ダーリンのにゃんにゃん大作戦!

プロローグ

 夏がやってきた。梅雨が明けてからというもの、蒸し暑い日が続く。

 一年一組の本日の体育はプールだった。直前の休み時間に入ってすぐ、日直の真井舵輪は体育科の職員室で鍵を回収し、プールの男子更衣室へと急ぐ。

「あんま時間がないんだよなあ」

 プールは着替えに時間が掛かるため、日直には迅速な行動が要求された。体育では合同となる一年三組に迷惑を掛けるわけにもいかない。

 更衣室の鍵を開け、一番乗りで着替える。

「……おかしいな?」

 ところが一組の男子も三組の男子も一向に現れなかった。着替えを終え、輪はひとりで首を傾げる。一方、隣の更衣室はだんだん賑やかになってきた。

(ま、まさか、オレ……?)

 全身からざあっと血の気が引く。

 どうやら本日の体育、プールを使用するのは男子ではなく、女子のようだった。

一組と三組の女の子たちはまさに今、この壁の向こうで裸になり、スクール水着に手足を通している。ここで男子がこっそりと聞き耳を立てているとも知らずに。

「あれ? 御神楽さん、またさぼり?」

「うちの九条さんもたまにいなくなるんだよね」

 輪は息を潜め、ひとまず逃走を決めた。スポーツバッグに制服を詰めながら、耳を澄ませて、脱出のタイミングを窺う。

(着替えはあとで、トイレでやりゃいいだろ。見つからないようにしないと……)

 ドアの開閉音や足音からして、女子は準備を急いでいた。男子よりも着替えに手間取るため、十分ほどの休み時間では足りないのだろう。

「本当なの、それぇ?」

「見たんだってば! もう、すっごく面白くてさあ~」

 やがて気配が途切れ、静まり返る。

(よし……今のうちに)

 細心の注意を払ったうえで、輪は恐る恐る男子更衣室を出た。すでに女子はプールサイドにあがったようで、更衣室の前には誰も残っていない。

 そのはずが、不意に女子更衣室の扉が開いた。

「り、輪くん?」

「げっ!」

 一年三組の五月道澪が、輪と鉢合わせになり、スクール水着の恰好で立ち竦む。

 輪はうろたえ、弁解の言葉を噛んだ。

「ち、違うんだ! オレはのぞっ、の、覗きに来たとかじゃなくって……」

 澪のあられもない水着姿を強烈に意識してしまい、顔を赤らめる。

 ケイウォルス学園では、女子生徒のスクール水着は『白色』と定められていた。澪の豊満な身体つきには純白のスクール水着が張りついている。

「きゃあああああっ!」

 悲鳴があがった。

 あれよあれよと女子らが集まってきて、不審者を取り囲む。

「真井舵くん? さては……」

「信っじられない! いつから隠れてたわけ?」

 四方八方から疑惑と軽蔑のまなざしを向けられた。

「そうじゃないんだ! き、今日は男子がプールなんだと……」

間違えただけ、とわかってもらえず、澪にはいつもの罵倒を浴びせられる。

「ヘンタイ! エッチなのは許しませんよ!」

「ま、待ってくれ、五月道!」

 間もなく担当の女教師もやってきて、御用となってしまった。

「毎年いるのよ。女子のプールを覗こうっていう輩が」

 まるで他人事のようにチャイムが鳴り響く。

「恒例のやつで反省させてあげましょうか。性根から叩きなおしてもらいなさい」

「せ、先生……?」

 授業が始まったにもかかわらず、数名の男子生徒が駆けつけてくる。

 レスリング部のマッチョ軍団だった。屈強な男たちが喜々として輪を包囲する。

「お前が今年の覗き魔、第一号か。フフフ」

 夏の暑さが感覚できないほどに、背筋が凍りついた。マッチョたちの脂ぎった視線が、輪の素朴な水着姿を物色する。

「そんな、まさか……」

 怯えるしかない小動物を、猛獣らは意気揚々と担ぎあげた。

「や、やめろ! おろしてくれぇ!」

「本日より一週間! お前はわれわれとともにリングで汗を流すのだ!」

覗き魔への仕置きはレスリング部の伝統らしい。かくして真井舵輪は連行された。

 

