傲慢なウィザード #3

ACT.17 第二地獄の大迷宮

 沈痛な雰囲気が司令部を包む。

 総出の出撃の甲斐あって、民間に犠牲者こそ出なかった。だが、第四部隊のメンバー四名はアンティノラで行方不明となり、未だに居場所を掴めていない。

 精霊協会からの助っ人、凪が沈黙を破る。

「真井舵くんと、五月道さん? は、運がよかったのかもね」

「バカ野郎。あいつら、レイにボロボロにされてんだぜ」

 能天気な海音でも、今ばかりは空気を読んだ。

 凪にしても、無神経に口を滑らせたわけではない。この重苦しいムードを少しでも和らげようとして、会話のきっかけを作ってくれたのだろう。

 緋姫もそれに乗って、意識的に声を明るくする。

「凪くんと海音くんは大活躍だったそうね。どんなスキルアーツを使ってるの?」

「おれはバトルアックスってやつよ。で、こいつのは手裏剣でさ」

 医務室へとマリアンを寝かしつけに行った、クロードと沙耶が戻ってきた。

「さっきまで、ずっと起きてたんですよ、マリアンちゃん」

「マリアンはいいとして……輪は重傷だね。今、ヤクモが診てくれてる」

 輪は左脚と右腕を骨折するほどの怪我を負い、スペルアーツでも、回復にはしばらくの時間が掛かる。無理に回復を急げば、かえって肉体の組織を破壊してしまうらしい。

 輪の底力に紫月は感心した。

「あの怪我で、よく剣を持っていられたな」

「根性はあるのよ、あいつ」

 五月道澪も念のため、医務室で検査を受けている。幸いバトルユニフォームがほとんどのダメージを引き受けたようで、そちらは軽傷で済んだ。

「ついでにスケベも治してもらったら、どう?」

「言いすぎですよ、緋姫さんったら」

 沙耶はオペレーターの席につく。哲平は黙々と情報を収拾していた。

 緋姫の冗談が効いたのか、凪や海音も肩を軽くする。

「ケイウォルス支部は華やかだねえ。うちなんて、海音みたいなのばっかなのに」

「うるせえな。でも確かに、女の子が多いのは羨ましいよなあ。こいつは何としてでも第四の子を助け出して、おれもあやからねえと」

 おかげで陰鬱だった雰囲気も、少しは和やかなものになった。

 シオンがこそこそと司令室まで戻ってくる。

「ふう。おっかないなあ……」

「どうかしたの? デュレンや詠さんは?」

「なんかワケわかんないこと話し始めたからさ、その隙に逃げてきちゃったよ。もーほんと、閣下もヨミ姉も、化け物でさあ。怖かったぁ……」

 リィンとミユキも司令室へと集まった。

「ねえねえっ! 閣下が来てるって、まじ? どこどこー?」

「デュレンがいるなら、ネメシスを返してもらおうかな。これ、もう壊れたし」

 リィンが細身の剣をデスクに置く。それは刀身が根元から折れ、使えそうになかった。

 緋姫は目を点にする。

「武器が壊れて、あなた、どうやって戦ったの?」

「うん。だから素手で。ヤクモとミユキも一緒だったしね」

 これには紫月も呆れてしまった。

「真井舵とリィンで、こうも違うのか……」

「言わないでやりなよ、紫月。輪は今回の功労者だと思うよ、僕は」

 司令官の愛煌=J=コートナーが仕切りなおす。

「大体は集まったわね。さて……哲平、現在の状況を説明してやってちょうだい」

「はい。アンティノラの拡大はひとまず止まりました。民間人の救助は一通り完了しましたが、行方不明者の捜索願いが数件、確認されています」

 緋姫たちはアイコンタクトで頷きあった。

「まだ要救助者がどこかに残ってる、ってわけね」

「おそらく浅いフロアにいるでしょう。それも急を要しますが……ぼくたちはアンティノラを攻略しなければなりません」

 カイーナであれば『フロアキーパーを倒すこと』が目的となる。アンティノラも概要はカイーナと同じであるため、大迷宮を作り出した元凶がいるはずだった。

「昨夜のうちに数か所で、次のフロアへの階段が発見されています」

 緋姫はつい口を挟む。

