奴隷王女~かりそめの愛に濡れて~

第3話

 五月も後半に差し掛かると、雨が多くなってきた。

 大陸の沿岸部以外で『梅雨』がある国は限られるらしい。広大なレガシー河と季節風の関係で、ソール王国にも同等の雨季があった。

 この時期、メイドたちは毎朝のように天候に一喜一憂する。

「これでは洗濯物が……」

 ソールの城下では今朝も雨がしとしとと降っていた。

 湿気のせいで髪が乱れ、モニカ王女も不快感を滲ませる。

「夏は夏で面倒なのよね。日焼け対策しないと、お母様がうるさいし……」

「そういえば、ジェラール様は最近、エリザベート様のもとに通っておられるとか」

 父が即位の前に崩御したため、母は妃にも太后にもなれなかった。そのうえ、子どもに男子が生まれなかったことで、権限はないに等しい。わざわざジェラールが取り入るほどの相手ではなかった。

「お母様とジェラールでどんな話をするっていうの?」

「ご趣味が合うそうで……セニア様もご一緒でいらっしゃいます」

 妹のセニアに続き、母もジェラールの外面に騙されている可能性は高い。

 妹と母がジェラールの味方となっては、ますます彼を拒絶するのが難しくなる。用意周到に事を進めるジェラールの性格からして、それこそが狙いだろう。

 アンナが恐る恐るといった調子で尋ねてきた。

「モニカ様、その……ジェラール様とは結局のところ、どうなのですか?」

「あなたまで勘違いしないで。向こうが勝手に盛りあがってるだけで、本当に恋人なんかじゃないから」

「は、はあ。わかりました……」

 生真面目なメイドの疑惑も当然のこと。この一週間のうちにモニカは彼女を連れ、二度も例のランジェリーショップを訪れていた。

『可愛い下着を揃えておけ。いつ脱がせてもいいように、な』

 近いうちに彼はまたモニカを辱めるに違いない。そうとわかっていても、サジタリオ帝国の王子に逆らえる道理などなかった。

「さてと……そろそろ会議の時間ね。気乗りはしないけど」

「行ってらっしゃいませ」

 朝の片付けはメイドに任せて、部屋を出る。

 そこでモニカはジェラールお抱え剣士、セリアスと出くわした。

「……あなたねえ。ジェラールにも言ったけど、ここは男子禁制なの」

「ああ。だから、ここで待っていた」

 会話は少しも噛みあわず、頭が痛くなってくる。

 セリアスは周囲に気を配りつつ、声のトーンを落とした。

「聞きたいことがある。ソールの騎士伝説について、なんだが」

「それなら、図書館に文献だってあるわよ」

「いいや。王家にのみ伝えられてきた、何かしらの口承があるはずなんだ」

はっとして、モニカは剣士の推測に息を飲む。

「……どうして?」

「レオン王を幽閉したのは、そういった理由があってのことだろう」

 幽閉と聞き、思わず大声をあげそうになった。

「あ、あなたは一体……ひょっとして、お爺様は生きてるの?」

「落ち着け。お前は質問に答えてくれれば、それでいい」

 彼が『男子禁制だからこそ、ここで待っていた』と言った理由もわかる。このような話をほかの誰かに聞かれてはまずかった。

 セリアスの言葉が本当なら、祖父はどこかで生きている。レオン王が帰還を果たせば、ソール王国は本来の権威を取り戻すことも叶うだろう。

 ブリジットを締めあげたこともある剣士を、信用しようとは思わない。それでも一縷の望みを懸け、モニカはセリアスにソール王家の秘密を打ち明けた。

「古代王の封印にも、軍神の復活にも、王族の血が必要だって聞いたわ」

「……封印だと?」

「ええ。それを強化することが、国王に就任するための条件なの。そして、万が一にも封印が破られたら、かの軍神を目覚めさせること……」

 ソール王国には忌まわしい呪いの歴史がある。

 二百年ほど前、時の王は悪魔と契約し、暴君と化した。いたずらに民を苦しめながら、侵略戦争を繰り広げ、現在のサジタリオ帝国領の一部をも支配下に置いたという。

 だが、ひとりの勇敢な騎士が精霊たちの力を借り、暴君へと立ち向かった。彼は聖なる鎧を身にまとい、『軍神ソール』となった。

「本当かどうかはわからないけど」

 セリアスが眉を顰める。

「軍神の力で古代王とやらを完全には倒せなかったのか?」

「どうかしら……そういえば、そんなふうに考えたことはないわね」

 とはいえ、これは昔話。実際の出来事がモチーフになっているにしても、英雄譚らしく脚色されている可能性があった。

 セリアスの双眸がモニカ王女を見据える。

「王家の血に秘密があるわけだな。……わかった」

「ちょっと? あなた」

「安心しろ、誰にも話さん」

 こちらの話は終わっていないにもかかわらず、彼は早々に踵を返してしまった。

 お爺様が幽閉って……どういうこと?

 セリアスの動向が気になる。用心棒の彼がジェラールの指示もなしに単独で動いているとは、思えなかった。

ソール王国では今、帝国の干渉とは別に陰謀が渦巻いている。

 

 ソール王国の会議には案の定、ジェラールも同席した。わざわざ人数分の紅茶まで用意させ、話の腰を折ろうとする。

「堅苦しいのは苦手でね。きみたちもリラックスしたまえ」

「は、はあ……」

 サジタリオ帝国の王子を前にして、モニカたちがリラックスできるはずもなかった。ただ、クリムトだけは緊張も恐れもせず、ジェラールに調子を合わせる。

「会議は午後のほうがよかったかもしれませんね。朝一ではお菓子もありませんし」

「フランドール王国流のアフタヌーン・ティーだね。おれとしたことが……いやなに、こうも雨が続いては、気が滅入ってしまって」

「退屈されておいでのようで……さて、本題に入りましょうか」

 クリムトが機転を利かせたおかげで、気まずい空気が長引くことはなかった。

 依然としてジェラールは会合の場に居座り、タイミングを見計らったかのように無理難題を押しつけてくる。王国騎士団の再編成もこれで押しきられてしまった。

「騎士団へは新たに大砲を百門、明後日には帝国から届く見込みです」

 モニカの隣でブリジットが苛立つ。

「まだ増やすというのかっ? あんなものを!」

 それに対し、ジェラールは余裕を崩さなかった。平然と脚を組み替え、紅茶を煽る。

「当たり前じゃないか。従来の剣や槍だけで防衛が充分とでも? ソール王国に万が一のことがあったら、サジタリオ帝国の沽券にも関わるからね」

「ぬけぬけと、貴様……!」

「落ち着いてったら、ブリジット」

 彼女をどうどうと鎮めつつ、モニカは小声で釘を刺した。

(挑発に乗らないで。これが彼のやり方なの)

