ダーリンのおぱぁい大作戦!

第2話

 四月の春が来た。

 ケイウォルス学園高等部のブレザーを、やや大きめに感じる。真井舵輪は無事に高等部への進学を果たし、新しい一年を迎えようとしていた。

 同じく五月道澪も今日から高校生となる。

「忘れものはありませんか?」

「そんなに持っていくもんもないって。生徒手帳だって、まだなんだし」

 寮の前で輪は彼女と合流した。実際は年上のせいか、澪のブレザーは決まっている。

「それもそうですね。……と、ネクタイ、曲がってますよ」

「あぁ、ごめん」

 ネクタイの歪みは澪になおしてもらえた。それがくすぐったくて、胸が高鳴る。

(なんだか新婚夫婦みたいだなあ。へへっ)

 中等部では半年ほど、彼女と一緒のクラスだった。クラスメートらには交際を疑われ、半ば公認のカップルとされている。

 上の階から閑が降りてきた。

「いよいよ入学式ね。ふたりとも、いってらっしゃい」

「おう!」

 輪は今朝一番のガッツポーズで応える。

「で……みんなは来ないのか」

「わたしと沙織は部活の勧誘に行くわよ。式が終わった頃を見て、ね」

「遅れちゃいますよ、輪くん。そろそろ……」

 二年生となった閑に見送られ、輪と澪は学園を目指した。

 桜は先週がピークだったようで、並木道の脇は花びらで埋もれている。それでも、どことなく春の香りがして、穏やかでいられた。

「五月道は部活とか、考えてんのか?」

「はい。実は……高校生になったら、やってみようかなって」

 隣の澪も春の風に触れ、長い髪を波打たせる。

 今朝のケイウォルス学園は新入生で大いに賑わっていた。講堂の前の掲示板にはクラス分けが張り出されているらしい。

 ひょっとすると、また澪と同じクラスという可能性もあった。

「オレたちは何組かな? 見に行こうぜ」

「確か、四組は男の子だけなんです。輪くんはそっちじゃないですか?」

 素っ気ないことを言いながら、澪は傍を離れようとしない。その横顔はありありと淡い期待を孕んでいた。

(そうだよな。同じクラスになりたいのは、五月道も一緒で……)

 そわそわしたものを胸に抱き、輪もクラス分けを眺める。

「……うそっ!」

 いきなり澪が歓喜の声をあげた。『うそ』という言葉の割に、ステップも弾む。

「あたしは三組で、輪くんは一組です! よかったぁ」

 クラスが違うのに感激され、輪は目を点にした。

「え? よ、よかった……?」

「はいっ! これで輪くんと噂されることも、なくなりますから」

一方、澪は満面の笑みを咲かせて、解放感を満喫する。

「それじゃ、輪くん、一組で頑張ってください。うふふっ!」

「へ……? あ、あのぅ、五月道さん……?」

 真井舵輪の春は五分ほどで終わった。

 中学時代の友人が、ケイウォルス学園のブレザー姿で駆け寄ってくる。

「よう、真井舵! おれたち、同じ一組なんだってよ。これからよろしくなー」

「あ、ああ……高井か」

「なんだよ? その残念そうな反応は……そりゃ、お前は自慢の彼女と一緒がよかったんだろーけどさあ。……で、噂の彼女は?」

 高校生になろうと、輪の日々は中学の頃と大差ないらしい。

「彼女なんているわけねえだろ」

「ど、どうした? なんで落ち込むんだよ、入学式に」

 真井舵輪、高校一年生。

 女の子のパンツを頭に被ったことはあっても、手を繋いだことはなかった。

 

 

 学園の地下に秘密裏に存在する、ARCのケイウォルス司令部。

 入学式のあと、第四部隊の面々は愛煌=J=コートナーから召集を受けた。上級生の閑や沙織も部活の勧誘を切りあげ、合流する。

「おめでとう、輪、澪。クラスは一緒なのかしら?」

「ええと……オレは一組で」

 入学式の報告をしているうち、司令官の愛煌が哲平とともに降りてきた。

「待たせたわね。生徒会のほうが長引いて」

 輪たちは世間話をやめ、自分の席で姿勢を正す。

「急に呼び出して、どうしたんだ?」

「輪と五月道が正式に高等部の生徒になったから。改めて第四の編成をデータに起こすついでに、あなたたちにもおさらいを、と思ったの」

 哲平はオペレーターの定位置につくと、慣れた手つきでキーを叩いた。

「ミーティングの成果ってやつも、上層部に報告しないといけないんですよ。申し訳ありませんが、少しだけお付き合いください」

「もちろんよ。ね、みんな」

 皆が眺めるスクリーンに、メンバーの詳細なデータが表示される。

 

 一之瀬閑、二年二組。イレイザーのクラスはヒーラー。レベルは18。

 ヒーラー系のスペルアーツの習熟度は六十パーセント。詠唱はやや遅いが、効果は安定している。攻撃系のスペルアーツも可能で、その属性が『光』であることは貴重。

 スキルアーツはレイピアの『ジェダイト』。武器としては護身用のもの。特性として、ヒーラー系のスペルアーツを一時的にブーストさせることができる。

 

 イレイザーとしてはまだまだ未熟な輪は、首を傾げる。

「ヒーラーが攻撃スペルも使えるってのは、そんなに珍しいのか?」

「それもあるけど、ここにも書いてある通り、光属性というのが大きいわね。大半のレイは光を弱点にしてるから」

 愛煌の説明を、黒江がざっくばらんに噛み砕いた。

「悪霊退散ってふうに、巫女とか、エクソシストがやる感じ」

「なるほど。なんとなくイメージできたぜ」

 当の閑は謙遜する。

「わたしが単発で撃っても、大したダメージソースにはならないわよ。澪がほかの属性で戦ったほうが、ずっと強いもの」

「だからこそジェダイトを使って、グランドクロスまで威力を高めるんですわ」

 他人の評価には厳しい沙織でも、閑の実力は素直に認めていた。

 続いて沙織のデータが映し出される。

 

 三雲沙織、二年三組。イレイザーのクラスはパラディン。レベルは19。

 パワータイプの前衛でありながら、守備の面にも優れている。長らく低レベル帯での足踏みが続いていたが、最近の成長ぶりには目を見張るものがある。

 スキルアーツはハルバードの『ニーズホッグ』。大型の武器のため、取り扱いに難はあるものの、一撃の破壊力はトップクラス。特性として、防壁を張ることができる。

 

 ここでも輪は首を傾げずにいられなかった。

「なあ……イレイザーの『クラス』ってやつは、なんだ?」

「そうね。あなたもじきにレベル10になるんだし、知っておくべきだわ」

 愛煌に指示されるまでもなく、哲平がスクリーンにイレイザーの分類図を表示させる。

「スペルタイプにはマジシャン、ヒーラー、スカウトとあるように、スキルタイプにも便宜上、いくつかのパターンがあるんです。例えば、愛煌司令だとスナイパーですね」

「レベルが一桁のうちは単なるアタッカーってだけだよ、ダーリンちゃん」

「へえー。レベル10で認定されるってわけか」

 自分のことだけに、楽しみになってきた。

「順当に行けば、ソルジャーあたりが妥当でなくて?」

「それはレベルが上がってから決めることよ。次にいきましょうか」

 全員の視線がスクリーンへと戻る。

 

