奴隷王女~かりそめの愛に濡れて~

第4話

 

 青い空で夏の太陽がさんさんと輝く。

 ソール王国はレガシー河の流域にあり、夏は蒸し暑いものとなった。気温自体は三十度前後なのだが、湿度が高いため、空気がじっとりと蒸せるらしい。

 補佐官のクリムトが政務室の窓を開け放つ。

「すっかり夏ですねえ。暑いからって、お腹を冷やさないでくださいよ、モニカ様」

「わかってるってば。デリカシーがないわね、んもう」

 モニカのドレスも夏物となっていた。

 離宮ではプールも解放され、令嬢らが毎日のように水遊びに興じている。ソール王国では古くから水泳が盛んで、競技なども充実していた。

 ただし男子にとっての水泳はもっぱら鍛錬であり、レジャーとして楽しむのは女子、と相場が決まっている。男性と同等でいたがるブリジットを、プールなり河なりへ連れていくのが、この時期ならではの娯楽でもあった。

「アンナとは仲直りできたんですか?」

「ええ。まあ……」

 モニカは頬杖をつきながら、アイスティーの氷を眺める。

 メイドのアンナとはあの夜からずっとぎくしゃくしていた。挨拶程度はできるようになったものの、まだまだ他人行儀に距離を取られる。

 幸い妹のセニアはサジタリオ帝国で手厚い歓迎を受けているようだった。手紙にも帝国バレエを鑑賞した際の喜びが綴られている。

「帝国は涼しいんでしょうね……」

「その代わり冬は苛酷だそうで。緯度はソールと変わらないんですけどねえ」

 つまりジェラールはモニカとの約束を守り、セニアの保護に尽力してくれたのだ。その代償として、モニカは彼をいっそう楽しませなくてはならない。

 クリムトが自分の分のアイスティーを飲み干す。

「どうです? 政務も落ち着いたことですし、週末は別邸で過ごされては。ついでにアンナやブリジットも誘って、気分転換されるとよいでしょう」

「……いいかもしれないわね」

 最近はジェラールの無茶もなりを潜め、国政のほうは順調だった。アンナとの関係修復はもちろんのこと、気を張りっ放しでいるブリジットのためにも、息抜きしたい。

「あなたも来るでしょ? クリムト」

「勘弁してくださいよ。女子の旅に男がひとりで混じって、どうしろと」

「付き合いが悪いわね」

 幼馴染みのクリムトには断られてしまった。実際のところはインドア派で運動オンチのため、アウトドア全般を嫌っているだけに過ぎない。

「まあいいわ。あなたもたまには仕事を忘れて、休暇を楽しんで」

「はい。それでは別邸の手配だけしておきます」

 相槌を打ちながら、モニカは誘うべき相手がほかにいることに辟易とした。

 

 週末のレジャーに誘われ、ジェラールは素直に感激する。

「レガシー河で水遊びだって? もちろん行くさ!」

「喜んでもらえて何よりだわ」

 さすがにソール王国の王女として、彼を誘わないわけにはいかなかった。城の者もモニカとジェラールは睦まじい恋仲にあると噂しており、注目されつつある。

 だが、これはモニカからの『奉仕』でもあった。

「み、水着はこれから買いに行くのよ。ブリジットと一緒にね」

「へえ……」

 セニオの保護の条件として、モニカはその身体で彼を楽しませる、と約束している。水着の購入を仄めかすのも、モニカなりの誘惑のつもりだった。

 それがわからないジェラールであるはずもない。

「少しは利口になったようだね。……期待していいのかい? モニカ」

「え……ええ。セニアの件だってあるもの」

 セニアのことで念を押してから、モニカはジェラールの部屋をあとにした。

 水着だなんて、どうしようかしら……。

 男性のために水着を選ぶなど初めてのことで、モニカひとりでは見当がつかない。これ以上アンナを巻き込みたくはないが、事情を知る彼女を頼りにするしかないだろう。

 それにジェラールとの約束を除けば、楽しみも多い。

 

 久しぶりにモニカとアンナは息を合わせ、意固地な仲間を引っ張っていた。

「ごごっ、ご容赦ください、姫様! 水着など一生着ないと申しあげたはずです!」

 ブリジットは並木にしがみつき、離れようとしない。

「騎士団長にしては往生際が悪いわよ? あなた」

「わたくしもモニカ様も水着になるんですから。ほら、ブリジット様も」

 女だてらに騎士の名誉を重んじるのが、ブリジット。そんな彼女を裸に剥いて、女を強烈に自覚させてやるのが、夏の醍醐味だった。グラマラスなプロポーションの持ち主であるため、水着を着せるのが面白いせいもある。