(で、ですが……)

(あなたの言いたいことはわかるわ。けど、今は堪えてちょうだい)

 主君のモニカ王女が耐えている以上、第一の臣下を自負するブリジットも、それに倣うほかなかった。以降は口を出さず、ただ悔しそうにこぶしを握り締める。

 ごめんなさい、ブリジット……。

 団長に就任したばかりの彼女には、若手の騎士からあつい信頼が寄せられていた。サジタリオ帝国の主導で再編成を余儀なくされるという屈辱的な現状を、ブリジット団長なら打破してくれる、と期待しているに違いない。

 だからこそブリジットは声をあげ、ジェラールの采配に異を唱えようとした。しかし騎士団の再編については、貴族らの間で徐々に歓迎の声が出始めている。

「城下の防衛だけでも、百や二百では足りますまい」

「そこはサジタリオ帝国と連携して……無論、ソールの独立あってのことですが」

 ジェラール王子という強い味方を得て、とりわけ親帝国派は勢いを増しつつあった。

 余所の軍隊に守ってもらって独立、ですって……?

 モニカはブリジットとともに堪え、私欲絡みの会合をやり過ごす。

 国王代理にしても騎士団長にしても、女性のうえに若すぎた。王国の貴族たちはジェラールの話に相槌を打つばかりで、すでに主導権は彼に掠め取られている。

 こうしてモニカとブリジットは信用を失い、一方でジェラールは発言力を強めるのも、時間の問題だった。ゆくゆくは『帝国に降る』ことも現実味を帯びるだろう。

 ジェラールが思い出したように関心を示す。

「そういえば……例の軍神ソールとやらはどうなんだい?」

 貴族らは一様に表情を硬くした。

「はて? 仰る意味がわかりませんな」

「だから軍神だよ。古代王と一戦交えたっていう、鎧の巨神のことさ」

 大臣が失礼にならない程度に笑い声をあげる。

「ハハハ! ジェラール殿は騎士伝説に興味がおありのようで」

「王国の象徴的な言い伝えを、こう言ってはなんですが……あれは眉唾物。軍神ソールなど本当は存在しないのです」

 俄かに空気が変わったのを、モニカ王女は肌で感じていた。今までになく貴族らは口を揃え、軍神ソールの伝説を否定したがる。

「じゃあ、軍神がつけたっていう南西区の傷跡は?」

「それに関しても地震の記録がございます。あれは単なる地割れなのですよ。ソール家の創始者がそれをご自身のご活躍と結びつけ、脚色なさったのでしょう」

「もしくは軍神も古代王も何らかの暗喩、でしょうなあ」

 ジェラールは拘るものの、騎士伝説は有耶無耶に流されてしまった。

 ……どういうことかしら?

