ダーリンのにゃんにゃん大作戦!
第5話
だが、夏はそう長くは続かなかった。翌朝の体温は三十八度をマーク。
「ごほっ! げほ!」
このコンディションで浜に出られるはずもない。輪は莉磨の部屋を借り、安静にすることとなった。温くなった氷のうをメイドが取り替えてくれる。
「真井舵様のことはわたくしが見ておりますので。せっかくのいいお天気ですし、皆様はどうぞ、お遊びになってください」
息を切らせながら、輪も枯れた声を絞り出した。
「き、気にしないでくれ……けほっ、みんなにうつしちゃ、悪いしさ」
閑たちはアイコンタクトを交わし、申し訳なさそうに頷いた。
「ごめんなさいね、輪。あとで様子を見にくるから」
「莉磨さん、輪くんをよろしくお願いします」
「さあさあ、うつっては一大事です。皆様、早くお出てになって……うふふ」
彼女らに続いて、莉磨も退室し、ドアを閉めきられる。
(笑ってたなあ、麗河さん……)
傍から見れば滑稽で、痛快なのだろう。
女の子たちと海に遊びに来たにもかかわらず、まだ一度も浜に出ていない。
「ゾフィーと麗河さんに、はあ、邪魔されなけりゃ、オレだって」
風邪をひいた原因に心当たりはあった。昨夜、びしょ濡れのままで過ごしたことがひとつ。それから、一日目のテント暮らしも影響している気がした。
(閑のビキニって、どんなだったんだろ……)
ベッドの中でひとり、悶々とする。
しかし寒気が酷く、いやらしい妄想の余裕もなかった。少しでも楽になりたくて、輪は目を閉じ、なるべく呼吸を落ち着かせる。
次に目が覚めた時には、随分と楽になっていた。
「起きてってば、ダーリンちゃん」
「うぅーん……」
優しく揺すられ、輪はおもむろに顔をあげる。
いつの間にか氷のうは手拭い程度のものに替えられていた。パジャマが寝汗でべとつくのを感じながら、布団を半分だけのける。
「調子はどう? りん」
「あぁ、黒江か。おかげで大分……」
ベッドの両脇には優希と黒江が控えていた。その際どい恰好を目の当たりにして、輪の意識は一気に覚醒する。
「ええええっ? ちち、ち、ちょっと待ってくれ!」
驚きのあまり、輪は口を全開にした。
右の優希も、左の黒江も、ナースのコスチュームをまとっている。しかしスカートは穿かず、大胆にも純白のスクール水着を晒していた。
「エヘヘ。白衣の天使、でしょ?」
「これでりんはすぐ元気になるはず……」
ふたりのナースは照れ笑いを浮かべながら、豊満な身体をのけぞらせた。波をつけるように腰を捻って、たわわな巨乳を持ちあげる仕草が、艶めかしい。
白一色の薄生地は柔肌に吸いつき、脚の付け根をくぐっていた。あられもないフトモモが照り返って、輪の視線を引き寄せる。
「ど、どうしたんだよ、ふたりして? 海で遊んでたんじゃないのか」
「交替でりんを看病しよう、って。このナース服は莉磨さんが貸してくれた」
彼女らの艶姿から目を離せず、輪はごくりと生唾を飲みくだした。男の子の熱いまなざしを、優希と黒江も正面から受け止めてくれる。
「りん、ちゃんと栄養、取らないと」
黒江がベッドの下から雑炊を持ちあげた。
「いいにおいがすると思ってたら、これだったのか」
しめじと鮭フレークがご飯と合わさって、卵とじにされている。
お腹が空いており、食欲も湧いてきた。しかしスプーンには触らせてもらえず、じっとしているように釘を刺される。
「いいってば。私が食べさせてあげるから」
「……黒江が?」
左の優希は面白そうに見守っていた。
「黒江ちゃんったら、ダーリンちゃんのお嫁さんみたいだね」
「恥ずかしいこというの、禁止」
平静を装っていても、黒江の頬は朱に染まる。
しかし何やら違和感があって、輪は舞いあがれなかった。
(おかしいぞ……?)