「騎士服と同じ青色なら、そんなに抵抗もないでしょ?」

「き、生地の面積が問題なんです!」

ブリジットは今にも悲鳴をあげそうな調子で、用心棒にさえ縋った。

「セリアス! 黙って見てないで、貴公もなんとか言ってくれ」

「……諦めろ」

 セリアスは腕組みのポーズのまま、眉ひとつ動かさない。

「大体、貴公はどうしてついてきたのだ? おっ、女が水着を買うんだぞ?」

「だから、俺は外で待つ」

 彼はモニカ王女の護衛に徹していた。それがジェラールの配慮だからこそ、モニカもセリアスを疎まず、ジェラールの要求には従っている。

「一時間は掛かるわよ? あたしたち」

「適当に涼んでいるさ」

 セリアスに見捨てられ、ブリジットは大通りのブティックへと連行される羽目に。

「お許しを! モニカ様、どうか私に騎士として名誉ある最期を!」

「水着を着たくらいで、死ぬわけないでしょ?」

「モニカ様の仰る通りです。あ、サンダルも欲しいですね」

 水着の売り場は毎年のように繁盛しており、ほかの客も多い。とりあえずモニカはブリジットを試着室へと放り込んでから、この夏の新作を見てまわった。

 アンナがおずおずと尋ねてくる。

「あの、モニカ様……今度の旅行にはジェラール様もお誘いになったのですか?」

「……ええ」

「じゃあ、やはりジェラール様のご要望で……」

 このメイドは昔から控えめにしては賢かった。モニカ王女の立場をよく理解し、献身的なほどに尽くしてくれる。

 そんな彼女が小粋なガッツポーズを弾ませた。

「で、でしたら、わたくしも微力ながら協力致しますので!」

「……え? 何を?」

「おひとりでご無理なさらないでください。あの、わたくしも頑張りますから」

 とにもかくにも今日はショッピングのおかげで、彼女との関係も多少は修復に向かったらしい。モニカとアンナはそれぞれ水着を選び、ブリジットに着せて遊ぶ。

「うーん……赤のほうがいいかしら?」

「ブリジット様ほどのスタイルなら、思いきって金色なども……」

「だから色でなくっ! せめて上下が分かれてないのを、持ってきてください!」

 さしもの騎士団長も顔を真っ赤にした。

 

 

 レガシー河は昔からソール王国にとって重要な水源となっている。

 原始の文明も大河の流域で興ったように、ソール王国もレガシー河の恩恵を受け、繁栄した。今でこそサジタリオ帝国に押され気味だが、昔は東にも伸びていたという。

 ただ、当時の領土拡大において『軍神ソール』の記述は見当たらなかった。軍神ソールはあくまで古代王の封印に尽力したのみ、とされている。

 そんな伝説の信憑性も、絶景を眺めるうち、どうでもよくなってきた。

「綺麗ですね! モニカ様」

「ええ! 本当に来てよかったわ」

 海原をも彷彿とさせる瑠璃色の水面が、無限に揺らめくとともに輝きを放つ。快晴にも恵まれ、向こう岸まではっきりと見渡せた。

 河岸の一角はソール家の私有地となっており、白い砂が敷き詰められている。見た目には浜も同然で、潮の香りがなくとも、プライベートビーチと洒落込むには充分だった。

 美しい河を眺め、ジェラールもほうと感心する。

「羨ましいよ。帝国じゃ、こんなふうに泳げることもないからさ」

「で、でしょ?」

 表向きは彼を歓迎こそすれ、モニカは構えずにいられなかった。ジェラールにはこれまでに二度も辱めを受け、親友のアンナまで巻き添えを食わされたのだから。

 にもかかわらず、今回はモニカのほうから彼を『誘って』いた。今夜は言葉通りに身を尽くし、奉仕することになるかもしれない。

「……どうかしたのかい? モニカ」

「な、なんでもないわ」

 ジェラールは悠々と笑みを浮かべ、モニカは恥ずかしさに顔を背けた。

 二階建ての別邸は小高い丘の上にある。

「それじゃあ、着替えて集合ね。行くわよ、ブリジット」

「あ、あれを着るんですか?」

 今回の面子はモニカとアンナ、ブリジット。男子はジェラールとセリアスだが、セリアスは興味がない様子で、着替えようともしなかった。

「俺はこのあたりを探ってくる。ひとりで遠くに行くなよ、モニカ王女」

「心配しないで。別邸の前で遊ぶから」

 レジャーとはいえ、モニカも心得てはいる。

 敵はレオン王を拉致し、十中八九、軍神ソールの復活を目論んでいた。ジェラールの手前、軍神を眉唾物と否定したのも、帝国の干渉を警戒してのことだろう。

 そんな中でモニカ王女が暢気に夏を満喫していれば、行動に出る者も現れるかもしれない。それこそが、好機を待つほかないモニカの狙いでもあった。

 例の件、ブリジットにも話しておいたほうがよさそうね。

 着替えを済ませて、モニカは先に砂浜へ。あとからアンナが往生際の悪いブリジットを引っ張ってくる。

「わ、私は見張りを……許してくれないか、アンナ」

「だめです。お待たせしました、モニカ様」

 パラソルやサマーベッドはすでに用意が整っていた。そこでは王女のモニカにも先んじて、帝国王子のジェラールが気ままに寛いでいる。

「やあ、モニカ」

「早いわね。あらかじめ水着を着てたんじゃないの? あなた」

「まさか。男は支度に手間取らないってだけさ」

 確かに上から下まで水着を合わせなくてはならない女性と違い、男性は身軽なものだった。ジェラールの水着はキュロットのようなパンツを紐で括ってあるだけ。

 細身なりに胸筋はしっかり発達しており、上腕の力こぶも逞しい。

 モニカたちを一瞥し、ジェラールは満足そうに微笑んだ。

「綺麗どころと一緒に水遊びだなんて、おれは幸せ者だよ。ソールに来て正解だった」

 その視線が真っ先にブリジットを捉え、ボディラインを無遠慮に舐め降ろす。

「どど、どこを見ているっ?」

 すかさずブリジットは胸をかき抱くも、かえって恥じらいの仕草を強調してしまった。騎士然とした普段とのギャップが、男心を巧みに刺激するらしい。

 しかも青のビキニはブリジットの魅力を蠱惑的なまでに際立たせていた。豊乳が挑発でもするように谷間を寄せて、彼の視線を釘付けにする。

「……いいね。騎士なのがもったいないくらいだよ、きみは」

「ぐ、愚弄するつもりか? 貴様……」

 ショーツのほうはサイドをリボンで結んであるだけで、生地の面積は一般的な下着よりも小さかった。肉付きのよいお尻が窮屈そうに食み出し、太腿を引き締める。おかげでブリジットはすっかり赤面し、胸と股座から手を剥がせずにいた。

