宇宙屈指さをサラスBODY 4

 銀河に浮かぶ大地、その名をギャラクシーランド。

 またの名をギャランドゥ。

 つまり詩において『ギャランドゥ』と出てきた場合、それは銀河の大地ギャラクシーランドであるとともに、下腹の体毛ギャランドゥをも意味しているかもしれないのだ。

 これを掛詞といふ。

 サラス=バディ子は強い男の噂を聞きつけ、今日も銀河を駆けていた。

 

 六魔大公のひとり、オフロディーテ。彼は極寒地方のスパを根城とし、朝から晩までバスタイムを満喫していた。お気に入りの入浴剤はプロテイン・ローズらしい。

 バディ子とモリーチ、ついでにアラハムキを豪勢な大浴場で迎えたのは、ビキニパンツの巨漢だった。

「ようこそ、サラス=バディ子! そろそろ来ると思ってたワ」

「あなたがオフロディーテね。なるほど……」

 バディ子とオフロディーテの視線が交差する。その一瞬のうちに、バディ子は彼がただのオカマではないことを直感した。

 見惚れた、といってもよい。隆々とした肉体は日々鍛錬の、そして白磁のごとき美肌は日々入浴の賜物。完成された男の『美』を目の当たりにした気がする。

「美の化身と呼ばれるだけのことはあるわね。フフッ」

「あらあら、正直ネ。何なら特別にお肌のお手入れについても、教えてあげるワ」

「本当にいいのかしら? 私のほうが美しくなってしまうけど」

 不遜なオフロディーテにあえて調子を合わせていると、アラハムキがいきり立った。

「俺のバディ子に色目を使いおって! 貴様、許さんぞ!」

「待ちなさいったら、アラハムキ! あなたの敵う相手じゃ……」

 モリーチの制止も聞かず、オフロディーテに飛び掛かっていく。しかしオフロディーテが片足をあげただけで、アラハムキの特攻は方向を変えた。

「うおおっ?」

 そのままアラハムキは電気風呂へと頭から突っ込む。

「グハアアアアアッ!」

 電気風呂には高圧電流が流れていた。モリーチが肩を竦め、アラハムキを豪快な一本釣りで電流地獄から引っ張りあげる。

「そこでおとなしくしてなさい」

「オ、オオオ、オォ……」

 痺れっ放しのアラハムキはさておき、バディ子はオフロディーテと対峙した。

「どうやら見た目だけじゃないようね。勝負してもらえるかしら?」

「もちろんよ。こちらこそ、アマゾネス星の王女のお手並み、拝見させていただくワ」

 オフロディーテが紫色の石鹸を両足のスネに擦りつける。

「ただし……ワタシが勝ったら、あなたにはワタシの背筋を流してもらうから」

「いいわよ。あなたが私より強い男なら、ね」

 浴室のタイルが濡れていることにも構わず、バディ子は跳躍で一気に距離を詰めた。

「無茶よ、バディ子!」

「こっちから攻めないことには、始まらないでしょ!」

 敵の出方を待つのは、性に合わない。たとえ正体不明の技であろうと、真っ向勝負で噛みきるまでだった。オフロディーテに目掛けて、跳び蹴りを放つ。

「甘いわねェ。そんなもの?」

「……えっ?」

 ところがオフロディーテが無造作に右足をあげただけで、バディ子のキックは呆気なく逸らされてしまった。危うく電気風呂に飛び込みそうになり、空中で身を捻る。

 モリーチが声を荒らげた。

「わかったわ! やつは『泡』であなたの攻撃を滑らせたのよ!」

「そうだったのね。まさかとは思ったけど」

 改めてバディ子はオフロディーテと睨みあった。

「それがわかったところで、どう戦うつもり? ウフフ」

「ここはお風呂よ。それくらいの泡、すぐ流せるわ!」

 手頃な湯舟越しに間合いを取り、勢いをつけて、その湯へ飛び込む。お湯はばしゃっと溢れ、オフロディーテの膝もとを直撃した。

「ぬうぅ?」

「今よ! てやああっ!」

 すかさず得意のヒップアタックで追い打ちを掛ける。

「……きゃあ?」

 だが、またしてもオフロディーテの泡ガードに阻まれてしまった。狙いが外れ、バディ子は洗面器の山へと転がり込む。

「その程度で、この泡を落とせるとでも? 期待するほどでもなかったかしらァ」

 オフロディーテは余裕綽々に腕を組み、泡まみれの美脚を見せつけた。

 モリーチがはっと顔を強張らせる。

「あ、泡が……垂れてこない? な、なぜ……」

「ご明察ねェ。その理由はワタシの美しいスネ毛にあるの」

 さしものバディ子さえ目を疑った。

 何も石鹸が特別製なのではない。オフロディーテのスネ毛が泡を留め、バディ子の攻撃を滑らせていたのである。

「この神に選ばれたスネ毛がある限り、ワタシは無敵なのよ! ウフフフッ!」

「なんてこと……まさに、お風呂場で戦うために選ばれた戦士だわ」

 これでは、打撃や飛び技の類は通用しそうになかった。掴み技で攻めるにしても、あの脚を掴むことはできないだろう。

(なんとか上半身への攻撃を……いいえ、読まれそうね)