「待って。半径五キロってことは……最大で直径十キロもあるってことでしょ?」

「そうなるわね。メンバーを分割して、当たるしかないわ」

 シオンは頬杖をついて、ぼやいた。

「もう閣下とヨミ姉に任せれば、よくね? あとはヒメ姉がいりゃ、レイの百匹や二百匹くらい、わけないじゃん」

「まずは探索よ、探索。殲滅戦になったら、その編成でいいけど」

 今回はフロアキーパーを倒し、迷宮を消滅させればよい、という話ではない。なぜ迷宮が地下で爆発的に広がったのか、解明する必要もあった。

 スクリーンに緋姫たちの名前が表示される。

「前のカイーナと同じくA隊とB隊に分けるわ。これでどう?」

 A隊は緋姫、紫月、リィン、ミユキ、凪。

 B隊は愛煌、クロード、ヤクモ、シオン、海音。

「うん、いいんじゃねえ? おれはB隊でさ。愛煌ちゃんも一緒だし」

 緋姫は小声で凪に問いかける。

「え……もしかして、海音くんって?」

「その件は迷宮で話すよ。ほんと、困った相棒だよね」

 海音のことはさておき、この編成であれば、A隊もB隊も全種のスペルアーツを使うことができた。ただし緋姫の負担が大きいのは否めない。

「B隊はクロードがいるから、ミユキとヤクモくんを入れ替えてもいいんじゃない?」

「そっ、それそれ! ミユキ、アキラくんと同じ部隊がいいなー」

「悪くないけど、アンティノラだから、スペルアーツ要員は揃えておきたいの。シオンもレベルに不安はあるけど、今回、スカウト枠は欠かせないでしょうし……」

「戦力外でいいって、ボク。置いてってくれよぉ」

 少し揉めたものの、前回と同じパーティー編成でまとまった。

「……で、ヨミ姉と閣下は?」

「比良坂詠は第五部隊のほうで、引き続き民間人の捜索に当たらせるわ。あと、デュレンにはここで、沙耶と待機してもらうつもりよ。万が一に備えて、ね」

 万が一とは、A隊もしくはB隊が、迷宮で進退窮まった場合のこと。速やかに救出に向かえるように、あえて実力者を待機にまわす、愛煌ならではの慎重な采配だった。

 盤石の布陣だが、緋姫は溜息を漏らす。

「第四の不在が痛いわね……」

「何の音沙汰もなく消えたってことは、何かがあったのよ」

 任務中の部隊は、司令部と定期的に交信し、些細なことでも報告するように義務付けられていた。それが途絶えた時点で、全滅の可能性はある。

 しかしヴァージニアの魔眼をもってしても、彼女らの居場所はわからなかった。少なくとも、昨夜の救助活動で踏破したエリアにはいない。

「ごめんなさい。わたし、まだ魔眼を百パーセントは使えないみたいでして……」

「今ので充分よ。無理はしないこと、いいわね?」

 二次作戦は夜になってから。

 睡眠を取るためにも、メンバーは一旦解散となった。

 

 昼の三時には起きて、ミユキの脱ぎ散らかした服を洗濯機に放り込む。

「夏休みだからって、昼夜逆転はまずいんじゃないの……?」

 そんなことをぼやきながら、緋姫は久しぶりにテレビを点けた。どのチャンネルも臨時の報道番組で、ケイウォルス学園一帯の異変について報じている。

 地下鉄線は終日運休となったうえ、駅への立ち入りさえ禁止された。テレビには厳重な封鎖の様子が映っている。

『トンネル内で電車が動けなくなり、大勢の乗客が救出された、という話ですが……』

『救助されたかたは、駅が逆さまになった……と、混乱している様子でした』

 ようやく沙耶も起きてきた。寝惚け顔で枕をぎゅっと抱く。

「マリアンちゃん、抱っこしたいんですけど」

「ちゃんと起きてったら。さっさと着替えて、司令部に行きましょ」

 もうひとり、ミユキも叩き起こさなければならなかった。案の定、ぐちゃぐちゃの布団から片足を出し、寝息を立てている。

「むにゃむにゃ……ミユキ、もー食べられないよぉ」

「こんな事態になってるのに、羨ましいわね。ほら、起きなさいっ!」

 ミユキの分のコーヒーは砂糖を入れず、自分と同じブラックにしてやった。

 