「もっと自信を持ってください。ブリジット様はお美しいんですから」

 その隣でアンナも歩み出て、夏の日差しを浴びる。

 彼女もブリジットに負けず劣らず、魅惑のプロポーションを橙色のビキニで引き立てていた。麦わら帽子が可憐な装いとなって、水着姿にもたおやかさを感じさせる。

「お前はずるいじゃないか! こんなもので誤魔化してっ!」

「そういうつもりでは……」

 ミニのパレオも爽やかに決まっていた。その隙間からちらりと健康的な太腿を覗かせるのが、無自覚にしても心にくい。

 ジェラールは称賛を惜しまなかった。

「自信を持つべきはきみのほうさ、アンナ。ブリジットの陰にいることはないよ」

「わ、わたくしなど……しがないメイドでございますので」

 アンナは照れ、まんざらでもないように頬を染める。

 そんなふたりに比べて、モニカはスタイル抜群とはいかなかった。良くも悪くも年相応の体型でしかないうえ、顔立ちは幼いと来ている。

「嬉しそうねえ、ジェラール。可愛い子に囲まれちゃって……」

 フリルをあしらった黒のビキニは、彼のために選んだ。アンナとブリジットに同じビキニを着せたのも、自分が恥ずかしいため。

 ところがジェラールはほかの誰でもなく、モニカのスタイルに目を見張る。

「たまらないな。きみが一番だよ、モニカ」

「……どうだか」

 一番と言われて、心ならずも安堵してしまった。

 強制されたことではあれ、水着で彼の気を引こうとしたのは事実。色の手段としてはありきたりだが、駆け引きに疎いモニカでは、ほかに浮かばなかった。

 これで気を引けなかったとしても、失うものはない。なのに、ジェラールの視線がアンナやブリジットに向かうのはもどかしかった。

 アンナは早くも踵を返す。

「そうでした! お茶を持ってきませんと。少々お待ちくださいませ」

「クリムトも連れてこればよかったわね」

「待て、私も手伝おう」

 モニカの護衛を自負するブリジットも、ジェラールの熱視線に耐えかねてか、アンナとともに別邸へと戻っていった。予期せずモニカは彼とふたりきりになる。

「おいで、モニカ。……あんまり『命令』はさせないで欲しいな」

「……はい」

 彼の要望に『はい』と応じるだけで、鼓動が跳ねあがった。不安にしては胸が躍るような感覚で、もはや自分にもわからない。

 ジェラールは日焼け止めのクリームを手に取った。

「綺麗な肌が焼けると大変だからね。おれが塗ってあげるよ」

「あ、あなたが?」

「うん? そこは喜ぶところじゃないか」

 平然と流され、モニカは困惑する。

 夏場はドレスで肩を見せる機会も多いため、日焼け対策は欠かせなかった。水遊びの際は大抵、メイドのアンナに背中にも塗ってもらっている。

 しかしジェラールの目的が獣欲の類であることは、疑うまでもなかった。

「ふたりが戻ってこないうちに、ね。我慢できないんだよ、おれは」

 本人も下手にはぐらかさず、ストレートに欲求をぶつけてくる。

 とはいえ、それにしては一途な情熱がこもっていた。またしても嫌悪感が働かず、妥協してしまいそうになる。

「でも、アンナならすぐに……」

「大丈夫さ。こっちもすぐに済ませればいい」

 後ろ髪を引かれながらも、モニカはおずおずとジェラールの傍についた。恋人のように肩を抱き寄せられたら、自分からも少し彼にもたれかかる。

「甘え方がわかってきたじゃないか」

「そういうわけじゃ……」

 モニカの恭しさに調教の手応えを感じたのか、ジェラールは涼しげに笑った。モニカの目の前で日焼け止めの瓶を開け、まずは両手に満遍なく塗りたくる。

「や、やっぱり自分でやるわ」

「何を言ってるんだい。さあ、じっとしてるんだぞ」

 彼のてのひらが後ろから腰へとまとわりついてきた。クリームの冷たさが不意打ちとなって、モニカの背筋をぞくぞくと震わせる。

「あっ、んぁあ?」

 あの夜のことを思い出し、無性に恥ずかしくもなってきた。

胸やお尻ではないのだからという妥協のせいか、抵抗に力が入らない。おいそれとジェラールに歯向かうわけにもいかず、これで満足してくれないか、と切に願う。

「いい子だ。ほら、次は腕をあげて」

「アンナが戻ってきちゃうから、んはぁ、早くして……?」

 ジェラールのてのひらは脇腹を這いまわり、クリームを薄く広げた。お尻にはまだ触れず、張りのある太腿へと手を伸ばす。

「ずっとこうやっていたいね。きみはこんなに綺麗で、柔らかい」

「い、言わないでったら……」

 その手つきはあくまで優しく、甘い囁きにも女の本能をくすぐられた。

 もしかしたら、辱める目的ではないのかもしれない。そう思えるほど、ジェラールは真剣な表情でモニカの肢体を見下ろし、息を飲む。

 このひとはあたしが好きなの……?

