ダーリンのだぁだぁ大作戦!

第4話

 

 交換授業を終え、輪たちはケイウォルス学園へと戻る。

 ベビールームでは御神楽が真っ青になっていた。九条沙耶のほうはまだ余裕があるようで、子どもたちと積み木で遊んでいる。

 閑が九条に頭をさげた。

「ありがとうございます、九条さん。本当に助かりました」

「気にしないでください。みんな、とっても可愛くて、楽しかったですから」

 事情を知らない九条には、先に帰ってもらうしかない。

「あたしも帰るわ……」

「お、おう。ゆっくり休んでくれ」

御神楽もふらふらと立ちあがり、九条と一緒に下校していった。

 子どもたちは遊び疲れたのか、欠伸を噛む。

「あのぉ、Darling? ちょっと思ったんデスけど、このままもとに戻したら、服で首が締まっちゃうんじゃないデスカ?」

「そういう可能性もあるか。オレは出てるから、脱がせてやってくれ」

 男子の輪は廊下で待機することに。

 奇妙な光がベビールームを満たした。しばらくして、沙織や優希の声が響いてくる。

「わっ、わたくしは一体、何をしてましたの?」

「なんで裸なのぉ? 制服は?」

 大混乱しているようだった。騒ぎが落ち着くまで、輪は携帯でも弄って待つ。

「メグレズ! てめえ、巻き込むなって言っただろーがっ!」

「夏休みのアレといい、もう許せません!」

どすん、ばたんと暴れる音も伝わってきた。やがて閑がベビールームから顔を出し、口角を引き攣らせる。

「い、いいわよ、輪。入ってきても」

 大方の想像はついていた。案の定、メグレズはロープで捕縛されている。

「くっ……私としたことが」

 仲間であるはずのチハヤやエミィも怒っていた。

「大体よぉ、姑息な手で陥れようってのが、気に入らねえ」

「チハヤちゃんの言う通りだよ。こんな方法でリンさんが納得するわけないでしょ」

 沙織や澪は腕組みを深め、優希や黒江も頬を膨らませる。

「このかたには、おしおきが必要ですわね」

「賛成。けど、どんなふうに……?」

 輪は低い声で笑った。

「ふふふ……オレに任せてくれ。メグレズを反省させるメニューなら用意してあるんだ」

「あれを使うのね、輪。……わたしは止めないわ」

 閑の了承も得たところで、ノートパソコンを立ちあげ、ある動画を再生する。

『使い方はわかりマスカ?』

『録画さえできれば、充分だって。新聞部はいいもの使ってんだな』

 映っているのは、幼児となったメグレズだった。顔を真っ赤にして、何やら力む。

 その力がふと抜けた。幼いメグレズが達成感のような笑みを浮かべる。

『あーあー、またパンツの中で出しちゃいマシタねぇ』

『ほら、こっち向けー。ピース、わかるか?』

 爆笑が起こった。全員が涙目になるほど大笑いして、お腹を抱える。

「ひ~っ! ダーリンちゃんってば、こんなの撮ってたのぉ?」

「ぎゃはははっ! こいつはいいぜ!」

「こ、子どものすることですから、笑っちゃ……だ、だめ、なんですけど……!」

 ツバサまで大受けして、ばんばんと膝を叩いた。

「酷いやつだな、貴様も……どうだ、メグレズ? 感想は」

 メグレズは赤面し、唇をわななかせる。

「この私が、な、なんて不様な……こっ、ここ、この私が~~~っ!」

 そして縄も解かず、前屈みの体勢で逃げてしまった。

 輪はぽりぽりと頭を掻く。

「……ちょっと、やりすぎたかな?」

「ええ。でも、あれくらいしないと、あのひとも懲りないでしょうし……」

「たまにはいい薬だ。それに、これならチハヤたちも納得するさ」

 かくしてお子様事件は終結した。

 