 二景黒江、二年二組。イレイザーのクラスはスカウト。レベルは22。

判断力に長け、不測の事態に陥ろうと、手堅い作戦を立案できる。

 スカウト系のスペルアーツの習熟度は八十パーセント。詠唱の速度が非常に早い。

 スキルアーツは大砲の『グラシャラボラス』。射程の長さと貫通力に優れる。しかし充填に時間が掛かるのがネック。ターゲットに命中させることで、攻撃力や守備力などを大幅にダウンさせる特性を持つ。

 

 輪の率直な疑問にも、今日の愛煌は丁寧に答える。

「閑や沙織よりレベルが高いのに、リーダーじゃないんだな」

「リーダーは性格を鑑みて決めたのよ。黒江じゃ声が小さくて、口数も少ないから、指揮には向かないでしょうし。第四は癖の強いのが揃ってるから、無難なとこで、ね」

「それで閑なのか。ふーん」

 リーダーの選出についてはすんなりと飲み込めた。

 前衛の沙織や優希よりも、後衛の面々のほうが状況を幅広く把握できるだろう。しかし愛煌の言う通り、黒江ははきはきと号令をくだせるタイプではない。また、澪では強情さが災いして、何につけても我を通す気がした。

 優希が椅子にもたれ、自信を覗かせる。

「ねえねえ、ボクはどんな感じなの? 愛煌ちゃん」

「じゃあ、次は四葉を確認するわよ」

 スクリーンに優希の、高校二年生にしては少し幼い顔立ちが映った。

 

 四葉優希、二年一組。イレイザーのクラスはフェンサー。レベルは17。

 本人がスポーツ万能であることから、スピーディーなバトルスタイルを得意とする。

 スキルアーツはナックルの『ファルシオン』。近接戦闘においては、手数の多さとフットワークの軽さによって、抜群の性能を発揮する。しかしロングレンジでは無力。敵のスペルアーツの詠唱を妨害する特性あり。

 

 優希の目が点になる。

「……あれ? ボクのレベル、まだ17のまんま?」

「前から遅いわね、あなたのレベルアップだけ。まあ、あくまでARCからの暫定的な評価ってだけだし、気にすることもないわ」

 輪は納得するように腕組みを深め、頷いた。

「スキルアーツに特性があるなんて、あんまり意識してなかったなあ……。五月道のがスペルアーツを同時にふたつ使えるってのは、知ってるけど」

 話題に挙がった澪が、表情を曇らせる。

「あの……愛煌さん。今回のデータにまさか、例のことは……?」

「心配しないで。無神経に個人情報をひけらかすような真似はしないから」

 五人目、澪のデータが公開された。

 

 五月道澪、一年三組。イレイザーのクラスはマジシャン。レベルは25。

 第四部隊ではイレイザーのキャリアがもっとも長い。

マジシャン系のスペルアーツの習熟度は九十パーセント。詠唱、威力ともに優秀で、長期戦をこなせるだけの持久力もある。

 スキルアーツはかなり特異なもので、名は『セイレーン』。五月道澪と同時に、まったく別のスペルアーツを唱えることができる。この特性により、合成スペルも可能となる。ただし、本人の魔力の消耗も二倍となってしまうため、乱用はできない。

 

 澪のデータには哲平も感心した。

「やはりセイレーンの特異性が目を引きますね。パーティーにマジシャンがふたりいるのと同じなわけですから」

「問題はどう魔力をやりくりするか、ね……発想次第でもっと強くなるはずだわ」

 澪はほっとした様子で胸を撫でおろす。

「ありがとうございます」

 これで第四部隊の女の子らは全員、データを開示済みとなった。最後に残った輪は、両手の指を捏ねくりまわして、そわそわとする。

「……で、オレは?」

「ちゃんと用意できてるったら。見せてあげなさい、周防」

 いよいよ輪の評価が明るみになった。

 

 真井舵輪、一年一組。イレイザーのクラスはアタッカー(仮)。レベルは9。

 未だアーツに適応できておらず、戦力としては並み以下。スキルアーツは普段、汎用タイプの大型剣を使用している。何ら特性を持たず、威力も低い。

 しかし本人固有のスキルアーツ『パンツエクスタシー』は規格外のポテンシャルを秘めている。女性イレイザーの下着を身に着けることで、その持ち主と同じ系統のアーツが使用可能となるらしい。効果はまだ不透明な部分が多く、さらなるテストが必要である。

 幸い、第四部隊は女性イレイザーで編成されている。ここでパンツエクスタシーの性能を吟味しつつ、真井舵輪のレベルアップを図りたい。

 

 女子一同の非難めいた視線が輪へと集中した。

「パンツエクスタシーだなんて……恥ずかしくないんですか?」

「名前をつけたのはオレじゃねえよ!」

 悲痛な叫びが司令室に木霊する。

「オレだって、好きでこんな、奇想天外なスキルアーツを選んだわけじゃ……」

「はいはい。変態を責めるのはあとにして」

 愛煌は肩を竦め、淡々と付け加えた。

「パンツエクスタシーの性能テスト、とりあえず一之瀬と五月道は済んでるわ。それから二景も、だったわね。あとは三雲と四葉の前衛コンビだけど……」

 貞操の危機を察したらしい沙織が、我が身をかき抱く。

「お、お待ちになって? 輪さんに……パ、パンツを渡すなんてこと」

「ボクもやだなあ……使用済みじゃないといけないんでしょ」

 優希も苦い表情で、言葉に躊躇いを込めた。

 女性隊員に『穿いているパンツを出せ』など、セクハラの度を超えている。それでも真井舵輪のパンツエクスタシーは実用性の面で大いに期待されていた。

 パンツ次第で、真井舵輪はあらゆるクラスのイレイザーへと即座に転身できる。現に閑のパンツを被った時は、ヒーラー系のスペルアーツを行使した。澪のパンツなら、ブロードソードを炎で包むといった芸当までこなせる。

 愛煌=J=コートナーは司令官として、きびきびと言い放った。

「三雲と四葉のパンツだと、どうなるか、データが欲しいの。恥ずかしいのはわからなくもないけど、一之瀬や五月道も我慢してるんだから。今週中には用意しなさい」

 前衛のふたりは顔を見合わせて、溜息を重ねる。

「はあ……了解しましたわ」

「しょうがないね。なるべく無難なやつを渡すしか」

 黒江がぼそっと呟いた。

「……今夜は誰ので、すーはーくんかくんか?」

「んなことしねえって! お……おい、閑? 真に受けないでくれ!」

 慌てふためく変態を、閑がじとっと睨む。

「輪だって男の子だものねぇ」

「ケダモノですよ。こんなスキルアーツを発明して……普段から何を考えてるんだか」

「オレの話も聞いてくれって! みんな~!」

 高校生になっても、三流のパンツハンターとして、苦悩の日々は続くらしい。

 

 

 高校生になって、半月が過ぎた。

 新しい生活のリズムには慣れてきたものの、頭を抱えずにいられない。

「だから、昨日も司令部に来いって言ったじゃねえか」

当の問題は先週、映画館で出会った、新米イレイザーの指導だった。同じ一年一組で、名前は御神楽緋姫。イレイザーのタイプは一応、マジシャンで登録してある。

 これが根っからの問題児で、手を焼いた。

「手続きなら、ちゃんと済ませたじゃない。カイーナが発生したら、行くってば」

「訓練だよ、訓練。マジシャン系は色んなスペルがあって、だな……」

「それのテストだって、先週のうちに終わったでしょ? できないスペルなんて、特になかったと思うけど」

 ずっとこの調子で、取りつく島もない。

 髪の長さも学園の規定から逸脱しており、毛先はくるぶしまであった。生徒会長の愛煌=J=コートナーとも、すでに揉めたあとだとか。

 しかし実際のところ、御神楽緋姫のイレイザーとしての才覚と素質は、相当に稀有なものだった。たったひとりで、閑、黒江、澪、三人分の仕事をこなせるほど。

 最弱とまで称された輪とは、スタート地点からして違いすぎた。

(なんで、よりによって、オレがこんなの見つけたんだ?)

