宇宙屈指さをサラスBODY 3

 銀河に浮かぶ大地、その名をギャラクシーランド。

 いつからか、ひとびとはこれを『ギャランドゥ』と呼んでいる。しかしギャランドゥとは本来、下腹部の体毛を意味する、何とも破廉恥な言葉だった。

これは――強い男を求めてギャラクシーランドを旅するサラス=バディ子と、痛快な仲間たちが織り成す、汗と涙の物語である。

 

 サラス=バディ子の一行を招待したのは五聖王のひとり、バッカス男爵。彼は美酒を好み、盃を交わせるような一流のレディーを求めていた。男を求める女と、女を求める男。バディ子とバッカス男爵の出会いは必然だったのかもしれない。

「ご招待ありがとう、男爵」

「ふふふ。ゆっくりしていきたまえ」

 だが、ふたりの間には致命的な問題があった。

 銀河健全法において、未成年のバディ子は飲酒を禁じられている。大事なことなので二度言うが、未成年は断じて酒を飲んではならないのである。

 ただ、安心して欲しい。今の世の中、成人でも『お酒が飲めない』『お酒は飲まない』というひとは、案外多い。理解のあるひともいるので、勇気を出して断ってみよう。

 バッカス男爵が自慢の髭をなぞって、はにかむ。

「まあ構わんよ。君を今から愛酒家に育てるというのも、面白そうだ」

「言ってくれるわね。生憎、私は強い男性にしか興味がないの」

「だったら、私の強さを示すまでだよ」

 床の中央が開き、リングがせりあがってきた。

 しかしバディ子がリングに上がろうとするのを、モリーチが制する。

「ここは私に任せなさい。酒好きとして負けられないもの」

「オーケー。期待してるわよ、モリーチ」

 モヒカンの女傑、モリーチ。そのパワーはバディ子も一目置くほどで、少なくともアラハムキの十倍は強かった。

「モリーチで大丈夫なのか? バディ子。俺が戦ったほうが……」

「あなたは解説でもしてなさいってば」

 バディ子に『解説役』を貶めるつもりはない。かのテリー○ンも、○電も、解説にまわるだけの品格がある。しかしアラハムキはまだその境地に達していなかった。

 最近は焼き芋にはまっているようで、今も齧ってばかり。

「もぐもぐ……無理はするなよ? モリーチ」

「ふん。あなたに言われるまでもないわ」

 バッカス男爵はリングの上で軽快なフットワークを披露した。さながらプロボクサーのように、こぶしの素振りで空を切る。

「ほほう、君が相手か」

「その余裕……これを見ても、続くかしらねえ?」

 対するモリーチは酒瓶を開け、豪快なラッパ飲みを見せつけた。

「……ヒック」

 彼女の動きが緩やかになる。

 それは鈍いようで、先がまったく読めなかった。アラハムキがはっと目を見開く。

「まさか、酔拳か?」

「その通りよぉ。ヒック……いくわよ、バッカス男爵!」

 モリーチとバッカス男爵が真正面から打ち合いを始める。しかしバッカス男爵のジャブもストレートも、モリーチには紙一重でかわされた。

「ぬうっ! で、できる!」

「そこねっ!」

 スウェーバックの体勢のまま、モリーチが蹴りでバッカスの顎をかちあげる。

「ぐぅ? やるではないか、レディー」

「まだまだ、これからよ? 男爵」

 酔えば酔うほど強くなる、それこそが酔拳。モリーチは酒で顔を赤らめ、ふらつきながらも、バッカス男爵と互角以上に渡りあった。

 バッカス男爵のパンチが必殺のタイミングであろうと、モリーチには掠りもしない。

「なんだとっ?」

 それどころかモリーチに掴まれ、呆気なく投げ飛ばされてしまった。

 アラハムキが声を震わせる。

「よ、読めん……! モリーチの動きは格闘技を超越してるぞ、バディ子!」

「ええ。こんな切り札を隠し持っていたなんてね」

 ギャランドゥ・トーナメントでは酒類の持ち込みが禁止だったため、酔拳の出番もなかったのだろう。モリーチの奇抜にして華麗な戦いぶりには、バディ子も息を飲む。

「期待以上だよ、モリーチくん。前座の試合でこうも楽しめるとは」

「私を前座扱いだなんて……ヒック、見くびられたものねぇ」

 ふたりはじりじりと間合いを詰め、睨みあった。

 ところが、優勢だったはずのモリーチが俄かにふらつき、膝をつく。

「……う?」

「効いてきたようだな」

 すっかり解説役のアラハムキが顔を顰めた。

「いかん、こいつは噂に聞く男爵マジックだ! やつのペースに乗せられたぞ!」

「なんですって?」

 バディ子は驚き役となって、リング上の攻防に目を見張る。

 呼吸、踏み込み、筋肉の伸縮……その強弱や緩急には格闘家ごとにリズムがあった。バッカス男爵はその癖を見抜き、思うがままに狂わせることができるのだ。

 自分のペースで戦っているつもりだったモリーチは、知らず知らずのうちにバッカス男爵によって、それを乱されていた。

「認めよう。君は戦士だ、モリーチくん!」

「がはあっ!」

 もはやモリーチの動きにキレはなく、バッカス男爵の猛攻を浴びまくる。リングアウトで転げまわり、吐き気もそこまで来ているようだった。

「こ、こんなに酔いが早くまわるなんて……?」

「アラハムキ、モリーチをお願い!」

 バディ子は彼女とタッチを交わし、リングへと飛び乗った。

