ダーリンのおぱぁい大作戦!

プロローグ

 ケイウォルス高等学園の地下に、司令部はあった。

 対レイ討伐機関、通称『ARC』。そのケイウォルス支部は、ここより近辺の怪異事件を解決すべく、秘密裏に活動している。

 所属するのはイレイザーと呼ばれる戦士たち。学園の生徒にもイレイザーがおり、女子は五名、男子は一名の『ARCケイウォルス司令部・第四部隊』を編成していた。

 だが、イレイザーも普通の人間である。命懸けの死闘の中、メンタル面で参ってしまう者もいた。そこでARCは定期的なカウンセリングを実施している。

 ケイウォルス司令部のオペレーター、周防哲平は、教会の懺悔室のような部屋で第四部隊の面々を待った。やがて本日の一人目がやってくる。

「どうぞ、お掛けになってください」

 そこはスモークガラスで仕切られ、どちらの姿も、話し相手には見えない造りになっていた。ボイスチェンジャーで声も変え、プライバシーの保護には配慮してある。

「お仕事のほうはどうですか? 何か心配事とか、ありませんか?」

「あの、その……」

 迷うような息遣いのあと、告白が始まった。

「同じ隊の男の子が事故を装って、セクハラばかりするんです」

 男子にとっては聞きづらい話となり、哲平は返答に困る。

「セクハラですか。ええと……狙われるのは、あなただけなのでしょうか」

「女子は全員……見境ないんです、ほんと。寮も一緒ですから、油断できなくて……」

 密告じみた相談を、向こうも尻込みしている節はあった。しかし、こうして女性が男性を相手に打ち明けるほどなのだから、事態は深刻らしい。

「パ、パンツを頭に被ったりするんですよ。信じられます?」

「事故のふりができるんですか? それ」

 その後も彼女は長々と、あるイレイザーの奇行について話してくれた。

 女の子のパンツを帽子にする、スカートの中に頭を突っ込む、いつの間にかお尻の下敷きになっている……などなど。相談者の声もだんだん荒々しくなる。

「正真正銘のヘンタイなんですっ!」

「わ、わかりました。セクハラの件、倫理会で対応を検討します」

 スモークガラス越しに気圧されつつ、哲平はひとまず改善を約束した。

「それでは次のかた、どうぞ」

「ええ。よろしくお願いいたしますわ」

 続いて、二人目がスモークガラスの向こうで席につく。この女性は躊躇いもせず、はきはきとまくし立てた。

「同じ隊に、女性に無礼千万を働く輩がおりますの! パンツは被るわ、ブラジャーはアイマスクにするわで……何かにつけては胸ばかり、じろじろと眺めたりしますのよ」

 さっきも聞いたような話が繰り返される。

「そういうタイプはすぐ図に乗るんです。ちゃんと怒ってますか?」

「もう何回も怒りましたわ! ですけど……ど、どういうわけか、女の子に叱られるのが好きみたいでして、逆効果ですの」

 問題の変態は、どうやら面倒な嗜好を持っていた。

 女の子にエッチな悪戯を仕掛けることで興奮するのではない。それによって女の子から罵詈雑言を浴びせられてこそ、快感を覚えてしまうのだろう。

「たまにいるんですよね……了解しました。倫理会で検討します」

「しかと頼みましてよ?」

 二人目のあと、三人目もやってくる。今度の女性はぼそぼそと声を潜めた。

「ダーリ……同じ隊の男の子がさあ……下着デザイナーの卵だったりするんだけど」

「それはまた珍しい技能の持ち主ですね。で……その彼が、何か?」

 相槌を打ちながら、哲平は第四部隊の名簿を一瞥する。

 五月道澪、三雲沙織、四葉優希。リストには容姿端麗な美少女イレイザーが名を連ねていた。ところが、ひとりだけ男子が混ざっている。

「見つけちゃったんだー、ボク。その男の子がボクやみんなのために、ブラジャーやパンツのデザイン、山ほど描き溜めてるの。ベッドの下に隠してあったんだから」

 彼は美少女(それも巨乳)に囲まれ、我慢できなかったらしい。その煩悶と罪悪感は、同じ男性として、わからなくはなかった。

「そ、それは……見なかったことにしてあげるのがマナーです」 

「そーいうものなの?」

 とにもかくにも、第四部隊にド変態がいるのは間違いない。

