宇宙屈指さをサラスBODY 5

 広大な銀河に浮かぶ大地、その名をギャラクシーランド。

 またの名をギャランドゥ。

 それは下腹の体毛を意味するフレーズでもある。そう、下腹とは丹田。全身の『気』が集中する場所であって、ギャランドゥはそれによって伸びているのだ。

 嗚呼、肉体の神秘!

 それを脱毛によって取り除くことは、何より罪深いことだった。

 

 サラス=バディ子の一行は七英傑のひとり『アジ=ダハーカ』の宮殿を訪れた。顔立ちのよい一流の美男子が、アジを模った帽子で威風を放つ。

「五聖王、六魔大公を破り、とうとうボクたち七英傑を相手にしようとはね」

 四方の壁には鏡が張り巡らされていた。

 サラス=バディ子は挑戦者として名乗りをあげる。

「あなたが雄壮な男だって噂を聞いて、ここまで来たの。あなたの実力、見せてもらえるかしら? アジ=ダカーハ」

「……フッ」

 アジ=ダハーカが不敵な笑みを浮かべた。

「君で28人目だよ。バディ子」

「……何のことかしら」

「ボの名前を間違えたやつの数さ。みんな、アジ=ダハーカをアジ=ダカーハと呼んだりする。それがボクに対する侮辱とも知らずに、ね」

 鏡の中でも『彼』らは一様にやにさがる。

 チャームポイントはフェロモンが匂いそうな胸毛。

「ボクは鏡の自分を相手に百の稽古をして、千の勝利を収めてきた。そして編み出したのだよ。似て非なるものをスタイルとする、究極の奥義を」

 アジ=ダハーカたちが一斉にバディ子を指差す。

「ボクが勝ったら、キミには宮殿じゅうの鏡を磨いてもらおうか。さあ、どこからでも掛かってきたまえ、アマゾネス星の王女!」

「望むところよ!」

 バディ子は白虎大腿筋に力を溜め、それを瞬発力として跳躍した。

 すっかり観戦役となったモリーチとアラハムキが、興奮気味に目を見張る。

「ローリングソバットで先制ね! 牽制用の技も増えてきたじゃないの」

「……いや、待て! アジ=ダカ……ダカカッハのやつ!」

 ところがバディ子の奇襲に、アジ=ダハーカも同じローリングソバットを重ねてきた。膝と膝がぶつかり、体格の差でバディ子のほうが弾き飛ばされる。

「い、今のは? 一体……」

「フッフッフ! これがボクの奥義さ」

 バディ子は受け身の反動でコーナーを蹴り、再び跳んだ。今度は上空からのドロップキックでアジ=ダハーカの胸元を狙う。だが、それも同じドロップキックで防がれた。

「なんですって?」

 アジ=ダハーカの妙技には豪胆なモリーチさえ青ざめる。

「あの男、バディ子の動きを完璧にコピーしてるんだわ。……鏡のように!」

「じゃあ、バディ子は自分と戦ってるってことか?」

 バディ子が額の汗を拭うと、それもアジ=ダハーカは真似た。わざとらしい仕草がバディ子の神経を逆撫でする。

「……ちょっと! 真似しないでったら!」

「おっと、失礼。これがボクの得意技なものでね」

 バディ子の格闘術は我流、それゆえに相手には読めない。にもかかわらず、アジ=ダハーカはバディ子の構えを正確無比にトレースしていた。

「おや? もう終わりかな?」

「そんなわけないでしょ。これでも、真似できるかしら?」

 バディ子は逆立ちの姿勢から跳び、相手の首筋に延髄蹴りを仕掛ける。

 が、またしても逆立ちから真似をされ、同じ延髄蹴りで返されてしまった。キックの威力はアジ=ダハーカのほうが上まわり、バディ子だけが転倒する。

「うあっ?」

「ひょっとして君は、アルパカとアルカパも間違えるんじゃないかな?」

 巧みな話術もバディ子から冷静さを奪った。

「え、ええと……?」

「騙されてはだめよ! アルパカは動物で、アルカパは『ドラ〇エ5』の街でしょ!」

 一方、アジ=ダハーカは余裕の笑みすら綻ばせる。

「ニラレバとレバニラでは、どっちかな?」

「そ、それはニラレバ……」

「落ち着け、バディ子! レバーをニラで炒めるんだから、レバニラだ!」

 実のところ、この旅ではアラハムキが炊事を担当していた。

バディ子はかぶりを振って、雑念を遠ざける。

「もう誤魔化されないわよ、アジ=ダカーハ。これならっ!」

 次はアジ=ダハーカの脇を横切り、背後から掴み技を狙ってみた。しかしそれもアジ=ダハーカに読まれたうえ、先に技を仕掛けられてしまう。

「やれやれ。僕の名前は『アジ=ダハーカ』さ」

「そ、そんな……きゃああっ!」

 垂直落下のバックドロップが決まった。

 アラハムキが声を張りあげる。

「バディ子! 何もせず、とにかく敵の出方を待つんだ!」

 モリーチは『エフ〇フ5』の攻略本を握り締めた。

「それよ! ものまね士を思い出して!」