 週末は打ち上げも兼ねて、コートナー邸に集まることに。相変わらず豪奢なダイニングルームで待つこと一時間、エプロン姿のツバサがやってくる。

「少し遅くなってしまったな。すまない」

 メンバーの幼児化やカイーナの探索で忙しかったため、彼女の手料理は、本日やっとのお披露目となった。エミィも手伝っていたようで、エプロンを結んでいる。

「つまみ食い我慢するの、大変だったんだよ。えへへ」

「ちぇっ。待たせやがって」

 今夜の夕食会には、セプテントリオン勢はほかにチハヤも参加。久留間皐月にも声は掛けたものの、断られてしまった。メグレズはこの場に顔を出せるはずもない。

 ゾフィーはちゃっかり出席している。

「お腹空きマシタ~。さっさと持ってこいデス~」

「そんなふうに言っちゃだめですよ、ゾフィーさん。作ってもらってるんですから」

 無論、第四部隊は全員が集まった。

「お料理運ぶの、大変でしょ。わたしたちも手伝うわ。ねえ、沙織」

「ご馳走になるんですもの。それくらい、当然でしてよ」

あとは輪と愛煌のほか、周防姉弟の参加となる。

「結局、この間の子どもたちは何だったの?」

「忘れようよ、姉さん。そういや、愛煌会長、舘林さんは来ないんですか?」

「誘ったんだけど、都合がつかなかったのよ。新しいペット? を、登録だとか、予防接種だとかで……」

 やがてツバサ手製のディナーが出揃った。優希や黒江が瞳を輝かせる。

「和食なんだ? すっご~い!」

「これは『わかってる』献立……!」

 ちらし寿司、サンマの塩焼き、揚げ出し豆腐、貝の吸いもの。そしてツバサの自信作らしい茶碗蒸しが、洋式のダイニングルームを純和風に彩った。

「遠慮せずに食べてくれ」

 ツバサは得意満面になって、鼻を高くする。

 輪たちは両手を合わせ、声を揃えた。

「いただきまーす!」

 それぞれ和食のフルコースで舌鼓を打つ。特に人気があるのは華やかなちらし寿司で、優希とチハヤが直行した。

「チハヤちゃんはさあ、これ、しょっちゅう食べてるんじゃないのー?」

「そりゃ、ツバサとは一緒に住んでっからな。おっ、そっちの醤油、取ってくれ」

沙織や周防姉弟は揚げ出し豆腐のジューシーな出来栄えに感嘆する。

「あとでツバサさんにレシピをいただこうかしら」

「どう? 哲平。これこそがL女の女子力ってやつなの」

「姉さんは作れないじゃないか……」

 澪やエミィはサンマの塩焼きを堪能していた。

「ちょうどいい塩加減ですね。これもツバサさんが?」

「うん。味付けは全部、やってくれたの」

 猫だけに、魚はエミィの好物なのかもしれない。

 黒江とゾフィーはお吸いもので一服中。

「コンプリートするには、ペース配分が大事……」

「ではでは、そろそろメインの茶碗蒸しでも開けてみまショウカ」

 茶碗蒸しには、身のぷっくりとしたエビが乗っていた。輪は閑と一緒に茶碗蒸しを味わい、落ちそうになった頬を押さえる。

「美味いな! ツバサ、上手じゃないか」

「ええ! ちらし寿司やお吸いものとも、よく合うわね」

 ツバサは満面の笑みで踏んぞり返った。

「はっはっは! L女学院の風紀委員たるもの、この程度は朝飯前さ。なあ、ミモリ」

「そういうことね。さあ、冷めないうちにどうぞ、どうぞ!」

 仕込みにはノータッチの御守まで、すっかり気分をよくしている。

 しかし愛煌は早々に席を立ってしまった。

「みんなは楽しんでてちょうだい」

「あ、ああ……」

 その理由に勘付いていながらも、輪は口を噤む。哲平も輪と顔を見合わせると、申し訳なさそうに視線を落とした。

(御神楽の過去はショッキングだったからな。プロジェクト=アークトゥルス……)

 どこかで大きな陰謀が動いている。仮面の魔女との戦いも近い気がした。

「何か気になることでも? 輪」

「いや……と、新聞部! 写真撮るの、忘れてっぞ!」

 食事会の途中で、交換授業の記念撮影。

楽しい一時は瞬く間に過ぎていく。

 

 解散する頃には八時を過ぎてしまった。輪は第四部隊のメンバーとともに寮に戻る。

「子どもの世話ってのは大変なんだなって、痛感したよ。ほんと」

「わたしもよ。保母さんってすごいわ」

 子どもになっていた間のことを、沙織たちはあまり憶えていなかった。

「積み木で遊んでたのは、なんとなく憶えてるんですけど……」

「絵本、読んでもらった気がする」

 ママだった閑が微笑む。

「黒江はおとなしかったし、沙織や澪も聞き分けはよかったわ。問題児は優希で……」

「チハヤと一緒になって、走りまわるんだもんなあ」

 パパの輪も苦笑するしかなかった。

 優希が恥ずかしがって、口を尖らせる。

「ふーんだ。ダーリンちゃんだって、子どもの頃はすごかったくせに」

「そうか? 姉貴は『手が掛からなかった』って言ってたけど」

 少し遅れて、澪はとぼとぼと歩いていた。輪はペースを落とし、彼女に並ぶ。

「どうしたんだよ? 五月道もいい子だったし、恥ずかしがることないぜ」

「いえ……家族ができたみたいで、嬉しかったんです」

 旅客機がカイーナとなった事故で、子どもの頃の五月道澪は大怪我をした。当然、幼い子どもがひとりで飛行機に乗っていたはずもない。

(五月道のご両親は、多分……)

 下手に励ましたところで、傷つけるだけかもしれなかった。

それでも輪は澪の頭を撫で、囁く。

「そのうち、オレもお前も結婚して、家族ができたりするんだろーな」

 俄かに澪が頬を赤らめた。

「り、輪くん……それって、ひょっとして……」

「うっ?」

 ところが、不意に輪の身体がびくんと跳ねた。眩暈がして、平衡感覚も狂い始める。

「ど、どうしたんですか? 輪くん! しっかりしてください!」

「や、やべ……!」

 返事もできず、みるみる意識が遠のいていった。

 

 澪の大声に驚き、閑たちも振り返る。

「輪? あなた、具合でも……」

 輪の身体が鈍い光に包まれ、ぼんっと紫色の煙を噴いた。男子用のブレザーがくずれ落ち、裾を引きずる。その中から、あどけない少年がひょっこりと顔を覗かせた。

「ふえ?」

「……………」

 閑たちは一様に目を白黒させた。傍の澪も呆然として、言葉を忘れる。

 悟ったように黒江が溜息をついた。

「りんが……子どもになった」

 その一言に沙織と優希もアクシデントを認識しつつ、狼狽する。

「どどっ、どうしますの? 次は輪さんが」

「そうだよ、ちっちゃい頃のダーリンちゃん! こんな感じだった!」

 少年は何度か視線を迷わせて、澪の手をきゅっと握った。

「おうち、どこ?」

「え? ええと……と、とにかく寮に戻りましょうか」

「わたし、愛煌さんに連絡してくるわ!」

 お子様事件はまだ続く。

(輪が子どもに? どうして、こんなことに?)