 その人物は同僚の女の子たちにセクハラを働いては、罵られることで悦び、パンツのデザインまで描き起こしていた。

 とうとう四人目の相談者まで現れる。

「あ、あの……同じ隊の男の子のことで、相談したいんだけど、いいかしら」

「はい。時間はありますので、リラックスしてください」

 彼女は息を長く吸って、長く吐いて、たっぷりと間を空けた。唇を押さえながら、少しずつ悩みを吐露していく。

「自分で言うのも自惚れてるみたいで、恥ずかしいんだけど……彼、なんだか、わたしに気があるみたいで……この前も、わたしだけ、お買い物に誘ったりして」

 健全な話に思えたが、アプローチが押しつけがましかったり、逆に相手が被害妄想的に過剰な反応をしてしまっている可能性はあった。

「誘われるのが嫌なんですか?」

「い、嫌だなんてことは全然……気持ちは嬉しいのよ? でも、わたしと彼は別に……そういう関係じゃないっていうか……うん、お友達くらいがいいの」

 しっくりきたのが『お友達』というフレーズらしい。

「出会ってから、まだ半年だし? 今は内部受験に集中して欲しいから……」

「わかりました。それとなく伝えてみます」

 話が長くなりそうな気配がしたところで、哲平は無難に切りあげた。

 本日の相談者は以上。第四部隊の女子は五名のうち、四名がやってきたことになる。

「二景さんだけ相談なし、か」

 哲平としても、あのセクハライレイザーにはそろそろお灸を据えるべき、と考えてはいた。五人もの美少女に囲まれて暮らしているなど、羨ましいうえに腹立たしい。

「そう好きにはさせてやらないよ? 真井舵輪」

 哲平の眼鏡がきらりと光った。

 

 ケイウォルス学園には小さいなりに中等部が存在し、内部受験さえクリアすれば、高等部に進学できる。余所の中高一貫と同様、外部受験に比べれば、難易度は低かった。試験の出来よりも、中等部での出席状況や授業態度が重視されるため、である。

 とりあえず無遅刻・無欠席なら、合格は堅い。

 しかし真井舵輪にとっては、簡単な試験とはならなかった。三年生の秋という中途半端な時期に転入してきたため、合格を保証されるに充分な実績がない。こういった生徒の場合は、内部受験の結果のみで判断せざるを得なくなる。

 試験は二月の下旬。

「出してくれよ、みんな!」

 二月十二日の昼過ぎ、輪は102号室で痛切な声をあげた。

 同じ寮の女の子らが一斉に詰めかけてきたのは、ほんの五分前のこと。雑誌などの娯楽は片っ端から没収され、テレビやラジオも完全に機能を封じられている。

「オレが何をしたってんだ? なあっ!」

 そのうえ、扉も窓もシャッターで閉ざされてしまっていた。このようなリフォーム(魔改造)ができるのは、黒江しかいない。

 エアコンの傍のスピーカーから、彼女らの声が響いた。

『ごめんなさい、輪。……けど、あなたのためにやったことなの』

『その通りですわ。内部受験まで、もう日がありませんもの。ここが正念場でしてよ、ラストスパートをお掛けなさい』

 閑は申し訳なさそうに、沙織は諭すように言い聞かせてくる。

そして澪は半ば呆れながら、優希は面白そうに、輪に発破を掛けた。

『こうでもしないと、輪くんは勉強できないでしょう? 少しの辛抱ですから』

『頑張ってねぇ、ダーリンちゃん。ちゃんと前日には出してあげる』

「ぜ、前日って、あと十日もこれで過ごせってか? 学校はどうすんだよ!」

 輪は顔面蒼白になって訴えるものの、スピーカーの音はぷつりと切れる。しばらく待てども、彼女たちと話せる機会は与えられなかった。

 今の自分に許されているのは、勉強机に向かうことだけ。

「どうしたってんだよ、閑まで……」

 くずおれるように輪は席につき、両手で頭を抱える。

自分自身、受験勉強に身が入らず、不甲斐ないとは思っていた。けれども四六時中、朝から晩まで美少女と一緒では、集中できなくもなる。

閑の夜食をご馳走になるたび、数式を忘れて。沙織に英語を教えてもらっていても、彼女の豊満な胸元にばかり目が行ってしまった。同じ受験生の澪には差をつけられ、焦りに焦って。優希には気分転換と称して、一昨日も買い物に付き合わされている。