 モニカの胸の中でも熱くて心地よいものが芽生えつつあった。彼の悪趣味な命令には困らされてばかりいるのに、あの優しい笑顔を期待してしまう。

『たまらないな』

 モニカを服従させた時にこそ綻ぶ、ジェラールの無邪気な微笑み。あの瞳で見詰められると、モニカの心も満たされる。

 やがて彼の手はおへそに中指を添え、ぴたりと止まった。

「さて……どうしようか。モニカ、上と下、どっちからして欲しい?」

 上と下。その意味するところにモニカは顔を赤らめ、唇をわななかせる。

「ちょ、ちょっと! お部屋じゃないのよ? ここは」

「でも、ちゃんと水着の中まで塗らないと。日焼けの跡がついたら、困るだろ?」

 まさか選べるはずもなかった。しかし時間を掛けていては、アンナとブリジットがこの場に戻ってきてしまう。

「さあ。どっちだ」

 下よりはまだ……そ、そうよね。

 混乱めいた逡巡を切りあげ、モニカはたどたどしく答えた。

「じゃあ、う……上からで」

「お楽しみはあとに取っておくタイプなんだね」

「えっ? そういうつもりじゃ……あぁ?」

 彼の手が右も左も脇腹を這いあがって、ビキニのストラップに指を捻り込ませる。それを前方にスライドさせることで、てのひらにも容易く侵入されてしまった。

 ジェラール自身も興奮で息を乱す。

「この感触……! ほんと病みつきになるよ。たまらないな」

「ま、待ってってば! あたしはまだ、はあ、心の準備くらぃ……んっ、あふぁあ」

 柔らかな膨らみを揉みしだかれるたび、快感が走った。肩の力が抜け、痺れは背筋の芯まで届く。単なる刺激のみならず、『彼に弄ばれている』被虐感も増してきた。

 胸の谷間にもクリームを塗りたくられながら、曲線をなぞられる。ビキニの中でもジェラールの手は弱点の突起を探し当て、指を擦りつけてきた。

「ひあぅ? そ、そこはしちゃ……!」

「そんなに気持ちよさそうなのに? もっと正直になってごらん」

 その先端が見えそうなくらいにビキニを捲られ、モニカの小顔が羞恥に染まる。さらにクリームを追加され、愛撫はねちゃねちゃと淫靡な音を立てた。

「そろそろいいかい? モニカ」

 ジェラールが前のめりになってモニカを抱き込む。

「ひはぁああっ? だ……だめよ、ジェ、ジェラール!」

 その右手がおへそを下に抜け、ビキニのショーツへと潜り込んでしまった。あの夜、アンナにもされたように手探りで、乙女の秘密をこじ開けられそうになる。

「ほんとにだめっ、だから」

「正直になれ、と言ったはずだよ。ええと……こうかな」

 ただ、すぐには指が侵入してこなかった。男性には正確な場所がわからないようで、それは同時に彼に経験がないことも意味する。

 指の動きに怯えながらも、モニカはジェラールに問いかけた。

「……初めてなの? あなた」

 彼にこれまで恋人がいなかったことを、確認せずにいられない。けれどもジェラールはむっとして、へそを曲げてしまった。

「嫌な言い方をするなあ。あのメイドのほうが上手かったって?」

 とうとう指が同時に二本も入ってくる。

「それとも……きみはほかに経験があるとか?」

「あ、あるわけ……んあぃいいっ!」

 たまらずモニカは両手で耳を塞ぎ、いやいやと身じろいだ。しかし粘音からも感触からも逃げられず、恥ずかしい蜜の量を自覚させられる。

「びしょびしょだね」

 その一言がモニカの羞恥心を燃えあがらせた。

「い、いや! お願いだから、も、もう」

「まだクリームを塗ってないだろ? ……と、あの子はどうやってたっけ」

 涙ぐむモニカの耳たぶを舐めながら、ジェラールは一方的に快感を強制してくる。

 しかしモニカの頬を一粒の涙が伝うと、ぴたりと手を止めた。乙女の部分から指も引き抜いて、ビキニの裏をまさぐるだけになる。

「ちょっとやりすぎたみたいだね。機嫌を治してくれないか、モニカ」

「だったら、早く抜いて? こんなとこ、はあっ、見られたら」

 恥ずかしがるモニカの横顔を間近で眺め、なお彼は悪戯を続けた。ビキニから食み出た指が、太腿の付け根を丹念に擦り抜く。

 同時に左手はブラジャーの中へと戻り、美乳を押し揉んだ。

「早く抱きたいな。きみを」

 無理強いするくせに囁き上手なせいで、モニカは反抗を享受とすり替えられる。

 やっと解放されたところへ、アンナとブリジットが駆け込んできた。

「お待たせしました! ……あら、モニカ様?」

「な、なんでもないの。先に日焼け止めを塗ってただけで……」

 情事がばれはしないかと、ひやひやする。

 モニカとジェラールとの関係を知るアンナでも、まさかこの場所で耽っていたとは、夢にも思わないようだった。一方、ブリジットは苛立ちを募らせる。

「ジェラール殿! 言っておくが、私は断じて貴様を認めたわけではない。セニア様の件も忘れたつもりはないのだからな」

「肝に銘じておくよ。きみには敵いそうにないからね」

「くっ……ぬけぬけと」

 ブリジットにとってジェラールは相性が悪すぎた。真っ向勝負をしたがるブリジットに対し、ジェラールはもっぱら側面からの搦め手を好む。そのためにブリジットの憤りは受け流され、暖簾に腕押しとなった。