手の込んだ雑炊にしても、彼女らが用意したものとは思えない。黒江など料理がまるでできないため、常日頃から寮の皆に頼りきりだった。
優希のほうはまだカロリーを意識している分だけ、できそうな気はする。
「はい、りん。あーん」
「あ、あーん……」
それでも輪は黒江に甘えてみたくて、素直に口を開いた。熱すぎず、冷めてもいない雑炊が、舌の上に流れ込む。
「もぐもぐ……美味いよ、これ」
「作った甲斐あった。残さず、食べて」
鮭の香りはもちろん、しめじの噛み応えもよかった。
黒江にひと口ずつ食べさせてもらい、やがて雑炊のお椀は空になる。
「ふう。ありがとう、黒江。ごちそうさま」
「どういたしまして」
輪の頬についていた米粒を、黒江は指で拾い、ぺろっと舐めた。舌を巻きつけ、人差し指と中指の叉まで、丁寧にねぶりまわす。しかも、顔をほんのりと紅潮させて。
「ん……んふっ、だーりんの味……」
「く、黒江?」
どきりとさせられてしまった。
お腹が満たされると、今度は喉が渇いてくる。それを見越したように、優希が前のめりになって、ナース服越しに巨乳を弾ませた。
「雑炊のお次は栄養たっぷりのミルクだよ? ダーリンちゃん」
豊かな膨らみを両手で抱えあげ、挑発的にはにかむ。
その谷間からにゅっと牛乳瓶が飛び出した。思わず、輪は目を見張る。
「優希? そ、そいつは」
「冷たいの飲んで、お腹壊してもいけないでしょ。だ、か、ら、あっためておいたの」
顔を赤らめつつ、優希は牛乳瓶の蓋を開けた。中のミルクが零れそうになる。
「ほら、ダーリンちゃん……召しあがれ?」
喉の渇きとは別のものが、衝動とともに込みあげてきた。興奮のせいで息が乱れ、身体もだんだん熱くなる。寝汗にまみれたパジャマは、黒江が剥がしてくれた。
「楽にしてて、りん。ゆきがご馳走してくれるから」
「あ、ああ……じゃあ」
どぎまぎしながらも輪はやや仰向いて、口をあーんと開く。
優希はベッドに乗りあがり、前屈みになった。豊乳を両脇から押さえ込みつつ、谷間の牛乳瓶を少しずつ傾け、輪の口へと近づける。
優希の温もりとひとつになったミルクが、なみなみと流れ込んできた。
「んぐ……ンッ、んぅぐ」
夢中になって、輪は溺れるようにミルクを貪る。
飲み損ねた分は、優希のスクール水着へと染み込んだ。甘い香りが漂い、優希そのものが美味しくなったかのように錯覚させる。
「どーお? ダーリンちゃん」
「すげえ美味しくって、オレ……ぷはっ、も、もう……!」
すっかり昂ってしまい、頭にも熱がまわってきた。朦朧としつつ、輪は黒江も半ば強引に抱き寄せて、おっぱいミルクを堪能する。
「だーりんったら、赤ちゃんみたい」
「でしょ? ダーリンちゃんったら、あん、可愛いんだからぁ」
色っぽい声が響き渡った。
唇から零れているのが、自分の涎らしいことに気付く。
「……あ」
輪は額に氷のうを乗せたまま、ベッドで寝ていた。傍に水着のナースなどいない。
すべて夢だったことに愕然とする。
「なんて夢を見ちまうんだよ、オレ……そんなふうに優希のことを?」
心身ともに弱っている時に、さっきの夢はきつかった。興奮は長続きせず、優希や黒江への罪悪感ばかりが膨らむ。
今頃、閑たちはビーチではしゃいでいるのだろう。
「寝るか……」
深めに布団を被って、輪は静かに目を閉じた。すると、誰かに揺すられる。
「お加減はいかがですか? ダーリンさま」
重たい氷のうは軽い手拭いに交換してもらえた。
「さ、沙織か? 遊んでたんじゃ……」
「あたしもいますよ、ダーリンくん」
いつの間にか、ベッドの傍には沙織と澪が控えている。それもナース服の恰好で。
さっきの優希たちと同じようにスカートは穿かず、真っ白なスクール水着のデルタを見せびらかす。おかげで輪の両目も全開になった。
「おおっ、おい? ど、どうしたんだよ、お前ら!」