 閑にとっては二回戦が始まった。

 

 

 幼い子をひとりで寮に置いてはおけないので、翌日は朝から学園のベビールームへ。とりあえず輪には、昨日まで優希たちが使っていた子ども服を着せておく。

「サイズはぴったりね。靴もいいのがあって、よかったわ」

 幸い、この少年は閑たちの言いつけに素直だった。昨夜も澪の部屋でおとなしくしていたらしい。マグカップを持つのが下手で、ミルクを零しそうになる。

「この子が輪さんだなんて、まだ信じられませんわ」

「ひとりだけですし、そんなに手は掛からないと思います。一限ごとに交替で面倒を見るのは、どうですか?」

 澪の提案に皆も頷いた。

「授業を抜ける理由は、どうするのぉ?」

「そのあたりは、あきら司令にお願いして……」

 相談していると、閑の携帯に真井舵蘭から電話が掛かってくる。

「もしもし! 蘭さんですか?」

『昨夜は何度か掛けてくれたみたいで、ごめんなさい。そっちで何かあったの?』

「はい。実は……」

 周りの面々も押し黙り、蘭の言葉に耳を傾けた。

 電話の向こうで溜息が聞こえる。

『……事情はわかったわ。輪は魔力的な感受性が強いから、モドリ草を摂取しなくても、煽りを食らってしまったんでしょうね。解毒薬は残ってる?』

「それが、危ないからって、昨日のうちに愛煌さんが捨てちゃったんです」

『まあ、そうよね。作りなおすしかないかしら』

 しかし解毒薬の材料であるモドリ草からして、残っていなかった。ただ、メグレズがまだ持っている可能性はある。

『私のほうでメグレズを捜してみるわ。あなたたちは輪をお願い』

「え……蘭さんが?」

『心配しないで。今まで手伝えなかった分も兼ねて、ね』

 メグレズの捜索は蘭に一任することになった。電話を終え、閑は第四のメンバーと今後について、段取りを詰めていく。

 まずは黒江からベビールームで保育を担当することに。

「輪さんのお昼ご飯はどうしますの?」

「わたしたちと同じで構わないわ。そこまで小さいわけじゃないから……」

 その黒江がぎくりと顔を強張らせた。

「……りん、どこ?」

 閑たちもはっとして、ベビールームを見まわす。

「ええっ? まさか、あの子……」 

 いつの間にかドアが開いていた。退屈するうち、外に出てしまったらしい。

 すでに一般の生徒も過半数が登校している。閑は血相を変え、いの一番にベビールームを飛び出した。

「早く捕まえなくっちゃ!」

「あ、あたしは放送を掛けてもらってきます!」

 澪は急いで放送室へ。黒江と優希も頷きあって、走り出す。

「手分けして捜そ。私は……二階」

「ボクは一階だね。沙織ちゃんはここで待機してて!」

「わかりましたわ。輪さんが戻ってきたら、すぐに連絡しますから」

 朝から迷子捜しが始まった。

 

 御神楽緋姫と九条沙耶は駅で合流し、今朝も一緒に登校。

「もう子どもの世話は懲り懲りだわ……」

「うふふ。でも楽しかったですよ。みんな、とっても可愛かったですし」

「まあ……あの子たちが可愛いのは、否定しないけど」

 下駄箱で上履きに履き替えていると、少年がとことこと近づいてきた。緋姫たちは顔を見合わせ、『誰?』と首を傾げる。

「誰かの弟さんでも紛れ込んじゃったのかしら」

「先生のお子さんじゃないですか? ……ぼく、お名前は?」

 沙耶が屈んで、その少年の顔を覗き込もうとした。

ところが、不意に彼の小さな姿が消える。

「……きゃあああっ?」

 スカートの中へと飛び込んできたのだ。沙耶は赤面し、少年の頭を制服越しに押さえに掛かる。しかし脚の間をすり抜けられ、ついでにスカートも捲られた。

 下駄箱のど真中で乙女のショーツが露になる。

「ぴんくー」

「ななっ、何をするんですか!」

 さらに少年は緋姫のスカートにも突っ込んで、ストッキングに頬擦りを始めた。さしもの強気な緋姫も顔を赤らめ、うろたえる。

「ちょ、ちょっとぉ?」

「ぷはっ。たぶん、しろー」

 公衆の面前で、下着の色を暴かれてしまった。

 少年は緋姫の脚の間もくぐり抜け、続けざまに館林陽子にまで襲い掛かった。

「ひゃあああっ! なな、なんなのよ、この子!」

「しましまー」

 ほかの女子も次々とスカートを暴かれ、パンツを堪能される。

 現場に駆けつけた優希は、今まさに昔の出来事を思い出していた。

「そ、そうだよ……ダーリンちゃん、子どもの頃はパンツが好きすぎて……!」

 この少年は幼稚園で保母を脱がせ、すーはーくんかくんかを決めたことさえある。無垢な好奇心によるものだからこそ、その勢いは凄まじい。

「パンツ穿いてる子はみんな、逃げてっ!」

「え? ええっ?」

 幸い、今朝の優希は当番のため、スクール水着を着用していた。恐れずにじりじりと近づき、追い詰めていく。

「ひょっとして、ゆきちゃん?」

「う……!」

 しかし少年につぶらな瞳で見詰められては、手が出せなかった。

「ぼくねえ、ゆきちゃん、だーいすき」

 普段は年下の幼馴染みをからかっていられるはずが、俄かに恥ずかしくなってしまう。優希は赤面し、両手で熱っぽい顔を押さえた。

「ダ、ダーリンちゃんって、こんなに可愛かったっけ……?」

 その隙に少年は逃げ、次のターゲットを見つける。

 愛煌=J=コートナーだった。少年の狙いも知らず、スカートを無防備に揺らす。

「何の騒ぎよ? 朝っぱらから……ひゃああっ?」

 少年は迷いもなしに愛煌のスカートへ飛び込んだ。しかし急に動きを止め、ふらふらと頭を引っこ抜く。その表情は幼いなりに愕然としていた。

「なんで、ぞ、ぞうさんが……?」

 生徒会長の愛煌=J=コートナーは男の子。

 おかげで優希は何とか少年を捕まえることができた。

「ありがとう、愛煌ちゃん! ボクも太刀打ちできなくって、もうダメかと……」

「なるほど。昨夜言ってた、子どもになった真井舵ってのが、この子なのね」

 問題の輪を抱えて、愛煌と一緒にベビールームへと撤収する。

 