 第一王女、そして国王代理という立場柄、貴族の嘘は直感で見抜ける。彼らはやり過ごせた気でいるようだが、モニカは胸の中で疑惑を膨らませていた。

 やがて会議は終わり、クリムトがまとめに入る。

「軍備の増強につきましては、このあたりで一段落としましょう。西方諸国への対応も急務ですし、国内で滞っている案件もまだまだありますので」

 ジェラールはいの一番に席を立つと、モニカとブリジットの間に割って入った。

「昼食は一緒してくれるんだろ? モニカ」

「……え? ええ」

 断るに断れず、モニカは彼の手を取る。

 そんな王子と王女の睦まじさに家臣たちは目を丸くして、ほうと頷いた。ブリジットは何か言いたげだったが、モニカに無言の視線を返され、押し黙る。

「紅茶のあとで食事だなんて……」

「きみは一口も飲んでないじゃないか。悪い子だ」

 ジェラールの手は遠慮なしにモニカの腰へとまわってきた。

 傍から見れば、恋人同士。サジタリオ帝国の王子とソール王国の王女なら、説得力もあり、目くじらを立てられることはなかった。

「外で食べたいけど、この雨じゃあね」

「庭の花壇が見える場所なら、あるわよ。ついてきて」

 モニカも家臣らの手前、ジェラールの恋人を演じるほかない。

 背中に視線を感じながら、ふたりは窓張りのテラスへ。急に昼食をここで取ることにしたため、メイドのアンナは少々おたおたとしていた。

「お待たせしてしまって申し訳ございません、モニカ様、ジェラール様」

「いいのよ。慌てないで」

 今日のお昼は焼き立てのパンに大きなソーセージを挟んだ、ホットドッグ。城下の屋台などでは定番のメニューで、モニカの要望もあって城のメニューに加わっていた。

 窓の外ではずっと雨が降っている。

「午後はまた政務室かい? モニカ。彼と……ええと、なんだっけ」

「クリムトのこと? そうよ。誰かさんのせいで仕事が終わらないんだもの」

 この雨の中、堤防まで視察に行くのかと思うと、気も滅入った。大好物のホットドッグも心なしか湿っているように感じられる。

 モニカがホットドッグに齧りつくのを、ジェラールは楽しそうに見守っていた。

「きみはB級グルメが好きなんだね」

「……B級って?」

「庶民派ってことさ。この間のホットケーキも可愛いとは思ったけど」

 その人差し指がモニカの唇に触れ、ソースを拭う。

「ついてるよ。お姫様がいけないなあ」

「あ、ありがと」

 不思議と悪い気はしなかった。

さっきも会議に散々干渉され、腹が立っているはずなのに。こんなふうに彼と穏やかに過ごすうち、モニカは嫌なことを忘れてしまう。

「はあ……全部、あなたのせいなのにね」

「うん? なんのことだい」

「気にしないで。それで……あなたは午後、どうするの?」

 急にジェラールが前のめりになって、瞳を輝かせた。

「それだよ! 実は城の主であるきみに、ひとつ許可が欲しいんだ」

 悪い気はしなかったが、嫌な予感はする。

「……なぁに?」

「二階に遊技場があるだろ? あれを、おれに少し改装させて欲しいのさ」

 ソール城の一角には王侯貴族のためのゲームホールがあった。亡き父の趣味であり、ビリヤードやダーツ、ルーレットなどが一通り揃っている。今では数少ない父の形見のひとつとして、昔のまま保たれていた。

 最近はセニアとジェラールが遊び場に使っているらしい。

「きみのお母上は了承済みでね。できれば、きみにも」

「どうかしら……お爺様はあんまり興味がないようだったし、あたしは構わないけど」

 わざわざジェラールがモニカの許可を得ようとするのは腑に落ちなかった。それこそ遊技場の改装など、誰も反対しないはず。

「王国騎士団みたいに、あなたの好きにすればいいじゃないの」

「そうはいかないよ。きみのお父上をないがしろにはしたくないからね」

 そのように父を尊重されるのも珍しかった。モニカは食事も忘れ、顔をあげる。

「お父様を……?」

「何年か前にお亡くなりになったんだろう?」

 もともと病気がちだった父は、即位の二ヵ月前、急逝してしまった。とうとう世継ぎには恵まれず、モニカを女王とするための法案が審議中となっている。

 国王になれなかった男。跡取りに恵まれなかった男。残念ながら、父の評価はそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 あの父が何を考えていたのか、今となってはわからない。娘のモニカでさえ距離を感じていたほどで、妹のセニアはすっかり忘れている。

「心配しないでくれ。お父上の遊技場を無下にするつもりはないさ」

「ええ……」

 妙なところでジェラールは律儀だった。

 しかしそれとは別に、モニカには注文をつけられる。

「そうそう。今夜は部屋に行くよ、モニカ。準備をしててくれ」

「……わかったわ」

 怖気に襲われながらも、モニカは彼の『命令』に従うしかなかった。

 

 