「ゆ、油断しちゃだめよ、バディ子……やつのペースに乗せられる前に、勝負を」

「わかってるわ。そのつもりよ」

 臨戦態勢のバディ子を前にして、バッカス男爵は不敵な笑みを浮かべる。

「次は君か、バディ子くん。全力で掛かってくるがいい」

「その台詞、後悔しないことね!」

 この相手に長期戦は不利だろう。男爵マジックとやらに乗せられる前に、とっておきの必殺技で短期決戦を挑む。

 そのつもりが、身体が動かなかった。

「ど……どうして?」

「ふふふ。それが君の弱点なのだよ、バディ子くん」

 今日会ったばかりの敵であるバッカス男爵の口から、真実が語られる。

「君はフィニッシュホールドこそ豊富だが、『繋ぎの技』が少なすぎるのだ」

 それが図星であることにバディ子は青ざめた。

 団体ごとに度合いは違うとはいえ、プロレスはパフォーマンスとしての側面も強い。そのリングにおいて、必殺技は『ここぞ』というタイミングでしか使えないのである。

 バッカスが小刻みに牽制のジャブを放つ。

「私のマジックから逃げられはせん!」

「くうっ!」

 それを防ぐか、かわすかしているだけで、長期戦へともつれ込んだ。打ち合いで負けるつもりはなく、反撃の蹴りを放つものの、バッカス男爵には肘で止められる。

「そろそろか……私のマジックにひれ伏すがいい!」

 突然、バッカス男爵が背を向け、前屈みになった。脚の間で頭を逆さまにし、バディ子に気迫の一声を浴びせる。

「カァーーーッツ!」

「きゃあっ?」

 途端にバディ子の身体がひっくり返った。

 リング脇のアラハムキが戦慄する。

「平衡感覚を狂わされたんだ、バディ子! あいつが逆さまになると、お前も逆さまになっちまう……気をつけろ!」

「気をつけろったって……あ、あれ?」

 立ちあがろうとしても、バッカス男爵の頭が逆さまでは、勝手に足が滑った。

「勝負は決まったな。無論、私はこのままでも戦えるぞ」

 奇怪なポーズにもかかわらず、バッカス男爵がバッタのように跳ね、バディ子にキックを炸裂される。さしものバディ子もダメージを受け、ダウンした。

「はあ、はあ……こうなったら」

 バッカス男爵のマジックに対抗するには、こちらも頭を逆さまにするしかない。あえてバディ子は身体を折り曲げ、脚の間から、同じポーズのバッカス男爵を睨みつけた。

「こ、これでどう?」

「ふ……それで、どうやって私と戦おうというのかね?」

 バッカス男爵のほうは余裕を崩さない。

 しかしバディ子には秘策があった。恥ずかしいのを堪え、ズボンを降ろす。

「見せてあげるわ、男爵!」

 バディ子のムチケツにはショーツが窮屈そうに食い込んでいた。その艶めかしい有様を目の当たりにしたバッカス男爵が、逆さまのポーズで鼻血を噴く。

「ぶふぉおっ? な、なんと破廉恥な……!」

「今だわ! 白虎大腿筋ッ!」

 切り札は紅のオシリス戦で会得した、ヒップアタックだった。バディ子のお尻がバッカス男爵を打ちあげ、さらに、その股座で彼の頭を締めあげる。

「ぐうう……っ! こ、このケツめ!」

「とどめよ! 朱雀背筋!」

 そのままバディ子は宙で跳ね、バッカス男爵の脳天をリングへと叩きつけた。それきりバッカス男爵は動かなくなる。

「……あなたにお酌してあげることは、なさそうね」

 勝者はサラス=バディ子。今回は危なっかしいところでの辛勝となった。

バディ子はリングを降り、満身創痍のモリーチに肩を貸す。

「次に行きましょ、モリーチ。立てるかしら?」

「悪いわね、バディ子」

 もっと強い男を求めて、ふたりの女戦士は再び銀河へと旅立った。

 

 バディ子たちが去って、しばらくしてから、バッカス男爵はおもむろに目を覚ます。

 「私としたことが、不覚を取ってしまったか……ぬ?」

 

 

 

 

 その背後をビキニパンツ一丁の大男が取った。ただならない鬼のような殺気がバッカス男爵を凍てつかせる。

「バディ子の尻を散々、拝みおって。俺のこのセクシーな食い込みで、貴様の網膜の記憶を上書きしてやろう。食らうがいい!」

「ま、待て! ……むぐふぅ!」

 仰向けで倒れているバッカス男爵の顔面に、アラハムキが馬乗りとなった。大柄な男のケツがバッカス男爵を窒息寸前まで追い詰める。

「ん~! んんんっ!」

 さらにアラハムキは焼き芋を食べ、身体の中にガスを溜めた。

「これで終わりではないぞ? 今日から貴様の名前は『ヘッガス』だ!」

「や、やめろ! それだけはやめ……!」

 アラハムキの股間で爆発が起こる。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、四人の実力者がいた。

「……バッカスがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ五聖王の中でも、最弱……」

「何しろ五聖王になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

 

宇宙屈指さをサラスBODY 3 ~END~    

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