「大声を出してはいけませんわ。ダーリンさま、どうぞ、リラックスなさって」
沙織が布団をのけ、かいがいしく輪のパジャマを脱がしに掛かる。
何かがおかしかった。しかし倦怠感に妨げられ、まともな思考が続かない。それよりも彼女たちの蠱惑的な水着姿にあてられ、ごくりと生唾を飲む。
(沙織も五月道も、むっちむちじゃねえか……)
内股の姿勢がフトモモを擦りあわせた。前屈みになった拍子に巨乳が揺れ、ナース服の襟元から魅惑の谷間を覗かせる。胸が大きすぎるせいで、ボタンも閉まらない。
「ダーリンくんはじっとしててください。拭いてあげますから」
「あ……ああ」
輪の身体は火照り、汗ばんでいた。首筋や脇腹に不快感がまとわりつく。
そこに、ふわふわのタオルが優しく触れた。右からは澪、左からは沙織が、ぎこちない手つきで汗を拭き取ってくれる。
「至らないところがありましたら、お申しつけくださいね? ダーリンさま」
「た、足りないことなんて……すげえ気持ちいいよ」
彼女らにも躊躇はあるようで、澪など真っ赤になってしまった。それでも、恥ずかしいなりに手を動かし、輪の胸肌をなぞっていく。
「男の子の身体って、その、こんなふうになってるんですね」
決して貧相ではないとはいえ、筋肉質でもない身体つきが、少し情けなかった。
「し、下は自分で拭くからさ」
「あっ、当たり前です!」
またも澪は赤面し、そっぽを向く。そのせいでタオルが外れ、顔面を拭きに掛かる。
「んむっ? 五月道、そこは違うっへ!」
「うふふ、もうすっかりお元気みたいですわね。安心しましたわ」
沙織も恥じらいを浮かべながら、ご主人様の寝汗を余すことなく丁寧に拭った。胸の鼓動を読まれた気がして、輪は甘い興奮に息を乱す。
「五月道、沙織……」
「それじゃあ、あとはお注射ですね」
澪が何やら大きなものを肩に担いで、持ちあげた。ビッグサイズの注射器には緑色の薬液がなみなみと溜まっている。
輪はぎょっとして、声を震わせた。
「え? あ、あの、五月道さん……それは?」
「見ての通り、注射ですよ。さあ、ダーリンくん、お尻を出してください」
先端は針ではなくプラスチック製のストローになっている。
まさか。その想像は輪の心胆を寒からしめた。
「まままっ待て! そんなにたくさん入るわけないだろ!」
「ダーリンさまったら、注射が怖いだなんて……うふふ、ご褒美もありますから、ここは我慢なさいましょうね」
柔和な笑みとは裏腹に、沙織が力ずくで輪をうつ伏せに押さえ込む。
「覚悟してください? ダー、リン、くん」
「か、覚悟って……お前ら、わかってて、やってんじゃ……」
背後から恐怖の注射器が近づいてきた。
「……はっ?」
またしても輪はベッドで目覚める。
跳び起きるほどの体力はなかったが、意識は覚醒した。沙織と澪がナース風の水着姿で迫ってきたのも、夢だったらしい。まだ心臓がばくばくと暴れている。
「た、助かった……」
あと少し起きるのが遅かったら、どうなっていたことやら。ほっとしたものの、沙織や澪を疚しい夢に出演させてしまったことが、罪悪感をもたらす。
「夢の中でもセクハラかよ、オレってやつは」
だが、風邪で衰えているはずの思考が、ひとつの可能性を弾きだした。
「……いや、待てよ? ひょっとして」
これまでに優希、黒江、沙織、澪と、第四部隊のメンバーが順番に登場している。となれば、次に閑が出てきても、おかしくない。
一之瀬閑のナースを想像するだけで、胸に高揚感が込みあげた。
彼女に悪いと思いながらも、夢の続きに期待する。
「閑ならきっと優しく癒してくれるもんな。よし……ちょ、ちょっとだけ……」
だが、いくら目を瞑っても、眠りに落ちることはできなかった。目が冴えてしまい、布団の中で無為に悶々とするばかり。
時計の針が淡々と時を刻んだ。現実の病室には誰も来ない。