 不甲斐ない先輩イレイザーとして、溜息も出る。

 ゆくゆくは、御神楽は第六部隊に配属される、とのこと。それまでの辛抱と思い、輪は彼女にしっかりと念を押す。

「みんなも準備して、待ってんだからさ。明日は絶対に来てくれよ? 御神楽」

「はいはい。……気が向いたらね」

 御神楽は靴を履き替え、早足で下校していった。

「まったく、あいつは……」

 ぼやいていると、経緯を見ていたらしい閑が歩み寄ってくる。

「大変そうね、輪。ああいうタイプの女の子は、苦手?」

「あいつと上手くやれてんのは、今んとこ、哲平くらいだって……はあ」

 頭が痛い理由は、これだけではなかった。

 一之瀬閑の第四部隊は、女子のメンバーだけでもバランスが取れており、輪はお荷物に近い。そこで、このたび新規に編成される、第六部隊への異動が検討されていた。

 御神楽緋姫と同じ隊、に。

「まだ試験勉強してた時のほうが、気楽だったぜ。これじゃ」

 春先から気苦労の多い輪を、閑が労ってくれた。

「焦ることないわよ。御神楽さんとだって、そのうち打ち解けられるでしょうし。それより部活でも見てまわったら、どうかしら」

「部活、かあ……」

 輪は気分を変え、肩を解す。

 受験生の頃は、『ひとまず入学すること』が目的となっていた。せっかく高等部へと進学できたのだから、自分なりに青春とやらを謳歌したい。

「わたしの調理部にも、男の子はいるわよ」

「……遠慮しとく。適当にまわってみるさ、ありがとうな、閑」

 輪はまだ下校せず、思い当たったクラブを見学することに。

 

 最初に訪れたのはレスリング部だった。

 イレイザーとして戦うのなら、身体は鍛えておいたほうがよい。それに男子として、格闘技に興味もあった。

(優希のやつは昔、空手やってたんだっけ……)

 部室の前には『戦士よ、来たれ!』と勇ましいメッセージが張ってある。

 恐る恐る覗き込むと、正方形の青いリングが見えた。その上で、筋骨隆々とした男たちが激しくぶつかりあって、汗を散らす。

「フン! フン! フン!」

「フゥームッ!」

 迫力はあった。鍛え抜かれた肉体によって繰り出される、どの技も美々しい。

 ただ、戦士らがにっこりと微笑んでいるのが、わからなかった。技を掛けるにしても、受けるにしても、不気味な笑みを絶やさない。

「……やめとくか」

 男たちの世界を垣間見たところで、輪はすごすごと退散した。

「とりあえず、知ってるやつがいるとこ、見ていくかな」

 クラブ棟に来たついでに、哲平のアニメ研究会を冷やかし、お色気漫画『ガールズトラブル』のクリアファイルをもらったりする。

 そのあとは中庭を横切って、本舎へ。

「あ……り、輪くん?」

 ところが、水飲み場の手前で澪と出くわした。その意外な恰好に、輪は目を見開く。

「五月道、お前……チア部に入ったのか?」

 澪は短いプリーツスカートを穿いて、健康的なフトモモを晒していた。ユニフォームはTシャツと変わらず、胸の高さで盛りあがっている。

 恥ずかしそうに我が身をかき抱きながら、彼女は輪をじとっと睨んだ。

「……エッチな目で見ないでください」

「そ、そんなつもりじゃ!」

 いやらしい目的で見るな、と言われても無理がある。目の前のチアガールは佇むだけでも、艶めかしいプロポーションを際立てていた。

 羞恥を怒りで誤魔化すような顔つきも、男心をそそってくる。

「い、いいじゃないですか、別に。あたしがこういうチア、やったって……」

「悪いなんて言ってないだろ。その……可愛くて、びっくりして、さ」

 正直な感想のつもりが、意図になく口説き文句になってしまった。輪は慌て、フォローの言葉を選びなおそうとする。

「あっ、いや! 深い意味はないんだぜ? えぇと」

「ど、どうだか」

 澪はますます顔を赤らめ、輪から距離を取った。念入りにスカートの裾を押さえ、輪の視線を警戒しまくる。

「練習がありますから、あたしはこれで。輪くん、間違っても女子チア、見に来たりしないでくださいね? 生徒会に通報しますから」

「わ、わかってるって。オレだって入学早々、女子に睨まれたくないしな」

 結局、ろくなフォローもできないうちに、逃げられてしまった。

(可愛いってのは本当なんだけどなあ)

 澪との関係は踏み込めそうで、踏み込めない。意識してもらっているように思っても、それは詰まるところ、ひとり相撲の気がしてならなかった。

 とはいえ、クラスが別になってしまった澪のことが、少しだけわかった。部活動でも上手くやっているようで、安心する。

(イレイザーのことで気負ってるふうだったもんな、五月道)

 改めて輪は本舎に戻り、沙織の吹奏楽部が活動している、音楽室へと向かった。綺麗な音色がいくつも重なって、聴こえてくる。

「これはギター……じゃなくて、あれだ、バイオリンってやつか?」

 音楽室の扉には『初心者も歓迎! 丁寧に教えます』と張り紙があった。どの部も新入生の獲得には躍起らしい。

「入ってもいいのかな、と……お邪魔します」

 部員らの視線が、一斉に輪に集中した。沙織がバイオリンを片手に席を立つ。

「あら、輪さん! いらしたの?」

「どんなものかなと思ってさ。ちょっとだけ、見学に……」

 誰もが眩い楽器を持っているせいか、格式の高い場所に思えた。トランペットなど、輪にとっては話にしか聞いたことのないものも、優美な光を放つ。

「こちらに座ってよろしくてよ」

「サ、サンキュ」

 気後れしながらも、輪は席に腰を降ろした。

 沙織もいるから見学くらいと思ったのは、浅はかな判断だったかもしれない。吹奏楽部のメンバーは皆、真剣な面持ちで楽譜を見詰めていた。

 男女比は女子のほうが圧倒的に多い。

(高校生になったんだから、何かやりたいんだけど……軽く考えるなってことか)

 ところが、練習を再開して間もなく、遅刻者が堂々とやってきた。

「ふう、お待たせ。友人と長話になってしまってね」

ネクタイの色からして二年生で、眉目秀麗とした、長身の色男。その顔が柔らかくはにかむと、部員の女子が歓声をあげる。

「きゃ~~~! クロード様、お待ちしてましたあ~!」

「遅いですよお! 私たち、クロード様に手解きいただきたくて、来てるんですから」

 数の少ない男子など、勢い任せに押しのけて、きゃあきゃあと彼を囲む。

沙織がぴしゃりと言い放った。

「お静かに! クロード、あなたもまた遅刻して……そんな調子じゃ、新入生に示しがつかないではありませんの」

「問題ないさ。模範的な先輩なら、君がいるじゃないか、レディー」

輪は度肝を抜かれ、たじたじになる。

(レ、レディー? 沙織のことをレディーって呼んだのか?)