 一時限目の授業を諦め、改めて閑は真井舵蘭に助言を求めていた。

「はい、そうなんです。女の子のパンツに異常に興味があるみたいで……」

『母さんと私のせいでもあるのよ。パンツのデザインばかり描かせていたから』

 こうなっては、学園のベビールームに置いておくのは難しい。女子生徒がたくさんいるため、さっきのようにパンツを求め、また暴走するかもしれない。

 ひとつだけ蘭からアドバイスがあった。

『輪の面倒を見る時は、パンツで過ごしたものだわ』

「……はい?」

 閑の目が点になる。

『だから、あらかじめパンツを見せてあげるのよ。それなら、どこにも行かないの』

 ほかのメンバーも口角を引き攣らせた。

 少年の輪にパンツ・ハンティングをさせないためには、保護者の女性がパンツの恰好で引きつけておけばよい。言い換えれば、スカートを脱げ、ということだった。

「そ、それはちょっと……」

『そうするのが確実よ。相手は子どもなんだし』

 全員の溜息が重なる。

「はあ……こうなっては、しょうがありませんわね。脱ぐしか」

「蘭ちゃんってば、そんな育て方するから、ダーリンちゃんが筋金入りに……」

 澪はかぶりを振って、パンツスタイルを拒んだ。

「嫌ですよ、あたし! 男の子に、パ……パンツを見せるなんて……」

 しかし一番手の黒江は早くも諦め、おずおずとスカートをずらす。

「割りきるしかない。りん、おいで」

 今日は当番ではない彼女のサンクチュアリは、水色のショーツで保護されていた。スポーティーで機能的なデザインには、黒江の合理的な性格が表れている。

 輪はぴくっと反応し、黒江の傍に駆け寄ってきた。

「私と一緒。わかった?」

「うん」

 黒江の膝の上にちょこんと座って、絵本を読んでもらう体勢になる。見た目には少々滑稽だが、おとなしくはなった。

「シンデレラと白雪姫、どっちがいい?」

「おねーちゃんがよんでくれるなら、ぼく、どっちでもー」

 いたいけな素直さに、閑たちはごくりと息を飲む。

「こ、これなら、ここでも大丈夫そうね」

「誰かに覗かれたら、アウトですけど。せめてカーテンか何かで隠しましょう」

 シーツなどで窓を覆ううち、一限目終了のチャイムが鳴り響いた。次の授業にはちゃんと出るため、黒江以外のメンバーは各々の教室へと戻ることに。

 

 放課後には第四のメンバーが全員、パンツスタイルで集まった。魅惑のお姉さんたちに囲まれ、少年は楽しそうにスケッチに没頭している。

 ただし描いているのは、パンツ。

 そのことを聞いた蘭が、電話の向こうで俄かに声を弾ませた。

『輪がデザインを起こしてるのっ? もっと描かせてやってちょうだい!』

「ど、どうしてですか?」

『輪ったら、なかなか自分から描こうとしないんだもの。これはチャンスだわ。お礼はするから、ガンガン描かせて、こっちに送ってもらえないかしら』

 輪の母は一流の服飾デザイナーで、下着も手掛けているとか。その技術は息子の輪に継承されたものの、新規のデザインは年ごとに減っていた。蘭にしても、催眠術で無理やり描かせるような真似をして、わずかなラフを入手している。

『おぱんちゅシリーズの新作、期待してるわよ!』

 話の途中にもかかわらず、電話を切られてしまった。閑たちは肩を竦めながら、少年の破廉恥なスケッチを眺める。

「確かに……女の子の下着を描かせたら、異常に上手いわよね。輪って」

「どうします? 蘭さんはああおっしゃってましたけど」

 閑や澪はパンツスタイルに馴染めず、ブレザーの裾を押さえてばかりいた。沙織も尻込み気味で、不安そうに胸をかき抱く。

「そ、そのうち『ブラも見せろ』なんてことになるんじゃ、ありませんこと?」

 少年は優希の胸を枕にして、悠々と寛いでいた。テーブルから落ちたクレヨンは、黒江がその都度、拾ってやる。

「まあまあ。慣れれば、すっごく可愛いよ?」

「……同感」

「可愛い子だったら、パンツなんて欲しがりませんっ」

 澪は眉を顰め、少年のスケベぶりに呆れた。

「ところで……今夜は誰が面倒、見る?」

 そろそろ部活も終わり、下校時間が差し迫っている。いつまでも学校のベビールームで輪を世話するわけにもいかなかった。

「昨夜は澪ちゃんだったでしょ? 五から逆に、でいいんじゃない?」

「でしたら、今夜が優希さんで、明日はわたくしですわね」

 輪はお姉さんたちと一緒に寮へ帰ることに。

 

