとリーリエも同じで、自慰とともに腰までくねらせていた。

「もうらめっ! 兄さん、わたしに……へあっ、あぇえええっ!」

「おっおぉ、おにっ、おにぃひゃまぁあああッ!」

 甘い痺れは舌の先まで達し、頭の中を恍惚感に打ち抜かれる。あたしはリーリエと一緒に嬌声を張りあげ、淫猥な心地よさに屈服してしまった。

「あはぁ、あ……あぁああ……っ!」

 身体じゅうが蕩けるみたい。膝立ちの姿勢を伸びきらせながら、艶笑を深める。

 そうして打ち震えているところへ、お兄様の愛情が飛び掛かってきた。一拍ごとに勢いよく放たれ、あたしとリーリエの胸まで届くの。

 すごく熱くって、どろどろで……それはゆっくりとお腹まで垂れていった。

 発情期のにおいに酩酊しつつ、あたしはくたっと虚脱し、ベッドへ倒れ込む。リーリエもくずおれ、あたしの隣で突っ伏した。

 あとからお兄様が覆い被さってきて、あたしとリーリエにキスをする。

「はぁ、はあ……よかったぞ、ふたりとも」

「あ? 待って、お兄様……」

 あたしがお兄様の袖を掴むと、リーリエも同じことをした。快楽が引くとともに我を取り戻し、気まずさに口を噤む。

にもかかわらず、お兄様は上着を脱ぎ、あたしたちの間で仰向けに寝そべった。

「おいで、スバル、リーリエ。朝まで一緒にいようじゃないか」

右の腕枕はあたし専用で、左の腕枕はリーリエ専用なのね。

今夜のところはそれでいいかなって、思えてしまった。この続きは『妹』としてお兄様に甘えるの。あたしも、リーリエも。

「やだ……お兄様だって、はあ、汗でべとべとじゃないの」

「に、兄さん? わたしはまだ大丈夫だけど……」

半裸でさえなかったら、健全な夜だったに違いないのに。

「おれは今、ぎりぎりのところで我慢してるんだ。挑発しないでくれ」

 こうして今年の夏は最愛のお兄様、そしてもうひとりの妹と一緒に始まった。

 

 

 翌朝、あたしは目覚めるとともに仰天する。

 だ、だって……すぐ傍でお兄様が一緒に寝てたんだもの。昨夜の情事を思い出し、あたしは火でも噴くように真っ赤になる。

 無理やり押し倒されて……えっ? どうしてこんなことに……?

 旦那さんとの初夜は『お酒に酔った勢いで』って言ってた、メイド長の経験談に今こそ納得してしまった。そ、そりゃあ兄妹だし、最後まではしてないけども。

 この状況でお兄様を起こすほどの度胸はなかった。あたしは静かにベッドを抜け、無難な部屋着を羽織っておく。

 そのつもりが、いつもの一着は消えていた。リーリエの姿も見当たらない。

「まさか……?」

 あたしは急いで部屋を飛び出し、彼女の行方を追った。

あの子は『羅刹』だったのよ? 正体を知られた以上、二度とあたしの前には姿を現さないかもしれない。

 しかし予想に反して、彼女はすぐに見つかった。

「あなたはどんなお花が好きなの?」

「ユリとか、スミレとか……落ち着いた色合いの花でしょうか。伯母様は?」

「私はガーベラよ。いかにもお花っていう感じで」

早朝の中庭で、伯母様と一緒に花壇にお水を撒いたりしてる。

 しかもリーリエ、さっき『伯母様』って……。向こうもあたしに気付き、朗らかな顔で声を掛けてくる。

「遅かったわね。やっと起きたの? スバル」

「え、ええ」

 拍子抜けしてしまった。この様子だと、伯母様はすべてをご存知みたい。

「どうせなら、昨夜のお祝いにも顔を出してくれればよかったのに。この子ったら、今朝になって急に尋ねてきたのよ? びっくりするじゃないの、ねえ」

「ごめんなさい、伯母様。どうしても都合がつかなくて」

 お兄様が称賛を惜しまないわけだわ。

 ジェミニ自治領の領主エリザベート=フォン=ジェミニは肝が据わってらっしゃる。

 

 問題は朝食のあとだった。

 あたしはひとり廊下に立たされ、メイド長のお叱りを受ける。

「十年ぶりの再会で『盛りあがった』のでしょうけど……あなたはルークス様の妹でございましょう? スバル様」

「……ハイ」

 ベッドのシーツがぐちゃぐちゃに汚れてたせいで、昨夜の情事がばれちゃったの。あたしはぐうの音も出ず、恥ずかしさのあまり頭を垂れる。

 これでリーリエも一緒だったなんて知られたら、大事になるに決まってた。

「この件はわたくしの胸に留めておきます。くれぐれも自重なさってくださいませ」

 薄情なお兄様は逃げ、あたしだけが怒られる始末。

「わかりましたか? スバル様」

「はぁーい……」

 当分の間、スケベなお兄様には近づかないことを心に誓った。

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