このクロードとかいう美男子、そこいらの人間とは次元が違いすぎた。

一挙手一投足にしても、優美にして優雅。沙織の髪をすくうように取って、毛先に敬意としてのキスを捧げる。

「新入生の歓迎会はしないのかい? 沙織さん」

「だから、その段取りを決めるんでしょう」

沙織は肩を竦め、自分の髪を回収した。キスを嫌がる素振りはない。

(オレだったら、セクハラにされるぞ? さっきの……)

クロードの瞳が輪を見つけた。

「……おや? もしかして新しい仲間かな。ようこそ、僕らの吹奏楽部へ」

「へ? えぇと……悪い、沙織、オレはそろそろ」

 彼と対等でいられる気がせず、輪はいそいそと椅子を返す。

「ちょっと、輪さん?」

「またな! そ、それじゃ」

 沙織もクロードも首を傾げていた。

 廊下に出て、やっと一息つく。しかし気分はすっかり沈んでいた。

(まさか、あんなのが沙織と一緒の部活だなんて……オレの立場がないじゃないか)

 沙織の存在を遠くに感じる。

 才色兼備な三雲沙織に近しい唯一の男子として、輪は今まで優越感を抱いていた。けれども、それは独りよがりな自己満足に過ぎなかった。

沙織にも当然、輪以外の男子と交流がある。学園有数の美女として、同レベルの美男子とカップルが成立しても、何ら不思議なことではなかった。

 同じことが閑や澪でも言える。

(優希だって、仲のいい男がいるかもしれねえし……)

 しかも自分は第四部隊の『お荷物』だった。第六部隊への異動は筋が通っている。

 部活の見学を切りあげ、輪はとぼとぼと家路についた。ほかのメンバーはまだ帰っておらず、102号室だけ、ぽつんと明かりがつく。

「そうさ……オレはもてないんだ」

 寂しがり屋の男子高校生が、ここにいた。

 

 

 翌日も放課後は部活を巡る。剣道部や天文部に陸上部も。

 おかげで、帰りは閑と同じタイミングになった。

「ゆっくり決めるといいわよ。二学期からって生徒も、割といるんだもの」

「そうかな。焦っても、しょうがないか」

 昨日よりは気持ちも上向いている。それに閑と一緒に下校できるのが、嬉しかった。

(我ながら単純なやつだよ、オレって。これくらいで元気になるんだもんな)

 学年の違いこそあれ、同じ高等部なのだから、鉢合わせになるパターンが多い。澪には二回目の時点で『ストーカーですか?』と睨まれてしまったが。

「優希が水泳部で、黒江は……器械体操部だっけ?」

「意外に思うでしょ? あれで身体がすっごく柔らかいのよ」

 寮まで戻ったところで、201号室の閑は階段をあがっていった。

「相談ならいつでも乗るわ。じゃあね」

「サンキュ!」

 輪も一階の中央、102号室へと引っ込む。

 ところが扉に鍵が掛かっていなかった。開けると、妙な人物に正座で迎えられる。

「お帰りなさいませ、ダーリンさま」

「だ……だーりん、さま?」

 目の前にいるのはメイドだった。可憐なエプロンドレスをまとい、正座にしても、指先まできっちりと揃えられてある。

 ヘッドドレスを被ったその顔立ちには、見覚えがあった。

「今夜はハンバーグにしましたの。きっとお気に召していただけますわ」

 輪は信じられず、人差し指を震わせる。

「まさか、さ……沙織なのか?」

「はい? ダーリンさまったら、もう、ご冗談がお上手でいらっしゃるんですから」

 メイドはすっくと立ちあがり、豊満な胸に右手を添えた。

「いかにも、わたくしは三雲沙織ですわ。さあダーリンさま、おあがりになって……本日のお着替えはこちらに用意しております」

 沙織とは名乗ったが、明らかにおかしい。少なくとも、輪がこの半年で知った三雲沙織という女性は、このメイドとまるで一致しなかった。

「……どうしましたの?」

何やら鬼気迫るものさえ感じる。

 これはもう自分の手に負えなかった。輪は顔面蒼白になって、救援を呼びに行く。

「ししっ、閑! ちょっと来てくれ! 沙織が変なんだ!」

 201号室から閑が、ブレザーのボタンだけ外した格好で出てきた。

「そんな大声出さなくても、聞こえてるわよ。部活のことで、お姉さんに相談?」

「そうじゃなくて! とにかく緊急事態ってやつだよ!」

 輪は一旦、102号室のドアを閉め、閑を待つ。

「どうしたのよ、真っ青になって……」

「真っ青にもなるって。いいか?」

 そして閑と合流してから、息を飲んで、もう一度ドアを開いた。すると、さっきと同じ正座のポーズで、メイドが律儀に迎えてくれる。

「閑お嬢さまもいらしたのですね。ダーリンさま、お茶を淹れましょうか?」

 度肝を抜かれたらしい閑が、硬直した。

「……輪? これは……?」

錆びたネジのように首をまわし、口角を引き攣らせる。

「な? おかしいだろ」

「おかしいってレベルじゃないわよ。沙織が、どうして……」

「さあさあ、おあがりになって!」

 問題のメイドは柔和な笑みを弾ませた。

 

 輪の部屋は小奇麗に片付けられている。窓もぴかぴかに磨かれていた。

「さ、沙織……吹奏楽部は?」

「今日はお休みしましたの。ダーリンさまのお部屋をお掃除しようと思いまして」

 輪と閑はおどおどしながら、テーブルでお茶を待つ。

 正面の閑が声を潜めた。

「ねえ、輪。沙織がこうなっちゃった心当たりはないの?」

「オレにもさっぱりわからないんだ。さっき帰ったら、沙織が部屋にいてさ」

 沙織はキッチンでお茶菓子を準備している。

 メイド服はスカートが短すぎて、目のやり場に困った。チアガールの澪にもひけを取らず、ガーターベルトを覗かせる。

(沙織もスタイルいいよなあ……メイド服も似合ってるし)