 優希の場合。

 巷で人気のケーキを買ってきて、輪と一緒に夜のおやつにする。さすがに輪を連れ、パンツの恰好で出歩くわけにはいかなかった。

ほかのメンバーには内緒で、という後ろめたさは、共犯者がいることで緩和される。

「どっちも半分こにしようね、ダーリンちゃん」

「うん」

 イチゴのショートケーキとガトーショコラを半々に分け、自分の分にはイチゴを、輪のほうには板チョコを乗っけてやった。

 当然、寝る前に甘いものなど、体重に悪影響を与えかねい。おまけに自分は糖質で太りやすい傾向にある。だからこそ、デザートには正当化が必要だった。

「ダーリンちゃんが食べたいっていうからだよ? ほんっと、しょうがないなあー」

「……ぼく?」

 愛らしい少年を眺めながら、優希は甘いケーキでご満悦。

 輪もお子様だけにお菓子は大好きなようで、グーで握ったフォークで、真剣にケーキを突っついていた。零れた分は優希が拾って、食べさせてあげる。

「はい、ダーリンちゃん。あーんして」

 すると、輪も真似をして、優希に一口サイズのガトーショコラを向けた。

「ゆきおねーちゃんも、あーん」

「可愛いなあ~! このままボクの弟になっちゃお、ね?」

 間食のたびにカロリーを計算するような幼馴染みは、もういらない。

 ほっぺもぷにぷに。世話をして疲れるどころか、癒された。

 

 沙織の場合。

 今夜はメイドスイッチをオンにして、少年に手製のハンバーグを振る舞う。

「よろしいですか? ダーリンさま。ナプキンはこうやって……」

「えぇと、こお?」

「お上手ですわ。さあ、ナイフとフォークはこちらに」

 これは千載一遇のチャンスに違いなかった。紳士として何かと至らないご主人様に、一流の作法を叩き込むための。幼い輪は素直で聞き分けもよい。

 しかし輪はあることに気付くと、椅子を降り、沙織のスカートを剥がしに掛かった。

「じゃまー」

「ちょ、ちょっと? またですの?」

 隙を見てスカートを穿いても、すぐにずり降ろされる。この少年はお姉さんがパンツを見せていないと、落ち着かないようだった。

 黒色のショーツをまじまじと眺めたら、満足そうに椅子へとよじ登る。

 下着の恰好に照れながらも、沙織は少年のためにスカートを諦めた。

「しょうがありませんわね、んもう……さあ、お勉強の続きをなさいませんと」

 懇切丁寧な指導の甲斐あって、ぎこちないなりに少年の手つきもさまになってくる。

 手作りのハンバーグも、子ども向けの味付けではなく、徹底的に趣向を凝らした。味覚を育てて、どんなものでも美味しく食べられるように躾けたい。

「さおりおねーちゃんのごはん、おいしー」

「でしょう? うふふっ!」

 今後の輪の成長が俄然、楽しみになってきた。

 

 黒江の場合。

 さしもの黒江も今夜はパソコンを起動せず、ゲーム機も隠しておく。自分が遊ぶのなら一向に構わないが、子どもには悪い影響を与える気がしてならなかった。

 夕飯はまともなものが作れないため、沙織に依頼。

「くろえおねーちゃんは、おりょうりしないの?」

「うぐ……」

 無垢な瞳で図星を突かれ、ぐうの音も出ない。

 できることといったら、せめて規則的な生活をさせるだけ。いつもの夜更かしを棚にあげ、九時を過ぎたら、少年にパジャマを着せつけてやった。

 黒江のほうはパンツスタイルのため、パジャマは上だけ羽織る。

「歯磨き、しようか」

「うん」

 少年は拙い手つきで歯ブラシを握り締め、頬の裏側を突いたりした。

「歯と歯茎の間を、細かく擦る感じ。こう……わかる?」

「んーと、こお?」

「そう。上手」

 ブラッシングが一段落したら、少年を抱え、洗面所で三回ほどうがいをさせる。

「そろそろ寝よっか。おいで」

 黒江は照明を消し、輪とともにベッドに入った。

「そういえば……輪って、虫歯ないね」

「むしば?」

「偉いってこと。おやすみ」

 少年の胸元まで布団を被せながら、うとうと。

 少しは料理も練習しよう。そんなことを思った、静かな夜だった。

 

 閑の場合。

 おずおずとスカートをずらすと、少年は純白のパンツに釘付けになる。せめて服の裾でフロントだけでも隠しつつ、閑は顔を赤らめた。

「あ、あのね? 輪。女の子のパンツは、じろじろ見ちゃいけないの」

「……どうして?」

 輪が上目遣いで首を傾げる。

「どうして、って……恥ずかしいからに決まってるでしょ」

「しずかおねーちゃん、おぱんちゅ、はずかしー?」

 このやり取りもすでに三回目だった。だが、ここで引きさがるわけにはいかない。幼い輪を教育することで、高校生の輪がスケベを改める可能性があった。

 上手くすれば、あの『王子様』と再会できるかもしれない。

「あなたは王子様になるのよ、輪。ほら、シンデレラを迎えに来るような……」

「おうじさま、しってる」

 少年は意気揚々と手を挙げた。

「おねーちゃんがいってた。ねむってるおひめさまに、ちゅーするやつー」

「眠れる森の美女、ね。蘭さん、素敵なお話を輪に……」

「ほんとは『えっち』でおこしたんでしょ?」

 爆弾発言に度肝を抜かれ、閑はぎょっと瞳を強張らせる。

 ただちに彼の姉に抗議しなくてはならなくなった。

「もしもし、蘭さんっ? りり、輪になんてこと教えてるんですか!」

『え? え、何の話?』

「眠れる森の美女、ですよ! 少年少女の夢をぶちこわしにしないでくださいっ!」

 電話で蘭と問答を繰り広げていると、輪がショーツのサイドを引っ掴む。

「ねえねえ、しずかおねえちゃん。『えっち』って、なあに?」

「あ、あなたが今やってることよ! ちょっと、やめて! 伸びちゃうから!」

 閑もまた少年に余計なことを教えてしまった。

 