「……優希のやつは邪魔しかしてないよな」

 頭を冷やしたくて、輪は深呼吸を重ねた。肺の中に溜まっていた、鬱屈とした溜息を全部、吐き出す。

 確かに監禁も同然、部屋に缶詰めにされてしまった。とはいえ、受験を直前にしているにもかかわらず、輪の勉強が波に乗っていないのも事実。やりかたは強引にしても、彼女たちの言い分もわからなくはなかった。

「勉強すっか……」

 受験を終えるまで、我慢するしかない。晴れて閑たちと同じ高校生となって、スクールライフを満喫するためにも、内部受験を突破しなければならなかった。

 幸い、余計な私物はすべて撤収済み。携帯さえ没収されているおかげで、勉強の合間に手慰みに弄るような真似も不可能だった。

 ところが、はたと気付く。本棚の隅々に至るまで、娯楽は殲滅されたわけだが。

「……まさか、なあ……?」

 恐る恐る、輪はベッドの下にあるはずのモノを確認する。

 そこには何もなかった。途端に血の気が引いて、顔が強張る。

「ウ、ウソだろっ?」

 腕を肩まで突っ込んで、漁っても、秘密のノートは見つからなかった。輪は真っ青になりながら、閉じきれない口をわななかせる。

 下着デザイナーとして、真井舵輪にはひとつの性癖があった。無意識のうちに、女の子たちのランジェリースタイルを妄想しては、ラフを描き起こしてしまうのだ。

 その作品の数々は、ファッションデザイナーの母によって採用され、専門店などで販売されることもあった。何でも『男の子だからこそ描ける、珠玉のデザイン』らしい。

 輪は蹲って、さっきよりも痛々しく頭を抱える。

「こんなことなら、さっさと処分しておけば……っ!」

問題のスケッチは閑たちに回収されたと見て、間違いない。今頃、彼女らはノートを眺め、輪を軽蔑なりしているのだろう。

 五月道澪なら辛辣に罵るはず。

『勉強もせずに、こんなものばかり描いてたんですね。大丈夫なんですか(頭が)?』

 三雲沙織に上から目線で蔑まれるのも、容易に想像がついた。

『技術だけは評価して差しあげますわ。輪さんにも取り柄がありましたのね』

 四葉優希の含み笑いも聞こえてくるような。

『……ウワァ。これさあ、妹の蓮ちゃんとか、どう思ってるわけ?』

 そして一之瀬閑は顔を赤らめながら、ノートを閉じる。

『こういうところさえなかったら……ねえ? それにしても、まさか、こんなにたくさん描き溜めてたなんて……見なかったことにできる自信がないわ』

 真井舵輪の性癖は今、すべてが美少女たちに晒されていた。それを想像するだけで、輪の尊厳は打ちのめされる。

「ど、どんな顔して、閑に会えるってんだ……五月道にも、優希にも、沙織にも……」

 もはや勉強どころではなかった。

 オカズを暴かれてしまった男の切実な慟哭が、102号室に響き渡る。

「見ないでくれ……頼むから、そのノートだけは見ないでくれぇええええッ!」

 手が痛くなるまで、輪はドアを叩き続けた。

 

 

 