 無意識のうちに見惚れていると、閑が軽蔑を込めた。

「……どこ見てるの、輪」

「い、いや! それより沙織を、だな……」

 輪は目を逸らしつつ、携帯で仲間からの返信を確認する。優希と澪にはこの珍妙な状況が伝わりきらなかったようだが、黒江からは『すぐ行く』と返事があった。

 しばらくして、早足で黒江が輪の部屋に駆け込んでくる。

「……お邪魔します」

「あら、黒江お嬢さま! ちょうどお茶が入ったところですの」

「ありがと。私にもちょうだい」

 黒江だけは沙織のメイドぶりに驚かなかった。平然と輪たちと同じテーブルにつく。

 人数分のお茶も揃った。しかし沙織は座らず、輪の服にアイロンを当てる。

「皺だらけになってましてよ、ダーリンさま? 男のかたも家事ができて当然の時代なんですから、もっと意識を高めていただかないと」

「あ、ああ……悪い」

「いいえ、構いませんわ。このほうが、お世話のし甲斐がありますもの」

 ぞっと鳥肌が立った。あくまで輪を立てようとするメイドの物腰が、普段の高慢な沙織とずれすぎていて、違和感ばかり大きくなる。

(ぶっちゃけ、こんな沙織、気色悪いぞ)

 黒江が肘をつき、両手の指を編みあわせた。その瞳が紅茶の湯気を見詰める。

「すべてを話す時が来た」

「どんな真相が出てきたって、もう驚かねえよ。頼む」

 第四メンバーの三雲沙織には、ある秘密があった。出身の中学校を聞き、閑が驚く。

「……L女学院って、あの名門の?」

「私もそこ。イレイザーの任務があって、こっち来たの」

 かの名門校で、沙織は『メイド科』に在籍していたという。

 一流のメイドになるために英才教育を施された、まさしくプロのメイド。その教育は沙織の骨の髄にまで染みているらしい。

「どっかのお嬢様かと思ってたよ。そんな学科があるんだなあ」

「L女は色々やってるから。最近はアイドルなんてのも、いたりするし」

ただしメイドには仕える相手、いわゆる『ご主人様』が必要だった。ご主人様がいないことには、メイドは何ら務めを果たせず、アイデンティティを失ってしまう。

「それくらいのことで、どうにかなるのか?」

「どーにかなるから、こーなってるの」

沙織のメイドとしての本能が、これまでは二景黒江をご主人様とみなしていた。しかしご奉仕の相手として、今になって真井舵輪が選ばれてしまったという。

「しばらくしたら、元に戻るから。それまで合わせてあげて」

 輪と閑は顔を見合わせた。

「ま、まあ……実害があるわけじゃないもんな」

「戻った時に怒ったりしないかしら? 輪なら大丈夫でしょうけど……」

「問題ない。あれで沙織も自覚あるから」

 沙織はアイロンを終え、夕食の支度に取り掛かる。

「もっと可愛い食器が欲しいですわね。わたくしのお部屋から持ってきますわ」

 メイドのいる生活が始まった。

 

 早朝はメイドが優しく揺すってくれる。

「おはようございます、ダーリンさま。ほら、遅刻なさいますわよ」

「お……おう」

 眠気など一発で吹き飛んだ。輪はぎくしゃくしながら、布団をのける。

 すでにトーストはこんがりと焼けていた。コーヒーの香りが漂い、朝の一時を有意義なものに思わせてくれる。

「うちにトースターなんて、あったっけ?」

「うふふっ、一日は朝食で決まりますもの。さあ、お顔をお洗いになって」

 洗顔を済ませると、タオルを差し出してもらえた。制服はハンガーに掛けてあるのを、わざわざ取ってもらえる。おまけに靴はぴかぴかに磨かれていた。

(……まじでか)

 ご主人様は唖然とするばかり。

「えっと……沙織は登校の準備しなくていいのか?」

「あとは着替えるだけですから、ご心配なく」

 沙織は一礼し、しずしずと自分の部屋に戻っていった。ようやく輪は妙な緊張感から解放され、胸を撫でおろす。

「沙織が元に戻るまで、これが続くのか。参ったな……」

 才色兼備のメイドにかいがいしく世話してもらえるのだから、喜んでいいはずだった。けれども輪にとっての三雲沙織は、勇ましいイメージのほうが強い。まるで普段の彼女が急にいなくなってしまったように感じる。

 203号室から澪が降りてきた。

「おはようございます、輪くん」

「おはよ。そっちは朝練か? オレは司令部に用事があってさ」

 澪の視線が輪の、今朝はやけに整ったネクタイを見つけ、疑惑を孕む。

「ふぅん……沙織さんと随分、仲良くなったんですね」

 平静を装いつつ、輪はぶっきらぼうに答えた。

「は、早とちりすんなって。そういうことじゃないって、昨日も話しただろ」

 しかし疑いのまなざしは止まない。

「なんでもいうこと聞くからって、エッチな命令したら、許しませんよ」

「するかっ!」

 朝から虚しい叫びが響いた。

 

 放課後は近隣のカイーナを探索することに。

 しかし今回は第四部隊としての出撃ではなかった。新米イレイザーの御神楽緋姫に実戦経験を積ませるため、輪と閑、愛煌とで一時的な隊を編成する。

 それから前衛には二年生の男子が、もうひとり。

「……比良坂紫月だ。よろしく頼む」

 仏頂面で近寄り難いイメージがあった。背も高く、威圧感をまとっている。

 それに対し、百五十センチほどの御神楽は、問題の髪をばっさりと切っていた。校則に抵触することのない、無難なボブカットにまとまっている。

「あなた、あたしと同じ第六に配属予定らしいわよ」

「と……すまない。まだ全員の名前を憶えていないんだ」

 閑が輪に耳打ちした。

「すっごい美形よね。……なんてふうに言っても、男の子にはわからないかしら」

「へ、へえ? そういや、剣道部にいたような……」

 輪は内心、はらはらする。吹奏楽部でクロードという美男子に出会った時と同じ、独りよがりな不安に駆られてしまった。

(そうか……閑もイケメンとか、そういうの考えたりするんだな)