 澪の場合。

 輪はお絵描きに夢中で、頻繁にモデルをじっと見詰める。

「みおおねーちゃん、ぶらじゃーも」

「う、上も見せるんですか? ……はあ、どうしてこんな目に……」

 澪はおずおずとボタンを外し、豊満な胸を曝け出した。艶めかしい紫色のブラジャーが果実を包むように受け止め、重力に逆らう。

「……まだですか? は、早くしてください……」

 小さな子どもが相手とはいえ、恥ずかしさで湯気が立ちそうになった。少年の視線を強烈に感じ、耐えきれなくなっては、身をくねらせる。

 輪が真顔で呟いた。

「みおおねーちゃん、きれい」

「……え?」

 恥ずかしさとは別の熱があがってきて、澪をさらに赤面させる。

「ぼく、おうじさまになるから、みおおねーちゃん、おひめさまになってー」

「そ、それって……だっ、だめですよ? そういう約束は、その、ちゃんと愛しあってる男女ですることでして……えぇと、ですから」

 際どい話をしていると、閑と沙織が慌てて躍り込んできた。

「ストップ、ストップ! 輪の言ってる王子様っていうのは……!」

「閑さんに聞きましてよ? どうしてそう、いやらしい方向にばかり行きますの!」

 澪は少年を庇うように前に出て、むっと眉を吊りあげる。

「おふたりとも、聞き耳を立ててたんですか? プライバシーの侵害です」

 対する閑たちも、じとっと視線に含みを込めた。

「そんな恰好で言われても、ねえ」

「ち、違うんです! これは……輪くんがどうしても、と」

「あぁら? 教育に悪いママさんですこと」

 真っ赤になって我が身をかき抱く澪の後ろから、少年がひょこっと顔を出す。

「しずかおねーちゃん、さおりおねーちゃんも、ぶらじゃー。みせて」

「……はい?」

 お子様には見せられないセミヌード・ショーが幕を開けた。

 

 

 この一週間足らずで輪が描きあげたラフは、優に五十枚を超えた。蘭のもとへ郵送したところ、感謝感激の言葉が返ってくる。

『どれもこれも最高の出来よ! 商品化、待ったなし!』

「そ、そうですか……はあ」

 そのためにパンツで過ごす羽目になった閑たちは、虚無感で声を枯らせた。

「それより蘭さん、メグレズの行方は……」

『あ。ごめんなさい、お客さんだわ』

 肝心なところで電話を切られ、一同は肩を落とす。

 解毒薬、もしくは材料のモドリ草がない限り、輪をもとに戻すことはできなかった。魔界まで取りに行くのは難しいため、メグレズを捜すほかない。

 そんな折、ツバサから電話が掛かってきた。

『リンの様子はどうだ?』

「特に進展はないの。メグレズも捕まらないし……」

『その件だが、まだ手があったんだ』

 沙織や優希も目を瞬かせて、閑の電話に耳を近づける。

 ツバサによれば、幼児化の現象は呪法、すなわち呪いの類らしい。そのため、解毒薬を使わずとも、『呪いを解く』というオカルティックな方法が通用した。

『こっちのサツキに解呪させれば、済む話だった』

「じゃあ、澪たちの時も、その方法でよかったんじゃないの?」

『そっちまで出張って、ひとりずつ七人も解呪するのは、面倒だったんだと。やつはセプテントリオンでも随一のひねくれ者だからな』

 おかげで光明が見えてくる。

「じゃあ、久留間さんにお願いしても?」

『話はつけてある。明日にでも、リンを連れてきてくれ』

 優希と黒江がハイタッチを交わした。

「これでダーリンちゃんも元通り、だねっ! 面白いことは面白かったんだけどぉ」

「ビデオに撮っとくなら、今のうち……ふ」

 我先に澪が少年を抱えあげる。

「それじゃあ、今夜はあたしが面倒を見ますね」

「ちょっと、澪?」

 ところが閑も沙織も『待った』を掛け、ばちばちと火花を散らした。

「こういう時はリーダーに任せて。輪の世話が大変なのは、わかってるでしょ」

「あら? でしたら、わたくしがもう一度、面倒を見ましてよ」

「ボクを忘れないでくれる? ダーリンちゃん、ボクにすっごく懐いてるんだからー」

「順番でいったら、次は私だし……」

 輪は暢気に欠伸を噛む。

 

