宇宙屈指さをサラスBODY 7

 悩み事があるなら、広大な宇宙に想いを馳せてごらん。

 宇宙には数えきれないほどの星がある。けど、そのほとんどは生命がおらず、無限の時空を漂ってるだけなんだね。

 そんな星々の中で、もしかしたら唯一かもしれない生命の星――。

 ギャラクシーランド、略してギャランドゥ。

 その星は剛力の神タヂカラオによって粉砕され、銀河の一角に漂っている。

 そして、力でもってギャランドゥのすべてを支配する男こそが、ポ星出身の覇王『ポ星首領(ポセイドン)』!

「八鬼衆でも勝てず、か……フフフ、アマゾネス星の王女、やるではないか」

 戦え、バディ子! ポ星首領を打ち破り、健全なトレーニングを取り戻すのだ!

 ……だが、これはバディ子の『婿探し』の物語である。

 

 今日も今日とてバディ子は『強くて逞しい男』を求め、ギャラクシーランドを飛びまわる。イケてるメンズと噂の九頭竜闘士は靴下の専門店を経営していた。

「あなたがディオニーソックスね?」

 九頭竜闘士にして『夜の帝王』こと、ディオニーソックス。

「いかにも。靴下をお探しかな? サラス=バディ子君」

 彼は快くバディ子らを迎えるとともに、バディ子、モリーチ、アラハムキの脚線をまじまじと眺めた。

 アラハムキが眉を顰める。

「なんだよ、いきなり? 失礼じゃないか」

「ハハハ、商売柄どうしてもね。お客様にお似合いになる最高の靴下を……それが当店のモットーなのだよ。そちらの女性もお買い物かな?」

「こうして私たちが来たのよぉ。バディ子の目的が何なのか、わかってるんでしょう?」

 ディオニーソックスは『GOOD!』と笑い、指を鳴らした。

「もちろん! 君に勝って、君を手に入れる……私の流儀に適ったやりかただよ」

「もう勝ったつもりでいるの? 甘く見ないで欲しいわね」

「フフフ……さあ来たまえ、神聖なる我がリングへ!」

 フロアの中央が下に抜け、代わりに正方形のリングがせりあがってくる。

「前のカレー屋もそうだったけど、店ん中にリングってシュールだよなぁ……」

「ぼやいてないで、私たちは応援よ」

 ほかの客も観戦に集まり、舞台は整った。

 まずはディオニーソックスがリングで名乗りをあげる。

「我こそは『夜の帝王』! ディオニーソックス!」

 このような異名は夜の街に繰り出しておきながら、品格を失うこともない、気高い人物にこそ与えられた。

 ちなみにゴッドサイドの近辺では夜間に限って『よるのていおう』が出現する。そのドロップアイテムは『ピンクのレオタード』……つまりそういうことだ。

 バディ子もバトルスタイルでリングへあがり、ディオニーソックスと対峙する。

「あなたの力、試させてもらうわ。行くわよ!」

「かかってきたまえ!」

 開幕のゴングが鳴り響いた。

 両者ともに間合いを取りつつ、軽めのジャブで牽制を仕掛ける。相手に当てるためのものではないものの、バディ子のフォームの美しさにはモリーチも舌を巻いた。

「さらに磨きがかかってきたわね、バディ子! いい調子だわ」

 なお、この『舌を巻く』は普通に『感心する、褒める』という意味であって、アグレッシブ・ビースト・ベーゼのことではない。

 これまでの戦いでバディ子も相応にレベルアップしていた。

「どうしたの、ディオニーソックス? 読みあいだけの男なんてつまらないわよ!」

 一発ごとの威力はディオニーソックスに少し届かないが、スピードでは勝っている。次第にディオニーソックスはバディ子の手数に押され。後退を始めた。

「フッ。レディーファーストのつもりだったんだがねえ」

 だがディオニーソックスに焦りの色はない。さがったと見せかけて、ロープで弾みをつけ、高度十分にソバットを放つ。

「でやっ! ……な?」

「残念だったわね!」

 それをバディ子は反射的にブリッジでかわした。

 一秒足らずの間にもモリーチの解説が入る。

「上手い! ほかの避け方じゃディオニーソックスにも手はあったでしょうけど、ああやってソバットの真下を取られたら、絶対に逃げられないわ!」

「やっちまえ、バディ子!」

 バディ子はブリッジから倒立へと姿勢を変え、ディオニーソックスを突きあげる。

「いただきよっ!」

「がはッ?」

 クリーンヒット、ディオニーソックスの身体はリングの上空へと打ちあげられる。二階の中央が吹き抜けでなければ、天井に激突していただろう。

 その落下に合わせて、すかさずバディ子は技を決めようとした。

(……い、今のは……?)