「……わかってたさ。いやらしいこと考えてっから、見られないんだろ?」
孤独と自己嫌悪の中、輪は塩辛い涙を飲んだ。
☆
真夏のビーチリゾートも、残すところはあと二日。長引いた風邪もようやく完治し、今日こそ浜辺で皆と遊ぶことになった。水着に着替えながら、輪は喜びを噛み締める。
「やっとだ……やっと、閑たちと海で思いっきり……!」
今日という一日を満喫できれば、これまでの艱難辛苦も報われるはず。
ところが、マナーモードの携帯が突然、アラームを鳴り響かせた。ARCから緊急の通信が届いたらしい。
「よりによって、こんな時にかよ? ……はあ」
不運にも、浜辺で遊んでいられる状況ではなくなった。輪は水着ではなくバトルフォームの下地に着替え、リビングルームで閑たちと合流する。
黒江のノートパソコンに愛煌の顔が映った。
『バカンス中なのに、悪いわね。実はそのあたりの海で、客船が一隻、カイーナになったのよ。まだ民間人の救助も済んでいないわ。ただちに急行してもらえるかしら』
第四部隊のメンバーは一様に青ざめる。
「な、なあ……乗り物がカイーナになるなんてこと、あるのか?」
『こっちも迂闊だったわ。兆候は把握できてたんだけど、てっきりカイーナ化は港のほうだと思ってたわけ。船も秘密裏に出港するものだから……』
きな臭いものを感じずにいられなかった。
カイーナを作り出すフロアキーパーは犯罪者である可能性が高い。沙織も同じ推測に至ったようで、眉を顰めた。
「その船、何か後ろめたいものでも乗せてるんじゃ、ありませんこと?」
愛煌の表情が俄かに険しくなる。
『そこも調べて欲しいの。事件性があるなら、こっちで警察と連携を取るわ。現場へは莉磨に運んでもらってちょうだい』
「わたくしはクルーザーを準備しておりますので。皆様もお急ぎください」
メイドの莉磨は一礼し、先に退室した。
「行こうぜ、みんな」
「ええ! 第四部隊、出動よ」
輪と閑で発破を掛けると、ほかのメンバーも頷きに力を込める。
だが、澪だけは神妙な面持ちで黙りこくっていた。輪が横から覗き込むと、ぎくりと顔を強張らせる。
「どうかしたのか? 五月道。顔色が悪いぞ」
「え……あ、ごめんなさい。急ぎましょう」
いつもの気丈な五月道澪ではなかった。愛煌が輪の携帯にだけ通信を繋ぐ。
『ずっと伏せておいたけど……五月道は昔、旅客機のカイーナ化に巻き込まれて、大怪我したことがあるのよ。留年したのだって、半年以上も入院してたから』
澪に関する数々の疑問が、一本の糸で繋がった。
「それが旅客機事件ってやつか」
『閑には話してあるわ。無茶しないように、フォローしてあげて』
輪は腹を括って、閑たちとともにクルーザーへと乗り込む。
「三十分ほど掛かりますわよ。飛ばしますので、振り落とされないでくださいまし」
「どんだけ飛ばすつもりで……うわあっ!」
クルーザーは勢いよく発進した。猛スピードで海面を駆け抜けていく。
おかげで船内はぐちゃぐちゃ。
輪に乗っかる形でひっくり返っているのは、優希だった。ホットパンツ越しにフトモモで頭をロックされ、気持ちよい以前に苦しい。
「びっくりしたあ~。莉磨さんってば、意外にアグレッシブだよね」
「いいから、どいてくれって。おも……色々当たってっから」
「へ? ……きゃあああっ!」
その体勢のまずさに気付いて、優希が飛び起きた。黒江の背中に隠れ、変態を睨む。
「こ、こんな悪戯してる場合じゃないでしょ! ダーリンちゃん」
「ラッキースケベの本領発揮……さすが」
「……なんとでも言ってくれ。それより、今のうちに作戦を練らねえと……」
沙織が左舷の方角を指し、声をあげた。
「船が近づいてきますわ!」
別のクルーザーがみるみる距離を詰め、こちらと並走する。
向こうのデッキで手を振っているのはチハヤだった。