 翌日、閑たちは輪を連れ、L女学院を訪れた。

客間へと案内され、ツバサらを待つ。

「全員で来ることもありませんでしたね」

「そういえば、沙織と黒江はここの中等部出身なんでしょ?」

 今日は閑らがスカートを穿いているせいか、輪は少々むくれていた。

 しばらくして、ツバサが客間に入ってくる。しかし肝心の久留間皐月の姿はなかった。

「待たせたな」

「わざわざごめんなさい。それで……サツキさんは?」

「ああ。それなんだが……」

 久留間は『図書室に寄ってから行く』と言って、どこかへ消えてしまったらしい。

「まったく、あいつは。協調性というものが、まるでない」

「こっちが押しかけたんだし、気にしないで」

 彼女が来るまで、客間で待つことに。

「黒江ちゃんって、中学の時から器械体操、やってるんだっけ?」

「ん。ここの体操部」

「なんなら、陸上部でも見に行ってみるか? チハヤが走っとる頃合いだ」

 話し込むうち、澪が大変なことに気付いた。

「あああっ!」

「ど、どうしたの? 澪」

「いないんです。……り、輪くんが!」

 閑たちは一様に青ざめる。

 ここは女子高。生徒は全員が女子で、スカートの中にショーツを穿いていた。黒江が額を叩くように押さえ、失敗を悔やむ。

「首輪でもつけておいたほうが、よかったかも」

「さ、さすがにそれは」

 過激な発言に説得力を感じ、リーダーの閑も制しきれなかった。

 事情を知らないツバサだけ、首を傾げる。

「捜しに行かないのか? うちの生徒なら、見かけ次第、保護してくれると思うが」

「早く捕まえないと、大参事になるわ! 急がないと!」

 第四部隊の緊急出撃となった。

 

 L女学院で一年生にして生徒会役員を務める才女、周防御守。

「それでは先生、失礼します」

「ええ。あなたには期待してるわよ、周防さん」

 御守は今、エリートコースを満喫していた。双子の弟に決定的な差をつけ、ライバルの愛煌=J=コートナーのケイウォルス学園も大したことがない、とわかったのだから。

(授業のレベルは低いし、制服はダサいし……こっちの勝ちね)

 秘密の趣味を真井舵輪に知られたことだけは、想定外だったが、それも取るに足らないこと。胸のサイズを除いて、一之瀬閑や五月道澪に負けているつもりもなかった。

「お情けで学院祭には招待してあげようかしらね。くふ、ふ……?」

 ところが、不意に恐ろしい気配に背後を取られた。

(……な、なんなの、このプレッシャーは)

 気のせいではない。何者かが殺気を抱き、御守に狙いをつけている。

 その正体は獅子か、はたまた虎か。

(一体、誰が……?)

御守は息を飲んで、こわごわと振り返った。

 後ろにいたのは、幼い男の子。きょとんとした表情で御守を仰ぎ見ている。

「子ども? ああ、さては誰かの弟さんね」

 お姉さんは前屈みになって、少年に優しく問いかけた。

「あなた、なんていうの? どこから……」

 彼の瞳がきらりと光る。その瞬間、御守のスカートが捲れあがった。お尻に肉球のイラストをプリントした、愛らしいネコさんパンツが丸見えになってしまう。

「きゃあああっ!」

 少年は御守の股下をすり抜け、駆け出した。

 すれ違った女子のスカートが次々と捲れあがっていく。

「ひゃああ? な、なんなのよ、この子!」

「い~や~っ! 引っ張らないで!」

 のみならず、ショーツのサイドをぐいぐいと引っ張ってみたり、セーラー服の中に手を突っ込んでみたり。あちこちで女子生徒らの悲鳴が響き渡る。

「ちょ、ちょっと、ぼく! 待ちなさいったら!」

 あとから御守が駆けつけた時には、廊下は阿鼻叫喚の絵図と化していた。

 女子生徒たちは半裸になるまでひん剥かれ、立ちあがる気力もない。何をされたのか、四つん這いで突っ伏す者までいる始末。

 どこからともなく獣の息遣いが聞こえてきた。

「おぱんちゅ……おぱんちゅ……」

 再び猛獣に後ろを取られ、御守は血の気が引くほどに戦慄する。

「や、やめて、お願い……あっ、だめ、あああああ~っ!」

 またひとつ悲鳴が増えた。

 この日、たったひとりの少年のために、L女学院は陥落。のちに『セクハラ少年の変』として、学院の歴史に刻まれることとなる。

 

 少年はさらにL女学院を邁進し、図書室へと辿り着いた。

「み、見て! あの子が入ってきたわ!」

「急いで! 襲われちゃうから!」

女子生徒らはすでにその脅威を知っており、一目散に逃げていく。ただ、久留間皐月だけは逃げも隠れもせず、小さな猛獣と対峙した。

「ったく、大騒ぎにしてくれちゃって。……邪念よ、退きなさい」

 久留間が少年の額にお札を貼りつける。

 お札は一瞬にして燃え尽きた。少年が紫色の煙を吹き、もとの大きさに戻る。

「うぐうっ? く、くるひ!」

 意識を取り戻すと同時に、幼児服で首が締まった。輪はどうにかボタンを千切り、ぜえぜえと息を切らせる。

 何が起こったのか、まるでわからなかった。

「はあ、はぁ……オレは一体? く、久留間……?」

 目の前には久留間皐月がいて、しかも自分は素っ裸。おまけにここはL女学院のようだった。輪はせめて股間だけでも念入りに隠し、絶望の中で蹲る。

(女子高で裸、だって? ま、まさか、オレ……とうとう)

 久留間が淡々と肩を竦めた。

「さっきまで、あんた、ガキになってたのよ」

「なんだってぇ?」

「それを私がもとに戻したってわけ。あとはお好きに」

 全裸の男子は悲痛な声をあげる。

「まま、待ってくれ! こんなヤバい状況で、オレにどうしろって?」

 もとに戻るにしても、最悪の場所で、下着さえなかった。女子高で裸でいるところなどを発見されては、今後の人生を諦めるしかないだろう。

「……しょうがないわね。着るものくらいは貸してあげるから」

 久留間は面倒くさそうに鞄を開け、紺色のスポーツウェアを引っ張り出した。

それこそがL女学院のスクール水着。当然、女子用に決まっている。

「なんでだーっ!」

 輪は図書室の床で這い蹲り、頭を抱えた。

「お前、こうなるってわかってて、もとに戻しただろ!」

「はっ、前にも言ったじゃないの。私は悪党だって」

 久留間が嘲笑を浮かべ、親指を下に向ける。死ね、というサインで間違いない。

「じゃあね。変態さん」

「お、おいっ? あのぉー、久留間さん? 待ってください、久留間様!」

 裸では彼女を追うに追えなかった。

(あいつは悪魔だ! とんでもねえぞ!)