 だが俄かに悪寒を覚え、離れてしまう。

「どうしたんだ? バディ子! 今のはまだまだ攻めていけたぞ?」

 アラハムキは首を傾げるも、モリーチは神妙な面持ちだった。

「女の勘よ。バディ子の闘争本能が彼に『何か』を感じ取ったんでしょうね」

 恐怖のために尻込みしたのではない。むしろバディ子はこれからディオニーソックスの真の力を体験できるのだと、筋肉質の胸を躍らせた。

「見せてくれるのかしら? あなたの力を」

「いいだろう。これこそが私の……本当のバトルフォームだっ!」

 ディオニーソックスがビキニパンツ一枚となり、ごつごつとした脚に縞模様のニーソを無理やり穿く。観衆はこれを待っていたかのようにシャッターを切りまくった。

「でででっ出たー! ディオニーソックスのニーソだあ!」

「夜の帝王! 夜の帝王!」

 考えてみて欲しい。ピンクのレオタードを握り締めて夜な夜な徘徊する『よるのていおう』と、JK風のニーソを自ら履く夜の帝王。彼らは変態だろうか?

「見た目の奇抜さに惑わされないで、バディ子! 来るわよ!」

「え、ええ!」

「ゆくぞ! サラス=バディ子!」

 驚きながらもバディ子は構え、ディオニーソックスの右の蹴りを読みきった。そのキックが遠心力を得る前に受け止め、カウンターを試みる。

(ディオニーソックスの重心は左足に……えっ?)

 ところがディオニーソックスには『両足』で踏ん張られ、逆にバディ子のほうが持ちあげられる。まさかと思った時には、ノーザン・ライト・ボムを決められていた。

「きゃあああっ?」

「フッフッフ! 勝負は始まったばかりだよ、バディ子君!」

 次は左の蹴りがニーソつきで襲い掛かってくる。

すかさずロープで上に逃れたつもりが、それも撃墜されてしまった。

「くうっ? な、なぜキックがかわせないの?」

「あ……あれよ、バディ子!」

 モリーチが声を震わせて驚愕する。

 ディオニーソックスは両脚のみならず、両腕にも縞模様のニーソを着用していたのだ。あまりのおぞましさにアラハムキは唖然とする。

「……オレにはド級の変態にしか見えないんだが……?」

 同じものがバディ子には『阿修羅』にさえ見えた。

(そういうことだったのね)

 右の後ろには必ず左があり、左の後ろには必ず右がある。四肢を駆使する徒手空拳において、それは当然の『型』だった。

 しかしディオニーソックスはその型を破ったのだ。右腕、左腕、右脚、左脚……そのどれもが『キック』を放つ。

「これが私の奥義、阿修羅破天舞だ!」

「そ、それは西風のラプソ……あううっ!」

 避けきれず、バディ子は阿修羅破天舞の猛攻に晒された。

「なんでかわせないんだ? 落ち着け、バディ子!」

「落ち着いてはいるはずよ。でも……」

 ギャラクシーランドの格闘技に造詣の深いモリーチは、さらなる秘密に気付く。

「目の錯覚に注意なさい!」

「……っ!」

 目の錯覚――ニーソの縞模様がディオニーソックスの手足をより短く『錯覚』させているのだ。バディ子は今まで以上に距離を取り、やっと猛襲を振りきる。

「や、やるわね……格闘家の心理の裏を徹底的にかいてくる、超・実戦的なスタイル……確かにこれまでの男たちとは一線を画すかも」

 ディオニーソックスのフットワークはまだまだ余裕を保っていた。

「フッフッフ。お褒めいただき光栄だよ」

 この阿修羅破天舞を破らない限り、バディ子に勝利はない。かつてない強敵にはモリーチも冷や汗をかき、その厚い唇をわななかせた。

「バディ子にも同じことができたら……いえ、無理ね。あれは真似できないわ」

「真似……? んなもん、やってみなきゃわかんねえぜ」

 一方、アラハムキはディオニーソックスの技の冴えを理解できていない。それでもバディ子のため、店内から手頃なニーソを引っ張り出した。

「代金はあとでな! 使え、バディ子!」

「アラハムキ……? そうだわ!」

 バディ子の脳裏に閃きが走る。そう、あたかも一流の棋士が数十手先を読み抜いたかのように。神の一手が! 碁盤という宇宙に優しく触れたのだっ!