 作戦の開始時刻まで、充分に余裕がある。

 愛煌はまだ仮眠を取っているようで、司令室には哲平しかいなかった。ここで寝たらしく、寝袋が転がっている。

「おはよう、哲平くん。大変だったみたいね」

「そりゃあもう。でも、特別手当が出るって話ですから」

 隣の席には沙耶がつき、哲平から情報の更新作業を引き継いだ。

「マリアンちゃんはいるんですか?」

「クロードさんが連れて帰りましたよ。屋敷のみんなも心配するから、って」

 背中越しでも、沙耶のモチベーションが落ちたのがわかる。

「哲平くん、ご飯は食べたの?」

「実は今からなんですよ……ついでにシャワーでも浴びて、さっぱりしてきますね」

 哲平は欠伸を噛みながら、司令室を出ていった。

紫月や海音など、ほかの面子は見当たらない。

「えーと……そぉだ、ミユキ、ちょっと閣下に会ってくるね」

 ミユキは喜々としてデュレンのもとへ走っていった。

「どこにいるか、わかってんのかしら……あたしも少し外すわ、沙耶」

「はい。作戦が始まるまで、緋姫さんもゆっくりしててください」

 今のうちに輪の見舞いを済ませておくことにする。

医務室のベッドでは、輪が包帯を巻いた恰好で、もがいていた。パートナーは彼にお粥を食べさせようと、スプーンを向ける。

「自分で食う、食えるから!」

「右手がそんなじゃ無理ですよ。わたしだって嫌なんですから、我慢してください」

「嫌なら、やらなくてもいいだろ? ……おっ、御神楽、いいところに!」

 緋姫は呆れ、踵を返した。

「お邪魔だったみたいね。どうぞ、ごゆっくり」

「そういうんじゃねえって! イチャついてるふうに見えるか?」

 仲睦まじい恋人同士にしか見えない。

 改めて緋姫は医務室に入り、輪の様子を眺めた。右腕と左脚には包帯が巻かれ、動くに動けない状態で固定されている。

「さっき『トイレに行く』とか言って、戻ってこなかったんですよ。どう思います?」

「それだけ動けたら、もう大丈夫なんじゃない? ねえ」

 輪はぐうの音も出ない顔でふてくされた。

「ちぇっ。レイにはボコられるし、御神楽や比良坂はオレの百倍強ぇし……」

 本人にとっては『名誉の負傷』とは言えないらしい。

 この機会に緋姫は、前から気になっていたことを問いただした。

「あなたのアーツって、おかしくないかしら? あのブロードソード、誰でも使える初心者用のやつでしょ。あなた自身の、オリジナルのスキルアーツなんかはないわけ?」

 澪が眉を顰め、声色に軽蔑を込める。

「このひとのスキルアーツは最低ですよ。知らないほうがいいです」

「……へ?」

 輪は枕に頭を埋め、息を吐いた。

「オレは半分、人間じゃねえんだよ。父さんが地獄の住人でさ。だから、人間用のアーツじゃズレなんかが生じて、本来の性能を発揮できないんだと」

「もっと早く教えてくれたらよかったのに。今、すんなり納得できたわ」

 これまで疑問だった数々の点が繋がり、線となる。真井舵輪がアーツの性能を引き出せないのも、そもそも憑依レイがいないのも、普通の人間ではないためだった。

「そういえば……あなた、催眠術の類にはめっぽう弱い割に、いつぞやのプロテクトには掛からなかったわね」

 かつてプロジェクト=アークトゥルスが開発した例のプロテクトは、ヴァージニアの魔眼によるものだったと判明している。その影響を受けなかったのは、緋姫と輪だけ。

 澪が彼の腕に新しい包帯を巻いていく。

「きっと輪くんは『悪意』に対して、抵抗が強いんだと思います」

「なるほど。そういう考え方もあるわね」

 当の本人はあっけらかんと笑った。

「持ちあげすぎだって、お前ら。オレがそんな大層なイレイザーかよ……つうっ?」

「ごめんなさい。あたし、こういうのに慣れてなくて」

 怪我人にあまり無理はさせまいと、緋姫は早々に席を立つ。

「それじゃ、お大事に」

「あ、待ってください! 御神楽さん」

 それを五月道澪が追いかけてきた。医務室から離れ、廊下の途中で緋姫に詰め寄る。

「えぇと……五月道さん、よね。どうしたの?」

「あなたにお願いがあるんです。いきなりで、ご迷惑かもしれませんけど……」

 澪は緋姫をまっすぐに見据え、力強く言いきった。

「わたしにスペルアーツを教えてください」

「あたしが……あなたに?」

 その表情には一点の曇りもない。決意が漲っている。

「御神楽さんはウィザードとして以前に、マジシャンとしても優秀なんですよね。わたしにスペルアーツの応用とか、合成のレシピとか、色々教えて欲しいんです」

「それはいいけど……合成は普通、ひとりじゃできないわよ」

「大丈夫です。わたしのスキルアーツ『セイレーン』は、同時詠唱ができますから」

 彼女にしてみれば、行方不明の仲間を捜したくてならないのだろう。

ARCの評価では、御神楽緋姫のレベルが七十を超える一方で、五月道澪のレベルは三十前後。教えられることは、おそらく多い。

だからといって、上から目線で教える行為には、気が引けた。

「今からじゃ、今夜の作戦には間に合わないわよ」

「アンティノラはあの広さですよ。今夜だけで終わらないと思います」

 澪は何が何でもと食いついてくる。その熱意に緋姫は折れ、引き受けることにした。

「……わかったわ。愛煌も文句は言わないでしょうし、あたしでよければ」

「ありがとうございます! これから、よろしくお願いしますね」

 澪の顔に清純な笑みが弾む。

 あたしとしては、胸を大きくする方法を教えて欲しいわ……。

 バストのサイズは比べるまでもなく緋姫の完敗だった。

 

 