 第四部隊の輪と閑はバトルフォームにチェンジするものの、ほかの面子はブレザーのまま。恥ずかしいのか、閑が輪の背中にこそっと隠れる。

 愛煌は淡々と隊列を指示した。

「前衛は真井舵と比良坂、ね。中衛はわたしと一之瀬、後衛は御神楽で行きましょう」

 五人編成でカイーナへと突入する。輪は早速、ブロードソードを握り締めた。

「あれ? えぇと、比良坂……スキルアーツは?」

「レイに出くわしたら、構えるさ」

 今回は探索といっても、肩慣らし程度のもの。御神楽と比良坂に感覚を掴んでもらうためのもので、時間も三十分と決めていた。

 少し進むと、犬のようなレイの群れと遭遇する。

「出たわね。真井舵は守備、一之瀬もスペルアーツで防御を……」

「オレが食い止める! 後ろは詠唱に入ってくれ!」

 すかさず輪は号令を放った。ブロードソードを振りあげ、先頭のレイを叩き割る。

「ったく、指揮官は私なのに……」

 愛煌は眉を顰めつつ、スキルアーツの弓を実体化させた。ARCのイレイザーでも最強ランクの威力と貫通力を誇る、その名をアルテミス。

 矢が散弾のように放たれ、レイを蹴散らす。これで半分は片付いた。

「比良坂! あなたも一体でいいから、仕留めてみなさい!」

「……心得た」

 比良坂が姿勢を低くして、居合の構えを取る。

 その手元で霧が集束した。レイが飛びかかってきた瞬間、一筋の閃光が走る。

「てやっ!」

 彼のスキルアーツは鋭利な刀だった。斬撃は風のように速く、レイの群れは一匹どころか、ことごとく斬り捨てられていく。

「す、すげえ……」

 輪の出番など、もうなかった。

 比良坂は少しも息を乱さず、刀を収める。

「……こんなものか、司令」

「期待以上だわ。御神楽と組むなら、これくらいでないとね」

 愛煌はさして驚かなかった。一方、輪と閑は戦々恐々として、声を潜める。

「なあ、閑。さっきの剣……どんなふうに斬ったか、見えたか?」

「安心して。わたしも全然、見えなかったもの……」

 愛煌のアルテミスにしても、出力は相当、抑えられていた。上には上がいるらしい。

 しかし意外にも愛煌は、輪を評価した。

「真井舵、さっきの判断、悪くなかったわよ。敵を見て、ピンと来たんでしょ」

「ああ……前に黒江にレイのデータとか見せてもらってさ」

 犬のようなレイには仲間を呼ぶ習性がある。実戦経験の少ない比良坂や御神楽がいては、大事になると考え、咄嗟に行動を決めたのだった。

「怒られるかと思ったぜ」

「あなたも少しは板についてきたってことよ。一之瀬が連れてきた時は、弱すぎて、びっくりしたものだけど」

 閑がきょろきょろと周囲を見まわす。

「あら? ……御神楽さんは?」

 いつの間にか、後衛の御神楽が消えていた。

「ん? あの女子なら今しがた、ひとりで離れていったぞ」

「どうして止めないのよ! あの子はもうっ!」

 輪たちは慌てて彼女を追う羽目に。

「カイーナで単独行動って、あいつ、何考えてんだ? 早く見つけねえと」

 不意に爆発音が轟いて、迷宮がぐらぐらと揺れる。

「あっちよ!」

 問題児はさっきの五倍はあるレイを、余裕綽々に踏みつけていた。レイは黒焦げになっており、アーツの断片が散乱している。

 愛煌の怒号が飛んだ。

「御神楽っ! 勝手なことはしないようにって、言ったでしょ!」

 しかし御神楽は意に介さず、涼しい顔でしれっと流す。

「アーツ片が足りないから、調達しておきたかったの。もう少しで完成だし……」

 その手がブレザーのスカートを掴んだ。

「そっちの、一之瀬さん? みたいな恰好は……ちょっとね」

 学園の制服をベースとして、防御系のスキルアーツを構成しているらしい。

スクール水着で戦っている閑が、前のめりになった。

「これを着なくていいの? 詳しく教えて!」

 その気迫に負け、御神楽はあとずさる。

「え? そりゃまあ、そういう服のほうが、アーツも反映しやすいんでしょうけど。上手に組めば、スカートなんかでも、同様の効果は得られるんじゃない?」

「話は脱出してからよ、脱出!」

 司令官の愛煌は苛立たしそうに吐き捨てた。

 

 アクシデントはあったものの、カイーナの探索は無事に終わる。

 輪と閑は先に司令室を出て、家路についた。御神楽は反省文を書かされているようで、待っていては夜になる。

「バトルフォームの件、ちゃんと聞きたかったのに……」

「また機会もあるさ。オレだって、制服で戦えるなら、そのほうがいいしな」

 閑にはそう相槌を打ちながら、輪は危惧していた。

 もしかすると、閑たちのバトルフォームがスクール水着ではなくなるかもしれない。それは男の輪にとって甚大な損害だった。

(今のフォームのほうが可愛いって言ったら、変態に思われるよなあ)

 輪は強引に話題を変える。

「それにしても、比良坂ってやつ、すごかったよな」

「ええ、思い出したわ。彼、二年四組で、女子の間では有名なのよ」

 どの学年も四組は『男子だけのクラス』だった。不思議と美男子が集まるそうで、二年四組には、学年のツートップと称される者までいる。

 それがクロード=ニスケイアと比良坂紫月。

 閑がほんのりと頬を染める。

「比良坂くん、御神楽さんとくっついたりして……うふふっ」

「そういう話が好きだなあ、女子は」

 興味のないふりをしながら、輪は閑の反応が気が気でならなかった。少なくとも比良坂紫月の端正な容姿を、好意的には受け止めているはず。

 閑の視線が含みを込めた。

「さては、輪……第四のみんなが取られるかもって、心配なんでしょう?」

 図星を突かれては、誤魔化すのも苦しい。

「べ、別に。閑も女なんだなあって思っただけで」

「素直じゃないんだから、もう。そういうところがまだまだ子どもなのよ、輪は」

 柔らかいものが輪の手に触れた。

「え……閑?」

 手を繋いでくれたことに驚いて、輪は俄かに胸を高鳴らせる。

「たまにはこうやってリードするくらいでなくっちゃ」

 閑にとっては、ほんの気まぐれなのかもしれなかった。それでも、彼女のてのひらから温かいものが伝わってきて、輪に動揺めいた期待をもたらす。

「ええと……じ、じゃあ」

 恐る恐る握り返すと、閑が頬を緩めた。

「ふふっ。上出来」

 しっかりと手を繋ぎながら、輪の肩に寄り添ってくる。

(今のオレなら、閑の彼氏に見えんのかな……?)

 まるで恋人同士のような一時だった。寮までの距離が短すぎて、悔しい。

 手の中からするっと閑の感触が抜けた。

「今日はお疲れ様、輪。ちゃんと勉強もするのよ? 授業の復習は今日のうちに」

「お、おう。実のところ、理系は調子いいんだぜ?」

 照れ隠しに輪は小粋なガッツポーズを決める。そうやって、とりとめのない話題で平静を装ったつもりでも、見抜かれている気はした。

「どうかしら? わからないことがあったら、いつでも聞いてね」

 閑の人差し指が輪のおでこを弾く。

 彼女は階段をあがって、201号室へと入っていった。

「まだまだ閑をリードなんてできそうにねえな、オレ……はあ」

誰に聞かせるわけでもない溜息が落ちる。

 輪の部屋である102号室は、すでに鍵が開いていた。メイドが夕飯の支度をしているようで、肉じゃがのにおいがする。

 しかし輪は部屋に入らず、静かにドアを閉ざした。

(ただいまって言えばいいのか? それに、沙織の前で着替えるのも、なあ……)