 学園の地下、ARCのケイウォルス司令部で、閑は悲鳴をあげる。

「きゃああああっ?」

 優希が輪の部屋から回収してきたノートには、とんでもないものが描かれてあった。沙織も目を見開いて、問題のページを慎重に覗き込む。

「こ、こんなものが、現実に存在していたなんて……」

 澪はあとずさり、ノートから距離を取った。

「優希さんが持ってきたのが、いけないんですよ? 知らぬが仏とはこのことです」

「ご……ごめん。ボクが悪かったってば」

 お調子者の優希にしては、珍しく素直に頭をさげる。

 それだけの事件が、輪のノートには隠されていた。一之瀬閑のためのデザインだけページが多いことなど、取るに足らず、もう全員が忘れている。

 レディースのラフは二景黒江のほか、愛煌=J=コートナーの分もあった。

 愛煌=J=コートナーという『男の子』の分まで。たとえ美少女然とした風貌でいようと、愛煌はれっきとした男の子、なのに。

 その事実を第四部隊のメンバーは知っていた。真井舵輪もそのはずで、司令官の愛煌をオカマ呼ばわりしたこともある。

 優希が口角を引き攣らせた。

「ど、どーゆーこと? ダーリンちゃんは愛煌ちゃんのこと、そんなふうに?」

「おおっ、男同士でしてよ! ……俄かには信じ難い話ですわ」

 沙織も神妙な面持ちで、驚きを隠せない。閑はノートを閉じ、声を上擦らせた。

「……見なかったことにしましょ。ね?」

「そ、そうですね。これは輪くんと愛煌さんの問題ですし」

「私がどうかしたの?」

 ところが、不意に後ろから愛煌に接近され、第四のメンバーは慌てふためく。澪も沙織も腰を抜かしそうになって、閑の両脇にしがみついた。

 中央の閑も動転しつつ、力いっぱいにノートを抱き締める。

「ああっ愛煌さん! いい、いつからそこにっ?」

「今しがた来たところよ。相変わらず賑やかね、第四は」

 愛煌に続いて、周防哲平も司令部にやってきた。オペレーター用の席につき、モニターの情報をてきぱきと整理していく。

「僕や五月道さんは内部受験の勉強がありますので、早速、始めてもらえませんか」

「あなたたちなら問題ないでしょ。輪はどうだか、知らないけど」

 ミーティングのため、ひとまず閑たちも着席した。

 そもそも今日は緊急の召集を受け、司令部に集まっている。近辺でカイーナが発生した可能性が高かった。

「……二景は?」

「そういえば、まだ……来てないわね」

 問題だらけのノートを隠しながら、閑は首を傾げる。

 二景黒江はたびたび遅刻するため、誰も気にしていなかった。最初のうちは口を尖らせていた沙織も、半ば諦めてしまっている。

「先に現地入りしてるんじゃありませんこと? 司令部に寄るのは面倒、とかで」

「ビンゴかもしれないわよ、三雲。……周防、説明してやって」

 愛煌は腕組みのポーズで押し黙った。代わって哲平が状況を報告する。

「新たなカイーナが発生したんです。いえ、現段階ではまだ、カイーナというほどの脅威ではありませんが……ちょっとわからないんですよね」

「……どういうことかしら」

 閑たちはきょとんとして、顔を見合わせた。

 ミーティング用のスクリーンに近隣の地図が表示される。

このケイウォルス学園を中心として、南方では東西に線路が延びていた。西はオフィス街、東は歓楽街となっている。

「カイーナの反応はここからです」

 今回のレッドサインは学園の傍で光っていた。驚いた拍子に、澪が前に乗り出す。

「あ、あたしたちの寮じゃないですか!」

「ええっ? でもカイーナになるなんて、そんなわけ……」

 優希も瞳をこわごわと開いて、スクリーンの地図を凝視した。

間違いなくレッドサインは第四部隊の寮を示している。哲平は眼鏡越しに膨大な量のデータを眺めながら、最新の情報を弾き出した。

「正確には『まだカイーナになっていない』レベルなんです。この状態で安定しているのが、また妙でして……場所が場所ですし、みなさんに調査をお願いしようと」

 閑たちに反論はない。もとより、自分たちが暮らす寮がカイーナとなってしまっては、おちおちと眠ることもできそうになかった。それに寮には、彼がいる。

「……輪さんを出してあげませんと!」

 沙織が血相を変え、立ちあがった。

 第四のメンバーは先ほど102号室に輪を閉じ込めたばかり。澪も急いで席を立つ。

「急ぎましょう! このままじゃ、輪くんが……」

「しまったなあ……こういう時に限って、連絡できないんだもん」

 よりにもよって、輪の携帯は今、優希の手元にあった。彼を勉強に集中させるため取りあげたことが、裏目に出る。

「愛煌さん、第四部隊、ただちに出撃するわ!」

「頼んだわよ。二景には、こっちからも呼びかけてみるから」

 リーダーの一之瀬閑は表情を引き締め、輪の救出へと向かうのだった。

 