 午後の七時からアンティノラを探索する。

 A隊は北西の入り口から、同時に愛煌たちのB隊は南東の入り口から、アンティノラへと足を踏み入れた。こちらのメンバーは愛煌、クロード、ヤクモ、シオン、海音。

 階段も逆さまになっており、坂道を降りるのと変わらない。

「……おっと」

前方不注意だったヤクモは、足元の照明に躓き、シオンの肩に掴まった。その手が鈎爪を伸ばしていただけに、シオンの顔から血の気が引く。

「ひいっ? おい、ヤクモ! フェンリル出しっ放しにすんなって!」

「あ、ごめん。……でも怪我したら、おれ、治してあげるから」

「その前に怪我させんなって話だよ。まったく……ヤクモといい、ミユキといい」

 女の子の名前が出てくるや、海音は自信家の笑みを浮かべた。先頭で戦斧の『九頭龍』を肩に担ぎながら、軽やかに振り向く。

「ミユキちゃんって、彼氏いるのかねえ? 参考までに教えてくんない?」

「知らないわよ。本人に聞けば?」

 愛煌は顔を背け、馬鹿馬鹿しさに嘆息した。しかし海音は懲りず、愛煌の反応をドライなだけのものと思い込んで、茶化してくる。

「あれ、嫉妬しちゃった? 大丈夫だって、おれの本命は愛煌ちゃんだからさ」

「それくらいにしなよ、海音。ここはアンティノラだからね」

 見かねたらしいクロードが、やんわりと止めに入った。ところが話題はあれよあれよとおかしな方向に流れていく。

「残念だけど、愛煌さんには想いびとがいるんだよ。もう一年になるかな」

「えっ、おれの知ってるやつか?」

「さあ……どうだろう? 少なくとも僕や君よりは男前さ」

 この手の話題には興味がないらしいヤクモが、大きな欠伸をした。

「カイト、だっけ? そっちのアキラ、男だよ」

 投げやりに暴露されてしまったが、海音は目を点にするだけ。冗談がツボに入ったように爆笑し、ばんばんと膝を叩く。

「わーはははっ! こんな可愛い子が、むさい男なわけないだろー?」

「うわ……サヤ姉と同じ反応だよ、こいつ」

 愛煌の容姿は別として、男五人で恋愛トークなど、それこそむさ苦しかった。

 現在のフロアは地下二階、瘴気は一段と濃くなっている。逸早くレイの気配を察し、臨戦態勢を取ったのは、意外にもヤクモだった。

「……来るよ。あっちから」

「お前、なんでいつもスカウトのボクより、気付くの早いんだよ」

「紫月もそういうところあるわね。各自、構えなさい!」

 前衛は海音とヤクモが一対となって構える。中衛はクロードが無敵の盾『アイギス』を張り、万全の守りを固めた。

「僕の後ろにいろよ、シオン!」

「出やしないって。作戦通り、ボク、攻撃はしないからな?」

そして後衛は愛煌がアルテミスの弓を引き、シオンは敵のデータ取得に専念する。

 海音がバトルアックスの柄を唾で濡らした。

「そいじゃあ、いっちょやるかねえ!」

 前方からレイの群れが迫ってくる。

「……面倒くさいな」

ヤクモは低い姿勢で距離を詰め、正面の魔物に斬りつけた。右手、左手と続けざまに鈎爪を振るい、敵の腹部を三段ずつ引き裂く。

「いっくぜえ!」

 海音の攻撃は大振りなモーションのため、さほど速度は出なかった。しかし、ヤクモが敵の足並みを乱したおかげで、クリーンヒットする。

 千切れて飛んできたレイの肉片は、クロードのアイギスが防いだ。

「相性がいいようだねえ、あのふたりは」

 海音のようなパワータイプと、ヤクモのようなスピードタイプは、攻防ともに折り合いをつけやすい。海音が大きく振りかぶった際は、ヤクモが敵の足を止め、ヤクモの鈎爪では仕留めきれない相手には、海音のバトルアックスが命中した。