 プールの授業が始まってからも、澪は溜息をつく。

「はあ……」

 真井舵輪の変態ぶりにはほとほと呆れ果てていた。着替えは覗くわ、女の子のパンツを頭に被るわ。彼の実績はもはや男子高校生の常軌を逸している。

 休憩がてら、クラスメートは面白半分に笑った。

「大声なんか出さないで、逃がしてあげればよかったのにー。彼氏なんでしょ?」

「え? 違いますよ」

 澪は感情を込めず、淡泊に言ってのける。

「そこはさあ、もっと全力で否定するとか、してくんないと……」

 これでも中等部の頃、五月道澪と真井舵輪は半ばカップルと認定されていた。同じ寮に住んでいるため、登下校で一緒になることも多い。とはいえ、それだけのこと。高等部でクラスが別になってからは、彼のセクハラに眉を吊りあげる機会も減った。

 クラスメートたちが口々に真井舵輪の評価をくだす。

「顔はそこそこなんだけどねー、真井舵くん。中身がガキっぽいのがさあ」

「でも、あれで二年の先輩とは結構、いい感じらしいよ? ほら、一之瀬先輩とか」

 真井舵輪には恋人候補とされる女子生徒が、二年生に四名もいた。

 ひとり目は二年一組の、四葉優希。輪とは幼少の頃からの付き合いで、年下の彼を『ダーリンちゃん』と呼ぶほどに親しい。見かけによらず格闘技に精通し、スポーツ万能、クラブは水泳部に所属している。ただし球技は苦手とのこと。

「噂のカップルパフェ、一緒に食べてたんだっけ」

「あの恥ずかしいやつ? ひゃ~」

 次にふたり目は二年三組の、三雲沙織。容姿端麗にして格式の高いレディーで、その優美な立ち居振る舞いは一流のロイヤリティを醸し出していた。吹奏楽部では二年生の代表として活躍し、部員たちまで気品をまとうほどに。

「真井舵くんがわざわざ、上着を敷物にして、座らせたりしちゃってさあ」

「箱入り娘ってやつなんでしょ? 三雲先輩」

 それから三人目は二年二組の、二景黒江。頭脳明晰にして、こと理系においてはトップクラスの成績を誇っている。器械体操部だけあって、スタイルも抜群だった。飄々として掴みどころはないものの、観察力や洞察力に優れ、頼りにされている。

「真井舵くんがお姫様抱っこしたのが、二景先輩だよね」

「新聞で見て、びっくりしちゃった! ウケる~!」

 そして四人目が黒江と同じ二年二組の、一之瀬閑。才色兼備という言葉通りの美女で、真井舵輪にはお姉さんぶっておきながら、その実、ベタ惚れとの噂が立っている。調理部で焼いたクッキーを、彼にだけ振る舞うことも。

「みんな、五月道さんと同じ寮に住んでんでしょ? 真井舵くんとも」

「ライバルだらけじゃん! 五月道さん」

 この手の話題に澪は辟易として、肩を竦める。

「なんでもかんでも、そっちに結びつけないでください。閑さんたちにしたって、輪くんのこと、手の掛かる弟くらいにしか考えてないんですから」

「またまたぁ~」

 噂好きのクラスメートに反論したところで、きりがないのはわかっていた。教師に叱られないうちに、空色のプールに飛び込む。

(……輪くんのバカ)

 五月道澪、高校一年生の夏だった。

 