「今日はボクサーパンツでよかったわ。反撃させてもらうわよ、ディオニーソックス!」

「ほう? そのニーソで一体、何をしようというのかな?」

 バディ子は靴もズボンも脱ぎ、純白のニーソへと片脚ずつ通した。その艶かしいお着替えシーンに観客は息を飲む。

「ボクサーパンツの、くく、食い込み……グハッ!」

 アラハムキは鼻血を噴いて倒れた。

 さらにバディ子はキックの素振りを繰り返し、ニーソ越しに汗を切った。

「これで私の『使用済み』よ。あなたなら、その意味がわかるでしょ」

「なっ! よ、よもや……」

 初めてディオニーソックスが焦りの色を浮かべる。

 かくしてバディ子の使用済みニーソはリングの上空へと投げ放たれた。ニーソのシルエットが逆光に晒され、男たちの目を眩ませる。

「おおおおお~!」

 それはディオニーソックスにしても同じことだった。

「こ、これだ! これこそ私が求め続けてきた、クイーン・オブ・ニーソ!」

 その名の通り、彼は生粋のニーソフェチ――目の前に大好物をぶらさげては、駄馬となってもかじりつくしかない。

「ほ……欲しい! ぜひとも私のコレクションに……」

「そこねっ!」

 ふらふらとニーソに手を伸ばすディオニーソックスの脇腹へ、バディ子のエルボーがめり込んだ。ディオニーソックスの長身は回転を伴い、リングの外まで飛んでいく。

「グオオオオオーーーッ!」

 ここ一番の見せ場でエルボー(肘鉄)。

 プリ○ュア5はなぜああもエルボーに拘ったのだろうか。ドリームさんもミルキィローズさんもエルボーで渾身の止め絵に入っている。

 間もなくバディ子の勝利を称えるゴングが鳴った。

 バディ子はモリーチ、アラハムキらと勝利を喜びあう。

「心理戦をモノにしたわね、バディ子! いい試合だったわ」

「ふふっ! なかなかいい線行ってたんだけど、やっぱり女心よりニーソを優先しちゃうようなひととはねぇ」

「ハア、ハア……ん? オレは今、何を見て……?」

 アラハムキのふとましい首へとバディ子のニーソが掛けられた。

「ちゃんとお会計しておきなさいね、それ」

「へ? 待ってくれ、オレがこんなもん買ったってのか?」

 記憶が飛んでいるらしい。

(男ってバカばかりね)

 声援を浴びつつ、バディ子は男たちの甲斐性のなさに嘆息するのだった。

 

 バディ子たちが去ってから一時間後のこと――。ディオニーソックスはおもむろに目を覚まし、たった一発のはずのエルボーの威力に驚嘆した。

「聞きしに勝る攻撃力……日に日に強くなっているようだな、あの王女は……」

 ギャラクシーランドで今やバディ子の名を知らぬ者はいない。

 いずれは四天王、五聖王、六大魔公、七英傑、八鬼衆、九頭竜闘士(以下略)を統べる、かのポ星首領(ポセイドン)にも迫るかもしれなかった。

「彼女が次代の……フ、まさかな」

 ディオニーソックスはリングを見上げ、自嘲の笑みを噛む。

 ここに悲劇の原因があったとすれば……それは彼がそこそこの美男子であること、だろうか。誰もいないはずの店内で後ろを取られ、その気配の異様な大きさに息を飲む。

「ッ! な……なんだ? この獅子をも踏み潰さんとする巨象のオーラは」

「デュッフッフッフ!」

 魔人はひらりとディオニーソックスの手前にまわり込み、艶笑を深めた。左手の薬指に光るのは指輪。摩利支天の化身がヒトヅマターを暴走させる。

「き、貴様はバディ子と一緒にいた……」

「ニーソが好きなんてロリコンねえ。私が大人の女の魅力を教えてあげるワ」

 筋肉質のゴツい脚線はストッキングで密封されていた。そのおみ足がディオニーソックスの顔面をがっちりとロックする。

 

 

 

 

 

 

 さしものディオニーソックスも戦慄した。

「ぐおおおっ! よ、よせ! 私にストッキングの嗜好など……」

「まだ絶対領域に夢を見ていたいのかしら? デュフフ!」

 モリーチの厚い唇へ膨大なエネルギーが収束する。

「バディ子で満たされなかった分は、私が満たしてあげるワ。おませさん」

「ま、待て! 勝負は終わったでは、な……!」

 弩級のキスがディオニーソックスの顔面へと襲い掛かった。

「さあ、私の唇に包まれて果てなさいな! アグレッシブ・ビースト・ベーゼ!」

 ヒトヅマターによって巨大化した闘気の舌が、ディオニーソックスの美貌を滅茶苦茶に舐りまわす。それは整った鼻筋をなぞっては、耳を折り畳み、顎を舐めあげた。

 しかし両手がニーソで塞がっているディオニーソックスに、このロックは外せない。

「ぐぉ、ぐぶぉ……グハァアアアッ!」

 この日、またひとりの美男子が星となった。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、八人の実力者がいた。

「……ディオニーソックスがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ九頭竜闘士の中でも、最弱……」

「何しろ九頭竜闘士になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

「フ……笑止な」

「笑ってやるんじゃない。相手が強すぎたのさ」

「美しい者が勝つ。それだけのコト」

「わしは寝る。次の試合が始まったら、起こしてくれ」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

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