「第四の沙織や優希と同じパターンね。私も行くわよ、カウント、5!」

 愛煌の引き絞った矢が、紅蓮の炎に包まれる。

 カウントがゼロになると同時に、クロードがアイギスを縮小した。前衛のふたりは左右に飛び退き、アルテミスの前方を空ける。

「アルテミス、ファイアモード!」

 炎をまとった矢がレイの群れを急襲した。魔物は火に巻かれ、焼き尽くされる。

 マジシャン系のスペルアーツを併用しての、新技だった。手応えを感じ、愛煌は挑発的な笑みを浮かべる。

「どう? 緋姫のボルト系を参考にしたの」

「なるほどねえ。アルテミスの速さでスペルを撃てるってことか」

 シオンはせっせと戦利品を拾い集めた。

「アーツの断片いただきっ! これ、いいやつなんじゃね?」

「識別なんかは帰還してからにしましょ。強化もその時にまとめて、ね」

 レイが強力である分、見返りも大きい。輪や澪の武具を新調するためにも、材料となるアーツ片は大量に必要だった。

「クロードのアイギスも、かなり強化してんだろ?」

「そのへんはお姫様に任せてるよ。持続時間は相当、伸びたかな」

 海音が含み笑いを噛む。

「おヒメちゃんかあ……いいよねえ、あの子も。クールなところがさ」

 色男の一言は愛煌の逆鱗に触れてしまった。

「緋姫に手ぇ出したら、殺すわよ」

「……エッ?」

 海音とすれ違いざまにヤクモが呟く。

「ご愁傷様」

「えっ、ちょっと? おれ、なんか怒らせること言ったぁ?」

 愛煌は熱っぽい額を押さえ、うなだれた。

 第六部隊といい、第十三部隊といい、実力はあるのに我の強いイレイザーが多すぎる。精霊協会の凪や海音も、指揮官の命令を順守するようなタイプではなかった。

 それは愛煌も同じこと。しかし、最近は彼らの制御を諦めつつある。

 中でももっとも制御できないのは、御神楽緋姫。

 どうしてあんなの、好きになっちゃったのかしら……。

 緋姫のことは当初、すこぶる気に入らなかった。ありとあらゆるスペルアーツを使いこなし、あっという間に頭角を現してきたのだから。

 それまで『天才イレイザー』と称されていた愛煌のプライドは、瓦解している。

 にもかかわらず、そんなライバルに恋をしてしまった。これが自分でもわからない。

「どうしたんだい? 愛煌さん。さっきから黙り込んで」

 クロードが愛煌の横顔を覗き込んだ。

「……ちょっと、ね。緋姫と初めて会った時のこと、思い出してただけ」

「ああ、それだよ! ぜひ聞かせて欲しいね」

 迷宮にレイの気配はない。

「しょうがないわね。じゃあ……」

 愛煌は肩を竦め、観念したように口を開いた。

 

 ある映画館がカイーナ化したものの、たったの五分で攻略されてしまった。たまたま現場に居合わせた真井舵輪が、フロアキーパーを出会い頭に瞬殺したらしい。

 その時、アーツの力に目覚めた女子高生がいた。輪の仲介を経て、ARCケイウォルス司令部へとやってくる。

 髪の丈がくるぶしまである、ロングヘアの女子だった。

 司令官の愛煌は社交辞令の挨拶で始める。