「よう、お前ら! でかい船が丸ごとカイーナになったんだってなァ? おれたちも手ぇ貸してやっから、ひと暴れしようぜ!」
エミィとゾフィーの姿もある。
クルーザーを運転しているのはメグレズのようだった。応援に来たらしい。
「どうするの? 輪」
「ああ言ってんだ。ここは手伝ってもらおうぜ」
三十分ほど海面を走り、二隻のクルーザーは現場へと到着した。すでにARCのヘリや輸送艦が集まって、救助活動に当たっている。
リーダーの閑が名乗りをあげた。
「お待たせしました! こちら、ARCケイウォルス司令部の第四部隊です!」
「お願いします! 船内にはまだ八名も取り残されていますので!」
一刻を争う事態が、メンバーに焦燥感をもたらす。
「行きましょう、みなさん!」
いの一番に澪が飛び出そうとした。その肩を、輪はしっかりと押さえ込む。
「落ち着いてくれ、五月道。ひとりで突っ走るんじゃない」
念を押すように諭すと、彼女は素直に緊張を解いた。
「……ごめんなさい。あたし、気が気でなくて」
「いいんだ。五月道みたいに真剣になれるやつも、いないとな」
メグレズたちも客船のデッキへと移ってきて、合流する。メンバーは九名、頼りになる顔ぶれが揃っていた。突入にあたって、チームをふたつに分けることに。
「じゃあ、わたしのほうは船首からね」
「こっちは船尾だな。よし、それで行こう」
閑のチームは沙織、優希、黒江で、船首からスタートする。
そして輪のチームは澪、チハヤ、エミィで、船尾からスタートとなった。
「私は海中で張り込むわ。万が一、誰かが海に放り出されても、すぐ拾えるようにね。ゾフィー、あなたはデッキで待機なさい」
メグレズに指名され、ゾフィーは首を傾げる。
「エッ? ワタシはどっちのチームにも入らないんデスカ?」
「あなたのミョルニルじゃ、狭いところで戦うには不向きでしょう」
行き当たりばったりのようでも的確な配置だった。団体行動には難のあるゾフィーを、さり気なくメインのチームから外しもする。
「あとはこれも」
さらにメグレズは第四部隊の面々にベルトのようなものを配った。
それを目の高さまで持ちあげ、閑はきょとんとする。
「……首輪、かしら?」
「チョーカーと言ってちょうだい。気持ち程度だけど、フットワークを向上させる効果があるの。捜索や戦闘の役に立つわ」
半信半疑ながら、澪はチョーカーを装着した。すると頭の上にネコ耳が生え、背中の下のほうから尻尾も伸びる。
「ええっ? な、なんなんですか、これ?」
「あはは! こないだのエンタメランドみたいだね。はい、黒江ちゃん」
優希は面白そうにネコ耳を立て、黒江も仲間に加える。
「ほかのデザインを希望」
「こんなのを着けていたら、要救助者がびっくりするんじゃありませんこと?」
沙織も渋々、最後に閑もネコ耳を立てた。チョーカーが首輪のようなデザインなのも、ネコをモチーフにしてのものらしい。
「身体も軽くなったでしょう? あげるから、好きになさい」
「え、ええ……もう少し普通のなら、よかったんだけど」
ただでさえ白色のスクール水着にセーラーという不思議な恰好なのに、ネコ耳と尻尾でますます変ちくりんになってしまった。エミィが本物の尻尾をくねらせる。
「仲間が増えちゃった。エヘヘ」
「おれはいらねえぞ。……てめえはもらっとかねえのか、リン?」
「え? いや、オレもちょっと、こういうのは」
逃げようにも、優希と澪に両腕を押さえ込まれた。
「せっかくだし、ダーリンちゃんも着けなよ~。ボク、見てみたいなあ」
「自分だけ助かろうだなんて許しません。観念してください」
しかしメグレズは残念そうに嘆息する。
「ごめんなさい、それで全部なのよ。まあ、マイダーリンには魔装もあることだし」
「そっか。あれを発動したら、このバトルフォームも消えるもんな」