 その夜、メイドのアンナには調査を依頼しておく。

「今夜のうちにまたジェラールの寝室を調べておいて。お部屋にはいないはずだから」

 アンナはぽっと顔を赤らめた。

「ま、まさか、モニカ様がジェラール様をご招待に……?」

「そそっ、そういうわけじゃないのよ?」

 墓穴を掘ってしまったらしい。ジェラール王子が今夜は部屋にいないことを、モニカ王女が知っていては、当然の推測だった。

 アンナは念入りに(余計なお世話として)ベッドを調えてから、席を外す。

「それでは失礼致します」

「お願いね、アンナ」

 一端のメイドであれば、ジェラールの部屋に忍び込ませる真似などしなかった。しかしアンナには護衛としての技術も充分にあるため、頼りにできる。

あれでクリムトより強いんだものね。

 ひとりになったところで、モニカはおずおずと『支度』に取り掛かった。

 じきにジェラールが部屋にやってくる。モニカを好きにするために。

「あのひととこんな関係になっちゃうなんて……」

 彼には命令される一方で、歯痒い状況が続いた。だが、今や城の者はふたりを恋人同士とみなし、歓迎する動きまで出始めている。すべてはジェラールのてのひらの上で。

 こんな調子で本当にソール王国を守れるの? あたし……。

 不安に駆られつつ、モニカは下着を新しいものに替えた。その上からドレスを重ね、髪を櫛で梳いておく。

 それだけのことで早くも落ち着かなかった。緊張してしまい、胸が高鳴る。

 今夜ジェラールに求められようものなら、受け入れるしかないのだから。そのために自分は下着まで新調し、彼を待っている。

 男のひとを部屋で待つのって、変な気分だわ……。

九時半をまわった頃、ノックの音がした。

「……いるかい? モニカ」

「え、ええ。空いてるから、入って」

 男子禁制の区画へジェラールがこそこそと忍び込んでくる。

「きみというやつは……警備も遠ざけておいてくれよ。睨まれちゃったじゃないか」

「え? そのはずよ」

「この部屋の前にはいなかったけど。騎士団長の仕業かな」

 ブリジットの指揮のもと、城の警備は徹底的に強化されていた。騎士団の部隊編成まで口出しされている以上、これだけは譲れないのだろう。

 ジェラールがお部屋に帰ってたら、アンナが危なかったわね。

 今夜もジェラールはモニカを弄ぶつもりに違いない。しかしモニカとて、いつまでもやられっ放しではいられなかった。

 ここで彼を引きとめておけば、その間にアンナが彼の寝室を探ってくれるはず。

 ジェラールはベッドに腰掛け、寛いだ。

「今夜はもてなしてくれるんだろうね? モニカ」

「せ、急かさないで。ほら……こういうのは、順序ってものがあるでしょ?」

「ありがちな言い訳だね。まあいいさ、時間はたっぷりある」

 まごまごしながらも、モニカはあらかじめ温めておいたカップにアッサムを淹れようとする。ところが、ジェラールから『待った』が掛かった。

「コーヒーのほうがいいな」

「こんな時間に? 眠れなくなるわよ」

「夜更かしするんだから、いいじゃないか。きみもね」

 夜更かしの意味するものは聞くまでもない。そのために今夜のベッドは至極丁寧に調えられ、枕元にはルームランプまで準備されていた。

 これでは、まるで抱かれるのを楽しみにしている、素直な女。

「おれを待っててくれたんだろ?」

「……勘違いしないで」

 ふたり分のコーヒーを淹れ、モニカは彼の隣におずおずと腰を降ろした。当たり前のように肩に手をまわされ、距離が一気に近くなる。

「いいじゃないか。おれがきみを欲するように、きみもおれを欲すれば、ね」

「冗談じゃないわ。無理やり言うこと聞かせてるくせに……」

 反抗はするものの、拒絶はできなかった。今日の会合にしても、主導権はジェラールに奪われっ放しで、モニカやブリジットは指を咥えて見ていたに過ぎない。

 彼が独立を尊重する限り、ソール王国は今後も存続できる。逆に占領に踏みきれば、サジタリオ帝国に支配下に組み込まれるのは、もはや火を見るより明らかだった。

 それだけの実現力が彼にはある。

「おれのことが欲しくならないのかい? きみは」

「なりそうにないわね」

 もちろん、そんな彼に心まで支配されるつもりはなかった。モニカは顔を背け、己の矜持のためにも冷ややかな態度に徹する。

「……焦らすのが上手いなあ」

 ジェラールはモニカの髪を撫でつつ、コロンの香りを堪能した。

「ドレス姿のきみもいいけど、見せて欲しいな。メイドと買いに行ったんだって?」

「こ、この前のお店にね。アンナには誤解されちゃってるんだから……」

 力ずくで剥ぎ取られるような気配はない。それでもジェラールの手は力を強め、あたかもモニカを促すかのようだった。

 モニカのセミヌードを期待しているらしい。その欲求は純粋にも思えて、前ほど嫌悪感が働かなかった。モニカは覚悟を決め、自らドレスに手を掛ける。

「さ……最後まではなしよ。いいでしょう?」

「わかったよ。約束する」

 このような取ってつけただけの口約束、何の保証にもならない。しかしこうでも前置きしないと、勇気を振り絞ることはできなかった。

 花が咲くようにドレスが綻び、華奢な肩を覗かせる。

するとドレスにもひけを取らない、細やかなデザインのブラジャーが露になった。

 今夜の下着はピンク色を基調として、白のレースをあしらっている。まだ成長を続けている胸は、ゆとりをもって包まれていた。

 ジェラールの表情から笑みが消え、まなざしは真剣さを帯びる。

「し……下も、かしら?」

「ああ。いい子だね」

 こうも熱烈に期待されては、脱ぐしかなかった。

とうとうモニカはドレスを足元へと落とし、艶めかしい下着だけの恰好となる。

「こっ、これで……いいんでしょ?」

 恥ずかしくて、少しでも隠さずにいられなかった。胸の高さで両手をクロスさせつつ、ジェラールの熱い視線に全身を硬くする。

「いいとも。きみに無理をさせたくはないからね」

 あくまで紳士的にジェラールはモニカを抱き寄せ、耳元で囁いた。

「この気持ちをただの性欲と思われるのは、悔しいな」

「……ジェラール?」

 しかし穏やかな言葉とは裏腹に、彼の手はブラジャーの脇へと忍び寄ってくる。

「胸だけ、好きにさせてくれ。じっとしてるんだよ? モニカ……」

「え? ちょっと、待……ひあっ?」

 おへそを不意打ちされ、思わず声が出てしまった。こそばゆさとともに恥ずかしさが込みあげ、モニカの小顔はみるみると赤らむ。

 抵抗しようにも、彼に肩越しに覗き込まれては、首を振ることもできなかった。耳たぶを食まれるたび、じかに吐息を吹きかけられ、ぞくぞくとする。

「ほんとに待ってったら、んはぁ……ジェラール」

「まだまだ。これからだぞ?」

 それだけジェラールの興奮ぶりも伝わってきた。いつもの斜に構えた調子は失せて、モニカの感触に躍起にさえなっている。

 あたしなんかで、こんなに夢中に……?