 放課後、一年一組に二年生の一之瀬閑がやってきた。

「輪、いるー? 一緒に帰らない?」

 しかし教室に真井舵輪の姿はなかった。クラスの女子がすれ違いざまに答える。

「真井舵くんでしたら、レスリング部にいますよ。多分」

「え……そうなの?」

 真井舵輪の恋人候補については今日、プールの授業で話題になったばかり。ほかの面子も集まってきて、興味津々に質問を投げかける。

「あの~、一之瀬先輩って、真井舵くんと付き合ってるんですか?」 

「へっ?」

 閑はひらひらと手を払い、締まりのない笑みを浮かべた。

「そんなわけないじゃない。輪は年下だし、ただの弟って感じで……もう、どこからそんな話になったの? それじゃあね、ありがと」

 ご機嫌な彼女を見送りながら、一年一組の女子らは淡々と呟く。

「自覚ないんだ、あのひと……」

「まあ、真井舵くんとはいい組み合わせってことで」

 生温かい視線が閑の恋を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

   第一話

 

 

 カイーナという怪異からひとびとを守るための組織、ARC。

 ケイウォルス学園の地下には、その司令部が秘密裏に存在していた。司令官は生徒会長の愛煌=J=コートナーが務める。

「部活もあるのに呼びだして、悪いわね」

 第四部隊に召集が掛かったのは、一学期の期末試験が終わって、すぐのこと。

 五月道澪は真剣な面持ちでモニターを見上げた。

「カイーナが発生したんですか?」

「そういうこと。でね……ちょっと、あなたたちに頼みたいことがあるの」

 オペレーターの周防哲平は定位置で端末に向かっている。

「気を楽にしてください。いい話ですよ、今回は」

 モニターに離島の地図が表示された。大人気の遊園地が、そこにある。

 エンタメランド。それこそが国内最大のアミューズメントパークであり、客の動員数も桁外れだった。一日では到底まわりきれないため、宿泊施設も豊富に揃っている。

 にもかかわらず、愛煌は眉を顰めた。

「遊園地の真中にエンタメキャッスルってお城が、あるでしょ。そこにカイーナ化の兆候があって、ARCとしては警戒を強めてるわけ。だけど……」

 勘のよい沙織が相槌を打つ。

「まさか……エンタメランドのほうが介入を拒否してるのでは、なくて?」

「ご名答。だから、客として潜り込むしかないのよ」

 カイーナという脅威は世間一般には知られていなかった。これからの時期、夏休みは稼ぎ時であるため、エンタメランドも化け物騒ぎとやらで休園にはできないのだろう。

「とりあえず本丸のほうは第八と、あとは第六で当たることにしたわ」

「第六……御神楽さんのチームね」

 リーダーの閑が声を落とす。

 先月、第四部隊と第六部隊の間で異動があった。

 第四は前衛、後衛ともにすでに万全の編成で、輪の出番はない。レベルが10に達したこともあり、輪は第六部隊へ補充要員として送られたばかりだった。

 優希が両腕で伸びをする。

「ボクらも調査に参加すればいいの? 愛煌ちゃん」

「上司に対して、その呼び方はどうなのよ。別に構わないけど……」

 エンタメランドの地図が拡大で表示された。中央のエンタメキャッスルではなく、南西のお化け屋敷がピックアップされる。

「あなたたちにはこっちのホラーハウスを調べて欲しいの」

 第四のメンバーは一様に首を傾げた。黒江が不安そうに呟く。

「……本物のお化け?」

「ええ。城とは別に怪奇現象が発生してるみたいで、見過ごせないのよ。最悪、ふたつのカイーナが同時に発生、なんてことも考えられるから」