魔界の力とやらにも欠点があった。バトルフォームやアクセサリで素のステータスを強化しても、魔装の装着後には反映されないらしい。
「そろそろ行きましょう、輪」
「そうだな。お互い、頑張ろうぜ」
二手に分かれ、カイーナ船での本格的な捜索を開始する。
閑チームの沙織が輪に耳打ちしてきた。
「輪さん。澪さんのこと、くれぐれも頼みましてよ」
「……知ってたのか?」
「悪いとは思いましたけど、黒江さんに調べてもらいましたの。優希さんも……」
輪は決意表明のつもりで胸を叩く。
「任せてくれ。五月道には絶対、無茶はさせねえからさ」
「お願いしますわ」
輪のチームは閑のチームと別れ、船尾のほうからカイーナへ。
入ってすぐ、大きな段差で足を取られそうになる。
「船のカイーナ、か……」
輪たちは床ではなく『天井』を踏み締めた。船内は完全に逆さまとなっている。
通路はあちこちで枝分かれし、複雑な迷路を形成していた。窓の外はまるで深海のように暗く、何も見えない。それでも波に煽られ、一定の間隔で揺れはする。
奇妙な船内の光景をぐるりと眺め、澪が呟いた。
「こういう映画がありましたね。豪華客船がひっくり返って……」
「これ、お客さんは沈没すると思って、パニックになったんじゃねえかな」
輪たちはバトルフォームにチェンジして、アーツの力を身体じゅうに循環させる。澪のものは白色のスクール水着にセーラー調のジャケットが合わさった。
「この恰好、なんとかならないんでしょうか」
「なんだ? こっちと同じようなフォームじゃねえか」
チハヤとエミィのバトルフォームは紺色のスクール水着がベースとなっている。
チハヤはこぶしを握ったり開いたりして、感触を確かめた。
「うっし。こんなもんだな」
エミィより背が高いせいか、スクール水着のスタイルにしなやかさが見て取れる。仁王立ちで脚を閉じきらず、股布は無防備に晒されていた。
エミィのほうは恥ずかしそうに顔を赤らめ、チハヤの陰に隠れたがる。
小柄な割にお尻の肉付きがよく、曲線も引き締まっていた。小さな指がレッグホールに差し掛かり、スクール水着のずれを調える。
「これ、メグレズがなんか勘違いしてるんだよね? 学校の水着なのに……」
「あいつが作ったのか。確かにちょっと抜けてる感じ、するもんな」
ふたりして双乳もたわわに実っていた。身じろぐだけでも、柔らかそうに弾む。
澪の視線が冷たくなった。
「……どこ見てるんです? さっきから」
「いっ、いやいや! チハヤのは、小手がスキルアーツなんだなって」
苦し紛れになりながら、輪はチハヤの紅いガントレットを指差す。
「基本はお前ら人間用のアーツと変わんねえよ。プロテクトってのはついてねえけど」
エミィのネコ耳がぴこぴこと動いた。
「だからね、不文律もないの。でも、あとはアーツと同じかなあ」
「え? アーツじゃないのか」
メグレズやゾフィーにしても、イレイザーのアーツほどの制限はないらしい。カイーナの外でも力を発動できるため、メグレズは海中での待機を買って出たのだろう。
エミィは弓のピースメーカーを引っさげ、澪とともに後衛につく。
「行きましょう、輪くん。お客さんを捜さないと」
「ああ。頼りにしてるぜ、チハヤ、エミィ」
前衛は輪とチハヤで固めるフォーメーションとなった。
エミィのネコ耳がレイの気配を鋭敏に感じ取る。おかげでスカウト系も事足りた。
「左から来てるよ! 気を付けて!」
「ヘッ! 準備運動といくかぁ」
チハヤが両手のイフリートをがつんと突き合わせて、気合を込める。
敵は両生類を思わせる群れだった。知能は低いのか、闇雲に襲い掛かってくる。先頭の一匹目はチハヤのストレートを真正面から食らい、吹っ飛んだ。
「てめえもいただきだっ!」
続けざまのアッパーが二匹目をかちあげる。
負けじと輪も、ブロードソードでレイに斬りかかった。
(チハヤやゾフィーがやってたみたいに……!)