 荒ぶるばかりのブリジットを、アンナがどうどうと鎮める。

「まあまあ。せっかくのリゾートですので」

「う、うむ。姫様の前だしな」

 もちろん水着姿の照れ隠しでもあった。ジェラールもブリジットのスタイルが気になるようで、ちらちらと視線を注いでいる。

 ……ふんっ。さっきはあたしに『我慢できない』とか言ってたくせに。

 それでも水遊びを始めてしまえば、気分は一気に晴れた。美麗なリバーサイドをモニカたちだけで独占し、夏の太陽のもとではしゃぐ。

「おやめくださいったら、姫様!」

「冷たくって、気持ちいいでしょ? ほら、アンナも早く!」

 ジェラールはサングラスを掛け、パラソルの下で寛いでいた。ところがアンナに萎んだ浮き輪を押しつけられ、目を点にする。

「膨らませていただけませんか? ジェラール様」

「へ? おれが?」

 奥ゆかしいアンナに他意はないはず。例年は男子(クリムト)が膨らませているため、ジェラールに頼んだのだろう。

「わかった、わかった。きみは遊んでなよ。持ってってあげるから」

「ありがとうございます」

 彼でさえアンナのペースに乗せられるのは面白かった。

 あんなふうに困ったりもするのね、あのひと。

 やがて正午に近くなり、別邸のメイドたちがバーベキューの準備に取り掛かる。アンナも水着の上に給仕用のエプロンをまとい、てきぱきと包丁を捌いた。

 ジェラールがモニカにおかしな注文をつける。

「きみもエプロンをつけるべきだよ」

「え? ドレスじゃないんだし、いらないじゃないの」

「そうじゃなくって……ねえ」

 結局、モニカやブリジットまでエプロンの着用を押しつけられてしまった。モニカとしては肌を隠せるため、抵抗はないのだが、だからこそ彼の意図が読めない。

「何がしたいのかしら? ジェラールったら」

「フェティシズムというものですよ、モニカ様。裸にエプロンをつけてるようにも見えますから、色々とご想像を掻き立てられるのでしょう」

「……くだらないわね」

 男性の『嗜好』とやらには首を傾げたくなる。しかし呆れるモニカとは裏腹に、ジェラールはすっかり気分をよくしていた。

 準備が整ったところで、モニカたちはバーベキューを囲む。

「ジェラール様、お酒のほうはいかがです?」

「いらないよ。おれも少し泳ぎたいしね」

 肉や野菜を丸焼き同然で火に掛けると、もうもうと煙があがった。香辛料の香りも相まって、巧みに食欲をそそってくる。

 ブリジットはジェラールの相手をせず、モニカにばかり食事を勧めた。

「しっかりお食べになってください。姫様が夏バテになっては、国の一大事ですので」

「ええ。みんなも遠慮しないで、食べてちょうだい」

 去年は国王代理の仕事が忙しいからと、つい食事を簡単に済ませてしまい、バテ気味にもなっている。補佐官のクリムトには迷惑を掛けた。

 同じ轍を踏まないためにも、今年は充分に栄養を取ったうえで、政務に臨みたい。

 食事がてら、ふとモニカは面子が足りていないことに気付いた。

「……あら? セリアスは?」

 ジェラールも浜を見渡し、肩を竦める。

「せっかくのバーベキューなのに、どうしたんだろうね」

「女性ばかりで緊張なさったのではありませんか?」

 アンナのフォローに皆は頷くも、ブリジットだけは一笑に付した。

「……そこの男は気にしてないようだが?」

 けれども安い挑発は帝国の王子に通用しない。

「これでも気を遣ってるつもりなんだけどねぇ、おれは。まあ、セリアスのことは放っておけばいいさ。何か考えがあって、動いてるんだろ」

「あなたが指示してるんじゃないの?」

「いいや。あいつは束縛されるのを嫌うからね」

 フェイクかもしれないが、雇い主のジェラールにしてもセリアスの行動は把握していないようだった。どうにもセリアスの立ち位置がはっきりとしない。

 彼によれば、レオン王はどこかに幽閉されているらしい。敵は軍神ソールを復活させるべく、鍵となる王家の血を欲した。その計画は一年も前から進められている。

 ところが国家元首が不在のソール王国へ、サジタリオ帝国の干渉が入った。ジェラールもまた軍神ソールに関心を示しており、敵は焦り始めたはず。

 セリアスは帝国のために軍神の調査を……?

 その可能性はあった。レオン王の生存を仄めかされ、セリアスに王家の秘密を明かしたのは、浅はかだったかもしれない。

 そんなモニカの不安を見透かしたかのように、ジェラールがはにかむ。

「心配いらないさ、モニカ。きみはおれの傍で役目を果たしていれば、それでいい」

「……え、ええ……」

 エプロンの裾を握り締め、モニカは彼の視線に緊張した。

 

 腹ごしらえのあとは皆で浜に出て、ビーチバレーで勝負することに。

 ソール王国の夏はビーチバレーの季節でもある。ここは海岸ではなく河岸のため、厳密には『ビーチ』ではないのだが、民にはその名で親しまれていた。

 砂浜にはコートも用意されている。

 そのネット越しに、ブリジットは憎らしくてならないジェラールを見据えた。

「わたしが勝ったら、金輪際、姫様には近づかないでもらうぞ」

 それをジェラールは涼しげな顔で受け流す。

「いいのかい? なら、おれも勝ちさえすれば、きみに何でも要求できるわけだね」

「フン、言ってろ。貴様がどんな手を使おうと、わたしと姫様が勝つ」

 急に名指しされ、モニカ王女はきょとんとした。

「……え? あたし?」

「当然です。わたしと姫様のペアで、やつに鉄槌を降してやりましょう!」

 これまでの雪辱を果たそうと、ブリジットは試合の前から高揚してしまっている。

「それじゃあ、おれは……アンナ、手を貸してくれるかな?」

「あ、はい。わたくしでよければ」

「わたしたちの勝利のために手を抜くことはないぞ、アンナ。サジタリオ帝国の腑抜けた王子なぞ、実力で打ち負かしてくれる」

 ペアはそれぞれブリジット&モニカ、ジェラール&アンナとなった。

審判にはほかのメイドがつき、笛を鳴らす。

「ゆくぞっ!」

 開戦と同時にブリジットの強烈なサーブが風を切った。これ見よがしにジェラールの脇を抜け、コートのぎりぎり角で砂を弾く。

「ヒュウ! やるじゃないか」

「この程度で驚いてもらっては、困るな。勝負はこれからだぞ」

 一流の騎士だけあって、ブリジットの運動神経は群を抜いていた。動体視力にも優れ、跳躍の頂点を軽々とボールに合わせる。

「こっちよ、ブリジット!」

「了解です!」

 おかげで、最初のうちは戸惑っていたモニカの調子もあがってきた。ブリジットのレシーブとスパイクを、丁寧かつテンポのよいトスで繋ぐ。

「意外にやるものだね、モニカ。正直、スポーツはそうでもないと……」

「ソールは騎士の国なのよ? あたしだって、ずっと剣のお稽古はしてるんだもの」

 ジェラールの鼻を明かしてやりたくなって、今度はワン・ツーで決めた。ところが、モニカのスパイクはアンナに受け止められてしまう。

「ジェラール様っ!」

「ナイスだ! きみもどんどん前に出てくれ」

 追い風も吹き、アンナのスパイクが思った以上に伸びる。

 アンナとは毎年のようにビーチバレーで遊んでいるため、こちらの動きはすでに癖を見抜かれていた。モニカの攻撃は打点が低いため、どうしても長身のジェラールを避けなくてはならず、コースも限られる。