 とりあえず、全裸でいるよりはと覚悟を決め、スクール水着を着てみる。水着に独特の肌触りで胸元まで包まれるのは、妙な感覚だった。

 こうなったら、誰にも見つからずに脱出するほかない。それは半端な迷宮を突破するよりも苛酷で困難なミッションとなった。

 頭をフル回転させて、夏に使った魔導の黒衣を思い出す。

(そうだ! 魔装ってやつが呼べたら、こんな恰好よりはまだ)

 焦燥感に駆られながらも、輪は祈るように両手を合わせた。集中できない分、がむしゃらに念じ、身体の内で眠れる魔導の力を叩き起こす。

(前はエミィに手伝ってもらったんだよな。くっ……ひとりじゃ無理か?)

 やっとエネルギーが形になった。ところがエミィをイメージしたせいか、思っていたような黒衣は現れず、ネコ耳と尻尾が増えただけ。

女子用のスクール水着と合わさって、おぞましいまでの気色の悪さを醸し出す。

「どどっ、どうやって消すんだ? あれ?」

 混乱のせいもあって、制御できなかった。ただ、身体能力はいくらか向上したようで、フットワークは軽い。

(しょうがねえか……ブロードソードは目立つし、いらねえだろ)

 ほかに使えるものといったら、例の『触手』があった。

 自分の真の姿とやらは触手モンスターらしい。初めて触手モンスターとなった時は絶望し、『殺してくれ』と懇願したものだったが、すっかり慣れてしまった。

 輪は忍び足で図書室を抜け、慎重に廊下を進む。

(……何かあったのか?)

 L女学院は静まり返っていた。校内放送が全生徒に避難を呼びかけている。

『緊急事態です! グラウンドに集合してください!』

 これは運が向いてきた。今のうちに校舎を出るなり、隠し場所を探すなりできる。

 しかし校内にはまだ女子生徒も残っていた。

「誰もいませんかー?」

「このあたりは大丈夫みたいですね。次に行きましょう」

 腕章からして風紀委員だろう。

(よし、これなら)

 輪は左腕を数本の触手に変え、彼女らに見せつけるようにしならせる。風紀委員たちはグロテスクなモンスターを目の当たりにして、みるみる青ざめた。

「きききっ、きゃあああああ~!」

 触手で狙いをつけてやると、大慌てで逃げていく。

(悪いな。でも、今のオレを見るよりはマシだと思うし……)

 おかげで廊下には誰もいなくなった。階段でも同じ方法を使って、女子を遠ざける。

「いやぁあ! 化け物よ、化け物!」

「化け物だと? どいつだ、私に任せておけ!」

 だが、物怖じしない風紀委員が駆けつけてしまった。ツバサ=ミザールが前傾姿勢で疾走し、どんどん距離を詰めてくる。

(やばい! よりにもよってツバサかよ!)

 輪は踵を返し、来た道を戻るしかなかった。ネコ耳でツバサの接近を感知しつつ、なるべく曲がって、追跡者をかく乱する。

「待てっ、貴様! その耳は魔界の獣人か? 止まれと言ってる!」

(ひい~! 止まれるわけないだろ!) 

 後ろから飛んでくるのは、まきびし、手裏剣。

 こちらが二階の窓から飛び降りたところで、彼女も尻込みしなかった。忍者さながらに宙返りを決め、着地とともにスタートダッシュを切る。

「L女学院に忍び込むとは、不届き者め! 成敗してくれる!」

「うわっ、わわ! うわあぁあ~!」

 逃げるほうも無我夢中だった。

火遁の忍法に煽られ、水遁の忍法でびしょ濡れになりながらも、必死に逃げ、グラウンドへと転がり込む。

L女学院の女子生徒が集合済みの、グラウンドへと。

「はあ、はあ……げええっ?」

 輪は顔面蒼白になって、金縛りにでも遭ったかのようにガニ股を引き攣らせた。

 どよめきが広がる。

「きゃあああああ! なななっ、なによ、あれ?」

「へ、変態よッ! ド変態だわ!」

 続々と悲鳴があがった。軽蔑や嫌悪の言葉も飛んでくる。

(終わった……)

 目の前で真っ黒な絶望が口を開いた。

 太陽が眩しいほど、己の惨めさも鮮明に浮かびあがる。奇異の視線が全方位から水着姿の変態に注がれた。侮蔑を孕んだ無数の驚きが、輪を痛烈に責め立てる。

 ツバサは人差し指を震わせた。

「きき、貴様はリンじゃないか! そっ、そんな恰好で、何を考えてるッ!」

 ほかの女子と一緒に避難中だったらしいチハヤとエミィの姿もあった。チハヤはげらげらと笑い転げ、エミィは軽蔑のまなざしを向けてくる。

「ぎゃははははは! おいおい、リン? お前、本気かよ、それ!」

「……最低!」

 何しろ女子高のど真中で、男子がスクール水着(女子用)を着て、愛らしいネコ耳までつけているのだから。手遅れの現場を見て、閑は参ったように頭を押さえる。

「……馬鹿ね、もう」

「見ないでくれ、頼む……こんなオレを見ないでぇ~!」

 変態はかつてない恥辱に晒され、女子高の中心で哀を叫んだ。

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第5話は本編『傲慢なウィザード#1』のネタバレを含みます。

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