 大抵のカイーナ化には兆候があった。レイは悪霊の一種であるため、ポルターガイストなどの霊障をもたらす。実際、幽霊物件がカイーナに変貌するケースも多かった。

 澪が口角を引き攣らせる。

「ほ、本物のお化け屋敷ってことじゃないですか、それ……」

「気持ちはわかるけど、こっちは城の攻略に専念したいから。お願いね」

 司令からの命令である以上、第四部隊に拒否権はなかった。この夏は遊園地で、幽霊なんぞと一戦、交える羽目になるらしい。

「そんなこと言ったって……イレイザーじゃ、お化けは退治できないんでしょ?」

「精霊協会に依頼したほうが、よろしいと思いますわ」

 空気が沈む中、優希が声をあげた。

「ボク、いいこと思いついちゃった。ダーリンちゃんも誘おう!」

 それだ、とばかりに黒江や沙織も飛びついてくる。

「名案。こういう時こそ、だーりんの出番……」

「わたくしも賛成ですわ! もちろん、ダーリンさんの都合次第でしょうけど」

 オペレーターの哲平は笑いを堪えつつ、アシストに入った。

「ついでに第四のみなさんには、遊園地で羽根を伸ばしてもらおうってことですよね、愛煌司令? さすが部下思いの上司です」

「あなたねえ……はあ、わかったわよ。ホテルのほうはARCで押さえてあげるから」

 優希と黒江がハイタッチを交わす。

「やったね、黒江ちゃん!」

「息抜き、息抜き」

 澪や沙織はそわそわしていた。

「遊びに行くんじゃないんですよ? これは、そう、お仕事なんですから」

「み、澪さんのおっしゃる通りですわ。ええ」

 この夏、第四部隊はエンタメランドで遊ぶことに。

 気のないふりをしながら、閑も声を弾ませた。

「しょ、しょうがないわね。でも輪は第六に移ったし、忙しいんじゃないかしら」

「どのみち第六もエンタメランドで任務よ。まあ、好きにしなさい」

 生温かい視線が閑に集中する。

「進展、あるかも……?」

「輪さんもあの調子ですもの。気長に見守るとしましょう」

 ベストカップルの誕生は遠かった。

 

 レスリング部での仕置きを終え、へとへとになりながら、輪は寮へと戻る。

「……はあ。これが一週間も続くのかよ」

 女子のプールを覗いた制裁として、レスリング部の猛練習に参加することになってしまった。おかげで、身体じゅうがガタガタになっている。

 とはいえ身体作りには絶好の機会だった。その道のプロに懇切丁寧に指南してもらえるのは大きい。ひとりで闇雲に単調なトレーニングを重ねるのとは、次元が違った。

 この仕置きのきっかけとなった、澪の水着姿が脳裏に蘇ってくる。

(可愛いなんて言ったら、また怒るんだろうな……)

 そんなことを考えていると、寮の前で澪と鉢合わせした。

「よ、よう、五月道」

「……なんです? 一組の覗き魔くん」

 案の定、冷ややかに返される。

 しかし澪は表情を緩め、朗らかな笑みを綻ばせた。

「そういえば、聞きましたか? 夏休み、みんなでエンタメランドに行くんですけど、輪くんもぜひ一緒にって、話になったんです」

「え、オレも?」

 まさかの誘いに輪は目を点にする。

 恥ずかしそうに澪は頬を染め、視線を真横に逸らした。

「そ、それでですね? あたし、どうしても欲しいストラップがあって……」

 おずおずと遊園地のパンフレットを差し出してくる。

 その一面はカップル向けの特集記事だった。男女のペアだけがもらえる、マスコットキャラクターのストラップが、澪の指先にある。

「みなさんには内緒で、その」

 ファンシーグッズに関心があることを、ほかのメンバーには知られたくないらしい。

(隠すことでもないのになあ。まあ、五月道に合わせとくか)