「さっきの台詞をお返ししようか。勝負はこれからだよ、ブリジット!」

「くうっ?」

 ジェラールのスパイクは容赦なしにブリジットのボディーを狙った。反則ではないものの、防ぎきれなかったブリジットは地団駄を踏む。

「本性を現したな、外道め!」

「いいねえ! その強気、おれがへし折ってあげるよ」

 ジェラールとブリジットが躍起になったことで、ビーチバレーはますます白熱した。ジェラールのピンチにはアンナが逸早くカバーに入り、ボールを零さない。

 対抗してモニカもブリジットと前後に分かれ、フォーメーションを維持した。

「姫様っ!」

「任せて! えいっ!」

 次第に相手はモニカに、こちらはアンナに狙いをつけるようになる。ペアで脆いほうを狙うのは定石で、これなら強いほうにスパイクを打たせる危機も減った。

 それをジェラールのワン・ツーが攪乱し、モニカたちはタイミングを狂わされる。

「しまった? 姫様、早くコートへ」

「いただきだ! こっちにくれ、アンナ!」

「は、はい!」

 こちらが立てなおせないうちに、怒涛のスパイクを叩き込まれてしまった。ボールはブリジットをすり抜け、モニカの真横でコートに突き刺さる。

 善戦したものの、終盤はジェラール&アンナにリードを許す形となってしまった。マッチポイントを奪われ、ジェラールたちの勝利が決まる。

 自信満々だっただけにブリジットは納得せず、癇癪を起こした。

「こんなはずでは……も、もう一回だ!」

「待ちなよ。おれやきみはともかく、パートナーはへとへとなんだからさ」

 しかし再戦しようにも、モニカとアンナは疲れ果て、まともに立っていられない。正直なところ、ジェラールの言葉には救われた。

「それに……騎士に二言があっていいのかな? 団長殿」

「うぐ。き、貴様……」

 一転してブリジットは窮地に追い込まれ、口元を引き攣らせる。

 そもそも試合を『賭け』に使ったのは彼女のほう。モニカ王女からジェラールを遠ざけるつもりで、今回の勝負を吹っかけた。ところが勝ったのはジェラールであって。

「あぁ、そうか。こっちが勝ったんだから、おれがきみに命令できるわけだ」

「な、なんだと?」

 ジェラールに意地悪な笑みを向けられ、さしものブリジットも青ざめた。とはいえ、彼は命令をくださず、パートナーに労いの言葉を掛ける。

「約束は約束だからねえ。まあいいさ。その権限はアンナ、きみにあげよう。この勝利はきみの頑張りによるところが大きいからね」

「わたくしが、ですか?」

「ああ。今のブリジットなら、きみの命令を何でも聞いてくれるぞ」

 メイドのアンナは思案顔で空を見上げ、呟いた。

「……でしたら、とっておきの水着の用意がございますので、ブリジット様にお召しになっていただくというのは……」

 勇猛果敢なはずのブリジットが悲鳴をあげる。

「アンナッ? おお、お前というやつは」

「いいわね! 女の子らしいとこ、見せてもらおうじゃないの」

「ひ、姫様までっ?」

主君のモニカ王女も便乗したため、騎士団長に逃げ場はなくなった。頭を垂れながら、アンナに別邸へと連行されていく。

二十分ほどして、装いも新たにブリジット嬢が戻ってきた。

「お待たせしました! ほら、ブリジット様」

「おおっ、押すな! わかったから……」

 清楚可憐な騎士団長の姿には、同性のモニカでさえ目を見張る。

「よく似合ってるわよ。ブリジット」

「あ、あんまり見ないでください、姫様……」

 気丈なブリジットが恥ずかしそうに我が身をかき抱くからこそ、悩ましい。

 さっきの黒のビキニに比べれば、露出は相当に抑えられていた。純白のフリルが花のように咲き乱れ、豊満なプロポーションをたおやかに彩っている。

 お望み通りのパレオは丈が長く、左足はほとんど隠れてしまっていた。だが、下手に肌を見せるよりは濃厚な色気をまとい、本人もそれを自覚しているらしい。

「これでは……動きにくいではないか」

「恥ずかしがることありませんよ、ブリジット様。うふふっ!」

 優秀なメイドはブリジットの扱い方にも慣れていた。この調子ではブリジットも再戦に固執できず、小さくなるほかない。

「騎士団長殿には堅苦しい騎士服より、ドレスのほうが似合うんじゃないかい?」

「き、貴様……どこまでもわたしを愚弄しおって……」

 ジェラールのまなざしは穏やかにブリジットを、そしてアンナを見詰める。

「アンナ、きみもどんどん前に出るべきだよ。器量よしなんだからさ」

「いえ、わたくしなど……単なるメイドでございますので」

 ちくりと胸に痛みが走った。モニカの水着姿に『たまらない』と言っておきながら、彼はブリジットやアンナにも目を奪われている。

 あたしだけじゃないの? あなたを喜ばせられるのは……。

 自分でも信じられないような疑惑が、モニカの心を支配しつつあった。

 

 