武器の性能にだけ頼らず、アーツのエネルギーをたわめ、直撃と同時に炸裂させる。
「でやあっ!」
輪の一撃はレイをボールのように弾き飛ばした。澪が驚き、目を丸くする。
「輪くん、今のは?」
「ヘヘッ! コツってやつが掴めてきたんだ」
最後の一匹はチハヤが粉砕した。
「ふう……館で戦った連中のほうが、まだましだったな」
「お疲れ様、チハヤちゃん」
後衛のエミィと澪は出番もないまま、構えを解く。
この程度の敵なら、閑のチームもそう苦戦しないだろう。しかし作戦の目的は、レイの殲滅ではなく、民間人の救助にあった。澪が言葉に焦りを滲ませる。
「それにしても、広すぎますね……」
「大丈夫だって。閑のほうも上手くやってるはずだし」
カイーナのレイには、侵入者を優先して狙う傾向が見られた。つまり輪たちが突入することで、要救助者はレイに狙われにくくなる。
エミィのネコ耳がぴくっと反応した。
「見つけた! 少し左に行って、下のほう! 何人かいるみたい」
「急ぐぞ!」
輪たちは迷宮を駆け抜け、船倉のものらしい扉の前まで辿り着く。
ドアの向こうでは積み荷がバリケードとなっていた。ひとの気配がする。
「開けてください! 救助に来ました!」
「……え? 本当に?」
気の短いチハヤが前に出た。
「そっちのやつら、さがってな! おれが開けてやらぁ」
イフリートの一撃で扉を壊してしまう。荒っぽいものの、時間の短縮にはなった。
船倉に隠れていた民間人は三名。外のサポート要員らに確認を取っていると、閑からの通信が割り込んでくる。
『要救助者を二名、確保したわ! 輪、そっちは?』
「こっちは三名だ。じゃあ、あと三人か」
ひとまず船倉の民間人を脱出させることになった。輪とエミィで彼らを守りつつ、レイの相手はチハヤと澪に任せる。
「スタンプラズマ!」
澪の手が雷撃をばらまき、魔物の群れを焼き尽くした。チハヤが口笛を鳴らす。
「ひゅう! やるじゃねえか。ミオ、だっけ?」
「スペルアーツには自信がありますから」
焦ってばかりいた澪も、ようやく落ち着きを取り戻した。スペルアーツが通路のレイを一掃し、道を開く。間もなく輪のチームは脱出を果たした。
「ここまで来れば、大丈夫です。あとはあちらの指示に従ってください」
「あ、ありがとうございます……」
民間人を預けたら、再びカイーナへと突入する。
先頭のチハヤが振り向き、ぼやいた。
「なあ……あのメイドは手伝ったりしねえのか? あいつもイレイザーなんだろ」
「え? 莉磨さんって、そうなんですか?」
この一週間の出来事を思い出し、輪は顔を引き攣らせる。
「オレ、苦手なんだよ、あのひと。なんか目の敵にされてるみたいで」
逆さまの階段をなぞって、降りていくと、客室のフロアに出た。しかし、そこでエミィのネコ耳がへにゃっと折れる。
「ごめんなさい……このあたり、魔力がかく乱されちゃうの」
「あとは手探りってことだな。さて……」
客室の扉は無数にあった。どれかに要救助者が隠れている可能性が高い。
「運試しか。なら、こいつだろ」
チハヤはさして警戒もせず、適当な扉を開けようとした。
ところが、そのドアが急に化け物の口となって、鋭利な牙を剥く。
「げ……またかよ?」
「危ないっ!」
すかさず輪は間に割り込むと、怪物ドアの大口にブロードソードを噛ませた。チハヤが我に返って、ドアにイフリートの業火をぶち込む。
「こいつ、驚かせやがって!」
輪の機転が功を奏し、事なきを得た。しかし扉が剥がれた先の部屋には、誰もいない。
今度は澪が扉を選ぶ。
「……あてずっぽうですけど、ここじゃないですか?」
その部屋にはたくさんの宝箱があった。まさかの大当たりにチハヤも興奮する。
「すげえ! ハハッ、大儲けじゃねえか」
「ああ。滅多にないぜ、こんなの」
ごくまれにカイーナで見つかる、宝部屋だった。アーツを強化するための素材など、多大な成果が期待できる。だが、この面子では罠の解除や、宝箱の開錠ができなかった。アーツ片の識別にもスカウト系のスペルアーツが欠かせない。
「どうしましょう? 輪くん」
「うーん……」
宝箱の中身は是が非でも欲しかった。トラップを覚悟のうえで開ける手もある。