「初めまして。私がここの責任者、愛煌=J=コートナーよ。生徒会長もやってるから、入学式なんかで見てると思うけど」

「……こちらこそ。あたしは一年の御神楽緋姫」

 司令室には愛煌と彼女、それから周防哲平の三人だけだった。

「すごく長いですよね、髪。地面についちゃったりしないんですか?」

「昨夜、また伸びたの。切っても、すぐにこれだから」

 緋姫は不愛想な顔で答える。

 呪いの市松人形じゃあるまいし……。

 生徒会長として、彼女の風紀違反は見過ごせなかった。ケイウォルス高等学園は自由な校風だが、それはあくまで常識の範疇でのこと。御神楽緋姫の髪は長すぎる。

「まあいいわ。今日はイレイザーの登録に来てくれたんだもの」

 愛煌は彼女に関する報告書を一瞥し、眉を顰めた。

 スペルアーツの専門らしいが、その種別が記されていない。これではヒーラーなのか、スカウトなのか、はたまたマジシャンなのか、わからなかった。

「輪のやつ……空欄が残ってるじゃないの」

「仕方ありません。ひとつずつ試してみましょう」

 トレーニングルームへと移り、愛煌と哲平はガラス越しに緋姫の動きを観察する。

「プロテクトはあとで掛けるとして……周防、任せるわ」

「了解です。じゃあ準備も簡単ですし、スカウト系からやってみます」

 こちらの指示に従い、緋姫はデスクについた。

「引き出しにカードが入ってますから、裏向きに置いて、模様を当ててください」

「なんだか超能力のテストみたいね」

 スカウト系のアーツ能力は、罠の解除や敵の識別などで発揮される。カードの模様を当てるくらいのことは、基本中の基本だった。

一度も見たことがないはずのカードを、緋姫は完璧に言い当てていく。

「これは星で、こっちは太陽ね。これは月かしら」

「ありがとうございます。それでは次に……」

 その後もスカウト系能力の吟味がおこなわれた。御神楽緋姫のアーツは精度が高く、これにはオペレーターの哲平も舌を巻く。

「すごいですよ! 文句なしの満点です。逸材ってやつじゃないですか?」

 愛煌も感心するほかなかった。

「確かに素晴らしい出来ね。透視は百発百中、識別はコンマ数秒……目覚めてすぐ、輪をフォローできたっていうのも、頷けるわ」

 テストはつつがなく終わる。

「終了よ、お疲れ様」

 ところが緋姫は首を傾げ、質問を投げかけてきた。

「ねえ! 火を出したりするのは、試さなくっていいの?」

「は? 火って、あなた、何言って……」

「だから、こういうやつよ」

 緋姫がぱちんと指を鳴らすだけで、さっきのカードが前触れもなく燃える。

 愛煌も哲平も驚愕し、揃って前のめりになった。

「そ、そんな! マジシャンなんですかっ?」

「おかしいでしょう? だって、あなたはスカウト系で……」

 さらには緋姫の右手が炎の弾丸を、左手が氷の弾丸を浮かべる。

スペルアーツの同時詠唱。緋姫の唇がにやりと曲がった。

「……どうかしら?」

規格外の力をまざまざと見せつけられ、愛煌は初めて、あとずさるほどにたじろぐ。

「あなた、一体……何者なの?」

御神楽緋姫と愛煌=J=コートナーの出会いだった。

 