 

 やけに身体が軽い。何もせずとも、指の先まで力が漲ってくる。

「ど、どうなってんだ? オレ……」

 自分の恰好を見下ろし、輪は呆然とした。どういうわけか、肌の露出が多いボンデージ風のユニフォームを着ている。

 おまけに尻尾の感覚があった。尾てい骨のあたりから、尖ったものが伸びている。

「これじゃ、まるで……悪魔そのものじゃないか」

 その禍々しくも妖艶な姿には、戸惑うしかなかった。

 しかし真井舵輪の身体には、地獄の一族とやらの血が流れている。現に姉の蘭は頭の角を隠していた。羽根もあるかもしれない。

(そういや、姉貴が言ってたっけ……姉貴とオレは魔性の血が濃いって)

 とりあえず、より人間に近い妹の蓮は無事らしいことに、安堵した。

「で……どこなんだよ、ここは」

 102号室にいたはずが、いつの間にか、奇妙な部屋で立ち竦んでいる。

 前方にはガラスか水晶を切り分けたものが、たくさん並べてあった。大きいものは扉ほどあり、磨き抜かれた光沢を放つ。

 床には放射状の亀裂が入っていたが、意図的に作られた模様のようだった。その溝に蛍光灯のようなものが嵌め込まれ、室内を下から照らしている。

「下に明かりがあるって、カイーナみたいだな」

 もっとも奇妙でならないのは、球体の牢。人間を放り込めるサイズの檻が、五つほど無造作に転がっていた。鍵穴にはキーが差さっている。

「……うっ?」

 急に立ち眩みがした。輪は檻にもたれ、眩暈が引くのを待つ。

 しかし、頭の中に無数のコードが流れ込んできて、だんだん頭痛も酷くなってきた。ただでさえ受験勉強で疲弊しているせいか、今にもパンクしそうになる。

「あっ、頭が割れる……ぐぅうっ!」

 どくんと心臓が跳ねた。興奮でもするように息が乱れ、苦悶が目を血走らせる。

「りんっ!」

 ところが、頭に何かを被せられると、落ち着いた。輪の許容量を超えていたらしい魔力が、少しずつ身体に馴染む。

「はあ、はあ……黒江? なんで、お前がここに……」

 後ろにいたのは、101号室の二景黒江だった。第四部隊のスカウト系イレイザーとして、マッピングやトラップの解除、アーツの断片の解析などを担当している。

 白色のスクール水着にセーラー服(ケイウォルス学園の昔の制服らしい)を重ねるという、おかしなスタイルは、第四部隊の女子隊員ならではのもの。黒江の胸も育ちがよく、セーラー服を膨らませているのが目立つ。

「……状況の説明、いる?」

「ああ、頼む。何が何だか、さっぱりで……うわああっ?」

 水晶板に映った自分の異様な姿を見て、輪はぎょっと目を剥いた。

さっき頭に被せられたのは、一枚のパンツ。おそらく黒江のもので、セルリアンブルーの色合いは控えめでありながら、乙女の不可侵性をむらむらと醸し出していた。

触るに触れず、外すこともままならない。

「なななっ、なんてもん被せてんだよ? 黒江!」

その裏面が、自分の額に重なってしまっている事実が、動揺をもたらす。しかし同時に輪は、ミントのものらしい香りの存在に気付き、高揚しつつもあった。

 恥ずかしそうに顔を背けながらも、黒江は淡々と言ってのける。

「りん、魔力を制御できてないようだったから。私のパンツなら、使えると思った」

真井舵輪のスキルアーツ、その名をパンツエクスタシー。これは女性イレイザーのアーツ能力をコピーするという、規格外のものだった。ただし、そのためにはコピー元となる女性のパンツを、頭に被らなければならない。