しかし今はほかにするべきことがあった。
「あとまわしにしよう。残り三人の要救助者を探すほうが、先決だろ」
「私もそれがいいと思うよ。場所は憶えておくから」
輪たちは任務を優先し、宝部屋の扉を閉ざす。
続いてエミィがドアを決めた。
「これかなあ……」
おもむろに開くと、子どものすすり泣く声が聞こえる。
そこでは中年の男性が少年を抱え、蹲っていた。背中には傷を負っている。輪と澪ははっとして、部屋に飛び込んだ。
「だ、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
「き……君らは?」
「助けに来たんです。今、治療しますので……エミィさん、お願いします」
エミィが男性の背中に触れ、ヒーラー系のスペルアーツを放つ。
「少し時間が掛かりそう……」
「心配すんな。オレたちに任せてくれ」
その間にもレイの気配が近づいてきた。輪とチハヤは部屋を出て、迎え撃つことに。
「リン、練習したいってんなら、全部くれてやるぜ?」
「じゃあ、そうさせてもらうかな」
チハヤは腕を組んで、壁にもたれた。輪だけが構え、レイと対峙する。
民間人の救出を終え、輪チームと閑チームはデッキで合流した。
「なんとか間に合ったな」
「セプテントリオンも手伝ってくれたおかげね」
要救助者は八人中、七人が保護されている。うちひとりは負傷したものの、命に別状はない。モニターの向こうで愛煌も肩の荷を降ろした。
『よくやったわね。帰還しなさい』
「それが、莉磨さんが見当たらないの。クルーザーも……」
とはいえ事件はまだ解決できていない。
おそらく最後の要救助者がフロアキーパーとなって、カイーナを統べていた。それがわかっているからこそ、愛煌も『ひとり足りない』とは言わない。
とにもかくにも任務は成功、この船に残っている理由はなかった。
しかし輪はあえて愛煌に提案を持ちかける。
「このままフロアキーパーを倒しちまうのは、どうだ? こいつは船だろ。動きまわるカイーナなんて、放っておけないぜ」
フロアキーパーを倒しさえすれば、カイーナは消滅した。
だが、フロアキーパーは手強い。ARCの作戦行動においても、未知のフロアキーパーと遭遇した際は『撤退』と決められていた。愛煌は司令として、かぶりを振る。
『やめなさい。エンタメランドの件を忘れたの?』
エンタメランドでは第八部隊が先走って、フロアキーパーに挑み、全滅寸前まで追い詰められた。第六部隊も苦戦の末、辛くも撃破している。
しかし輪も考えなしのつもりはなかった。
「聞いてくれ。前に――」
第六部隊で戦っていて、わかったことがある。
異形のフロアキーパーはもともと人間であるため、怪物となった身体を自由自在に扱えるわけではない。蠍のようなフロアキーパーも、最初のうちはハサミを使えず、せいぜい尻尾を振るうだけだった。言い換えれば、時間が経つにつれ、強敵となる。
「エンタメランドのは『魔女』が介入したせいもあるだろ」
『それはそうだけど……』
一方、愛煌が決めあぐねるのも当然だった。
第八部隊はほぼ全滅のうえ、第六部隊はリーダーの御神楽が戦線を離脱している。この状況で第四部隊まで損耗しては、今後の見通しが立たなかった。
輪の言い分にも愛煌の言い分にも、理はある。
『……はあ。しょうがないわね』
先に愛煌のほうが折れ、輪の作戦を認めてくれた。人差し指を立て、念を押す。
『ただし! チャンスは一回きりよ。それが失敗したら撤退しなさい』
「サンキュー。そん時は尻尾巻いて、逃げるとするさ」
輪は決意を込め、こぶしを握り締めた。
「ヘッ! ぐだぐだやるのは性に合わねえ。突っ込むとしようぜ」
「みんなで行けば、楽勝だよね」
チハヤが気合充分に声をあげる。同じ近接タイプの優希も、得意げにはにかんだ。
輪チームと閑チームとが合わさって、八人もの編成になる。
「さっさと片付けて、バカンスの続きといくか」
フロアキーパーがどうあれ、この面子なら負ける気がしなかった。
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