 ご主人様として、メイドとどう付き合えばよいのか、ぴんと来ない。

 そこで、先代のご主人様だったらしい黒江に相談してみることに。隣の部屋のインターホンを押すと、黒江の間延びした声が返ってきた。

『……時間通り。開いてる』

「ん? 入るぞー」

 輪は101号室のドアを開け、遠慮がちに足を踏み入れる。

パソコンが二台もあり、ケーブルの束に躓きそうになった。ルーターやらが点滅し、データの送受信をおこなっている。

「沙織のことなんだけどさ、どんなふうに……」

 黒江の部屋には先客として、幼馴染みの優希もいた。

「ダ、ダーリンちゃんっ?」

ところが競泳タイプのスクール水着という悩殺的な恰好で、ベッドに腰掛けている。優希は巨乳をかき抱きながら、俄かに赤面した。

輪のほうも真っ赤になって、目を逸らした先の黒江に助けを求めようとする。

「ゆゆゆっ、優希? なんてカッコしてんだよ、く、黒江まで?」

 しかし器械体操部の黒江は黒江で、薄紫色のレオタードを着用していた。両手でローレグのデルタを念入りに隠しつつ、不埒な侵入者をじとっと見据える。

「……誤算。りんだった」

 輪をほかの誰かと間違えたのだろう。

 ふたりとも、魅惑のプロポーションを際どい薄生地で引き締めていた。

「うぅ、こっちの水着まで見られちゃうなんて……」

優希のほうはハイレグのカットを中央に差し込んで、フトモモを付け根まで晒している。学園指定のスクール水着は白色だが、水泳部では紺色のものを使っているらしい。その腕に抱え込まれた巨乳が、柔らかそうにひしゃげた。

 黒江のほうでも豊乳が上腕に挟み込まれ、谷間の深さを際立たせる。

「いつまでいるの? りん」

 無意識のうちに、ふたりの艶姿に見惚れてしまっていた。

「わ、悪い! すぐ出てくから…つっ!」

輪は我に返るも、慌ててまわれ右した拍子に、足の小指を打つ。

優希がやれやれと肩を竦めた。

「しょうがないなあ、もう……ラーッキースケベは今回だけだよ、ダーリンちゃん」

幼馴染みだけあって、輪に悪気がないことはわかってくれている。しかし恥じらいの表情は何やら含みを込め、意地悪そうな笑みに変貌した。

「ねえねえ、黒江ちゃん。ごにょごにょ……」

「……なるほど。ナイスアイデア」

 黒江まで一緒になって、輪を手招きする。

「こっちにおいで、だーりん」

「へ? で、でも……」

「いいから、早くっ。お姉ちゃんたちの言うこと、聞けないのかなあ?」

 戸惑いながらも、輪はおずおずと歩み寄った。ふたりの間でベッドに腰を降ろす。

 右にはレオタードの黒江、左には競泳水着の優希。どちらも、あと数センチで触れてしまうほどに近く、芳しいにおいを輪の鼻先に漂わせた。

 左の耳元で優希が囁く。

「さあて、正直に白状しよっか。……閑ちゃんのこと、どう思ってるわけ?」

「い……?」

 ぎくりとした。そう質問した時点で、すでに輪の図星を突いている。

「それ、私も興味ある。どうなの?」

 優希ほど迫ってはこないものの、黒江は指でつついてきた。

「んなこと、き……急に聞かれても、その……」

競泳水着とレオタードの誘惑に抗っているつもりで、輪は生唾を飲みくだす。さらに優希は輪の右腕にしがみつき、黒江も遠慮がちにとはいえ、左の袖を引っ張ってきた。

「閑ちゃんにだけ、ちょっと態度が違ってるよねえ? ダーリンちゃん」

「いいカッコしようとしてる。データで証明したほうがいい?」

 おかげで四肢が強張り、声も裏返る。

「こっ、今度でいいだろ? それより今は沙織のことで」

「あれあれぇ? メイドさんのことも気になってるんだ? いけないなぁ……」

 どう答えたところで、優希にからかわれるのは、目に見えていた。閑との関係を黒江に分析されるのも怖い。

「閑の攻略法、教えてあげられると思うけど」

「だから、閑のことは別に……」

 そんな輪のあからさまな動揺ぶりを、お姉さんたちは面白がっていた。優希がわざとらしく胸の谷間を強調する一方で、黒江はレオタードのローレグに指を差し込む。

「ぼやぼやしてたら、取られちゃうかもよ? ダーリンちゃん」

「それとも、みお? 教えて、だーりん」

 ふたりの巨乳美女に迫られ、どぎまぎするほかなかった。ベッドのシーツを掴む手に力が入りすぎて、次第に呼吸も乱れてくる。

「そ、それ以上、近づくなって!」

 しかし熱くなりつつあった胸は、一気に冷えた。

「遅れてしまって、ごめんなさい! 優希さん、黒江さ……ん?」

「さ……五月道?」

 101号室に澪が入ってきて、輪とはたと顔を見合わせる。

 沈黙が流れた。優希も黒江も『しまった』という表情で、あんぐりと口を開ける。

 何しろ今の輪は、ふたりの女の子を両脇に侍らせている、節操なしの男だった。今までになく潔癖症の澪を逆撫でしたはず。

「どういうことですか? ダーリンくん……おふたりにそんな格好までさせて」

「い、いや! これはオレが着せたわけじゃ、ぶっ!」

顔面に鞄が飛んできた。

 

 なんとか101号室を脱出し、九死に一生を得る。

「タイミングが悪いにもほどがあるだろ……」

 黒江たちは部活のユニフォームを検討するため、集まったようだった。痛い目に遭ったが、澪の登場には助けられた気もする。

(閑、閑って……オレ、そんなにわかりやすいのか?)

 男の子の片想いが、優希らにとっては面白くてたまらないらしい。

 自室へと戻ると、メイドの沙織がエプロンで手を拭いつつ、迎えてくれた。

「お帰りなさいませ! ダーリンさま」

「あ、た……ただいま」

 気丈な沙織にしては柔らかい笑みが、輪を緊張させる。

「どうぞ、お着替えになってください。お洋服はこちらですわ」

 沙織は少し背伸びして、ハンガーに掛けてあった服を降ろした。アイロンを掛けてくれたようで、生地に張りがある。

「えっと、じゃあオレ、着替えっから……」

「はい。わたくしは夕食の支度をしておりますので」

 ご主人様がネクタイに手を掛けると、メイドは察して、席を外した。

(なんか調子が狂うなあ)

 輪は首を傾げつつ、空いたハンガーに制服を掛ける。

 今日は出撃に備え、制服の下にスパッツタイプのバトルフォームも着ていた。その着心地は水着と似ている。

(さすがにこれとかパンツは、沙織に洗ってもらうわけにはいかないよな)

 着替えを済ませてから、輪は勉強机に向かった。

やがて窓の外で陽も暮れ、夕食の頃合になる。沙織はてきぱきと準備を進め、ご主人様を上座に呼んだ。

「ダーリンさま! ご用意ができましてよ」

「サンキュ。その……悪いな、作ってもらっちゃって」

 ふっくらと炊けたご飯と、香ばしい肉じゃがが、食欲をそそる。

「昨日のハンバーグもそうだったけど、割と家庭的な料理が得意なんだな、沙織は」

「うふふ。お褒めに預かり恐縮ですわ」

 輪と沙織は向かい合って席につき、箸を取った。

「それじゃ、いただきます」

「どうぞ。ダーリンさまのお口に合えば、よろしいのですけど……」

 冷めないうちに肉じゃがの味見から始める。

具に出汁が染みていて、硬すぎず、柔らかすぎず、歯応えも絶妙だった。

「……美味しいな!」

 そんな感想が口をついて出る。見たこともないようなご馳走より、こういった馴染みのあるメニューのほうが、腕前を推し量りやすいのかもしれなかった。

受験生の頃、閑に作ってもらった夜食にも引けを取らない。

「こちらの煮物もいかがでしょう?」

 沙織は切り干し大根を箸で摘むと、輪の口元へと運んできた。まさかと思いつつ、輪は緊張気味に口を開ける。

「あ、あーん……」

 もう味などわからないが、美味しいに決まっていた。

(新婚生活ってこんな感じだったりして……)