 無理強いされているはずなのに、モニカの心は大いに揺さぶられた。

「柔らかいね。たまらないな、きみってやつは」

「い、いつまで触るつもり? 逃げたりしないから、放し……んふぁ」

 次は太腿へと手を這わされ、丹念に撫でさすられる。汗をかくほどではないものの、柔肌はほんのりと熱を帯び、感度を高めつつあった。

 曲線の外側に続いて、内側にも潜り込まれ、開脚のポーズを強いられる。

「脚を開くんだ、モニカ」

「で……できるわけないでしょ? そんなこと……」

 すでにモニカは羞恥で感情を荒らされ、息を荒らげていた。それでもきつく脚を閉じ、女の部分だけはガードを念入りに堅くする。

「おれの言うことが聞けないなら、おしおきだよ? それとも……こんなふうに力ずくで開かされるほうが、好きなのかい?」

「きゃあっ!」

 構わずジェラールはモニカを抱えあげ、自分の膝の上へと座らせた。そして王女の頑なな下肢を、両手でこじ開けに掛かる。

しかも目の前には姿見。モニカはみっともないM字開脚を自ら目の当たりにして、涙ぐむほど赤面した。その顔を両手で覆い、指の隙間から鏡を見詰める。

「い、いやよ、こんなの……!」

「本当は嬉しいくせに。パンツも気合が入ってるじゃないか」

 ショーツもブラジャーと同じピンク色で、レースが蝶の模様となっていた。デザイン重視のために下着としての機能は疑わしく、薄さが心許ない。

「これから夏だし、ふたりきりの時は、きみにはこの恰好でいてもらおうかな」

「じ……冗談でしょ? 恥ずかしくって、し、死んじゃうったら……」

 辱めの言葉を掛けながら、ジェラールはモニカのあられもない有様を眺めていた。モニカ自身にも見せつけるように抱えなおしては、意地悪な調子で囁く。

「いいのかい? 無防備にしてたら、おれがここに……」

彼の左手がするりと太腿をすり抜け、ショーツへと迫ってきた。おへそを下へとなぞるコースで、今にも『侵入』を始めそうになり、初心なモニカを動揺させる。

「あっあなた、さっき、最後まではしないって」

「しないさ。でも、触らないとは言わなかっただろ」

 モニカのほうはもはや真っ赤な顔を押さえるどころではなかった。慌てて右手も左手もショーツに急行させて、乙女の守りに徹する。

「だめよ! こ、ここだけは……」

「へえ。『ここ』って?」

 またしても意地の悪い返しをされ、悔しかった。王国令嬢の代表でもある第一王女が、そのようなもの、知っていたとしても言えるはずがない。

 そうやってモニカの動きを封じつつ、ジェラールはブラジャーへと手を掛けた。

「ちゃんと庇ってないと、すぐそっちを触るからね? それじゃあ……」

「っひあ? まさか、あなた」

 脚は閉じることができたものの、彼の悪戯から胸を逃がせない。肩紐を一本ずつずらされ、柔らかな膨らみがふたつとも零れ出る。

「み……見ないでぇ……」

 羞恥に耐えきれず、とても声にならなかった。

ブラジャーに代わり、彼のてのひらでじかに包まれ、楽しむように揉みしだかれる。

「触ってみると、見た目以上に大きいんだな。どうだい? モニカ」

「やめっ、強くしないで……あっ? ちょっと……!」

 桜色の突起を指で挟まれ、軽く牽引されただけで、甘い痺れが走った。回数を重ねるにつれて双乳は汗ばみ、コロンのものではない中毒性の香りを放つ。

身じろいだところで、悩ましげな仕草にしかならなかった。乙女の抵抗はマゾヒスティックな色気となり、ジェラールの興奮を煽ってしまう。

「いい声で鳴くじゃないか。もっと聞かせてくれ」

「んっ? はあ……ぅくう!」

 声が甲高くなっているのを自覚し、ますますモニカは羞恥に荒れた。唇を噛んで、我慢の姿勢に力を込める。

 不意にショーツの中で違和感を覚えた。

 ……え? こ、これって……。

秘密の部分が綻び、意味深な蜜を滲ませる。それが何を意味するのか、モニカにはわからなかったものの、うら若い身体はより感度を高めた。

「隙だらけだね、モニカは」

「そ、そんなこと……もぉやめてったら」

 拒絶の言葉さえ色を帯び、我ながら甘えるような調子にも聞こえる。

「……可愛い子だ」

 そんな身体の変化に戸惑ってばかりいると、虚を突かれた。裸乳を鷲掴みにされるとともに唇を塞がれ、モニカは瞳を強張らせる。

「んんむっ?」

突然のキス。しかし何をされたのか、すぐにはわからなかった。

 ジェラールのキスはあくまで優しい。無理に唇の中へと割り込むようなことはせず、合わせ目から湿った吐息を漏らすだけ。

 その一方で愛撫は執拗になり、突起を弾かれもした。

「――んああっ? そ、そこ、しちゃ……!」

モニカは彼にもたれるようにのけぞって、キスで止まっていた分も息を荒らげる。

 身体は火照り、太腿の内側はべっとりと汗ばんでいた。さっきのキスで完全にリードを奪われ、ジェラールの言いつけに反抗できない。

「らしくなってきたじゃないか。今度は立って、鏡に手をつくんだ」

「ど……どうする気よ? あたしは、嫌に決まって……」

 そう言いながらも、モニカは半ば朦朧としていた。命令通りに姿見で両手をつき、背中越しに振り向いて、意地悪な彼を待つ。

 予感はあった。なのに、まともな抵抗の手段を思いつかない。

「じっとしてるんだぞ?」

「やっ、ほんとにそこは……ひゃあっ?」

