宇宙屈指さをサラスBODY 6

 銀河に浮かぶ約束の地、ギャラクシーランド。水の星と砂の星が衝突したため、ここの大気には高濃度のプロテインが充満している。

 その混沌の最中から、すべてを無に帰すべく『ヤツ』は現れた。

 我はすべての筋肉、すべての体毛。お前たちを鍛え、そして私も鍛えよう。

 ――永遠に!

 だが恐れることはない。今こそ魔法のランプで斬鉄剣を呼び出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 サラス=バディ子の一行はギャラクシーランドでも有名なグルメ街を訪れていた。この一角には肉体の強靭さと料理の腕を兼ね備えた、美男子のシェフがいるという。

 彼は『スパイシー・カーリー』と呼ばれていた。

 そう、あのインド神話でお馴染みのカーリーである。女神転生では鬼女(合体で有用)だったり地母神(カオス系の回復役)だったりするため、お世話になった諸兄も多いだろう。パールヴァティの怒りの化身とも伝えられている。

 バディ子の盟友モリーチもまたマリシテン(マリーチ)を由来としており、カーリーとは出自が近い。

 それはさておき、噂のカレー屋でバディ子たちはカーリーと対面を果たした。

「待っておったぞよ、サラス=バディ子。ほう……聞きしに勝る美貌ぞな」

「あなたがカーリーね。お店は繁盛してるようだけど……」

 バディ子の目的は腹ごしらえと、もうひとつ。最強の花婿を見つけるべく、こうして美男子の噂を聞きつけては、戦いを挑んでいるのだ。

 すでに四天王や五聖王はバディ子によって倒されている。

「私と試合してもらえるかしら?」

「ハッハッハ! いいぞよ」

 バディ子たちは店の奥にある特設リングへと案内された。そこかしこにカレーの飛び散った跡があり、無限の香ばしさを漂わせている。

 連れのアラハムキやモリーチはすでに今日の食事について相談していた。

「うーん……俺は、カレーは甘口のほうが好きなんだがなあ……」

「あらあら、お子様ねえ。カレーは辛くてナンボでしょう?」

 バディ子が愛するカレーは中辛。男性と同じで、甘すぎても辛すぎてもいけない。

 先にカーリーがリングにあがり、高らかに名乗りをあげた。

「我こそは八鬼衆がひとり、スパイシー・カーリー!」

 グルメ街の客らも続々と観戦に駆けつけ、リングは熱気を帯びる。

「ハヤシライ=ンキュバ=スを降して八鬼衆入りしたってのは、あいつか」

「挑戦者のほうもすげえぜ? アマゾネス星の王女様だよ」

 かくして運命のゴングが鳴り響いた。

「いくわよ! ええいっ!」

 ロープワークでリングにあがりつつ、バディ子は得意のドロップキックで先制を狙う。それはカーリーにかわされたものの、ステップはバディ子のほうが早かった。

 カーリーを押し倒し、腕ひしぎ十字を極める。

「ぬうっ? い、いつの間に……」

「あら? 私はまだ本気を出してないんだけど」

 辛くも(カレーだけに)カーリーはロープへと逃れたが、バディ子の猛撃は止まらなかった。ラリアットの打ちあいと見せかけて、相手の腕を取り、一本背負いに乗せる。

「グハアッ?」

「まだよ! これはおまけッ!」

 さらにはバックドロップも炸裂させて、観衆を沸かせた。

「バディ子! バディ子!」

「口ほどにもないわね。今日は調子が悪いのかしら? カーリーさん」

 戦いの流れを掌握し、バディ子は余裕を浮かべる。

 にもかかわらず、モリーチはカーリーの反撃を危惧していた。