 プールで怒らせたこともあり、輪は二つ返事で受けた。

「いいぜ。それくらい」

「ありがとうございます! 細かい段取りについては、また連絡しますね」

 これでプールの件はチャラにできたかもしれない。

「じゃあな、五月道」

「はい。ふふっ」

 澪と約束を交わしてから、輪は自分の102号室へと戻った。

そのタイミングで携帯が鳴る。

『ダーリンちゃん、ちょっといい?』

 幼馴染みの四葉優希からだった。

「どうした、優希? わざわざ電話なんかで」

 いつもの彼女なら、有無を言わさず、輪の部屋に押しかけてくる。それがこうして電話という手段を取っているのだから、何かしらの意図があった。

『えへへ……実はさあ、夏休み、みんなでエンタメランドに行くことになって』

「五月道に聞いたぜ。オレも数に入ってるって?」

『そうそう! でね、カップル限定の、スペシャルパフェってのがあるんだけど……ボクとしては絶対、絶~っ対、食べておきたいんだよねっ』

 なるほど、と輪は胸の中で納得する。

 幼馴染みの四葉優希は、甘いものには目がなかった。

「みんなで行けばいいんじゃ……っと、カップルでないと注文できないんだっけ」

『閑ちゃんたちの分まで、ダーリンちゃん、何回もパフェ食べられないでしょ。だから、みんなには内緒で。どお?』

 秘密にしたがるのは、カロリーの摂取量を周囲に誤魔化すためでもあるらしい。昔はぽっちゃりしていたこともあって、乙女の数字には敏感なところがある。

 澪との約束はあったものの、輪は優希にも二つ返事で頷いた。

「オレも甘いもの好きだし。一緒に食べるか」

『うんうん! じゃあね、また相談しよ』

 適当なところで電話を切り、パソコンに向かう。

 エンタメランドについて、輪はまだ『タメにゃんという猫の妖精がいる』程度にしか知らなかった。調べてみたところ、夏休みにはイベントや限定グッズの類が目白押し。

「澪や優希とはしっかり打ち合わせしとかないとな……」

 ふと、パソコンの右下にアイコンが浮かんだ。黒江からのメッセージが届く。

『エンタメランドの件、聞いた?』

「おう。第四のみんなとオレで行くってやつだろ」

『話が早くて助かる。カップル限定の配信テーマ、ゲットしよ。……私とりん、そういうのじゃないけど』

 どうやらゲーム機や携帯で使える、恋人仕様のテーマが存在するようだった。

澪や優希との先約があるため、輪は決めあぐねる。

「ちょっとまだ、なんとも言えないっつーか……どうしても欲しいのか?」

「時間は取らせないから。お願い」

しかし黒江に何度も頼まれては、断りきれなかった。ハードなスケジュールになるのを予感しつつ、了解する。

「……わかったよ。そん時になったら、抜けるか」

『あ、みんなには内緒で。遊園地でもゲームのことばかりって思われたくない』

 だんだん雲行きが怪しくなっていた。

 当日の段取りを考え込んでいると、ノックの音が聞こえる。

「ダーリンさま、お部屋にいらして?」

「お、おう。沙織か」

 よりにもよって『ダーリンさま』と来た。ご主人様の専属メイドが、さながら舞踏会のようにスカートを持ちあげ、恭しい会釈を披露する。

「実はその……ダーリンさまにご相談申しあげたいことが、ありまして」

 普段の沙織ならまだしも、メイドの沙織には、かえってプレッシャーを感じずにいられなかった。輪はたじろぎながらも、彼女の相談とやらに先手を打つ。

「ひょっとして、エンタメランドのことか?」

「ご存知だったのですね。うふふ」

 沙織が広げたのは、澪と同じパンフレットだった。

「こちらの大時計、オルゴールになってまして……午後の三時には王子様とお姫様が登場しますの。ですけど、この時間に入場できるのは、カップルだけでして……」

ストラップ、パフェ、テーマに続いて、オルゴールまで。エンタメランドは恋人たちのための遊園地なのだと、改めて痛感させられてしまった。

「わ、わかった。たまにはご主人様らしいとこ、見せないとな」

「ありがとうございますわ!」

 沙織は嬉しそうに笑みを弾ませる。

 その笑顔が健気なものだからこそ、罪悪感を触発された。

(まずいだろ、さすがに……四人と約束してちゃあ)