 いよいよジェラールの手はショーツへと差し掛かり、侵入を始めてしまった。背中の筋を下へとなぞりつつ、ピンク色の薄生地に潜り込む。

 お尻の谷間を降っていく感触があった。

「だ、だめなの! お願い……はあっ、ジェラール……それだけは許して?」

たまらずモニカは姿見に双乳を押しつけ、いやいやと悩乱する。そうまでして拒絶した甲斐があったのか、ようやくジェラールの手が止まった。

「そんなに嫌かい?」

「え、ええ……」

 慰めるかのように頬にキスをされ、抵抗の気力を削がれる。

それでもモニカが必死に身体を強張らせていると、ジェラールはショーツから手を抜いてくれた。モニカの髪を撫で、耳たぶを食む。

「しょうがないなあ。けど、これは『おしおき』なんだよ、モニカ。おれを出し抜こうとした、ね。……入ってきなよ、きみ」

 おもむろにドアが開いた。思いもよらない人物が現れ、モニカを驚愕させる。

「嘘でしょ? まさか……」

「……申し訳ございません、モニカ様。わたくし……」

 それはメイドのアンナだった。ただし両手を手前で縛られている。

 ジェラールは勝ち誇るように嘲笑った。

「こんな子におれの部屋を調べさせようだなんて、きみも酷いじゃないか。前回は見逃してあげたけど、さすがに二度目はね。本当に残念だ」

 モニカたちの作戦は筒抜けだったらしい。以前の調査にしても、帝国の王子に踊らされただけのようで、モニカ王女は敗北を悟らざるを得ない。

「あ、あなたというひとは……」

「捕まえてくれたのはセリアスだよ。きみら素人じゃ、彼には敵わないさ」

 アンナは半裸のモニカを一瞥し、気まずそうに目を逸らした。

「……………」

 モニカとジェラールが合意のうえで逢瀬に耽っているわけではないことにも、気付いたのだろう。モニカは胸を隠すも、疑惑の空気が立ち込める。

「メイドの悪戯は雇い主の責任だ。だから、おれはきみにおしおきしなくてはならないんだよ。わかるかい? モニカ」

 どうあってもジェラールは『おしおき』と称し、モニカへの責めをエスカレートさせるつもりでいた。ここで歯向かえば、アンナまで巻き込むことになる。

「……アンナだけは解放してあげて。あたしの命令でやったことなんだから」

「それは構わないさ。罰はきみが受けるんだ」

 ジェラールはあっさりとアンナの拘束を解いた。

「ただし……アンナ、きみがおれに代わってモニカにおしおきするんだよ。いいね」

「え? わ、わたくしが……?」

 モニカもアンナもぎょっとして、ジェラールの涼しげな表情を見上げる。

「きみができないなら、おれがやる。さっきの続きをね」

 その脅しひとつでモニカの心は竦んだ。ショーツの中にまで手が入ってきたのだから、次は何をされるか、乙女には想像することさえ憚られる。

「きみ次第だよ。アンナ」

「わたくしの……で、ですけど、そんなこと……」

 一転してアンナは板挟みの状況に立たされた。ジェラールの命令に従わなければ、敬愛する王女を辱められる。かといって、その手で王女をいたぶれるはずもない。

 しかしモニカには選択の余地もなかった。ジェラールより彼女に責められるほうがましなのは当然のこと、自分のために大切な親友を苦しめたくない。

「ジェラールの言う通りにしてちょうだい、アンナ。あたしのことは心配しないで」

「モニカ様っ? い、いけません! もっとご自身を大切に……」

 戸惑うアンナの前で、ジェラールはモニカのショーツに手を掛けようとした。

「だったら、そこで見てなよ。モニカがおれのものになる決定的瞬間をさ」

 主君の危機を目の当たりにして、アンナは蒼白になる。

「おぉ、お待ちください! し……承知致しました。わたくしがジェラール様の代わりを務めますので、どうか、モニカ様へのお手出しは」

「聞き分けのいい子だ。こっちにおいで」

 モニカはベッドへと転がされ、その後ろをアンナが取る形となった。四つん這いとなったモニカのお尻を見下ろし、ジェラールがアンナに囁きかける。

「犬みたいだろ? きみが躾けてやれ。ぶってやるんだ」

「わ、わたくしはモニカ様のメイドでございます! そのようなことは決して」

「あれ? じゃあ、おれがぶっていいのかな」

 その一言にアンナはぎくりとした。

モニカは腹を括り、彼女のためにも、恐る恐るお尻を差し出す。

「いいから、やって? は、早く……」

「モニカもお待ちかねだよ。さあ」

 モニカに促され、ジェラールに急かされて、ようやくアンナは手を振りあげた。けれども王女のお尻をぶつにぶてず、弱々しく触れるだけ。

 早くもジェラールが業を煮やす。

「もっと強くしないと。これくらいに、ね!」

 アンナのものより大きな手が、しなりも利かせてモニカのお尻をぶった。

「ひぎぃっ?」

 ばちんと強烈な音を立て、痛みが走る。反射的にモニカはしゃくりあげ、両腕を伸びきらせた。それを二発、三発と続けられるたび、視界が真っ白に瞬く。

「あうっ! や、やめ……あひぃ!」

「おやめくださいっ! やります、わたくしがやりますから!」

 四発目を振るおうとしたジェラールの腕を、アンナがしがみついて止めた。男性の乱暴な振る舞いに怯え、涙を浮かべながらも、モニカだけは健気に守ろうとする。

「次はないよ。わかったね」

「……はい」

 今ほど悔しい思いはしたことがなかった。モニカはシーツを掴んで、屈辱に震える。

 よくもアンナを……! こんな子に怖い思いさせて!