「確かにバディ子は強くなったけど、相手はまだ手の内を見せてない……気をつけて、バディ子! そいつは何か企んでるわ!」

 一方で、アラハムキは押せ押せといった調子でバディ子を鼓舞する。

「リードしてるうちに決めるのも戦法だ! さっさと決めて、俺と飯にしようぜ!」

「そうね。悪いけど、あなたじゃ私の理想には遠いようだし」

 バディ子はロープをたわめ、跳躍に弾みをつけた。

「フフフ……これでも戦えるぞね?」

 ところがカーリーは不敵な笑みとともに、あるものを取り出す。

まさかのカレーうどんだった。バディ子は驚き、ボディプレスで自爆してしまう。

「あ、あなた……本気なの?」

「本気ぞよ。ほらほら、気をつけたまえ」

 バディ子の顔に戦慄の色が走った。

 カレーライスのほかにも、カレーコロッケやカレーソースなど、カレー味の料理は枚挙に暇がない。だが、その中でもカレーうどんは危険極まりないものだった。

 汁が飛ぶからだ。

 うどんのスープと混ざることでほぼ液化しているうえ、それが麺によって跳ねる。大抵の店では客にエプロンも提供するのがお約束となっていた。

 危なげにカレーうどんを掲げながらも、カーリーはキックを放つ。

「ハッハッハ! さっきまでの勢いはどうしたぞよ!」

「きゃああっ!」

 さしものバディ子も汁が気になって、反応が遅れた。彼の蹴りをもろに食らい、暖簾の外までぶっ飛ばされる。

審判が早口でリングアウトのカウントに入った。

「1、2、3、4……」

「あ、焦らせてるつもり? 馬鹿にしないで」

 カーリーのほうにリング外で戦う気はないらしい。カレーの香りを漂わせながら、リングの上で余裕綽々にバディ子を待つ。

(いい気になれるのも、今のうちよ。次の奇襲で……)

 ロープを跨ぐと見せかけて、バディ子は身体をドロップキックの軌道に乗せた。

「……えっ?」

 だがカーリーにカレーうどんを向けられ、また動きが鈍る。その隙を突かれ、またもカーリーのハイキックに撃墜されてしまった。

 ロープの傍で蹲るバディ子のもとへ、アラハムキが心配そうに駆けつける。

「大丈夫か? バディ子!」

「え、ええ……けど、このままじゃ……」

 カレーうどんの汁を気にせずに戦えばよい、それはわかっていた。

しかし女として、自慢のバトルユニフォームを汚したくない。泥や血ならまだしも、カレーうどんの染みだけはどうしようもないのだ。

「血の汚れなら大根のすり身で落とせるって、モリーチが教えてくれたけど……」

「ハッハッハ! 所詮、きみは戦士である以前に女なのだ! カレーで汚されたくなければ、素直に負けを認めるぞねえッ!」

 女として侮辱され、バディ子はかつてない屈辱に震えた。

「許さないわ、絶対……!」

 そもそもこうして各地の男子に戦いを挑むのは、理想の花婿を探すため。オフロディーテにせよ、バッカスにせよ、あくまでバディ子を女性として尊重した。それに引き換え、この外道はバディ子にカレーうどんの汁などを向け、せせら笑っている。

「これまでのようぞね、サラス=バディ子!」

 喜々としてカーリーがカレーうどん片手に襲い掛かってきた。

「――待てッ!」

 それを、反則上等でアラハムキが受け止める。

 すでに審判はモリーチのふとましい腕の中で失神していた。

「今日だけは見せ場を譲ってあげるわ。存分に暴れなさい、アラハムキ!」

「合点承知!」

 茶色の汁が飛び散ろうと、アラハムキはまるで動じず、カーリーのカレーうどんを奪い取る。そして割り箸を構え、勢いよく啜り始めた。

 ズルズルズルズル~!