 パンツ愛好家としての血が、そうさせるのだろうか。過去にも輪は、閑のパンツで回復系や防御系のスペルアーツを使いこなし、澪のパンツで炎の剣を作りあげた。

 司令官の愛煌にも『見た目は最悪だけど、最高ランクの特性』と評価されている。

「それ、着けてたら、暴走せずに済むから」

「……お、おう。ありがとうな、黒江」

 女の子のパンツを被るなど、輪にとっても御免蒙りたい話だが、今回ばかりは頼らざるを得なかった。改めて輪は部屋を見渡し、手頃な椅子に腰掛ける。

「そっちに座ってくれ」

「うん」

 黒江はコンピューターでも操作するかのように、水晶板に触れた。すると、そこに鮮明なビジョンが浮かぶ。輪の傍でも映像が流れ始めた。

「……こいつは?」

「やっぱり。私の推測した通り」

 この部屋はコンピュータールームの類だったらしい。造りも司令部に似ている。

「落ち着いて聞いて、りん。結論から言うと……ここはカイーナ」

 操作しつつ、黒江は少しずつ口を開いた。

「じゃあ、カイーナ化に巻き込まれたってことか」

「少し違う。……このカイーナは多分、りんがフロアキーパーとなって作ったもの」

 輪はぎくりと顔を強張らせる。だが、その証拠のように足元には、風呂場にあるはずのシャンプーやタオルが散乱していた。また、輪には死神の力も備わっているため、制御はできないにしても、怪奇現象は充分に起こし得る。

「……まじ、か?」

「まじ」

 原因に心当たりはあった。勉強のために部屋に閉じ込められたうえ、思春期のオカズを暴かれ、この世の中心で哀を叫んだのだから。

 その絶望が魔力と結びつき、迷宮を生み出してしまった、と考えられる。

「だとしたら……なんだ? オレが死なないことには、カイーナも消えないんじゃ……」

「だから、そうしなくていいように、ここを安定化させるの」

 すでに黒江は状況の深刻さを認識していた。

「隣の部屋でりんのカイーナに巻き込まれたのも、好都合。頑張って、止めよう」

 これほど心強い味方はいない。

「……ああ。あとでお礼をさせてくれ」

「焼肉の食材を希望」

 輪も水晶板のモニター向かって、見様見真似で触ってみた。黒江のパンツを被っているおかげで、少しは扱いかたもわかる。

「なんつーか、落ちものパズルで天井まで積みあがってたのが、連鎖で綺麗になった気分だぜ。これなら、今月末の内部受験だって、余裕で……」

「……試験場にパンツ被って、行くつもり?」

「い、言ってみただけだって」

 パートナーと冗談を交わしつつ、輪は迷宮のマップを引き当てた。

階層は三つで、フロアごとの規模も小さい。それでも学園の体育館くらいはあった。幸いにしてレイは出現しておらず、迷路だけが広がっている。

「これでもカイーナはカイーナ、なんだよな。てことは……司令部のほうも今頃、騒ぎになってるんじゃないか?」

「……そうみたい」

 黒江がモニターのひとつを指差した。

 映し出されているのは、迷宮の入口のあたりらしい。そこから見覚えのある面々が突入してくる。一之瀬閑をリーダーとする第四部隊だった。

「閑たちか! なんとかして連絡を……うっ?」

 閑や優希の顔を見た途端、身体の奥底から黒いものが湧きあがる。

「……りん?」

「い、いや、なんでもねえ」

 黒江のほうはカイーナの構成を分解しつつ、再構築していた。輪の異常には気付いていないようで、端末の操作に没頭しきっている。

(優希、沙織、五月道……そして、閑……またオレを苛めに来たのか? そうはさせないぜ。今日という今日こそ、オレの恐ろしさを思い知らせてやる!)

 なぜそんなことを思ったのか、わからなかった。衝動に駆られるまま、輪は迷宮の内門を開け、侵入者たちを招き入れる。

 バレンタインデーを前にして、第四部隊のメンバー同士で戦いが始まった。

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