 そんなモニカの真後ろで、アンナは今度こそ右手を振りあげた。躊躇のせいか、一拍の間を置いてから、その手をついに振りおろす。

 ジェラールの平手打ちにも負けないほど、ばちんと大きな音が弾けた。

「へああぁあッ?」

 痛みが引きつつあったお尻をぶたれ、モニカは腰で跳ねる。ジェラールにぶたれた分でお尻が一時的に引き攣り、敏感になっていたらしい。

「もう一回だよ。ほら」

「申し訳ございません、モニカ様……!」

 さらに一発、もう一発と叩きつけられ、意識が飛びそうになった。

お尻には赤い手形がくっきりと浮かびあがる。さしもの王女も息を乱し、四つん這いの姿勢さえ保てずに突っ伏した。

「はあっ! んあ、あはぁ……も、もうやめ、てえ……」

 感度が高まりすぎたのか、ショーツが食い込むようにも感じられる。唇の中には涎がなみなみと溜まり、余計に息が苦しくなった。

王女のお尻を打ちのめしてしまったことに耐えきれず、アンナは嗚咽を漏らす。

「わたくしはなんてことを……ひっく、モニカ様、本当にもうひわけ……!」

 にもかかわらず、ジェラールはまだ満足しなかった。今にも泣き崩れそうなアンナに何やら耳打ちして、彼女を戦慄させる。

「なっ? そ、そのようなこと、できません!」

「それで終わりにしてあげるよ。できないなら、できるまでぶたせる」

 彼はメイドに有無を言わせず、冷酷な脅迫を続けた。

「そういえば、きみはモニカから聞いてるのかい? 彼女はおれの奴隷となったのさ」

「ど……奴隷、ですか?」

「そうとも。ソール王国の独立を尊重しろ、という条件でね」

 誰にも打ち明けていない秘密を、とうとう暴露される。アンナと目を合わせず、モニカはシーツを握り締めるほかなかった。

 アンナを巻き込むつもりなんて、なかったのに……。

 自分だけが犠牲になるならまだしも、親友まで毒牙に掛けられつつある。モニカを追い込むためにも、ジェラールはメイドのアンナにさえ容赦しないだろう。

「よく聞くんだ、アンナ。……………」

 ジェラールに何かを吹き込まれ、アンナは驚きの色を浮かべた。そして再びモニカの後ろを取り、ごくりと固唾を飲む。

「……アンナ?」

「お許しください、モニカ様。わたくしには……こうするしかないんです」

 思わぬ奇襲を受け、モニカは突っ伏したままでも背中をのけぞらせた。ショーツの中に彼女の手が入ってきたらしいことに動揺し、声を震わせる。

「ちちっ、ちょっと? あなた、何をして!」

「おれの命令に従っただけのことさ。さあ……やるんだ、アンナ」

 頬を染めつつ、アンナは手首を返した。その指先――おそらく中指と薬指がショーツの裏側で侵入を深め、モニカの乙女をこじ開けてしまう。

「へあぁあっ? そ、そこは……!」

 間違ってもひとに触られてはならない部分が、密かに綻んだ。

アンナの指が粘っこい蜜をかきだしながら、徐々にモニカを暴いていく。

「せ、僭越にございます。モニカ様、どうかお許しを……」

「違うったら! 許して欲しいのは、こっちで……あっ? うあぅ?」

 最初は違和感でしかなかったものが、はっきりとしてきた。アンナに指を繰られるだけで、俄かに痺れが生じ、脚を閉じきることもできない。

 モニカは人差し指を噛んで、責めに耐える。

「どうして……はあっ、身体が?」

「アンナに教えてもらうといい。女としての感じ方を、さ」

 全身が過熱し、玉の汗まで流れ出した。柔肌はますます感度を高め、ジェラールの視線にさえも刺激として感じつつある。

 アンナは慣れた手つきでモニカの秘密を拡げ、かき混ぜた。同性だからこそ、モニカの耐えられないところを知り尽くしているようで、痺れは一向に止まない。

「モニカ様、その……気持ちはよろしいでしょうか?」

「何言ってるの? アンナ、こんなの……へあっ、き、気持ちいいわけぇ……!」

 認めたくはないが、これが快感なのかもしれなかった。少しでも刺激が遠のくと、無性なほどにもどかしさが募って、しきりに喉が渇く。

 そうして焦らされたうえで、刺激をもたらされると、無意識のうちに声が色めいた。

「あはぁ? だ、だめよ……そんなふうに、はあっ、しちゃあ」

「随分とよさそうじゃないか、モニカ。やっぱりきみはマゾ王女なんだね」

 罵られたとわかっていても、反論の余裕がない。乙女の部分をメイドに弄ばれ、それこそマゾのように悶えるばかり。

 前方にジェラールがまわり込んできて、モニカの顎を掬い取った。

「正直になってごらん? きみは今、気持ちいいんだよ」

「ち、ちが……あたしは、んぅぐ?」

 またも唇を塞がれ、今度は舌まで絡め取られる。

 呼吸を妨げるようなキスに溺れながら、モニカはアンナの責めにも喘いだ。身体の二ヵ所が淫猥な水音を奏で、マゾヒスティックなムードを盛りあげる。

「いい子だ。そのまま……」

 キスのせいで、彼の瞳を覗き込むとともに、自分の瞳を覗き込まれた。乱暴なおこないとは裏腹に、そのまなざしに深い愛情を感じ、身も心も蕩かされそうになる。

 ジェラール、あなたは一体……?

 ついには頭の中が真っ白に染まってしまった。

「へあっむ、も、もぉらめ……らめぇええええっ!」

 前方のキスに悶えつつ、モニカは後ろから恍惚感に打ちあげられる。

 気持ちいい――いつしか身体は快感に震えていた。激しい絶頂の波が引くと、倦怠感に襲われ、くたっと虚脱する。

「はぁ、はあ……んっ? あ、はあ……」

 涎にはジェラールのものも混じっていた。しかし、それを嫌悪するだけの気力は残っておらず、嚥下もできない。身体じゅうが汗だくで、頭は熱っぽくなっていた。

「可愛かったぞ、モニカ。約束通り、アンナは解放してあげよう」

 ジェラールはもう一度だけキスをして、モニカから離れる。

 ショーツはびっしょりと濡れ、アンナの手もぬめ光っていた。アンナはそれを拭おうとせず、さめざめと泣き出す。

「どうしてこんなことに……ひぐっ、申し訳ございません、モニカ様……!」

「それじゃあ、おれは退散するよ。またね、モニカ」

 しかしジェラールは慰めの言葉も掛けず、すたすたと部屋を出ていった。汗みどろのモニカと、泣きじゃくるアンナだけが残される。

 ごめんなさい……あたしのせいで、本当にごめんなさい、アンナ……。

 モニカの瞳から一筋の涙が零れた。

 国王代理となってから、泣かないと誓ったはずなのに。

 

 

 翌朝になっても身体じゅうに倦怠感が残っていた。

昨夜は強制じみた快楽に疲れ果て、そのまま眠ってしまったらしい。いつの間にやらネグリジェを着ているのは、メイドが替えてくれたから、だろうか。

 アンナは壁際で頭を垂れ、佇んでいる。

「お……おはようございます、モニカ様……」

「……ええ」

 いつものように『おはよう』などと返せなかった。命令したのはジェラールとはいえ、モニカの初心な身体を弄んだのは彼女。

 どうして……この子、あんなふうにやるって知ってたの?

 あたしが知らないだけ?

 あの『快感』を思い出すだけで、また疼きそうになった。一国の王女にあってはならない、いやらしい遊びを、この身体は憶えてしまったのかもしれない。

「すぐに朝食をお持ちしますので」

 アンナは他人行儀に礼ばかり尽くし、退室していった。

 昨夜の凌辱はモニカを辱めただけではない。アンナとの友情をもないがしろにされ、ずたずたにされてしまった。彼女はジェラールに脅され、恐怖したに違いない。

 そしてモニカを淫猥な方法でいたぶり、姫とメイドの朗らかな関係は破綻した。モニカにしても彼女との適度な距離感を掴みきれず、顔を会わせるのが苦しい。

 ジェラールのせいよ! 何もかも!