 当初は沙織を相手に気後れしていたものの、だんだん慣れてくる。ご主人様は夕食を平らげ、ルビー色の紅茶で一服した。

「どれも美味しかったよ」

「お粗末さまでした」

 デザートのリンゴは沙織が丁寧に剥いてくれる。

「そういえば……ダーリンさま、お風呂はどうされてるんですの? お部屋のものは、お使いになれないはずですし」

「いつもはシャワーだけで済ませてるんだ」

 この部屋の浴槽は例のカイーナへの入口となっているため、本来の機能を失っていた。湯船に浸かりたい時は、近所の銭湯まで出向いている。

 沙織が瞳を輝かせた。

「でしたら、今夜はわたくしの202号室へいらしてください」

「いいのか? でもなあ……」

 その申し出は輪にとって、嬉しい反面、抵抗もある。男性にお風呂を使われて、女性が平気でいられるとは思えなかった。

「沙織は嫌じゃないのか?」

「いいえ。そろそろ湧きますので、遠慮なさらずに」

 断るつもりだったが、半ば強引に誘われる。

「じゃあ今夜だけ、お世話になろうかな」

「はい! 歓迎しますわ」

 輪はタオルや寝巻を抱えて、メイドと一緒に真上の202号室へと移った。三雲沙織のプライベートルームに初めて足を踏み入れ、その格式の高さに感心する。

 家具はアンティーク風で統一されていた。一見すると大人びているようで、置時計には愛らしい天使のマスコットが乗っている。

「……って、オレが一番風呂じゃ、まずいだろ」

「構いませんわ。メイドとして、先に使うわけにはまいりませんもの」

 おろおろとするうち、バスルームに押し込まれてしまった。

(しょうがねえか)

 今夜のところは沙織の厚意に甘え、使わせてもらうことにする。扉の向こうに沙織の気配を感じつつ、輪は服を脱いだ。

 ちょうどお風呂も沸いており、蓋を外すと、もうもうと湯気が立ち込める。

 躊躇はあったものの、湯に浸かってみると、胸も楽になった。

「……ぷはぁ~」

 湯気を見詰めながら、ふうと一息つく。

(沙織が元に戻るまで、こういうのもいいかも、な)

カモミールの入浴剤が溶け込んでおり、つんと香りが効いた。お湯の感触も違うように感じられ、濡れた肌が照り返る。

 とはいえ、長居する気はなかった。沙織に入浴を待たせられないのは当然、ほかの面々にこの状況を知られようものなら、ややこしくなるだろう。

「とっとと済ますか」

 輪は湯からあがると、自前の石鹸とタオルで身体を洗い始めた。

 ところが不意に浴室のドアが開く。

「お背中をお流ししますわ。ダーリンさま」

「さ……ささっ、沙織さん?」

 ご主人様はびっくりして、背筋をびんと伸びあがらせた。その拍子にタオルを落としてしまったが、股間を隠すので精一杯で、拾うに拾えない。

沙織は学園指定の真っ白なスクール水着を身にまとっていた。それでいて、ヘッドドレスやニータイツなど、メイドならではのスタイルは欠かさない。

「ちち、ちょっと待ってくれって、沙織! さすがにやばいっていうか……」

 輪は真っ赤になって、しどろもどろに抵抗した。

「問題ありませんわ。ほら、じっとなさって」

 一方、メイドは恥じらいつつも、献身的に膝をつく。そして、普段使っているらしいスポンジとボディソープで泡を立てた。

 強張りきっている背中を、優しく擦られる。

「う……?」

 反射的に輪は呻き、唇を噛んだ。その声に驚いたのか、沙織の手が止まる。

「申し訳ございません。痛かったのでしょうか?」

「そ、そうじゃなくて……気持ちよくてさ」

 とんでもないことをしている自覚はあった。けれども高揚感を禁じえず、敏感な身体をぞくぞくと震わせる。次第に緊張感も和らいだ。

「痒いところがありましたら、お申しつけくださいね。ダーリンさま」

 沙織が背中に寄り添うようにして、体重を掛けてくる。

 うなじも、脇腹も、自分では見えないところは丹念に磨かれた。シャボン玉がふわふわと浮いて、清潔な香りを振りまく。

(まさか沙織と一緒にお風呂、なんて……)

 肩越しに振り向くと、純白のスクール水着に目を奪われた。薄生地が湿ったことで肌に吸いつき、たわわな巨乳を麓からくっきりと浮かびあがらせる。

 曲線のついたフトモモに、いくつも雫が流れた。

スクール水着の規格を外れた、肉感的なプロポーションが、輪を悶々とさせる。

「さ……沙織ってさ、その」

 正直に『綺麗だ』と伝えたかった。

 だが、それ以上は言葉にできず、輪はごくりと咽を鳴らす。

(……げえっ!)

それは決して沙織の色香にあてられたから、ではなかった。いつの間にかバスルームのドアが少しだけ開いている。

 ご主人様とメイドのバスタイムを覗き込んでいるのは、閑と澪だった。

「ちょちょっ、ちょ! なんでここにいるんだよ!」

輪は反射的に前のめりになって、股間を隠す。

「沙織さんの部屋に潜り込もうとしたって、そうはいきませんよ。あたしたち、隣にいるんですから、丸聞こえなんです」

沙織の202号室は、閑の201号室と澪の203号室の間にあった。おかげで来客の存在は筒抜けらしい。

「沙織さんがなんでも言うこと聞いてくれるからって、こ、こんなことまで……」

 澪は憤怒の表情で、目を瞑りながらも、こめかみをぴくぴくさせる。

閑ははらはらとした顔つきで、声を震わせた。

「だめよ、沙織、しっかりして……あなた、何をしてるか、わかってるの?」

「ええ。ダーリンさまのお背中をお流ししてるだけですわ」

 ところが沙織は頬を染めるだけで、小指を立てる。

 澪の怒号がどかんと弾けた。

「今日という今日は許しません! 輪くん、いつまでそうしてるんです? さっさとお風呂から出てきてくださ……きゃあああああっ!」

 しかし一歩踏み込んだら、三歩はあとずさり、俄かに顔を赤らめる。

 何しろ今の輪は素っ裸だった。両手で前を隠したところで、お尻は丸見え。泡にまみれているからこそ、かろうじて露出せずに済む。

「服を着てください、服!」

「風呂に入ってたんだから、当たり前だろ? そっちが出てくれって!」

 澪は逆上し、輪は慌てふためいた。

下心がなかったとは言いきれないが、丸裸では弁解どころでもない。せめて洗面器で前を隠しつつ、この非情な嵐が過ぎるのを待つ。

 一方、閑は沙織の肩を掴んで、必死に言い聞かせた。

「早くいつもの沙織に戻って! 輪は男の子なのよ、男の子!」

「……はい?」

 メイドはきょとんとするばかり。

 この夜、真井舵輪の罪に『女子の部屋で入浴』が追加された。

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