 夕暮れには別邸に戻り、昼間のバーベキューにもひけを取らないディナーを楽しむ。

 ソール王国は海岸に面していないため、海鮮には恵まれなかった。それでもレガシー河では多彩な河魚が獲れ、調理にも趣向が凝らされる。

甘露煮や白ワイン蒸しなど、手の込んだメニューが食卓を彩った。

 食後はそれぞれ自由に過ごすこととなり、ブリジットやアンナは先に入浴へ。しかしモニカ王女は彼のため、こっそりと別邸の裏にまわった。

『水着を着ておいで』

 日中と同じ黒ビキニの恰好で、ジェラールを待つ。

 陽は暮れたものの、別邸の窓からは橙色の灯かりが漏れ、周囲も充分に明るかった。この裏庭は男女が密会するには最適の場所で、屋敷の中からは死角となっている。

 しばらくして、ジェラールも人目を避けるようにやってきた。モニカとともに物陰に隠れ、当たり前のように腕をまわしてくる。

「きみから誘ってもらえるなんて、嬉しいな。本当はやめられないんだろ?」

「馬鹿なこと言わないで。こうでもしないと、あなたがへそを曲げるからじゃない」

 サジタリオ帝国による侵攻が本格化しないのも、彼のおかげ。実際のところ、ソール王国はジェラールの胸ひとつで独立を維持していた。

 ソール王国の貴族らはモニカ王女とジェラール王子が懇意と誤解し、その噂は城下にも広まりつつある。仮に婚姻が成立すれば、今回の帝国の派兵も不問となるだろう。

「本気にされたら、どうするのよ? あたしたちのこと」

「だったら、結婚してやればいいじゃないか。おれじゃ不服なのかな、きみは」

 軽薄なジェラールの言葉など、とても信じる気になれない。

 帝国の第二王子である彼の評価は、世間的にもさほど高くなかった。帝国の威信に心血を注ぐより、カジノの経営に夢中で、兄王子の指示もろくに聞かないという。

 そんな彼が軍を率いて、ソール王国に圧力を掛けてきたのだから、わからなかった。

「……あなたがソールのために身を粉にしてくれるとは、思えないわ」

「そうだね。おれは『国』なんてものに興味がないんだ」

 ビーチバレーが達者なのも、根っからの遊び人だからこそ。サジタリオ帝国では第二位の帝位継承権を有するにもかかわらず、未だに放蕩癖のある王子だった。

 ジェラールの手がモニカの背中を撫でつつ、下へと降りていく。

「それじゃあ昼間の続きといこうか、モニカ。日がな一日、きみの可愛い水着姿を見せられて、もう我慢できないんだ」

「嘘ばっかり。ブリジットと……はあ、アンナのことだって、意識してたくせに」

 反抗しようにも、声が上擦ってしまった。早くも彼の指先がビキニを乗り越え、お尻へと悪戯の気配を近づけてくる。

「もっと抵抗してくれないか。じゃないと、止められないぞ?」

「あっ、あなたがやめればいいことでしょ? ちょっと……だめったら」

 右のお尻をじかに鷲掴みにされ、ぞっと鳥肌が立った。身体じゅうを強張らせながら、モニカはわずかな手の動きにも怯え、神経を研ぎ澄ませる。

 そのせいで余計に彼の愛撫を感じ、息が荒くなった。

「きみから誘っておいて、それかい? もっと盛りあげて欲しいなあ」

「盛りあげろって、んぁあ、言われても……」

 これまでの経験からして、単に触れば満足するものではないらしい。ジェラールはあえてモニカの羞恥心を煽るべく、辱めの言葉を投げつけてきた。

「ブリジットも、まさか守るべき王女が自らこうやって、おれにすべてを差し出してるとは思わないだろうね。きみは今、ブリジットという騎士の忠誠を裏切ってるのさ」

「そういうわけじゃ……さ、触らないで」

 ようやくジェラールの手がショーツを離れるも、今度は腰を這いあがってくる。咄嗟にモニカが脇を締め、肩肘を張ると、耳に囁きを吹きかけられた。

「……これじゃあ、続きができないよ? モニカ」

 黙りこくっていると、耳たぶを舐められ、着々と抵抗の力を奪われていく。

「んあぁ? ま、待って……」

「待たないよ。ほら、早く力を抜くんだ」

 抵抗しろと言ったり、抵抗するなと言ったり。彼の要求に翻弄されながらも、モニカは執拗なキスに屈し、胸でも悪戯を受け入れてしまう。

「この感触だよ。やめられないね」

 ジェラール自身も少し息を乱しつつ、モニカのブラジャーに手を突っ込んだ。決して豊満ではないが貧相でもない、年相応の膨らみを、独り占めでもするように押し揉む。

「見てもいいかい?」

「さ、触ってから言うこと? 順番が、っはあ、逆……!」

 敏感な突起を指で挟まれ、捏ねくりまわされては、反抗も続かなかった。

 初めて無理強いされた時と違い、身体が『慣れて』しまったらしい。彼の愛撫は単純な性的欲求だけではない、などという浅はかな期待も脳裏をよぎる。

 愛があるのなら――。

 ほんの一瞬の隙を、ジェラールは見逃さなかった。ビキニのブラジャーをずらし、モニカの肩越しにその膨らみを覗き込む。

「ひやあっ?」

「いいから見せるんだ」

 モニカは赤面するも、胸を隠すことは許されなかった。

 疎いモニカでも自覚せざるを得ないほど、身体は疼きを漲らせている。汗ばんだ肌は艶やかに照り返り、乙女の不可侵性を漂わせた。

 ジェラールはモニカの胸にすぐには触れず、甘い調子で囁く。

「今日はきみに見惚れて、何度もボールを取り損ねたよ。危なかった」

「そんなこと言って、勝ったじゃないの。あなた」

 触ることより、こうしてモニカを恥ずかしがらせるのが目的のようだった。その指がモニカの視線を引きつつ、胸の曲線ををなぞっては突起を弾く。

「きみが思ってるほど、おれは余裕がないんだよ? 本当は今夜にでも連れ込んで、きみを滅茶苦茶にしてやりたいのさ」

 見境もなしに色を求めるにしては、ひたむきな言葉だった。しかし紳士的なのは、歯の浮くような台詞だけで、いやらしい悪戯は一向に止まりそうにない。

ついには背中の側からビキニのショーツにも手を突っ込まれ、乙女を荒らされる。