 沙織を見送ってから、輪は頭を抱え込む。

 第六部隊に異動となってからは、第四のメンバーとの交流も少なくなり、寂しく感じていた。彼女らと遊園地で遊べるなど、男として嬉しいに決まっている。

 ところが当日は澪、優希、黒江、沙織とそれぞれ、秘密の約束を交わしてしまった。

(別に沙織は『内緒』とは言ってなかったんだけどな……そっか、日に一回だけのイベントだから、オレともうひとりしか見れねえのか)

 再びノックの音がする。

 それが五人目である確率など低い、と思いたかった。

「し……閑か?」

「えっ、どうしてわかったの?」

 閑がドアを開け、おずおずと入ってくる。

「さっき教室に行っても、いなかったから……レスリング部に入ったの?」

「そうじゃねえよ。で……ど、どうしたんだ?」

 彼女の唇が誘惑的に囁いた。

「ね、ねえ? 夏休みはエンタメランドで、わたしと一緒に……」

 ダーリンの苦悩は続く。

 

 

 夏休みが始まった。

 期末試験も何とか及第点をクリアしたおかげで、羽根を伸ばせる。水泳部の優希は毎日のように部活に出掛け、黒江も器械体操部の大会を控えていた。

 チア部の澪は応援で飛びまわっていて、大忙し。

 一方、吹奏楽部の沙織や調理部の閑は余裕があるようで、お茶会などを催しているらしい。そして輪は第六部隊の一員として、ハイレベルな戦いに駆り出されていた。

 今日も御神楽はインカムで愛煌と喧嘩。

「次のフロアまで進んだって、いいでしょ? こんな調子じゃ夏が終わっちゃうわ」

『そのカイーナは第八に引き継ぐことになってるから。きりのいいところで引きあげなさい、以上! アーツ片の回収もほどほどにね』

第六のメンバーは御神楽緋姫がレベル30を超え、クロード=ニスケイア、比良坂紫月も順調に腕をあげていた。

 やっとレベルが10になった輪とは、次元が違いすぎる。

「はあ……」

 やりきれなくて肩を落とすと、紫月に励まされた。

「そう急くな、真井舵。お前が入ったおかげで、前衛の動きに幅もできた」

「紫月の言う通りだね。やっぱり三人じゃ、危なっかしい場面もあったからさ」

 クロードも気さくに発破を掛けてくれる。

「お姫様も君を頼りにしてるよ」

「だといいけど、な」

 輪は顔をあげ、謎だらけの迷宮を見据えた。

 通信を終え、御神楽が気怠そうに髪をかきあげる。

「さっさと帰ってこい、って。今日のところはここまでにしましょ」

「おう。この暑さだしなあ」

 今回のカイーナは外と同様に蒸れるため、輪としても探索を切りあげたいタイミングだった。真夏だけあって、湿った空気がじめじめと絡みつく。

「……そんなに暑いか?」

「平気な顔してるの、あなたくらいよ? 紫月」

「前のところは冷房が効いてたのにねえ」

 第六部隊はまわれ右で、カイーナからの脱出を開始した。前衛で敵を警戒しつつ、輪は何気なしに問いかける。

「そういや、お前らも来週、エンタメランドに行くんだろ?」

「任務って建前だけど、遊びにね」

 エンタメランドのカイーナに関しては、ベテラン勢の第八部隊が出張ってきたため、第六部隊は控えにまわることになった。第八の面々は輪たちのことを、たかが高校生が一端にイレイザーを名乗るなど、と侮っているらしい。

「好きに言わせておけばいいんだよ。相手をするだけ、時間の無駄さ」

「でしょ? 愛煌も同じこと言ってたわ」

 釈然とはしないものの、おかげで遊園地で遊ぶ機会は得られた。

「輪は第四のみんなと?」

「ああ。こっちも任務でって話なんだけどさ」

 前衛の紫月が俄かに表情を引き締める。

「……出たぞ」

 目の前に現れたレイは、一匹だけ。すかさず輪はブロードソードを構えた。

「オレに任せてくれ、御神楽!」

「いいわよ。頑張って」

 ブロードソードが力任せに魔物を斬り裂く。

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