 昔話を終え、愛煌は一息つく。

「その一週間後よ。あなたと紫月がやってきたのは」

「へえ……さすがお姫様、最初からとんでもなかったんだねえ」

 あれからというもの、御神楽緋姫には毎度のように困らされた。独断専行、命令無視、そのくせ成果は上げてくるものだから、たちが悪い。

 紫月とクロードも緋姫のブレーキにはならず、制御不能の部隊となった。今は互いに別動隊を率いて、同じ迷宮の探索に当たっているのが、不思議な気もする。

「すっかり落ち着いたけどね、あの子も。沙耶のおかげで」

「……だね。レディーとの出会いが大きな転機だったのさ、お姫様にとって」

 珍しくクロードと意見が一致した。

 アンティノラの地図が少しずつ出来上がっていく。さらに下のフロアへの階段も、いくつか発見した。しかし無暗に降りることはせず、このフロアの未踏破地点に向かう。

 輪や澪がいたら、どんどん降りてたかもしれないわね。

 依然として第四部隊の行方は掴めなかった。消息を絶った際の第四は、マジシャンを欠いた編成だったため、アンティノラのレイには苦戦を強いられただろう。

「急ぐことはないわよ。ここで慎重が過ぎるってことはないもの」

「そーそー。きりのいいとこで帰ろうぜ」

 駅のホームやトンネルで構成された迷路は、延々と続く。

 最大で直径が十キロとなっては、一日や二日で踏破できるはずもなかった。また駅名のない逆さまのホームに出て、海音はげんなりとする。

「このあたりで休憩にしねえ? 集中力も切れちまったぜ」

「そうね。A隊と情報の交換もしたいし……」

 しかしヤクモは臨戦態勢を解かず、両手の鈎爪を光らせた。頭上の線路を睨みあげ、面倒くさそうに舌打ちする。

「休憩は、あれ、片付けてから」

 逆さまになって線路に這い蹲っているのは、巨大な蜘蛛だった。

 シオンが焦って、あたふたと分析を始める。

「なんで索敵に掛かんないんだよ、あいつ? ……げえっ、レベル五十ぅ?」

「あれがフロアキーパーなのかい?」

「ええと……そうじゃないよ! あれでも、ここでは雑魚なんだ!」

 大蜘蛛は八本の足で俊敏に位置を変えた。粘性の糸を吐き散らし、愛煌たちの移動範囲をじわじわと狭めてくる。

「みんな、僕のアイギスまでさがれっ!」

 すかさずクロードがアイギスを全開にした。だが、海音もヤクモも後退せず、大蜘蛛のサイドにまわりこもうとする。

「一ヶ所に固まるのはまずいぜ。ヤクモ、お前はそっちから頼む!」

「……わかった」

 フロアキーパー級のレイはスペルアーツさえ唱えた。張り巡らされた糸の上を、赤い炎が駆け抜けていく。ものの数秒で、駅のホームは炎熱の牢獄となった。

 ヤクモは糸を切ろうとするも、かえって鈎爪を捕らわれる。

「やばいかも、こいつ……なんとかしてよ」

「堪えろ、ヤクモっ!」

 海音のほうは炎を避けつつ、蜘蛛と一定の間合いを保っていた。

「どうするのさ、キラ姉? アイギスを解かなきゃ、攻撃できないけど……」

「今解いたら、火傷は必至だね」

 クロードのアイギスで防御に入ったのは、失敗だったかもしれない。アイギスが堅固であるがために、安易な安全策を選んでしまった。

「次に海音が仕掛けたら、アイギスを解きなさい。アルテミスで撃つわ」

「……了解。君の判断を信じよう」

 愛煌とクロードが覚悟を決める一方で、シオンは蒼白になる。

「やっぱ閣下か、ヨミ姉に来てもらえばよかったんだって」

「しのごの言ってないで、構えなさい!」

 ヤクモは糸の絡まった鈎爪を、あえて外した。