 悔しさのあまり、モニカは枕をベッドに叩きつけた。

 今後もジェラールの悪ふざけはエスカレートするだろう。いずれはアンナのみならず、妹やブリジットまで巻き込まれるかもしれない。

 そんな憤怒や悔恨に駆られていると、窓のほうから妙な音がした。

「……?」

最初は風かと思ったが、ノックのつもりで誰かが窓を叩いているらしい。

 モニカは顔をあげ、その人物に目を点にした。

「あなたはセリアス?」

「すまない、王女。少し開けてくれ」

 窓を開けても、セリアスが部屋に立ち入ることはなかった。身を隠しながら、カーテン越しに情報だけ教えてくれる。

「やはりレオン王は生きているようだぞ。王家の血は策謀に欠かせんらしい」

「なんですって?」

 モニカは片手で口を覆いながらも、セリアスの言葉に耳を傾けた。

「言い換えれば、お前やセニア姫も狙われかねん、ということだ。俺がいない時は絶対にひとりになるなよ。妹にも言い聞かせておけ」

「あ……ちょっと? 待って!」

 伝えるだけ伝え、彼はベランダから軽やかに降りていく。

 モニカのもとには驚愕の事実が残された。

「お爺様が生きて……?」

 レオン王は健在だが、どこかに幽閉されている。それは王家の血に何らかの利用価値があるためで、セリアスは軍神ソールの伝説にこそ秘密があると睨んでいた。

 先日の会議でも、ジェラールは騎士伝説に興味を示した。ところが、貴族たちは申しあわせていたかのようにこれを否定し、一笑に付している。

「軍神ソールは眠ってるんだわ。王国のどこかで」

 戦慄とともにモニカは我が身をかき抱いた。

 大地を切り裂くほどの圧倒的かつ驚異的な力が、このソール王国に隠されている。それを『軍事力』とすれば、不埒な連中が欲するのも道理だった。王国騎士団の半ば解体じみた再編成にしても、軍神ソールを運用するための下拵えかもしれない。

 じゃあ、ジェラールも軍神を狙って……?

軍神と古代王の復活に必要とされているのは、王家の血。おそらくそのために祖父は拉致され、孫娘のモニカとセニアにも何かしらの利用価値が認められていた。

セリアスはその企みを食い止めるべく動いているのだろうか。少なくとも、彼はモニカに貴重な情報を提供してくれた。

「……守らなくっちゃ」

モニカは意を決し、朝食のあとはジェラールのもとへ。

 

 サジタリオ帝国の王子にもかかわらず、彼はソールの城で悠々自適に寛いでいた。

「こんなに朝早くから、おれに会いに来てくれるなんて、嬉しいね」

「相談したいことがあるの」

 ソール王国の王女として、この交渉だけは成功させなくてはならない。ドレスを握り締め、モニカは精一杯の言葉を絞り出した。

「あたしのことはあなたの好きにしていいわ。だから――」

 話を聞き終え、ジェラールは不敵にはにかむ。

「なるほどね。それは構わないけど」

 その手がモニカの頬に触れ、少しずつボディラインを降っていった。ドレス越しに美乳で指を立て、モニカに『奴隷』の立場をよりストレートに自覚させる。

「ただし、次はきみがおれを満足させるんだ」

「……あたしが?」

「ああ。でないと、誠意が感じられないからねえ」

モニカの選択肢は限られていた。

 サジタリオ帝国の王子とソール王国の王女の力関係はすでに決している。そのうえでモニカが彼に頼み事をするのだから、彼の要求は受け入れざるを得ない。

「本当はオレなんかに頼りたくないんだろ? ソールの姫は気丈でいらっしゃるからな」

「挑発には乗らないわよ。あなたも皇族の矜持に懸けて、誓ってちょうだい」

 ジェラールの奴隷となること。

女ではなく一匹の牝となって、彼を楽しませること。

 いずれ彼とは愛のないセックスを――。女としての幸せは諦めるしかなかった。

 

 

 週末、妹のセニアはまだ困惑していた。

「お姉様……本当にわたしだけ、サジタリオ帝国へ?」

「ええ。」

 すでに帝国の馬車は準備を終え、城門の向こうでセニアを待っている。突然の別れには家臣らのほか、ブリジットも集まり、モニカに異論をまくし立てた。

「今一度お考えなおしくださいませ、モニカ様! セニア様を帝国に預けるなど……」

「城下の民も動揺しますぞ。いくら同盟関係にあるとはいえ」

 とりわけブリジットはジェラールの前でも遠慮せず、はっきりと言ってのける。

「これでは人質も同然です! 姫様!」

 しかしモニカ王女は周囲の反対を意に介さず、妹の頭を撫でた。

「関所まではジェラールが送ってくれるわ。帝国でもいい子にするのよ」

「お、お姉様……」

 幼いセニアなりにも事情を察してはいるのだろう。

ソール王国の第二王女が母と姉のもとを離れ、サジタリオ帝国に滞在する。それはブリジットの言葉通り『人質』を意味した。

「姫様、これではあまりにも」

「お母様も了承したことなの。ブリジットも抑えて」

 やがてセニアは渋々と馬車に乗り、ジェラールの帝国軍とともに城を発つ。ブリジットは屈辱に震えながら、それを見送っていた。

「なんたることだ……セニア様の御身が帝国の手に……!」

 モニカとて妹の明日を思うと、不安で胸が張り裂けそうではある。

 その一方でセリアスはまんじりとせす、モニカに慰めの言葉を掛けた。

「あれでいい。王国にいるよりは安全だろう」

 レオン王が拉致されたのは一年前。これはソール国内の何者かが企て、おそらく軍神を軍事力とするため、水面下で着々と計画を進めてきた。

だが、その計画はジェラールの介入によって変更を余儀なくされたはず。本当の敵はジェラールの動向に焦り、今に手段を選ばなくなる可能性が高かった。

 祖父の話の通りであれば、王家の血は大量に必要となる。最悪、レオン王とモニカ、セニアのうちの誰かが謀殺されるかもしれなかった。

 敵の正体がわからない以上、まだジェラールに預けるほうが安全と言える。

「あたしにもっと力があったら……」

 そう漏らすと、セリアスは肩を竦めた。

「信頼できるのは、自ら鍛錬で得た力だけだ。そうでないものは破滅をもたらす」

「経験があるみたいね。あなたはあたしの味方なの? 敵なの?」

「……俺としたことが、しゃべりすぎたな」

 六月の雨季も明けた朝。

 ソール王国に穏やかではない夏がやってくる。

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