 頭の中で攻め手を決めあぐねていると、モリーチが一冊の本を投げてよこす。

「バディ子! これを読んで!」

「モリーチ……?」

 それは『ドラ〇ンボール』の6巻だった。内容を憶えているからこそ、バディ子はマッハで読み返し、オフロディーテの攻略法を閃く。

「やっぱり頼りになるわね、あなたは! この勝負、勝たせてもらうわ!」

「ウフフ、何を馬鹿な……あら?」

 バディ子の鉄拳が浴場の壁をぶち破った。

「こうするのよッ!」

 ここは極寒の地にあるスパ。外は激しく吹雪いており、数メートル先も見えない。

 真っ白な冷気は瞬く間に大浴場を荒らし、湯舟の水面を凍てつかせた。オフロディーテのスネ毛も泡ごと凍りつく。

「な、なんですってェ? こざかしい真似を……!」

「もらったわ! そこねっ!」

 今度こそバディ子のヒップアタックがオフロディーテを捉えた。

「なーんて……ねェ!」

「え?」

 かに見えたが、またしても脚で方向を逸らされてしまう。バディ子が体勢を崩したところへ、オフロディーテのラリアートが炸裂した。

「あぅうっ!」

 バディ子はボールように打ち返される。

 それをモリーチがカバーしてくれたおかげで、壁に叩きつけられずには済んだ。

「だ、大丈夫? バディ子」

「ええ。けど、泡は凍らせたはずなのに」

 オフロディーテが自ら脚を撫で、勝ち誇る。

「オバカさんねェ。泡より氷のほうが、滑るに決まってるじゃない?」

 オフロディーテの脚は凍りつき、青白い煙を漂わせていた。大浴場のタイル床にも氷が張っており、立つことさえ難しい。

「こ、こんな単純なことに気付かなかったなんて、私……」

「そうそう、ワタシの身体が冷えるのを待っても、無駄よ。日がな一日、お風呂に入ってるんだから、いつだって芯まで温まってるの」

「この寒さの中で?」

 再びファイティングポーズを取るも、バディ子の闘志は揺らぎつつあった。

 オフロディーテの言葉がまことしやかに木霊する。

「あなたはこれまで奇襲や奇策に頼って、四天王や五聖王を倒してきただけのこと。実力のうえではこの程度……おとなしくワタシの背筋を磨くことねェ」

「ぐ……」

 図星などと認めたくなかった。

(あの脚でガードされたら……でも、そうだわ……毛の生えてないところを攻めれば)

 それでも勝負を諦めない不屈の精神が、バディ子に閃きをもたらす。すでにモリーチは突破口を見つけたようで、にんまりと不敵な笑みを浮かべていた。

「おたおたするなんて、あなたらしくないわよ? バディ子」

「ごめんなさい、これでカタをつけるわ。……いくわよ、オフロディーテ!」

 バディ子の闘気が吹雪と混ざり、渦を巻く。

「アマゾネス・タツマキ~!」

 それをもろに食らいながらも、オフロディーテは仁王立ちで動じなかった。

「これくらいの風で、ワタシがどうなるとでも?」

「まだよ! アマゾネ・スピィーン!」

 バディ子は爪先立ち、氷の床面も利用して、高速で回転を始める。アマゾネ・スピンはさながら独楽のように跳ね、オフロディーテへと襲い掛かった。

 吹雪の渦がアマゾネ・スピンの回転をさらに速める。

「突撃しか能がないわけ? 残念だったわね、サラス=バディ子!」

「それはどうかしらっ!」

 今度もオフロディーテがハイキックで捌いたかに見えた。

ところが、アマゾネ・スピンを『足の裏』に受け、オフロディーテそのものがネジのように回転させられる。

「なっ、ななな、なんですってェ~?」

 オフロディーテは勢いよく弾き飛ばされ、氷の張った湯舟へと頭から突っ込んだ。

 バディ子は髪をかきあげ、悠々とはにかむ。

「凍ったお風呂場でも、あなたは平然と立っていた……おかげでピンと来たのよ。ご自慢のおみあしも、足の裏には毛が生えてないってことに」

「ワ、ワタシにそんな弱点が……」

 オフロディーテは倒れ、バディ子とモリーチはハイタッチで勝利を祝した。

「お疲れ様、バディ子! 冷えたでしょう……どう? 温泉にでも寄っていくのは」

「賛成! ついでに美味しいものも食べて、英気を養いましょ」

 今夜は雪山の秘湯を満喫することに。

 

 バディ子たちが去ってから、オフロディーテはよろよろと起きあがった。

「凄まじい威力だったわ、アマゾネ・スピン……たった一撃で、この有様だなんて……」

 ダメージが大きいせいで、身体もすっかり冷えている。今夜のところは自分専用のバスルームに籠り、治療に専念するべきだろう。

 そのつもりが、プロテイン・ローズの湯で意外な男と出くわす。

「……き、貴様は!」

「地が出てるぞ? オフロディーテ」

 

 

 愛の化身、アラハムキ。

「バディ子とソーププレイとは許し難いやつめ。バディ子の柔肌の感触はすべて、この俺のバーバリアン・ドゥー・トロワで上書きしてくれる。食らうがいい!」

 縮れた剛毛が石鹸を無限に泡立てた。

 アンとは胸毛、ドゥーとは腹毛。そしてトロワとは無論、ギャランドゥのことである。

「ま、待ってくれ! 貴様のソープなんぞ誰が……ぐおぉおおッ!」 

「お前のスネ毛など話にならんな。これこそが本物だ!」

 バラ色の泡を絡めながら、さらには醜いスネ毛までオフロディーテに殺到した。

「ギャアアアアアアアア~!」

 美の化身の慟哭が響く。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、五人の実力者がいた。

「……オフロディーテがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ六魔大公の中でも、最弱……」

「何しろ六魔大公になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

「フ……笑止な」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

 

宇宙屈指さをサラスBODY 4 ~END~   

 

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