 こちらが何もしなければ、相手も真似をすることはできない。だが、守り一辺倒で反撃の機会を窺うなど、バディ子のスタンスではなかった。

「とことん攻めるのが私の流儀よ!」

 ワン・ツーのリズムでパンチを放ち、とどめのスリーに勢いをつける。

 それも同じワン・ツーで防がれ、スリーで食い止められた。

「気に入ったよ。ますます気に入った! ぜひとも君に髭を剃ってもらいたいね!」

「くっ……!」

 次第に息もあがってくる。

 真似をされるというプレッシャーにも、バディ子は神経をすり減らしていた。このままアジ=ダハーカの術中にあっては、いずれ倒されてしまうだろう。

 リングの傍でモリーチが前のめりになる。

「そうだわ! バディ子! 自分にあって、相手にないもので勝負なさい!」

「自分にあって、相手にない……?」

 バディ子の脳裏で閃きが走った。

「いいえ、逆よ! 見つけたわ! 相手にあって、私にはないものが!」

 俄かにアハラムキの顔が真っ青になる。

「そ……それだけはだめだ! キン・ティッキーだけは!」

「早とちりしないで、見てなさいったら」

 だが、バディ子の行動は誰の予想をも超えていた。長い髪を後ろで括ったら、しゃがみ込んでリングを擦りまくる。

「気でも狂ったかな? 今度は僕から行くぞ!」

 勝利を確信したらしいアジ=ダハーカが、初めて前に出た。

 そのはずが、足元のリングへと吸い寄せられる。

「な……なんだと?」

 バディ子の顔に強気な笑みが戻った。

「掛かったわね。静電気よ」

「そ、そんなバカな!」

 静電気を帯びたリングが、アジ=ダハーカの『胸毛』を捕らえたのだ。だからこそ自分の髪を括り、静電気から遠ざけもしている。

 まさかの奇策にアラハムキは驚愕し、モリーチも唸った。

「ハハハッ! さすがサラス=バディ子だぜ!」

「チャンスは今しかないわ!」

 バディ子は高く跳び、空中で全身の力をたわめる。

 それによって、落下のスピードに弾みがついた。バディ子自身が弓なりに反るほどのフライング・ボディプレスが、アジ=ダハーカの背中へと強烈に叩きつけられる。

「ぐはああああッ!」

 その一撃で、アジ=ダハーカは敗北を察したようだった。

「なんという格闘家だ、君は……よもや、貧乳を活かしてのボディプレスとは……」

「うるさいわねっ!」

 女の鉄拳が今度こそアジ=ダハーカを失神させる。

 モリーチが拍手で健闘を称えた。

「やっぱりあなたのファイトは最高ね! 攻めに徹するその姿勢、輝いてたわ」

「ポリシーのないバトルなんて、つまらないでしょ?」

 素敵な男子を探して。サラス=バディ子の旅はこれからも続く。

 

 アジ=ダハーカが目覚める頃には、サラス=バディ子の姿はもうなかった。愛用の姿見の前で立ち、自嘲を浮かべる。

「自慢の胸毛で敗北するとは、僕もヤキがまわったかな……ん?」

 ふと鏡に何かが映った。背後に誰かがいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 見間違いではない。アジ=ダハーカの後ろには憤怒の化身が立っていた。

 雄々しい巨漢の名は、アラハムキ。

「貧乳ではない。あれは美乳というのだ、巨乳派の手先め」

「き、貴様は……?」

「バディ子の胸の感触はすべて、俺の剛毛で上書きしてくれるわ。食らうがいい!」

 アラハムキが下敷きを自分に当て、胸毛を激しく擦りまくる。

「ま、待て! まさか、そんなものを……」

 ごわごわの剛毛が静電気でぞわぞわと起きあがった。おぞましい感触がアジ=ダハーカの背中へと襲い掛かる。

「ハッハッハ! どうした、俺の胸毛プレイは真似せんのか?」

「ギャアァアアアアア~ッ!」

 またひとりの美男子が魔人に敗れた。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、六人の実力者がいた。

「……アジ=ダカーハがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ七英傑の中でも、最弱……」

「何しろ七英傑になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

「フ……笑止な」

「笑ってやるんじゃない。相手が強すぎたのさ」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

 

 

宇宙屈指さをサラスBODY 5 ~END~   

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