「ちょ、ちょっと? やだっ、そこには何もしないって……」

「昼間はね。今はほかに誰もいないんだ」

 たまらずモニカは脚を閉じ、自分の手を噛むようにして息んだ。それを意に介さず、ジェラールはショーツの中をまさぐり、蜜の源泉へと指を指し込む。

「ひああっ? あ……そ、そこは!」

 逃げようとして、王女は四つん這いの姿勢となった。胸を隠してもいられず、汗だくの双乳が揺れ弾む。

「犬みたいだぞ? お姫様」

「だ、誰のせいよ? いいから……はあ、抜いてったら」

 ショーツの脇からはジェラールの人差し指と小指が食み出した。中指と薬指は見えないところで曲がり、モニカに奇襲を仕掛ける。

「きみがおれを楽しませてくれないから、こっちは好きにしてるのさ。誘ったのはきみなんだから……ねえ? ここは『ご奉仕』のひとつでもしてくれないと」

「ご、ご奉仕……?」

 だんだん頭がぼうっとしてきて、ジェラールの言葉は暗示にも聞こえた。

「そうだなあ。じゃあ、きみにも『これ』をやってもらおうか」

 ジェラールが覆い被さってきて、モニカの背筋にねっとりと舌を這わせる。それは肉食獣が獲物を竦ませるためにするもので、今にも歯を立てそうだった。

「きみがおれを舐めるんだ」

「え? ……あ、あたしが……?」

 思いもよらない要求を突きつけられ、モニカは息を飲む。

 しかし彼は本気のようで、上着を脱ぎ捨ててしまった。放蕩王子にしては騎士のように逞しい胸板が、初心なモニカを驚かせる。

「舐めろって言われても……」

「やってみなよ。その間はおれも手は出さないからさ」

 抵抗はあった。だが、舐めさえすれば、彼に乙女の部分を荒らされずに済む。そうとなっては、ほかに選択肢などなかった。

 おずおずとモニカは彼に近づき、唇をわななかせる。

「う……動かないでよ? 絶対」

「ああ。きみを見てるだけにするとも」

 何度も念を押しては、覚悟を決めなくてはならなかった。触るだけならまだしも、舐めるという行為はキスに似ており、ハードルが高い。

 それでもモニカは舌を伸ばし、遠慮がちに彼の鎖骨をちょんと舐めた。

「いいぞ。続けろ」

 ジェラールによしよしと頭を撫でられながら、淫猥なキスを繰り返す。しょっぱいような、甘いような――味はよくわからなかった。

 ただ『彼を舐める』というアプローチそのものに胸の鼓動が跳ねあがる。彼の胸をちゅうっと吸うと、酔いもまわってきた。

 あれ? あ、あたし……。

 これはあくまで純潔を守るためのもの。彼に逆らえないからしているのであって、自ら望んだことではない。なのに、衝動じみた高揚感が込みあげてくる。

 女として男を求め、尽くすこと。なまじ自分の意志でやっているせいか、嫌悪感は麻痺し、だんだんと唇の動きも積極的になってしまった。

 モニカのかいがいしいキスを見下ろし、ジェラールは満足そうに頬を染める。

「さまになってきたじゃないか。きみも、おれを自分のものにしたくなってきただろ」

 今だけは彼の視線を釘づけにできた。昼間の出来事のせいか、ブリジットやアンナに対抗意識が芽生え、モニカは捧げるようなキスに没頭する。

 もっと……あたしだけを……。

 半ば朦朧として、自覚はなかった。ただ、ジェラールをほかの女性に渡してはならないことだけは、考えずとも理解できる。

 ジェラールの首筋を舐め、脇腹にも舌を這わせて。

やがてモニカは『あること』を思い出した。上目遣いで窺うと、ジェラールは不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんだい? 舐めるのが、嫌になったのかな」

「そうじゃなくって……その」

 そっちの方面には疎いモニカでも、知識だけはあった。男性は『あれ』を刺激されると気持ちいいらしい――そして、それをキスで包み込むアプローチがある。

 躊躇いながらも、モニカは彼のベルトに手を掛けた。

 このような真似をする必要はない。しかし、これならブリジットやアンナを出し抜き、ジェラールの心を奪えるかもしれない。

 ソール王国のためではなく、自分のためだけに。

「待て、モニカ。おれはそこまでやれとは言ってないぞ」

 いつになくジェラールの口調が強くて、ぎくりとさせられた。モニカ自身も愚かな行為にはっとして、口を噤む。

「あ、あたしは……」

「薬が少々、効きすぎたようだね。ブリジットやアンナを気にして、おれに唾をつけようとしたんだろうが……これじゃ、おれのほうが安く見られたみたいで、不愉快だ」

 ジェラールは機嫌を損ね、モニカのキスを押し返してしまった。

 欲望には正直な彼でも、奴隷のモニカが命令以上の『ご奉仕』に勤しむのは、我慢ならなかったらしい。だが、その意図はモニカにもまるでわからなかった。

「あ……あなたはあたしが欲しいんじゃないの?」

「欲しいさ。けど、おれをただの色好みの輩と思われるのは、御免だね」

 ジェラールは苛立ち、モニカを強引に仰向かせる。

「きみはおれを侮辱したんだよ。相応の報いは受けてもらおうか」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「問答無用。続きは城に帰ってからだ」

 どうやらモニカとジェラールの心はすれ違ってしまっていた。ジェラールの要求とモニカのアプローチには、男と女で根本的な乖離があるのかもしれない。

「覚悟してなよ、モニカ」

「ジェラール? あたしはまだ」

 せっかくの逢瀬も切りあげ、ジェラールはすたすたと立ち去った。それだけプライドを傷つけられたのだろう。

モニカは半裸の恰好でひとり残され、呆然とする。

「あなたはあたしにどうして欲しいのよ? ジェラール……」

 ソール王国の夏は長い。モニカとジェラール、ふたりの夏は始まったばかりだった。

前へ     次へ

※ 当サイトの文章はすべて転載禁止です。