「これさ食ってしまえば、バディ子は思いきり……うっ?」

 ところが一口目にして顔を強張らせ、玉の汗を浮かべる。甘党のアラハムキには、カーリーのカレーうどんは辛すぎたのである。

 カーリーの高笑いが木霊した。

「ハーッハッハッハ! カレーうどんを奪われた時の対策くらい、してあるとも。まさか捨てるわけにもいかんぞねえ? 食べ物をッ!」

 それでもアラハムキは意を決し、カレーうどんを貪る。

「食べ物を武器にするような輩の好きにはさせん! フォオ……フオォオオオオッ!」

「な……なんだとぉっ?」

 ついにはスープまで平らげ、どんぶりは空となった。

 アラハムキは倒れ、バディ子に希望を託す。

「い、行け……! 聖なるリングの上で、やつに鉄槌を……グハッ!」

「アラハムキ! ……ありがとう、助かったわ」

 バディ子はゆらりと立ちあがり、カーリーをねめつけた。その右手が闘気を宿し、青い炎を揺らめかせる。

 一転してカーリーは窮地に立たされた。

「そんなバカな! 十倍だぞよ? 市販の辛口の十倍の辛さで、なぜ?」

カレーうどんなくして、彼が『女』に勝てる見込みはない。

「そこそこ美味しかったんじゃない?」

「ま、待ってくれ! そうだ……二対一となった時点で、この試合は無効に……」

「往生際が悪いわねッ!」

 渾身のアッパーカットが、カーリーの顎を真下から打ちあげた。それは炎を伴い、カーリーの身体を宙で焼き尽くす。

「グハアァッ!」

 かくしてカーリーはリング外へと落ち、二度と起きあがってこなかった。

「……つまらない男だったわね。やれやれだわ」

 バディ子はアラハムキに手を差し伸べ、にっこりと微笑む。

「あなたのおかげよ。どう? まだ食べられるでしょ。今日はご馳走するわ」

「バディ子……! もちろんさ、美味いもんを食おうぜ!」

 珍しく報われ、アラハムキも舞いあがった。

 

 バディ子たちが去ってから一時間ほどして、やっとカーリーは意識を取り戻す。

「うぅ……? よもや、わたしのカレー殺法が破られるとは……」

 カレーうどんを取りあげられたうえ、実力においても敗北を喫した。すでにカレー屋に客は残っておらず、店の中は閑散としている。

 ただ、ひとりだけまだ残っていた。

「お目覚めのようねェ」

 かの摩利支天の化身とも噂される女傑、モリーチ。彼女はぐつぐつに煮えたカレーの鍋を携え、カーリーの目覚めを待っていた。

「き、貴様はバディ子の……?」

 その巨影がカーリーを戦慄させる。

「アナタはリングを穢し、バディ子を辱めたのよ。……あの子が許しても、私が許すと思って? アナタにはとっておきの『おしおき』をしてあげるワ」

 カーリーの全身にカレールーが浴びせられた。

「アチチチッ! ……い、一体、何を?」

「冥土の土産に持っていきなさいな。これがアグレッシブ・ビースト・ベーゼよ!」

 モリーチの唇へと膨大なエネルギーが収束していく。

 カレーまみれになりながら、カーリーはごくりと息を飲んだ。

「アグレッシブ・ビースト・ベーゼ? まさか貴様は……ヒトヅマッスル?」

 モリーチの薬指で指輪が光る。

 彼女のキスは巨大化するとともに、勢いあまってカーリーをリングへ叩きつけた。そのうえで舌を巻きつけ、強烈に吸いあげる。

 

 

 

 

 

 

 ジュルジュルジュル~!

「たたっ助けてくれ! やめ……ぎゃあああああああっ!」

「カレー味の男も悪くないわね。デュフフッ!」

 そして飲み込まれるまで、カーリーは恐怖と絶望を味わわされるのだった。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、七人の実力者がいた。

「……カーリーがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ八鬼衆の中でも、最弱……」

「何しろ八鬼衆になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

「フ……笑止な」

「笑ってやるんじゃない。相手が強すぎたのさ」

「美しい者が勝つ。それだけのコト」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

 

宇宙屈指さをサラスBODY 6 ~END~   

 

 

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