「おれ、知らないっ!」

おかげで間一髪、蜘蛛の体当たりをかわす。そこにすかさず海音がフォローに入って、レイの巨体を真後ろから、バトルアックスで担ぎあげた。

「おっらあああぁ! どてっぱらを晒しやがれ、バケモンがっ!」

 蜘蛛の身体が垂直になり、甲殻のない腹部を剥き出しにする。

「今だよ、愛煌さん!」

 クロードのアイギスが消えると、愛煌たちを炎が襲った。それを、シオンの球体型アーツ『ビャッコ』が散らし、ダメージを最小限に抑える。

「うわっちち! は、早くしてってば!」

「わかってるわよ! アルテミス、ブリザードモード!」

 愛煌の弓から、青白い氷の矢が放たれた。

炎の糸を一直線にかいくぐり、大蜘蛛の腹部を貫く。一瞬のうちにレイは足の先まで氷漬けになり、穴の内側から瓦解した。

海音は疲労困憊で尻餅をつく。

「ひ、ひでえやつだったな……さっきのがフロアキーパーでもねえなんて」

「カイト、そっち! まだなんか動いてる!」

 不意にシオンが声を荒らげた。指差す方向で、氷が割れる。

 レイの肉片から起きあがってきたのは、人間だった。苦悶の表情で不気味に呻く。

「あぁう、うぅ……なっ、なんでおれが、こ、こんな目にぃ……!」

 その顔を見て、海音は驚愕した。

「こいつ確か、どっかの指名手配犯だぜ?」

 フロアキーパーと同じく、このレイは犯罪者が変貌したものらしい。しかし絶命寸前であり、もはや助ける方法はなかった。ヤクモが鈎爪を振りおろす。

「……ごめんね」

 勝利こそすれ、後味は悪かった。愛煌の脳裏でひとつの推測が成り立つ。

「アンティノラに迷い込んだ罪人は、それだけでレイに……?」

「行方不明者に犯罪者がいたら、さっきみたいな化け物になってるってことだね」

 確証はないものの、クロードも納得したように頷いた。

 アンティノラに関しては不確定要素が多い中、愛煌は撤退を決める。

「休憩を取ったら、脱出しましょう」

「やっと帰れる~! ボク、もう懲り懲りだよ」

 怪我の治療や脱出ルートの確認をしていると、同じホームに別の隊もやってきた。A隊とB隊で鉢合わせになる。

 愛煌を見つけ、ミユキは無邪気な笑みを弾ませた。

「あっ! アキラくんだー!」

「ミユキ? ふう……そっちも無事のようね」

 あとから緋姫や紫月、リィンと凪もぞろぞろと現れる。緋姫は氷漬けのホームをぐるりと見渡し、激戦があったことを悟った。

「派手にやったじゃないの。もしかして、元人間のレイに遭遇した、とか?」

「……あなたたちも出くわしたってわけ? なら、話が早いわ」

 A隊のほうも先ほど強力なレイと交戦し、その正体に驚いたという。

「こっちは紫月が一撃よ」

「姫様やリィンのフォローがあったからな」

「やるねえ。僕らはアイギスで動けなくなっちゃって、ちょっとピンチだったのに」

 海音と凪は何やらぼそぼそと話し込んでいた。

「精霊協会から帰還命令、だと? そんな場合じゃねえだろ」

「勘付かれたのかもしれないね。いいさ……まだ、その時じゃない」

 こいつら……やっぱり腹に一物、抱えてるってわけね。

 愛煌は聞こえないふりをしつつ、A隊にもアンティノラからの脱出を命じる。

「全員で地上に戻りましょ。そっちとの情報もまとめないと」

 今夜の成果は、地下二階の一部まで。

アンティノラは脅威の片鱗を見せ始めていた。

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